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8.テイニスの本当の姿

 

 テイニスはなんの不自由もなく育った。


 優しい両親と、優しい姉二人。どこに行っても大事にされ、お世辞を言われた。

 テイニスは正義感が強い子どもだった。間違った事を見過ごす事ができず、非常識な事を許せなかった。反面、面倒見が良いところがあり、自宅で飼っている犬と猫の世話を焼く、優しい所もあったのだ。動物の世話を使用人にまかせず、汚れ仕事も積極的にするので、ペットはテイニスによく懐いていた。


 人に対してもそうで、一度幼なじみのサキが、隣の地区ともめごとを起こした時、最初にサキに相談を聞いてやろうと、申し出たのはテイニスだ。騒動の大きさから、アラベリアに相談した方が良いと思ったテイニスは、渋るサキの背中を押し、最後までついてやった。


 そういった親分肌なところもあったのだ。


 テイニスは口が達者だったので、よくもめ事の仲裁に入った。そのためテイニスは問題が起きると、声をかけられるようになっていったのだ。



 そんなテイニスが十二歳の頃、はまったのが、新聞作りだ。



 最初は親切心からだった。街の行事や、お店の休む日、お得な情報などを何度も聞いたり、聞かれたりしているうちに、情報を紙にまとめたらどうだと思ったのだ。これはテイニスにしかできないことだった。なぜなら紙もインクも高価で、庶民の間で簡単に手に入るものではなかった。だがテイニスの家には、名士である父親が取り寄せる新聞や冊子など、不要になった紙が結構あったのだ。


 インクを手に入れるのに値段を気にすることもなく、テイニスは使命感にかられて、まったくの無償、というより趣味でガリ版印刷を行い、それを無料で配った。


 テイニスの情報ペーパーは瞬く間に人気になり、飛ぶように持って行かれた。気を良くしたテイニスはその内、自分が調べた情報だけでなく、事件記事のようなものを載せるようになっていった。そして政治解説を始め、ペーパーは新聞へと変化していったのだ。



 それが歪んだのは、街のパン屋が急に閉店したのがきっかけだった。



 そのパン屋は街を巡回している警ら隊の一人と、トラブルを起こしていた。パン屋が決められた営業時間を超過してしまったとか、警ら隊が言いがかりをつけ金を巻き上げようとしたとか、いろいろ言われていたが、真相はわからない。だが直後にパン屋の窓ガラスが深夜に割られ、ショックを受けたパン屋の主人が入院し、閉店することになったのだ。


 警ら隊の横暴を耳に入れたテイニスは憤った。


 街のパン屋を、権力を振りかざして、閉店に追い込んだのだ。だからテイニスはいつも巡回する警ら隊の、ヒュイを糾弾する記事を書いた。警ら隊を代表するヒュイを、こらしめようとしたのだ。それはうまくいった。ヒュイが巡回すると、市民は興味本位な視線を送るようになった。


 テイニスは、ヒュイの記事を書き続けた。ネタがなくなると適当にでっち上げた。なぜならヒュイを始めとした警ら隊は、裁かれるべきであり、『責任』を取らなくてはいけないのだ。そのためには多少の誇張も必要であり、読者に訴えかけるために、少しずつ話を大きくしていったのだ。


 そしてテイニスの正しさは証明された。


 ヒュイは襲われ、警らをやめないといけないほどの、ひどい怪我をしたと聞いたのだ。テイニスは満足した。それ以降は、自分の正しさを確信し、記事を書いていった。


 そうやって歪んでいくテイニスを、止めたほうがいいのではと悩む友人はいた。だがまだ陰謀論などを楽しむ年齢でもあった。テイニス本人もまわりも未熟だったのだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 テイニスは貴族学園で騒ぎを起こした後、除籍になり、自宅で謹慎していた。

 テイニスは人気者だったため、友人はたくさんいたが、暴行事件の後は、テイニスの周りから人が消えた。なぜ自分の正しさがわかってもらえないのだろう。テイニスがそう思っていると、そこへ親友のネビルがやってきたのだ。


「やっぱりお前は親友だな。俺のことをわかってくれて」

「今日はお別れに来たんだ。ミレディがいなくなるから、俺ももうお前の元を去ろうと思って」


「どういうことだ。それになんでミレディが?」

「……初めまして、テイニス。俺はお前が潰した、パン屋の息子なんだ」


「潰したって、どういう意味だ。なんの話だ」

「やっぱり覚えてないんだな。お前四年前に、警ら隊がパン屋に言いがかりをつけて、潰したっていう記事を書いただろう。それが原因とまでは言わないが、問題を大きくした責任を取れと言われて、営業免許を取り上げられたんだ」


 ネビルは説明した。パン屋が警ら隊といざこざを起こしたのは、本当だった。確かに決められた営業時間を過ぎてしまい、そのことを注意されたのだ。そのため袖の下を渡そうとしたのも本当だった。


「それなら覚えている。俺はただ本当の事を書いただけじゃないか」

「警ら隊が窓ガラスを割ったと?」


「そうだ。そうに決まっているだろう」

「実はそうなんだ」


「ほらな」


「俺の父親は、借金を抱えていて働きづめだった。当時の俺でもなんだか危なく見えて、少しでも休んで欲しかった。だが働かないと生きていけない。それで無理に働いて体がおかしくなっていたんだ。ヒュイはそんな親父を心配して、時間外なのに見回ってくれていたんだ。時にはきつく注意したこともあったらしい。

 それである日、親父がいつまでも帰って来なくて、俺たちが心配していたら、病院から使いが来たんだ。親父が店の中で倒れていて意識がないと。発見者はヒュイで、窓ガラスを割って侵入して、介抱してくれたんだ」


 テイニスは無言だった。だってそんな事情、知らなかったんだから仕方がない。


「親父はそのまま寝たきりになって、半年後に亡くなったけど、ヒュイはずっと悔やんでいた。もっと早く、見回りに行けば良かったって。誰か連れてきていれば、もっと早く病院に運べたのにって。元気な内に、もっと踏み込んで注意することだって、できたはずだって。病院で俺たちに頭を下げて謝ったんだ。ヒュイは『責任』を感じてたんだよ」


 テイニスはそんなことを言われて、どうしたらいいのかわからなかった。


「俺たち家族なんてもっとそうだよ。あの時ああしてれば、こうしてれば。せめて……、もっと話しておけば」


 ネビルはへらへらと笑った。テイニスの知らない事を話されても。


「まあ、そのあとお前が、訳のわからない記事を書いて、ヒュイを怪我させたんだよな。それでいろいろと当局が調べた結果、ヒュイが俺の父親の違反を、隠していたことがわかったんだ。時間外に営業したり、売り上げを伸ばそうと、こっそりアルコールを売ろうとしたりな。

 それで厳罰に処されたんだ。俺たちはパン屋の営業免許の取り消し。ヒュイは警ら隊からの除隊」


 次になにを言われるのかと、少し怯えた目で、ネビルを見るテイニスを見るのは、胸がすっとして気持ちがよかった。


 厳罰と言っても、ヒュイはそもそも、もう警らとして働けなかった。それにネビルの家も、父親が亡くなればパン屋は続けられない。つまり厳罰という名の建前の、軽い処分だ。


 本来なら、ネビルの父親に罰金刑や、場合によっては禁固刑などを処する所を、免許を取り上げただけだった。だがそのことをテイニスに言う気はなかった。


「あの記事を書いた奴は、どんな奴だろうと思って、俺やミレディは、お前と友だちになったんだ。親父が困っている時はなにも書かなかった癖に、亡くなった後で恩人のヒュイに怪我をさせやがって。お前のこと恨んでいるよ」


 テイニスがびくりと震えた。


「だから、機会を見て復讐したい気持ちはあったよ。まあ、でも安心しろ。『普通』の人間は恨みはしても、実際に復讐なんかそうそうしないから。それになにが笑えるって、俺がなんにもしなくても、自業自得で放校になったことだよな」


 ネビルは少し危なげに笑った。


「それじゃあ、さようなら。お前が転落する姿、楽しませてもらったよ」



 ネビルは止める暇もなく部屋を出て行った。そして午後、テイニスがずっと片思いしている、ミレディがやってきたのだ。



「もうネビルから話は聞いているかしら。初めまして、私はミレディ。ヒュイの娘です」


 テイニスはミレディに心底惚れていた。だが真剣な恋心が吹っ飛んでいくほどの衝撃を受けた。今は自分の心を守ろうと、必死に防御に回り、ミレディの一言一言を用心深く聞いた。


「あなたがでたらめを書き散らしたせいで、足を怪我したヒュイの娘よ。なにか言う事はある?」

「別に……、俺が怪我させたわけじゃないし」

「ふうん」


 ミレディは興味なさそうに言った。


「今日はお別れを言いに来たの。父が働けなくなってしまったから、私が娼館に身を売って稼ぐことになったの」

「なんだって……」


 テイニスは混乱した。ミレディはテイニスに近寄ると、顔を覗き込んできた。まるでキスでもするかのように顔を近づけると言った。


「あなたのせいよ」


 そして出て行った。テイニスはなにも考えられなくなり、なんとかミレディの最後の言葉を頭から振り払おうとしたが、どうしても消えなかった。


「消えろ、消えろ」


 必死だったが、どうしても上手く行かなかった。




 ミレディの父親ヒュイの体には、確かに怪我の後遺症があったが、警ら隊の障害年金を受け生活には支障がなかった。

 ミレディはこのことを、テイニスに言う気はなかった。身売りの件も嘘だ。だがどちらも少し調べるだけで嘘だとわかる、簡単なものだった。


 だがどうせテイニスは『調べる』なんてことをしないだろうと思ったのだ。ミレディにはテイニスを許せないという気持ちがあったが、学園から除籍されたことを知り、その気持ちも萎え、立ち去ることにした。結局の所、人を攻撃して生きていれば、当たり前の反動が戻ってくるのだ。



 自分の街を見回りするのが好きだったヒュイは、足の負傷を悔やんだ。だがヒュイを慕う街の住民たちが次々にヒュイの元を訪れ、それがあまりにも多かったため、応対に疲れた妻が、隣のカフェに、ヒュイ専用スペースを作ったのだ。訪れる人々はおしゃべりや、悩み相談に興じ、カフェの売り上げも上がった。


 そのためヒュイはそこで悩み相談を開いた所、当たり、遠くから訪れる人も現れた。ヒュイの悩み相談は親身に聞いてくれ、暖かく見守ってくれる所がいいと評判になった。多くの人が答えなんてなくていい、ヒュイが頷いてくれるだけで、というほどになったのだ。


 ヒュイは、街を歩けなくなったが、街の方から歩いてきてくれるようになったと喜ぶようになった。




◇◇◇◇◇◇




 テイニスは暴行事件を起こした後、自宅で謹慎していた。


 下の姉も部屋から出てこなかった。決まっていた縁談が流れたのだ。


 暴行事件は家族にとって、寝耳に水のできごとだった。


 両親は何度もテイニスに話を聞いたが、テイニスの話と、学園の話がまるでかみ合わなかった。テイニスは自宅に来た警ら隊にも、何時間も話を聞かれた。

 そしてある時、警ら隊の本部に両親と呼び出されたのだ。そこにはフレドと呼ばれる担当官がいた。


「今日は、テイニス君を直接知っている人たちに、話を聞いていきます。参考になると思うので、ここで待機して下さい」


 そう言って、特別に作られた部屋で、混乱していた両親と待機する事になったのだ。その部屋はどこからか人の声が上がってきて、よく聞こえた。だがテイニスたちの声は、向こうに聞こえないようだった。


「テイニスはとにかくやかましいやつで、あいつが来ると物事がややこしくなるから、みんな必死で隠しました。なぜかことを荒立てようとするんです。本当迷惑でしたよ。余計なことばかりしやがって」


 テイニスは声を聞いて誰だかわかった。ずっと友だちだと思っていたのに、最低だ。本性を現しやがってと思った。次の知り合いはこう言った。


「テイニスの新聞ですか? ああ、あれは紙がほしいやつが持って行くんですよ。中身……、読んでいるやつはいないと思います。だって陰謀論ばかりですから。新聞が始まった子どもの頃は、俺たちもけっこう、はまりましたけど、今時あんなの恥ずかしくて。そういえばテイニスは恥ずかしいって感覚が、よくわからないみたいで、かなり浮いてますね」


 二人目もテイニスは誰だかわかった。人の新聞にケチをつけて。なんにも知らない癖に。


「テイニスは良い奴ですよ。小さい子や動物を可愛がるし、困ってる奴を放っておけないし。ただ、あまり考えずに話すんです。だからみんな、はいはい言って話を聞き流すようにしています。それ嘘だよって言っても、今度は別の嘘を言い始めたり。あれってなんなんだろう」


 テイニスのことをほめてくれた人間に、けなされるのはきついと思った。四人目はこう言った。


「テイニスの新聞が一番話題になったのは、ヒュイさんの事件です。でたらめが書いてあって、みんなこういう憶測はやめようって、注意しあったんですよ。それで終わったと思っていたら、その時の会話を聞いた変な男が、なんだかおかしな勘違いをして、突然ヒュイさんを襲ったんです。訳がわからなかったです。その後ヒュイさんの怪我を聞いて、テイニスが得意げだったって聞いたんですよ」


 そういった男は付け加えた。


「俺が心底ぞっとしたのは、自分のせいで人が一人大けがしたのに、それを喜んでいるってことです。あいつおかしいですよ」


 その後も次々と人の声がし、テイニスの周囲から見た姿を照らしていった。それが一日続き、テイニスはさすがにぐったりとした。そしてフレドと向かい合って話すことになったのだ。


「なにかあるかい? テイニス君」

「……」


 正面に座ったフレドは、こんな風に語りかけてきた。


「君が最初にやった犯罪は、どうやらヒュイ隊員を怪我させたことのようだね。それについては君はどう思っているんだい?」


「俺には関係ありません。別に俺が怪我させたわけじゃないし」


 フレドはこう答えた。


「その通りだね。君の記事なんて妄想の垂れ流しだし、なんの影響力も持っていない。そもそも誰も読んでいないしね」


「……は?」


「君の言うとおり、ヒュイが怪我をしたのは君の責任じゃないよ。だって君にはそんな力ないから」


「ずいぶんな言い方じゃないですか」


「君が自分で言ったんじゃないか。なんの関係もないって。君は自分の部屋で、妄想の記事を書くだけだろ。がんばって書くのは結構だが四年以上も続けて、なんの影響力ももたないって、自分で言っていて恥ずかしくないのか」


「妄想じゃありません。俺はいつも考えて書いてます」


「へえ。記事って調べて書くものじゃないのか。テイニス君は考えて書くのか」

「ちょっと言い間違えただけでしょう」


「ヒュイの怪我の元になったパン屋の記事も、間違っていたな」

「知らなかったんだから仕方がないでしょう」


「仕方がないって。店長とその家族に、話を聞けば良かっただけだろう。知らないのに書いたのか?」

「…………さっきから、いちいち揚げ足とりやがって」


「ところで君さ。暴行事件を起こしたことで、ちょっとした有名人になっているんだよね」

「はあ」


「これ、君のことを糾弾した新聞ね」

「は? え?」


「聖女の付き人ニナ様を、卑怯な手で誘い出して、集団で暴行する準備をしていたと書かれている。護衛の神殿騎士エリックの、お手柄に紙面が割かれているな。エリック殿の人気はすごいね。この新聞は君と違って、大手だから影響力が途轍もないんだ」

「勝手なこと書きやがって」


 記事にはテイニスすら認める事実しか書かれていないのに、テイニスはまるで卑怯な目にでも合わされたかのように激怒した。その顔にはこんなことになるとは予想していなかった、と書いてあった。


「君と違ってきちんと調べているよ。内容に間違った点はない」

「だからと言って、こんな風に勝手に書いていい訳ないでしょう。非常識だ」


「……ところで知っているかい。こういった記事が出るとね。とつぜん衝動的な行動を取る人が出てくるんだ。君も聞いただろう。ヒュイを直接怪我させた男は、関係のない街の人の立ち話で、新聞記事の話を聞いて、いきなり襲ったと。理由を聞いてもまともなことが言えず、精神的に不安定だった」

「――それって」


「まあつまり君も襲われる対象になった、ということだ。特にね、『聖女の付き人』『神殿騎士』のような、派手なキーワードは強い刺激になる。その上今回は有名人で人気者の『エリック殿』が前面に出ている。どんな結果になるだろうか」


 テイニスは自分が、ヒュイのような目に合わされると聞いてぞっとした。


「お願いです。俺を警護して下さい」

「なぜ?」


「なぜって、危険な目に合わないよう、警ら隊が動いてくれるのはとうぜんでしょう。それと記事の差し止めをお願いします」

「君、さっき自分で言ったじゃないか。君が出した新聞で、ヒュイが怪我をしたのは、自分には関係ないって」


「それは。その、俺のはアマチュアだし、こっちの新聞は大手でしょう」

「つまり君はアマチュアだから、いい加減な記事を適当に書いていたってこと?」


「……」


 テイニスはぐっとつまった。だが目の前に危険が迫っている。


「心配しなくてもいいよ。テイニス君。新聞記事なんて妄想で、影響力なんてない。誰も読んでいないよ。それに刺激される人なんていない」


 フレドにそう言われても安心できなかった。なぜならテイニスもそういった不安定な人々の存在は知っていて、その一人がヒュイを怪我させたのだ。そして思い当たった。自分と両親は今本部にいる。だが下の姉は、一人で自宅にいるのだ。使用人はもちろんいるが。


「お願いです。俺と両親と、それと姉を守って下さい。姉は自宅に一人でいるんです」


 フレドはしばらく黙った後こう言った。


「我々には関係ない」

「お願いします」


「そこまで言うなら、事件が発生したら動くから」

「それじゃ遅いです。お願いします」


「今日はもう遅いから帰りたまえ」


 フレドは立ち上がると、部屋を出て行こうとした。テイニスはその前に回り込んだ。


「テイニス君。それ以上すると公務執行妨害にあたるよ」


 テイニスは幼い頭で必死に考えた。どうすれば目の前の人が動いてくれるのか。そしてフレドに頭を下げた。


「お願いします」


「……ねえ、テイニス君。今回のように扇情的な記事で君に危機が訪れたら、それって記事を書いた人の『責任』になると思う?」


 テイニスは必死で考えた。それは当然記者の責任だろう。だが返す刀で自分にヒュイに対する責任はあるかと聞かれれば、ないと思った。だって自分が怪我をさせたわけではないのだ。一生懸命考えたが、どちらが正解かわからなかった。だからフレドがどちらの答えを欲しがっているのか、という視点で考えた。


「責任ある……と、思います……」


 こう答えておけば気に入られる。


「はずれ。責任はないよ」

「え?」


 テイニスは素で驚いた。


「そりゃそうだろう。誰かが記事を読んで人を傷つけたとして、記事のせいになるわけないだろう。傷つけた人が悪いんだよ。もちろん悪質な記事の場合をのぞいてね」


「は、はあ」


「それで君はもし、危害を加えられたら、新聞社のことどう思う?」


「えっと、……許せません。これって間違っていますか?」


「いや、正しい感覚だ」


 テイニスは混乱した。

 記事には責任がないと言った直後に、記事が許せないのは正しいと言われたのだ。

 フレドは引き返してもう一度イスに座った。そしてテイニスの顔をよく眺めた。


「いま、私たちが話したのは、法的責任と、道義的責任についてだ。責任には二種類あって、君やヒュイが怪我をした場合、犯人が法的責任を負う。だが犯人に偽の情報や噂を流したことがきっかけで、事件が起きた場合、流したやつには道義的責任というものが生じる。そいつが気をつけていれば事件が起きなかったわけだからな」


 フレドは一度話を切った。


「だから君がヒュイについて、でたらめな記事を書いたことには、道義的責任が発生する。運良く誰もまともに受け取らなかったからいいものを、あんな扇動するような記事を書くとはな。下手したらヒュイは、暴動で命を落としたかもしれないんだぞ」


 テイニスは下を向いた。自分の責任があるのかがわからなかったからだ。


「質問するけれど、君はヒュイの記事について、自分には責任があると思うかな。それとも?」


 テイニスは時間をかけて考えた。フレドがどんな答えを望んでいるのかが、よくわからなかった。どう答えれば自分に有利になるのかも。


「あの、法的責任はないってことですよね。でも『どうぎてきせきにん』はあるってことでしょうか。それを俺は反省しないといけなかった。たとえヒュイの、ヒュイさんの怪我には俺は関係なくても」


 テイニスはちらりと上目遣いでフレドを見て、乾ききった唇をなめた。


「…………」


 フレドは思案しているようだった。


「君、ヒュイが怪我をしたと聞いて、どう思ったの?」


 突然話が変わり、テイニスは戸惑った。あんまり覚えていないが、確かざまあみろと思った記憶がある。だがこれをフレドの前で話すのは得策ではない。


「あんまり、覚えていません」


「覚えていない……」


 フレドが表情の見えない顔をしていた。元々フレドは仕事柄、無表情だが、ひときわなにも読み取れない。テイニスは一生懸命嘘がばれないように平静を装った。フレドは急にほがらかに言った。


「そうか、君は自分の記事で人一人怪我させた時のことを、覚えていないんだね」


 テイニスはしまったと思った。嘘でもいいから、驚いて怖くなりました、とでも言っておけば良かった。だが今更、「覚えていない」が嘘だとも言えない。


「先ほどから、責任についての話をしているけど、なんでだと思う」


 テイニスは必死に下手に出た。


「俺がやったことを、えーと、してきたことの『責任』を、理解させようとしているんですか?」


「いいや、違う。私はね。君に自分が『化け物』だと自覚して欲しいんだ」


「は?」


 テイニスはとんでもないことを言われ、頭が真っ白になった。目の前にいるフレドは警ら隊の大物で、そんな公的な職業にいる人物の口から、出ていい言葉ではなかった。


「あのね。テイニス君。『普通』の人はね。誰かが怪我をしたと聞いたら、心配になるんだ。赤の他人でもね。ましてやそれが知り合いだったらなおさらだよ。そしてその怪我をした現場に、たまたま居合わせたら見舞いに行ったりもする。

 ましてや自分のせいで、『怪我をしたかも』しれないとなったら、まるで『自分の責任』のように感じるんだよ。

 例えば、知り合いとぶつかりそうになって、運悪く相手が転んで怪我をしてしまったとしよう。その怪我に責任はなくても、自分を責め、相手を心配し、見舞金を渡したりするんだ。あの時もっと、ゆっくり歩いていたらと後悔したりね」


「……」


「一方、君はどうだい。もういっそ清々しいくらいの冷血漢だよ。君はあきらかに自分の記事のせいで、ヒュイが怪我をしたと思っていた時ですら、罪悪感もなかった。ひどい内容の追撃記事を書き、さっき質問した時には、関係ないって言ってたね」


「……」


「私のここでの任務は、君に自分が化け物であると自覚させ、教育を施すことだ。さて今日はもう遅い。いったん家に帰りたまえ」


 フレドは立ち上がると、力強い足取りで部屋を出て行った。


 テイニスはのろのろと立ち上がると、部屋の入り口近くに立っている、ついたての向こうをのぞき、そこに座っている両親に声をかけようとした。


 テイニスの足音が近づくと、両親はびくりとおびえ、ひどい顔でテイニスを見た。テイニスを一瞬見た後素早く視線をそらし、テイニスと目を合わせようとしなかった。まるで二人の前に立っているのは、恐ろしい化け物であるかのように。


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