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3.もめる学校


 学園の中には不穏な空気が漂っていた。


 アラベリアが、ニナについての嘘の噂を流し、平民をたき付けていたからだ。


 いわく、ゼノンとヘスティアに取り入って、平民を見下している。いわく、自分だけ特別扱いを受けている。ニナは卑怯で卑劣な人間だと。

 そしてアラベリアは屋敷町で、ずっと面倒を見てやっていたニナに、迷惑をかけられていると、周囲に『相談』していた。


 その話を聞いた大半のものが、面倒ごとに巻き込まれないよう、笑顔で距離をとった。だがアラベリアの実家は街の名士であり、平民であれば逃げるのは難しかったのだ。そして厄介なのがそれを頭から信じ込んでしまう人間が、一定の割合でいるということだ。


「同じ平民のくせになんだ。あの思い上がった態度は。図々しい女め」


 アラベリアの手下……、いや友人のテイニスは、憤懣やるかたない、といった態度だった。テイニスはアラベリアと同じくらい、ニナに対して腹を立てていた。平民はこの学園の中では小さくなって暮らすべきだ。分をわきまえるべきだ。それなのにニナは、すべてのルールを守らず、好きかってしていた。


 身の程を教えるべきだろう。そのほうがニナのためなのだ。そして学園に通う自分たち平民に、迷惑がかかっていることを教えなければならない。テイニスは強い正義感からそう思っていた。だから使命感にかられ、学園にいる平民たちを積極的に扇動し、ニナの悪事を教えていったのだ。


 そんな風にテイニスは、まったく関係のない赤の他人であるニナに、自分の歪んだ正義感を振りかざしていた。そしてそれに気がついた平民たちの多くは、学園という狭い社会で、まきこまれないよう逃げ惑っていた。テイニスは大勢の平民たちの迷惑になっていたのだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 同じ頃、アラベリアの手下のサキは、困った事態になったと思っていた。サキの父親はアラベリアの父親の元同級生で、下請けの事業をやっていた。つまり父親同士が幼なじみで、その親の代から上下関係があり、仕事の上でも頭が上がらないのだ。


 とうぜんサキも小さい頃から、アラベリアにぺこぺこと頭を下げ、付き従い、使い走りをしていた。それ自体は構わない。しがらみの多い王都での生活では、親分がいる方が円滑にまわることのほうが多いものだ。自分が頭を下げ、アラベリアのご機嫌をとることで、親の仕事が上手く行き、家族の生活が円満にいくなら安いものだ。


 それにアラベリアは主人にするには、安い人物だった。お世辞を真に受けるので、ちょっと良い事を囁けば、簡単に機嫌が良くなった。サキに傲慢なことを言ったり、見下した行動を取るが、どれも実害はないのだ。


 なによりサキが困っていると、助けてくれる面があった。アラベリアは頼りになるのだ。サキの住んでいる地区が、一時期つまらない行き違いで、隣地区といざこざを起こしてしまった時、「身内のことだから」とアラベリアが出張って、家の権勢を盾に解決してくれたこともあった。


 アラベリアは自分の手下がやられるのは、まるで自分が舐められているようで我慢できなかったのだ。そしてアラベリアは得意げに、自分の手腕を自慢するのだ。サキは本心から感謝し、アラベリアを褒め称えた。アラベリアは少し頬を染めながらも、まるで「もっと褒めろ」と言わんばかりに鼻を高くした。ちょっと赤くなったアラベリアを見たサキは、自分の主人が扱いやすく、頼りになり、そして可愛いらしいことを神に感謝した。


 だからサキは自分の人生に、なんの憂いもなかったのだ。将来安泰だとさえ思っていたのだ。


 しかし学園に来てから、一気におかしくなった。そう思った平民はサキだけではない。学園に通う同じ平民のニナに、アラベリアはちょっかいを出していた。ニナは侯爵家のゼノンとヘスティアの侍女で、あきらかに二人から特別に扱われていたのだ。敵に回してはならない人物だった。


 だがアラベリアにはなにか感情のもつれがあり、あらゆる手段を使って、ニナを自分の下に置こうとしたのだ。


 当初、ニナと侯爵家の二人は、目立った護衛もなく、初めて会ったクラスメイトと普通に話をしていた。だがアラベリアがニナに不用意に近づこうとする度、パージテル兄妹は警戒し、アラベリアを追い払うようになり、そしてとうとう廊下で警備する護衛が増え、終いには神殿騎士エリックまでが教室内で待機するようになった。


 異常だった。


 だがそのことをアラベリアにさりげなく伝えても、テイニスに強く言っても、二人はまったく聞き入れなかった。アラベリアとテイニスは、まるで競い合うようにおかしくなっていった。


 サキも最初は指示通りニナを見下した。言われたとおり噂をばらまいたり、悪口を言ったり、決められた嫌がらせをしようとしたりもした。

 だがもう事態はかなり危険な所まで来てしまっていた。


「お父さん、どうしよう。このままでは、アラベリア様は大変なことになってしまう」

「そんなことを言っても、どうしようもないだろう。我が家は従う道しかないんだ」


「そんな簡単なことじゃない。侯爵家を敵に回しているのよ」

「だがそのニナという生徒は、ただの平民なのだろう」


「でもパージテル兄妹に気に入られているの」

「だがそんな高貴な方に気に入られても、結局、平民なんだ。しょせんはこの王都から出られないのだから、アラベリア様より身分は下だろう。三年間、うまくやり過ごせないのか。卒業してしまえば関係は切れるのだろう」


「お父さん。お願い聞いて。私にはどうしても、そんな簡単なことだとは思えないの」

「……ふむ。お前がそこまで言うのなら、そのニナという生徒を少し調べてみよう」


 サキの父親が調べた結果、詳しいことまではわからないが、神殿内で特別な地位にあるらしいことがわかった。「わからない」というのがニナは「特別」だとの答えだった。ただの平民だったら、秘密にされていることなんて、なにもないのだから。


 だがこの報告書が届くのは、アラベリアとテイニスが事件を起こした後だった。サキは間に合わなかったのだ。



◇◇◇◇◇◇



 学園でなんとかニナに接触しようとしたアラベリアは、厳しい警備に諦め、今度はニナの実家を訪問しようとした。ニナに立場をわきまえるよう、警告しようとしたのだ。


 サキとテイニスを連れて、屋敷町のニナの家を訪れた所、大分前に引っ越したと言われた。なぜか四年前に王都の中で神殿関係者が居住する、特別な邸宅街エリアに引っ越していたのだ。アラベリアは父親の権力を使い、そこに訪問しようとしたが、どういう訳かうまくいかなかった。父親に叱責されたのだ。


「アラベリア。お前はなにをやっているのだ。今日、司祭様に呼ばれて行った所、もうニナ・グリーンと、その一家には近づかないよう、きつく注意されたぞ」


「……誤解です。お父様。私はニナに分をわきまえろと、注意したかっただけです。彼女は学園で増長していて、このままでは大変なことになってしまうでしょう。親切心で言ったまでです」


 心配と怒りの両方を見せた父親に、アラベリアは言い訳をした。父親は鼻をならした。


「ふん、どうだか。なんでも司祭によると、お前はニナ・グリーンと一緒だった十二歳の頃にも絡んでいて、そのことで何度も注意されたそうだな」


 アラベリアはあまりにも心外で、顔が険しくなった。子どもの頃にも、ニナに立場をわかってもらおうと強く言った。それをそんな風に誤解されるなんて。ニナはどんな告げ口をしたのだろう。


「誤解です。私は親切で」

「もういい。いいか、ニナ・グリーンには近づくな。絶対だ」


 父親は事情も聞かず、言いたいことだけ言うと、出て行った。父親がこう言ったら、絶対だということはアラベリアにもわかった。ニナの実家の線は諦めた方が良いだろう。だが上流階級のアラベリアと違って、向こうはたかが富裕層の小娘なのだ。どうとでもなる。アラベリアは普段自分が使っている、からめ手が次々に封じられ、頭に血が上った。だから自分の怒りを、周囲のクラスメイトを使ってニナにぶつけることにしたのだ。



◇◇◇◇◇◇



 翌日からアラベリアは知り合いの枠を超えて、学園の平民の生徒たちにニナの『相談』をした。アラベリアの真似ばかりをするから、悩んでいると相談すれば、仕方がない生徒がいるものだとニナは自然に見下された。相談の内容が軽いから、今までそれほど巻き込まれていない層には、かえって信じやすかったのだ。ニナはゼノンとエリックの二人を侍らせ、悪目立ちをしていた。しかしヘスティアもべったりで、どうやっても平民が近づくことは出来なかった。


 だからこそ、いちいち表には出さないが、「平民の癖に」と腹を立てる生徒も、アラベリアやテイニスほどではなくても、中にはいたのだ。



◇◇◇◇◇◇



 ニナの元へ、テイニスを始めとした平民の生徒たちが、たき付けられて数人で訪れた。


「なあ、ニナ。なんかアラベリア様が困っているらしいんだ。話だけでも聞いてやれよ」


 まるで知り合いかのごとく話しかけてきたのだ。

 もちろんゼノンやヘスティアだけでなく、神殿騎士エリックが間に入った。それをテイニスや取り巻きは抗議した。


「俺たちはただニナと話したいだけなんだ。それなのにこんな風に嫌がるなんて、何様なんだ。侯爵家の方々と一緒にいて、自分も偉くなったと勘違いしているんじゃないのか」


 一緒にいたアフラという女生徒は憤った。


「アラベリア様から話は聞いたわ。面倒を見て下さっているのに、返事もしないって。何様のつもりなの」

「いつもアラベリア様の真似ばかりして、恥ずかしくないのか」

「とにかくこのままじゃらちがあかない。俺たちと裏庭で話そう」


 その生徒たちは、なぜか自分たちには、赤の他人を裁く権利があると思っているようだった。

 そんな風に誘われてニナは願い下げだった。この状況で、ほいほい裏庭についていく女性なんているものか、と思った。質が悪いことにこの人々は自分たちが正しいことをしているという、正義感から行動しているのだ。自分より身分の高い人間もいる場で、こんな言い方が出来るのは、使命感からなのだ。


 教室の中が緊迫した空気に包まれ、騎士が強制排除しようとした時、朗らかな声が聞こえた。


「もめておるようだな。まずはワシが話を聞こう」


 なんと後ろに学園長その人が、小柄な姿でちょこんと立っていたのだ。

 なぜか味方をしてもらえると思ったらしいテイニスたちは、学園長に向かって、口々に、ニナを糾弾し、そしてアラベリアをかばった。廊下で待っていたアラベリアは、学園長が出てきたのを見て「失敗した」という顔をしていた。


 テイニスは、ニナを裏庭で糾弾できると本気で思っていた。なぜなら自分は正しいと思っているからだ。


 一方アラベリアは、それはさすがに無理だろうと予想していた。アラベリアの狙いは複数の生徒がニナを糾弾する様を、大勢の前で見せてニナの評判を落とすことと、アラベリアがニナの被害者としてまわりに印象づけることだった。ニナとテイニスたちがもめている仲裁をして、ちょっと涙でも見せてやれば、大衆は簡単にアラベリアになびくだろうと思っていたのだ。


 どうしてそう単純に考えたかというと、今までずっとそうやって人を支配してきたからだ。だが貴族学園は別の支配構造を持っていた。平民のアラベリアは、高貴な身分であるここの教師や職員、ましてや学園長がこんなに簡単に出てくるとは、思っていなかったのだ。だがここは貴族の子弟を教育するだけでなく、保護する施設でもあるのだ。そこで平民が暴れていたら、真っ先に駆けつけるのは当たり前だった。貴族は秩序を守るのが仕事なのだ。


「ではみなさん来なさい。学園長室で話を聞こう」


 テイニスたちは口々に文句を言った。ニナと話したいのだと。


「駄目じゃ」


 学園長は有無を言わせず、きっぱりと言った。


「学園でもめ事は許さない。まずはワシが話を聞く」


 そうして学園長はアラベリアとテイニスたちを連れてクラスから出て行った。


 つまりテイニスたちは、目の前にいた侯爵家の令息令嬢と、警備の神殿騎士たちの言うことには従わなかったのに、学園長という権威には従ったのだ。

 まるでテイニスたちは、ここは平民の学校で、生徒はみな平等。生徒には自己を主張する権利があるとでも勘違いしているようだった。


 彼らの頭の中の秩序が、おかしなことになっているのを目の当たりにした、他の生徒たちはみな顔色が悪かった。




 ◇◇◇◇◇◇



 なんだか学園の中に、毒物でもまかれているような雰囲気になったその日、王都はにわかに騒がしくなり、そして翌日から遠征に出ていた聖女と、おつきの王子殿下一行が登校してきた。近くで見ようと生徒たちが押し寄せた。


「ちょっと押さないで」

「見て、リチャード第三王子殿下よ。なんてお美しい」

「まあ、聖女ダイアナ様だわ。神々しいわ」


 学園の三年生に属している聖女ダイアナは、精力的に遠征の後片付けをし、すぐに登校してきた。ダイアナはつねにリチャードと、高位神官の子息デイモン、騎士団長の子息アレックス、公爵令息のジェイソンと行動を共にしている。


 聖女はわざわざ、ゼノンとヘスティアのクラスにやってきた。信仰心篤いパージテル侯爵家の兄妹は昔から聖女と仲良しなのだ。


「ゼノン、ヘスティア。久しぶり。今日のランチは一緒に食べない?」

「「お疲れ様です。ダイアナ。はい、喜んでお伺いします」」


「ニナ、学校はどう? 今日のランチ来てね」

「はい。ダイアナ」


 騒がしくやってきたダイアナは、風のように去って行った。

 聖女の名前を呼び捨てにした、ニナを残して。




 高位貴族の面々は、神殿で聖女を見ることは時々あり、ニナがよく付き従っているのを見ていた。だからニナは平民だが、神殿内でなにかの役割があるのだろうと推測していた。例え公表されていなくても。そもそもそういった立場でなければ、パージテル兄妹の侍女なんてなれないだろう。


 低位貴族も同じような当て推量をしており、また用心深かったので、ニナには貴族に対してと同じような態度で接していた。


 しかし聖女の呼び捨てを聞いて、おかしくなったのは平民たちだった。いや一部の平民たちがおかしいのはずっと前からだった。


 平民たちは普段は用心深い。身分制度の下に位置しているのだ。用心深くもなる。だがこの学園に入学したのはその中でも富裕層、とくに上流階級と呼ばれる身分の平民で、彼らの世界では子どもの頃から敬われていた。


 それが学園に入ると急に、ぺこぺこと頭を下げ、小さくなる立場になったのだ。それにもかかわらず、アラベリアの手下のはずのニナだけが、大きな顔をしているのだ。おまけになにを勘違いしたのか、親分のアラベリアに逆らって、言うことを聞かなくなっていた。


 この時普通ならニナとアラベリアに、上下関係どころか関係がないと気づくだろう。気がついた人間はもちろんいた。


 だがアラベリアが刷り込んでしまった、


「アラベリアの真似ばかりするニナ」

「アラベリアに面倒ばかりかけるニナ」


 これを入学時に信じ込んでしまった人々は、その後もそのフィルターを通してしか物事が見えず、ニナには制裁が必要だと思い込んだのだ。


 自分たちが不愉快にも頭を下げている横で、同じ平民のニナが特別扱いされているのは、彼らの不公平感に火をつけた。



◇◇◇◇◇◇



 聖女が戻ってきてからは、ニナは毎昼のランチを聖女ご一行ととっていた。


「そういえば、ニナは外国語はなにをとるの」

「ニナは古語を選択する予定です」

「ニナは神学を勉強したいそうで、古語は必須なんです」


「ニナは本当に勉強家ね」

「「ええ、ニナはとても真面目で」」


「当然あなたがたは、ニナと同じ古語を選択するのね」

「「とうぜんです」」


「じゃあ、もう、申請はしたの?」

「「いえ、お邪魔虫がいて。あいつの申請が終わってから、申請しようと」」

「あなた方もたいへんね」


 この面子ではニナは喋る必要がなかった。聖女はとてもバイタリティ溢れる人物で、時にはべらべらとよくしゃべった。パージテル兄妹も、ニナの代わりによくしゃべるため、聖女と兄妹の三人で話が進むことがよくあった。


 隣には王子殿下たちが、座っていらっしゃるのに。


 ちらりと見ると、食べることが好きな王子殿下は、嬉しそうに咀嚼しており、端正な容姿にもかかわらず、表情はまるで温泉につかるカピバラのようだった。神官補佐のデイモンを始め、男性たちは、遠征では味わえない彩り豊かなメイン料理や、香り高いコーヒーを味わい、深いため息をついていた。


「これやな」

「そうそう、これこれ」

「うんうん」


 短い言葉と相づちで、男性だけの世界を作っている。時々こぼすが遠征中の食事はよほどきついらしい。たまに学園に来ると、食事に時間をかけ、まるで縁側で日向ぼっこをするおじいちゃんのように、のんびりとお茶を飲んでいた。


 聖女がランチを取る場所は、広い庭園に面したオープンスペースで、周囲から一段低くなっているので、まわりの視線を集めた。おまけにこの場所は広い吹き抜けになっていて、二階は生徒たちが通り抜けられる廊下になっていた。情報厚めに敏感な生徒たちは、二階の廊下から見下ろし、下の特別に作られた、高位貴族のためのオープンスペースで、今、誰が誰と食事を共にし、誰と親しくしているのかを抜かりなく目を配っていたのだ。


 そこでゼノンとヘスティアは、隣国の言語を習得しておくと、三年次の試験に役立つ話を通る声で話したのだ。




 そしてゼノンは用意しておいたプレゼントを、満を持してニナに渡した。大きめの箱に派手なリボンがかけられたもので、それはまわりの注目を集めた。ニナが驚いて開けると、中にはカバンのプレゼントが入っていたのだ。繊細な光沢の生地に、鮮やかな縫い糸。そして随所に使われた金具は、緻密な彫刻がほどこされ、一財産かかるほど高価なのが見ただけでわかった。さすがのアラベリアでも簡単に手に入れることはできない。


 ニナは内心は、物怖じしたが、アラベリア対策というゼノンの意図を考えると受け取る以外の選択肢はなさそうだ。


「ゼノン。ありがとう。とても嬉しい」

「どういたしまして」


 ゼノンはニナの笑顔が見られて嬉しく、少年のように無邪気に笑った。ゼノンのそんな顔を見て、周囲がさざめいた。ゼノンは入学前に自分がプレゼントしたカバンに、アラベリアにケチをつけられてずっと気にしていたのだ。そのため簡単にはまねできないようなカバンを作らせていたのだ。


「ニナ。そのカバン光にあててみて」


 ニナがそうすると、カバンにゼノンの紋が浮かび上がった。パージテル侯爵家の家紋の杯が伏せてある図案だった。


「ゼノンの紋……なの? いいの。こんなにすごいものを」

「私の紋を織り込んで布を作らせたんだ。それなら絶対に真似できないだろう」


「ゼノンったらすごい独占欲」


 ヘスティアがあきれてつぶやいた。


 その後ろでエリックの目が妖しく光った。エリックの次のヘスティアへのプレゼントはカバンに決まったようだ。


 ゼノン個人の紋が入った布なら、さすがのアラベリアも真似はできない。ニナの体のしこりがまた一つ消えた。最近はずっとこうだ。みんながニナを応援してくれている。ニナは背筋をのばそうと思った。


 ニナは外国語選択の申請用紙に隣国の言語を書いたものをわざと教室に忘れた。これを見たアラベリアが引っかかってくれるといいのだが。


 だが古語を選択する者はまずいない。普通は神学を勉強するための言語で、低位貴族以下は必要な場合神殿で習うからだ。そして高位貴族は自分で家庭教師を雇うため、学園という場所で習うものではなかった。だが古語は、この国の言語の基本とされ例え習うものがいなくても、毎年授業は行えるよう準備されていた。


 この学園には古語の権威、ノーマン教授がいる。ニナは教授から直接古語を習いたくて、この学園に来たのだ。


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