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第5話 「君と出会うために生まれた― アンドロイドの嘘 ―」

【美しき「備品」の街】

惑星アンドライダ。この星を訪れた者は、誰もが自身の「眼」を疑う。行き交う人々は皆、モデルのように整った容姿を持ち、柔らかな肌と瑞々しい瞳を湛えているからだ。しかし、その9割は「生身の人間」ではない。

「おはようございます。本日も最適な室温で維持されております、ご主人様」

極めて精巧な肉体を持つメイド型アンドロイドたちが、人間の市民に寄り添い、完璧な所作で奉仕している。この惑星の技術は、アンドロイドと人間の外見的差異を完全に消し去っていた。

だが、行政の壁は冷徹だ。

彼女たちに参政権はなく、民法上の婚姻も認められない。見た目がどれほど人間らしく、どれほど深い愛を語ろうとも、彼女たちは台帳上、一律に『備品』として定義されている。


【出張命令】

● 銀河行政本庁・総務部長執務室

総務部長:「小出君! 待っていたぞ。君が地球の窓口で、クリップの摩擦係数まで計算に入れて備品を最適配置しているという報告書を読んだ。感動したぞ!」

小出:「……ただゼムクリップとダブルクリップが混ざっていたのを確認して分けてただけですが。」

総務部長:「素晴らしい!ところで特命だ。惑星アンドライダで、選挙があるのだが、どうにも怪しいニオイがする。行って、合法か違法か確認してきてくれたまえ」

小出は「クリップ分けてただけなのに……」と呟きながら、概算払いの出張伝票を受け取った。


【呟き】

● 惑星アンドライダ・第13居住区

アンドライダにおりた小出は、街に溢れる「人間にしか見えない」アンドロイドたちを横目に、調査対象の世帯を訪れた。そこには、人間の男性・今田由男と、一人の美しい女性・森原恵がいた。

森原:「初めまして、銀河行政職員さん。私はメイドアンドロイドの森原恵といいます。今田さんと出会うために生まれたんです」

小出は「そうなの?」と言わんばかりに今田の顔を見る。

今田:「ははは、そうなんです。お恥ずかしい。彼女は俺にとって特別な存在なんです。……でも、この星の法律じゃ、俺たちは結婚できない。だから俺は、彼女たちアンドロイドにも人権を認めてもらうための活動を手伝っているんです」

森原:「はい。私は人間じゃないんですけど、それでも今田さんと一緒にいたいんです。いつか、同じ人権を持てる日が来ることを夢見て」

小出:「素晴らしい夢ですね!私も陰ながら応援させていただきます!」

小出は、二人のもとを後にした。そして無機質な空を見上げてボソリと呟いた。


「……人間じゃないか」


【アンドロイドの現実】

期日前投票日。

投票所の前で、女性候補者トクヒョーが、慈愛に満ちた表情でマイクを握っている。傍らには、森原恵が、聖母を支える騎士のように寄り添っている。

森原は活動のために大きな看板を一生懸命に高々と掲げている。

森原「どうか!私達に!アンドロイドに!人権を!せめて愛する人と過ごす権利をください!お願いします!」

トクヒョー:「市民の皆様! 私の愛する娘のような森原さんを見てください。これほど献身的で、心優しい彼女が『モノ』として扱われる不条理! 私は彼女たちの尊厳のために、この命を懸けて戦います!どうか彼女達に参政権を!!」


街宣活動の出番を終えた森原は、今田の投票の付き添いのために投票所に向かった。

だが、入り口の自動生体スキャナーを通過しようとした瞬間、けたたましいアラートが鳴り響く。

スキャナー表示:『警告:未登録の大型備品が搬入されました。管理者の許可証がありません』

森原:「えっ……?」

立ち止まる森原を、武装した警備員たちが即座に取り囲む。

警備員:「動くな! 備品は専用の搬入口から通せと言ったはずだ。投票所内に許可なく『モノ』を持ち込むことは禁止されている!」

今田:「待ってくれ! 彼女はただの付き添いだ! 暴れるつもりなんてない!」

警備員:「うるさい!備品は黙ってろ!破壊処分するぞ!」

そこへ、カメラを引き連れたトクヒョーが、さも悲劇を嘆くかのように現れる。

トクヒョー:「なんということでしょう! これがアンドロイドの現実なのです! 愛する人の隣を歩くことさえ、『物品搬入』とみなされる。市民の皆様、この理不尽なシステムを変えられるのは、私だけです!アンドロイドに参政権を!私に一票を!」

そのパフォーマンスに、小出が静かに歩み寄る。

小出:「……なにが参政権だ」


【アンドロイドの嘘】

トクヒョー:「あら、GAAの職員さん。あなたも彼女のこの悲しみがわかるでしょう? 行政は冷たい書類だけじゃなく、人の暖かみを知るべきなんです!」

小出:「……ゃないか」

トクヒョー:「なんですって?」

小出:「……洗脳したな! 『人間』を!!! 森原恵を!!」

トクヒョー:「……ふふ、何を仰るのかしら。最新のアンドロイドは、あなたのような真面目な役人ですら人間と勘違いしてしまうのね。そんなアンドロイドには参政権を……」

小出:「貴方は森原恵に『自分はアンドロイドだ』という記憶を植え付け、操り人形として選挙活動に利用した!! …森原恵は元から人間じゃないか!!」

聴衆のざわめきの中、トクヒョーは小出の耳元で、嘲笑を浮かべて囁いた。

「……気づいたところで無駄よ。彼女の登録は『備品』で確定済み。不服申立期間も過ぎた。行政が『モノ』だと判子を押した以上、彼女は私の所有物。彼女に何を語らせようと私の自由。文句があるなら、手続きを怠った行政に言いなさい。ふふ…これで仕込んでおいた私の指揮下にある大量のアンドロイドが参政権を持って、私が惑星を乗っ取ることができるわ!!」

小出:「…照会!」

小出は瞳に覚悟を携え宇宙公務員オヂェフに変身する。


【決戦】

オヂェフ:「……トクヒョー。お前は今、彼女を『モノ(備品)』だと言い切ったな。ならばお前の選挙活動は崩壊している。」

オヂェフはトクヒョーが肩に手を置いている森原恵を指差した。

オヂェフ:「銀河公職選挙法 第143条。選挙運動に使用できる看板、立札、文書図画の掲示は厳格に制限されている。……トクヒョー。お前が彼女を『人間』だと言うなら、彼女がタスキをかけ、看板を持つのは何の問題もない。……だが、彼女が『モノ(備品)』であるなら、それは人間による応援ではなく、単なる『選挙運動用工作物』だ。」

トクヒョー:「……なんですって?」

オヂェフ:「公道に設置できる工作物には、看板も含めてサイズと数の制限がある。さらに、『工作物に選挙運動用タスキをかける』という掲示方法は規定に存在しない。 それは未承認の屋外広告物……すなわち、不法な**『移動式看板』**だ。お前は彼女をモノ扱いすることで、お前の選挙運動そのものを、公選法違反の証拠に変えたんだ!」

トクヒョーの顔が驚愕に染まる。

オヂェフ:「お前の立候補届出書に、この『大型備品』を運動用具として使用する許可申請は添付されていない。……書類の重大な瑕疵かしだ!お前の立候補受理を取り消し、選挙活動の即時停止を命じる!!」

オヂェフの一撃が、トクヒョーが掲げた「偽りの看板」と法的根拠を事務的に粉砕した。


【再定義される愛】

小出は変身を解き、今田の前に立った。

小出:「今田さん。彼女の洗脳を解除し、『人間』を取り戻すことができます。ですが……そうなれば、彼女は『あなたを愛するために作られた森原恵』は居なくなります。今の彼女を殺すことにもなりかねない。……それでも、やりますか?」

今田の時が止まった。彼が愛し、守ろうとしてきた「完璧で健気なアンドロイド」の笑顔。それが脳裏を巡る。

今田:「……そんな。人間だったなんて……俺は……。」

彼は激しい自己嫌悪に襲われた。彼女を救おうと声を枯らしたあの日々は、トクヒョーの掌の上で踊らされた茶番だった。それ以上に、彼女が人間であることに気づかず、「可哀想なアンドロイド」として愛でていた自分の傲慢さが、今田を打ちのめす。

今田:「俺は……彼女を愛していると言いながら、結局は自分に都合のいい『人形』を見ていただけだったのかもしれない」

今田は拳を握りしめ、やがて顔を上げた。

今田:「……それでも。彼女を、あるべき姿に戻してください。俺が好きになったのは、プログラムされた人形じゃない。たとえ彼女が俺を忘れたとしても……俺は彼女に、人間として生きてほしい」

小出がボタンを押す。森原の瞳から機械的な輝きが消え、人間らしい光が宿った。

森原:「……ここは? ……あなたは……?」

今田は涙を拭い、一人の人間として彼女の手を取った。

今田:「……今田由男です。……はじめまして。森原さん」


【復命】

銀河行政本庁、総務部長執務室。

総務部長:「小出君! 見事だ! 『人間を備品と間違えていた』という宇宙規模の事務ミスを是正した功績は計り知れないぞ!」

小出:「人権は守らなくてはなりませんからね」

総務部長:「ところでな。彼女が『アンドロイドだと思わされていた期間』に請求すべきだった住民税、国民年金、健康保険料の遡及請求が発生しているんだ。……本人は現在無職、記憶も曖昧。この納税相談と督促業務…やってくれるよな?」

小出:「…彼女が『人間』を取り戻す為の儀式なら。それぐらいお安いご用ですよ。」

総務部長:「あと惑星アンドライダの他のアンドロイド達から『実は自分も人間じゃないか?』という問い合わせが3000件程来ていてな。…頼むね!」

シュン!という音とともに総務部長のホログラムは消えた。

小出:「えぇ…」

小出は、山のように積まれた『人間判定依頼書』を前に、静かに独り言を漏らした。

小出:「……クリップの判定の次は『人間であること』の判定か。これほど業の深い業務は神様の所管じゃないかなぁ……」

小出はそう呟いた。

だが、神様は命を創るだけでいいのだ。

その命が社会で居場所を持てるようにすることこそが『公務員』の役目なのだから。

(第6話 完)



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