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第6話 「費用バーサス効果!―不作為の守護者―」

【プロローグ:何も起きない惑星】

銀河系の地図において、惑星ムフーほど退屈な場所はない。

ここでは創成以来、一度として大事件はおろか、天変地異も事故も悲劇も起きていない。雨も降らず、風も吹かず、革命の叫びもなければ、明日の不安すらない。

あまりの退屈に、訪れる者は自分の鼓動が耳障りに感じるほどだ。地上の公園では、子供たちが欠伸をし、大人たちは「何かが起きること」を諦めたような顔で暮らしている。


惑星の公式SNSや広場では、住民による辛辣な罵声が日常的に飛び交っている。

「平和? 違うわ、これは『怠惰』よ。そしてその元凶は、あの地下の無能どもよ」

「見てみろよ、今日の動画。維持班の連中、また1時間かけてバルブを右に回して、直後に左へ戻してやがる。あいつら、俺たちの税金で『反復横跳び』ならぬ『反復旋回』をして遊んでるんだぜ」

「ただ雑巾で同じ配管を50年も拭き続ける……。あそこは銀河最大の『給料泥棒の巣窟』だ」

「本来やるべきだった内容をやらない事を『不作為』って言うんだよ。奴らはそれで給料貰える身分を守りたいんだろうな」

地下数万メートル。そこでは10名のベテラン職員たちが、住民の軽蔑を一身に浴びながら、相変わらず無言で作業を続けていた。

一人がバルブを右に2度。隣の男がそれを左に2度。

それは壊れた時計仕掛けの人形にすら見えた。


【Aパート:総務部長の過大評価】

銀河連邦自治行政局本庁、総務部長執務室

「小出君!君はかつて、実態のない幽霊部署『特殊余暇推進課』が3年間一度も業務を行っていない事実を、『シュレッダーのゴミ袋使用量』の統計だけで暴き出し、部署ごと完全に消滅させた実績があるらしいな!!」

小出:

「……いや、シュレッダーが満タンになったときに袋捨てる役の押し付けあいが嫌いだから輪番制にしようともちかけただけなのですが……」

総務部長:

「謙遜はよしたまえ。君は『存在意義のない沈黙ムダ』を事務的に抹殺する、冷徹な死神だ。……さて、惑星ムフーの地下で50年も遊んでいる老兵どもがいる。君のその『断罪の事務能力』で、彼らが不要である法的な引導を渡してきてほしい。頼むよ、小出君」


小出は「……あの袋捨てるのキライなだけなんだけどなぁ」と困惑しながら、重厚な決裁文書を受け取った。


【Bパート:効率という名の侵略】

翌朝。惑星ムフー財務部長執務室。

向かい合うのは、目に痛いほど鮮やかなストライプスーツに身を包んだ男。民間コンサルティング大手『スコット・サゲタイナー』の代表、スコット・ゲンサク氏だ。

スコット・ゲンサク:「財務部長様!見てくださいこのグラフを! 惑星ムフーは過去50年、事故件数が完全に『ゼロ』だ。事故件数がゼロなのに環境維持班に膨大な『費用』を投じている!……つまり、公金のドブ捨てだ! 住民の98%も維持班を『無能な税金泥棒』だと断じています!私の『スマート削減計画』なら、費用を大幅に削れます!」

財務部長「おお!素晴らしい!即刻採用だ!!」


遠巻きに見ていた小出のもとに、監査官サンカサンが近づいてくる。

メガネ越しに鋭い視線を放つ彼女は、鉄のような声で小出に告げた。

サンカサン:「小出。ゲンサク氏の提言は、財務諸表上、一点の曇りもない『適正』なものだ。行政が『何も起きない日常』に甘え、漫然と予算を費やすことを私は許すことはできない。……24時間以内に、彼らが『必要である』という法的な実態を証明せよ。できなければ、私はこの環境維持班を『不要資産』として廃棄する決裁を下さなくてはならない。………頼む。」

その最後の掠れた声に、小出はサンカサンの苦渋を感じ取った。彼女は私情よりも「監査」という職責を優先せねばならない。だが、本心では小出がこの不条理を事務で覆すことを願っているのだ。



【Cパート:0(ゼロ)を維持する掌】

小出は一人、地下の「深部コア・コントロールセンター」へ降りる。

そこでは相変わらず、職員たちが「無意味なバルブの開閉」を繰り返していた。

だが、小出は彼らが50年間書き続けてきた「手書きの点検日誌」を手に取り、その文字を追ったとき、全身に衝撃が走った。


14月2日、ボルト点検…開度2度。異常なし。

14月3日、第3緊急遮断弁、開度15度。異常なし。


「……そうか。回して、戻していたんじゃない」

小出は気づく。彼らがバルブを回していたのは、配管の奥で発生した、あらゆる計測機器をすり抜ける「微細な連鎖共振」を相殺するためだったのだ。

右に回して圧力を逃がし、左に戻してバランスを保つ。その一見無意味な反復が、惑星全体の安定を物理的に支えていた。

雑巾での清掃は、表面のわずかな温度変化を掌で感知するための、彼らにしかできない「診断」だったのだ。


そして小出は気づく。14月3日の「開度15度」という微調整がなければ、その3日後に確実に発生したであろう「惑星崩壊」に。

そしてそれを彼らが発生前に消し去っていたことに。


彼らの日誌には、誇りも、住民への恨みも書かれていない。

ただ、「異常なし」という言葉を書き続けるために、彼らは「未来に起こるはずだった50年分の悲劇」を、発生する前に、誰にも気づかれぬうちに消し去り続けていたのだ。


彼らは『本来やるべきだった内容をやらない事』を選び続けてきたのだ。


【Dパート:免責の陥穽かんせいと怪人の咆哮】

ゲンサクの「スマート削減計画」が強行され、熟練の職員たちが解雇される。

次の瞬間、コストカットのために安全マージンのバルブは限界まで絞られた。

そして数時間後、安価な自動プログラムでは制御不能な微細な共振が発生し、地殻が軋み始める。

財務部長:「何故だ!?この惑星は何も起きないはずではなかったのか!??おい!ゲンサク!どうなっている!」

惑星消滅を告げるアラートが鳴り響く中、ゲンサクは本性を現した。

人間の皮を脱ぎ捨て、巨大なハサミとシュレッダーが全身に生えた醜悪な姿。怪人スコット・ゲンサクへと変身する!

スコット・ゲンサク:「グハハハ! 壊れればいい! 壊れた後で『復旧工事利権』を売りつけるのが最高のビジネスだ! この災害は『不可抗力』!契約書第14条『天災地変等、その他自己の責めに帰すことのできない不可抗力により、本契約上の義務の履行が遅延し、または不能となったときは、乙(または甲乙)はその責めを負わないものとする。』の適用だ!!! 報酬はいただくぞ!」

怪人は、必死にバルブを戻そうとする小出を、巨大なハサミで吹き飛ばす。


【Eパート:執行! 宇宙公務員オヂェフ】

土煙の中から、小出二郎が静かに立ち上がる。その手には、現場職員たちの汚れた日誌が握られていた。

小出:「……あなたは『公務員』を侮りすぎた。……彼らが守ってきたものは、あなたの言う『効率』ではない。……誰も気づかないうちに始まり、誰にも気づかれずに終わる、『平凡な今日』そのものだ」

小出は腕時計型デバイスを操作する。

小出:「照会!」

閃光が走り、小出の姿を緑銀色のアーマーが包む。

「 宇宙公務員オヂェフ!現着!!」


スコット・ゲンサク:「変身したところで何ができる! 行政のルールに縛られた貴様に、私の『免責事項バリア』は突破できん!」

怪人は「予算カット・弾丸」を連射。オヂェフはそれを、手にした「文書管理シールド」で次々と弾き返す。

オヂェフ:「怪人ゲンサク。……あなたの契約には重大な不備がある。……現場の点検を『無駄』としたのは、宇宙公務員法 第30条『全体の奉仕者』としての義務を無視した、手続きの瑕疵かしだ!」

オヂェフは、腰から輝く刃を抜く。

オヂェフ:「必殺:条例セイバー・遡及適用斬!!」

オヂェフが空中に円を描くように条例セイバーを振ると、現場職員たちの50年分の点検記録が光のページとなって溢れ出す。

オヂェフ:「私は今、彼らの過去50年の『異常なし』という報告を、すべて『事故を未然に防いだ成果』として再定義し、【緊急特別公務】として遡って承認した! あなたの『無駄』というロジックは、今この瞬間に、50年分の『成果認定』によって粉砕される!!」

条例セイバーの光の刃が、怪人の「免責バリア」を書類のシュレッダーにかけるように切り刻む。

スコット・ゲンサク:「バ、バカな……! 何もしなかった奴らに……負けるというのか……!? ぎゃあああああ!!」

怪人は大爆発を起こし、塵となった。


【Fパート:嫌われ者の誇り】

爆炎が収まった地下センター。そこには、再びバルブの前に立つベテラン職員たちの姿があった。彼らは小出に礼を言うことは無い。ただ、いつも通りに雑巾で配管を清掃し、静かにバルブを締め直す。

彼らの仕事は日常を守ることだからだ。


サンカサンが計器を見つめながら小出の隣に立つ。

サンカサン:「……小出。……今回の『遡及適用』、事務手続きとしては極めて強引だ。……だが、彼らの50年間の沈黙を、『雄弁な成果』に変えてみせたその屁理屈……。監査官として『適正』と認めざるを得ん」

サンカサンは、小出の差し出した決裁書に、重厚な監査印を叩きつけた。

サンカサンは背を向けて去る。その足取りは、先ほどよりもどこか軽いように見えた。



【エピローグ:人事評価とは】

数日後、GAA総務部。

総務部長:「小出君。見事だ。彼らの『不作為の価値』を成果認定したことで、惑星の予算は守られた」

小出:「『公務員の成果』を、適正に評価したまでです」

総務部長:「ただな?……そのせいで銀河中の職員から『俺たちの目立たない仕事も成果認定しろ』という要望が人事課に押し寄せていてな?……銀河には【ピー】種類の業務があってな? ……君、これを全部、個別に精査して評価基準を作ってくれるかな?」

小出:「……私の人事評価を先にしてほしいのですが……」

小出が言い終わる前に、総務部長のホログラムは消えていた。


エベレストのように高く積まれた書類の山を前に、小出は、誰に聞かせるでもなく、静かに独り言を漏らした。

小出:

「……住民からは『無能』と罵られ、組織からは『当然』だと背中を向けられる。……事件が起きれば叩かれ、何も起きなければ『税金の無駄』だと指をさされる。……それでも明日もまた、この銀河に『異常なし』という退屈な一日を届けるために、自らを擦り減らしている連中がいる。……誰も彼らの価値を定義しないのなら、私が書いてやる。……この膨大な『評価基準』のすべてを、彼らの沈黙の戦いに捧げる最高の勲章に変えてやる」

小出は少しだけ口角を上げ、再び膨大な書類の海へと沈んでいった。そのペンの先からは、名もなき守護者たちの物語が、彼らの『成果』として紡ぎ出されていく。

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