宇宙公務員オヂェフ 第4話 「惑星ゴミ問題! ―公印の審判―」
1. 「ゴミ惑星」
惑星ガラクタール。
鋼鉄で構成されるその人工惑星には、土も緑も存在しない。あるのは冷え切った錆びた鉄板と、剥き出しの配線、そして無機質な油の臭いだけだ。
人工的に発生させている重力は、いまや死に体だった。 心臓部である重力発生装置の老朽化か、あるいは演算予算の削減か。 大地は不定期に狂ったように鳴動し、次の瞬間、天地が逆転する。 上下の概念を失った空間で、住民の粗末な家々は玩具のように宙を舞い、互いに激突しては鋼鉄の悲鳴をあげて粉砕された。 宙に投げ出された人々は、瓦礫の雨が降る中で「かつての地面」に叩きつけられ、その命をあっけなく散らしていく。
大気供給システムもまた、瀕死の状態だった。 「最低限の維持」という名目で、呼吸に必要な酸素濃度は生存限界の瀬戸際まで絞られている。 人々は肺を焼くような薄い空気を奪い合い、配管から漏れ出す有毒な冷却ガスに怯えながら、錆びついた旧式の酸素ボンベを家族で使い回す凄惨な日常を強いられていた。 子供たちの肌は鉄錆の色に汚れ、老人の瞳からは、明日の空気を望む光さえ消え失せている。
銀河連邦自治行政局(GAA)の台帳において、この惑星ガラクタールは「惑星」として登録されていない。 30年前、壮大な宇宙公共事業として着工されたこの星は、当初「銀河の楽園」となるはずだった。しかし、度重なる設計変更と財政再建の煽りを受け、3年前に全ての予算が凍結。工事は中断された。
台帳上の登記は、その瞬間に「惑星候補地」から**『建設仮勘定資材:53号』**へと書き換えられ、所管はGAAに移管された。 すなわち、広大な大地も、そこに流れる川も、法的には「積み上げられたGAA備品」に過ぎなくなったのである。 そこに住む人々は、行政の目には「整理されるべき不用品に付着した汚れ」程度にしか映っていなかった。
2. 「3年」
銀河連邦自治行政局本庁、総務部長執務室
「小出くん! 来たか。君はゴミ収集もエキスパートらしいな!」
「いや、ゴミ収集車の3人シートの真ん中に座って『停車中に不都合あったら動かす役』やってただけですが……」
「なるほど!素晴らしい!実は『資材53号』の撤去が停滞しているんだ。」
部長は小出の反論には聞く耳を持たず、コーヒーをすすりながら続けた。
「停滞といってもたかが3年なのだがな。あまり放置しても仕方ない。そこでゴミエキスパートの出番だ。あのゴミ山をどうにかしてこい!」
小出は、部長の言葉の中にあった「3年」という数字を反芻した。
「……たかが3年……か」
小出は、3年前に購入した安物のブリーフケースを握り「廃棄」が決まった星へと向かった。
3. 「縦割りの歴史」
現地事務所では、GAAから派遣された数人の職員たちが、モニターの前で責任をなすりつけ合っていた。
住民が泣き叫ぼうが、返ってくるのは冷徹な「タライ回し」の回答だけだ。
* 惑星管理課: 「この惑星は台帳上『資材』だ。うちは『惑星』しか扱わない。勝手に手を触れれば会計検査で『管轄外の不当執行』と書かれる。絶対に動かないぞ」
* 施設保全課: 「工事が中断している以上、ここは施設ではなく『流動資産』だ。清算局が対応すべき案件だ。うちが予算を使えば目的外支出になる」
* 清算局・廃棄物処理班: 「我々の仕事は『捨てる』ことだ。まだ人間が住んでいるこの惑星は、『占有者のいる不用品』であり、我々の手には負えない」
この「縦割り」の狭間で、ガラクタールは「誰も助けてはいけない場所」とGAA職員には定義されている。
惑星が消滅することよりも、自身の課ではない仕事に手を出すことの方が、彼らにとっては重罪なのだ。
小出はその喧騒をすり抜け、瓦礫の中に立つ一人の老人に声をかけた。老人は、透けかかったワイヤーフレームの地面に座り込み、小さな花の苗を、錆びた空き缶に植えていた。
「……おじいさん。私は銀河連邦自治行政局から来ました。皆さんに、ここを……立ち退いてもらうための話し合いに」
老人はゆっくりと顔を上げた。その肌は、過酷な環境のせいか、あるいは種族の特性か、深く刻まれた皺で覆われていた。
「……立ち退く? どこへ?ここが私たちの家だ。父も、祖父も、曾祖父も、ここで生きて、ここで死んだ」
「?……ですが、工事が止まったのは3年前です。それまではここは……」
老人は、悲しげに首を振った。
「あなたたちにとっての3年は、あっという間なんだろうな。だが、私たちの寿命は、地球人の換算で言えば6ヶ月だ。」
「寿命が…6ヶ月!?」
「……想像してもらえないだろうか? 工事が止まった3年前というのは、私たちにとっては6世代も前……君たちに言わせれば500年以上も前の『古代』の話なんだ」
小出は息を呑んだ。
地球人にとっての3年が、彼らにとっては悠久の歴史。
「この地にある錆びた鉄骨一つ、ひび割れたコンクリート一つが、私たちにとっては先祖から受け継いできた大切な大切な遺品なんだ。」
小出は、自らの持つ行政データのあまりの傲慢さに、3年もののブリーフケースを持つ手が震えた。行政という名の機械が弾き出した「3年」「30年」という数字は、この住民たちにとっては「歴史」そのものだったのだ。
4. 「合法的な解体」
その時、空間が歪み、巨大なプレス機のような外骨格を纏った怪人が現れた。解体請負怪人・クズッターである。
「ハハハ! 役所が『ゴミ』と認めた以上、この星は私の収益源だ! 見ろ、この『行政不用品回収委託書』を! 私はGAAから正式にこの資材(惑星)の処分を請け負った。住んでいる人間ごと、高純度のエネルギー資源としてリサイクルさせてもらう!」
クズッターが盾にするのは、GAA自身がハンコを押した「廃棄処分決定通知書」だ。
「文句があるなら、GAAの役人に言え! 役所のハンコが押された『書類』こそが、この宇宙の真理なのだ! 今更この星を『惑星』に戻す手続きなど、この宇宙のどこにも存在せん!」
クズッターの巨大なプレス機が振り下ろされ、老人が大切にしていた花の苗が、瓦礫とともに粉砕される。
その直前
「……やめてください」
小出の声は静かだった。
「小出くん、諦めろ。廃棄が決まった物品を保護する規定などない。行政処分の執行妨害なんかすれば懲戒免職だぞ」
惑星管理課長が冷たく告げる。だが、小出は腕時計型デバイスを操作し、システムを起動させた。
「…照会!!!」
5. 「公印」
小出は、バイザー空間に浮かび上がる膨大な条文の海を泳ぎ、一つの項目を特定した。
「……クズッター。貴方の解体許可は、あくまで『不用品』に対するものだ。だが、銀河行政資産管理規程・第202条……『歴史的・文化的な価値が付加された備品は、耐用年数を超えても恒久的に保存されなければならない』!」
「な、なんだと!?……いや、 だが、このガラクタな惑星に、何の価値がある!」
「この惑星の地下には、30年前の工事着工時、当時の功労を讃えて**惑星サフトルノーズから寄贈された『銀河指定・記念スタンプ公印』**が埋まっている! このスタンプが存在する限り、この区画は『歴史的備品保管庫』として再定義される! 貴方の解体行為は……不当な文化財毀損にあたる!」
オヂェフの手の中で、眩い光を放つ条例セイバーが形成される。
オヂェフは言葉を続けた。
「30年前に惑星ガラクタールの計画を立てた『公務員』は……」
「その『公務員』は知っていたんだ。自分の人生を全て賭けてもこの惑星は完成しない」
「でも」
「それでも」
「自分の屍を子供に踏み越えさせてでも、その更に子供の!子孫の!未来を願ったんだ!!!」
「その想いをゴミになんかさせない!」
「たとえ30年であろうと、いや!3年であっても!!そこに誰かの人生が刻まれたなら、それは『資材』なんかじゃない! 『歴史』なんだ!」
光の刃が、クズッターが盾にする「申請書の論理的矛盾」を的確に捉え、一閃。解体許可証は「無効な過去文書」として霧散した。惑星をスクラップにしようとしていたエネルギー場が、一瞬にして「重要文化財保護フィールド」へと書き換えられた。クズッターは事務的なエラーログと共に次元の彼方へ霧散した。
6. 「歴史」
夕暮れ。惑星ガラクタールは消滅を免れた。
GAA本庁。小出は、元のくたびれた背広に戻り、総務部長に報告を行った。
「対応完了しました。惑星ガラクタールは『銀河連邦自治行政局歴史的備品保管庫』として再定義しました」
「おお、さすが小出くん! 工事中に土器出てきたら工事停止せねばならんからな!!」
部長は満面の笑みで、小出が提出した報告書に承認印を叩いた。だが、その笑顔のまま、小出に冷徹な事実を告げた。
「……ところで小出くん。ガラクタールが『保管庫』になった以上、そこに住む住民たちも、法的には**『保管庫の維持に必要な什器(備品)』**として登録された。彼らは今後一歩も外に出られないし、君は惑星住人三億人分の備品棚卸しを行わなければならないぞ」
「備品……ですか…」
「あ、歴史的文化財だから硯と墨で和紙に書いて棚卸ししてくれ」
「……」
小出は自分の机に戻った。そこには救ったはずの住民からの「備品扱いは納得できない」という何万通もの苦情メール。そして、棚卸し用の巨大な和紙の山。
小出は窓の外、遠く輝くガラクタールの灯りを見つめた。
あそこには今、備品として登録された三億の「命」がある。彼らは不自由な身になったかもしれない。これからも、GAAの不条理なルールに縛られ続けるだろう。
だが、あの老人が守った花の苗は、今もあの大地で、歴史の一部として息づいている。
「……たとえ役所の書類がどんなに冷徹で不条理であったとしても」
小出は静かに筆を手に取った。
「……彼らが笑って、明日を望めるなら。彼らの想いが、この宇宙の片隅で守られたのなら……役所の書類なんか「どう」だって、いいんだ」
その言葉は、誰に聞かせるためでもなく、自分自身の乾いた心に染み込ませるように呟かれた。
彼は、膨大な「棚卸し」という名の地獄に足を踏み入れる。重く、確かな音を立てて、一枚目の書類に筆をおろす。
筆を走らせる音だけが、この狂った宇宙で、一人の公務員が確かに「人」を救ったという、唯一の証だった。




