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宇宙公務員オヂェフ 第3話 「銀河騒音 110デシベル問題!静寂を取り戻せ」

【住民の声とできることとできないこと】

「いいか、今日という今日は容赦しないぞ! 」

惑星オトナシ区役所の窓口。詰め寄る住民の拳で、デスクの上のクリップ入れがわずかに跳ねる。小出二郎は、その衝撃で乱れたクリップを、無言かつ正確にサイズ順へ並べ直した。

「まず陳情日の記載をお願いします。本日は18月46日ですので、右肩のこちらにご記入をお願いします。…はい。ありがとうございます。……お話いただいている件ですが、現地の騒音値は109.9デシベル。規制値の109.999……以内です。行政に介入の根拠はございません」

事務的な回答。これ以上できることはないのだ。


【仕様書の番人、監査官サンカサン】

フロアの片隅では、別の怒号が響いていた。

「サンカサン監査官! こんな忙しい時に、ラベルのフォントくらいで差し戻さないでくださいよ!」

若手職員が泣きそうな顔で訴えている。本庁から派遣された監査官サンカサンは、定規を手に報告書を検品しながら、感情の欠片もない声で応じる。

「業務仕様書・第3条第5項。背表紙のラベルは『銀河丸ゴシック』指定です。これは『角ゴシック』だ。仕様不適合ノン・コンプライアンス。全件、作り直しなさい」

「そんなの、中身が読めればいいじゃないですか!」

「仕様書は、住民との契約、そして血税執行の根拠だ。これを軽んじる者に、公務を語る資格はない」

周囲の職員たちはサンカサンを「無能な完璧主義者」と煙たがり、露骨に目を逸らす。だが、小出だけは知っていた。サンカサンはただ、誰よりも忠実に「仕事」をしているだけだということを。

その時、街の中央でデシベル男爵の「合法騒音要塞」が最大出力を放った。


【債務負担行為の壁】

小出は『O-JE-Frame』を照会し、現場へ急行した。

要塞の玉座で、デシベル男爵が嘲笑う。

「ハハハ! 109.9デシベル! 監視の目がある限り、お前たちに手出しはできん! これこそが法の守る聖域だ!」

オヂェフは要塞の設置許可証をバイザーで解析した。

(……男爵、お前は賢いつもりだったろうが、公務員の『面倒くさがり』を計算に入れ忘れたな)

「男爵。お前、この巨大要塞の維持費……議会の議決が必要な『債務負担行為さいむふたんこうい』を避けるために、あえて『単年度契約』で結んだな?」

「ふん、複数年度の契約など事務手続きが煩雑なだけだ! 単年度で更新し続ければ済む話よ!」

「ああ、平時ならな。だが……お前は今日が何の日か忘れたのか?」

「……18月46日だが、それがどうした!」

「この惑星の暦において、18月46日は……『年度末の最終日』だ!」


【17時の沈黙と、サンカサンの『仕事』】

デシベル男爵の顔から血の気が引く。

「な……年度末だと!?」

「そうだ。そしてお前の契約書の補則にはこうある。『18月46日の17時00分をもって、すべての役務提供は停止する』。本来なら、明日の4月1日からは『随意契約ずいけい』で再契約する予定だったんだろう?」

「そうだ! 手続きは済んでいるはずだ!」

「いや、その随意契約の理由書……さっきサンカサン監査官が『仕様書違反のフォント』を理由に、17時ちょうどに差し戻したよ。今の今、再契約は受理されていない」

17時00分。

轟音を響かせていた要塞のエネルギーが、プツリと途絶えた。

行政の世界において、予算の裏付けがない一秒は、法的存在を許されない「無」の時間だ。

「今、この瞬間、お前の要塞は『法的根拠のない不法占拠物』だ。……条例セイバー、抜刀!」

「待て! 数時間後に修正して出し直せば……!」

「その数時間の空白が、お前の命取りだ」

「条例セイバー・最終条例斬さいしゅうじょうれいざん!!」

契約の楯を失った要塞は、オヂェフの一撃によって、事務的に粉砕された。


【エピローグ:新年度の朝】

翌朝、4月1日。街は清々しい静寂に包まれていた。

本庁の会見。総務部長が誇らしげに語る。

「いやぁ、年度末の混乱を、我が本庁の厳格な契約管理で乗り切りましたな!」

区役所の窓口。小出二郎は、昨日サンカサンに差し戻された山のような書類を、一枚ずつ丁寧に修正していた。

「(ボソッと)……随意契約の差し戻しを、わざわざ年度末の17時ジャストにぶつけるなんて、サンカサン監査官……あなた、やっぱり仕事ができすぎますよ……」

隣の席では、若手職員がまだサンカサンへの文句を言っている。サンカサンはそれを無視して、小出の新しい決裁印が「1ミリ傾いている」ことを指摘しに歩み寄ってくる。

小出は、新年度の最初の一枚に、完璧な角度で印を突いた。


■銀河行政用語解説

1. 債務負担行為さいむふたんこうい

銀河連邦において、複数年度にわたる予算の支出をあらかじめ約束する行為。これを行えば、年度末を跨いでも事業(や要塞の稼働)を継続できる「最強の防御魔法」となります。

ただし、これを行うには銀河議会の議決が必要であり、提出書類の量は通常の10倍、審査期間も半年以上に及びます。デシベル男爵のような「現場の面倒な事務作業を嫌う悪役」が最も苦手とする手続きです。


2. 単年度主義たんねんどしゅぎ

「銀河の予算は、その年度内(18月46日まで)に使い切り、翌年には持ち越さない」という大原則。

この原則があるため、年度末の17時00分を1秒でも過ぎると、予算の裏付けがないすべての法的行為は停止します。オヂェフが狙ったのは、この**「宇宙で最も厳格なデッドライン」**による強制的なシャットダウンでした。


3. 随意契約ずいけい

競争入札を行わず、特定の業者と直接結ぶ契約。

デシベル男爵はこれを利用して、年度明け(4月1日)から即座に再契約を結ぶつもりでした。しかし、監査官サンカサンの「フォントの不備による差し戻し」によって、再契約の受理が17時までに間に合わず、**「法的空白の数時間」**が生まれてしまったのです。


※これらの用語はあくまで銀河行政の執行にかかる定義です。

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