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聖女のタマゴは頑丈だそうです  作者: 林はるる


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11.テイニスの才能

全編、テイニスのリハビリについてです。ご興味のない方は飛ばして下さい


 テイニスはフレド監修の元で、再教育を受けて一年が経った。


 今は父親の事業を研修という名目で手伝っている。母親と姉二人とはずっと会っていない。友人も来なくなり、孤独な日々だった。



 テイニスは今でも、諸悪の根源は『ニナ』だ、ということにしていた。


 そしてそのことを、現実のニナに申し訳なく思っていた。

 なぜなら自分の心は、支えになる外部要因がないと、成り立たないほど空っぽで、『卑劣なニナ』に、その役割をしてもらっているということを、頭では理解できるようになっていたからだ。


 テイニスは、ニナに手を引いてもらい人生を歩んでいる、子どもだった。


 フレドたちの話では、テイニスがきちんと自分の足で歩けるようになったら、自然と『ニナ』への執着はやわらぐだろうということだった。だからテイニスは焦らず、だが毎日地味な努力を続け、自分を育てた。




 動物には優しいテイニスは、病気や事情がある動物を放っておくことができず、世話を焼くペットの数は一定数いた。自費で動物の病気を治し、きちんと躾もするため、テイニスが面倒をみている動物たちは、ペットとして人気があり、元気になると瞬く間に近所の富裕層が引き取っていった。


 父親も、こういう仕事が世の中にあれば、テイニスも働けるのではと思ったほどだ。


 そんなある日、航海に出ていた四歳年上の友人マックスが訪ねてきた。マックスは真冬に真っ黒になった場違いな格好で陽気に現れたのだ。


「すげえ久しぶりだな。元気だったか。お前でかい事件起こしたんだって。やるじゃないか」


 家内にいた動物たち、特に犬は声量のあるマックスの声に過敏に反応し、尻尾をふってかけよったり、吠えたり、大騒ぎになった。ネコや鳥も好奇心丸出しで挨拶に訪れ、群がるのを、マックスは明るく歓迎している。


「すげえな。お前の動物たち」

「ごめん。こんなに反応したのは初めて見るな。噂は……、どこで聞いたんだい?」


 テイニスは久しぶりに、そのことを面と向かって言われ不安になった。


「俺、港で働いているからさ。王都の噂なんて筒抜けだぜ。下手したら街よりも、港のほうが噂は早く伝わるから。あれって不思議だよな。海に出てても噂って伝わるんだぜ」


 ろうろうと響く声で言われたが、筒抜けという言葉でかえって安心した。マックスはすべて知っているのだ。肩の力が抜けたテイニスは、ひとしきりマックスと話をした。そしてきりが良い所でマックスは話し出した。


「今日ここに来たのは、お前に相談があってのことなんだ。実は俺の同僚が積み荷の運搬で、事故を起こして、足を怪我しちまったんだ。それで船では働けなくなって……。そいつ親とか子どもとかいてさ。かみさんだけの稼ぎじゃやっていけないから、仕事を紹介して欲しい。頼めないか」


「俺は今、まわりに人がいないから、口を聞くとしたら父親しかいないんだ。だからそれで良ければ」


「もちろんだ。頼む」


「その人は今までどんな仕事をしてたんだ。例えば航海士とか、それとも積み荷の管理とか?」


「子どもの頃から船に乗ってて、積み荷の管理もするが、甲板で道具を管理する方が多いかな。そいつ教え方が上手いんだよな。だから若手に頼られるし、なんか信頼できそうっていう話し方するから、親方、あ、船長とか上の奴らにも頼られる」


 テイニスはマックスの、一見参考にならない人物評を聞いて、掘り出し物かもと思った。船乗りというのは一度海に乗り出したら、なにも頼れない。だから仲間内の結束は固いのだ。その中でさらに、上下問わず信頼されている人物なんて、こちらから引き抜きたいぐらいだ。


「わかった。ちょっと話してみる」


「やった。テイニスにお願いしたら、絶対になんとかしてくれると思っていたんだ。いつも悪いな。土産に外国の昔話仕入れてきたから。お前の好きそうな話、いろいろ揃えてきたぜ」


「いつも?」


 テイニスはなんのことかわからず首をかしげた。

 マックスはほがらかに笑った。


「出たよ。テイニスの無意識。お前、何回も俺のこと助けてくれたけど、本当わかってないよな」


 その時マックスが話した内容を、テイニスは覚えていた。

 きちんと覚えていたが、そんなに大したことはないと、ずっと思っていたのだ。




 マックスと出会ったのは、港にネコを見に行った時だ。港のネコは用心深く大胆な海賊だ。おもしろいと見ていた時に、男が船乗りの職に就きたいと、責任者に嘆願していたのだ。


 港には若くて健康な船乗りが、ごろごろいる中、その男はやつれて、どこか怪我をしているようだった。その背中を、赤ん坊を抱えた男の妻が、悲愴な顔で見ていて、そのスカートに子どもが何人か隠れていた。その男の長男がマックスだったのだ。


 マックスは父親のみじめな背中を見ながら、小さな体で懸命に荷下ろしのアルバイトをしていた。おそらくこの一家の生計は、マックスが担っているのだろう。


 気の毒に思ったテイニスは、男の妻に小銭と、ネコに上げるために持っていたチーズを与えたのだ。


 テイニスはその日の食べ物になればと思い、チーズを与えた。だが受け取った男の妻は、テイニスが去った後、その包み紙に庶民ですら知っている、高級店の刻印が押してあることに気がついたのだ。あわてて街の中でも比較的高級なお店に持ち込むと、目がとびでるほどの高値で売れたのだ。


 そのおかげでマックスの一家は生き延び、父親の怪我が治るまでの二週間をやり過ごすことができた。それがきっかけでマックスとテイニスは知り合ったのだ。


 その話を持ち出され、テイニスは少し気恥ずかしい気持ちになった。そして自分の変化に戸惑った。なぜならテイニスは、以前はそんなことはたいしたことではない、と思っていたのだ。富めるものが貧しきものに与えるのは当然だと。


 だが今は自分がしたことが、誰かの心に残っているということが、なんだか『社会と関わっている』と強く感じるようになったのだ。とても落ち着かない気分になった。


 別な話もされた。マックスには弟妹がいるが、立て続けにひどい風邪をひいたことがあったのだ。マックスの家は貧しいから医者など頼めない。家計にとっては高価な薬も買ったが、民間療法と大差なかった。中々治らず、終いには一番下の弟が重症になった。


 追い詰められたマックスは、テイニスのところに来て、医者を頼むための金を融通して欲しいと頼んだのだ。テイニスのところには、その時たまたまかかりつけ医が来ていた。マックスはその時始めて、世の中には誰も病気になっていないのに、定期的に医者に診てもらうという世界があるのを知った。


 マックスの話を聞いたテイニスは、かかりつけ医に診てくれないかと頼んだ。医者は内心面倒だと思ったが、得意先の坊ちゃまの頼みであるし、たまたま行く先が同じだったので、引き受けたのだ。


 弟妹たちの診察が始まると、先ほどまで面倒だった医者は条件反射で手当を始め、てきぱきと薬を塗って飲ませて様子を見た。弟妹たちはしばらくして薬で呼吸が楽になると、まるで意識を失うように勢いよく眠り始めた。その姿は先ほどまでとは違い、力強さを感じさせた。


 それを見ていた母親は安堵した次に薬代を考え真っ青になった。だが医者はマックスの一家に請求しなかった。正直薬代はそれほどでもなかったが、それでもマックスの一家が払うのに時間がかかるだろうと思ったからだ。何ヶ月も滞納されて、催促するのも馬鹿馬鹿しい。それならテイニスの家に請求しようと思ったのだ。テイニスに一言確認すると、「ああ、いいよ」と鷹揚に答えた。



 マックスの話を聞いて、テイニスはわかったことがあった。


 テイニスは今でもマックスにしたことは、たいしたことではないと思っている。だからマックスの反応は『大げさ』に感じられた。

 そしてテイニスはニナにしたことに対する世間の反応も、同じように『大げさ』だと感じたのだ。


 だがフレドに言われたとおり、テイニスのほうがずれているのなら、世間の反応のほうが正しいのだ。テイニスは良くも悪くも、自分のやったことが、世間に与える影響を、正しく評価できないようだった。


 それがわかると、自分のやったことが、どれだけ世間に悪評を残したのだろう、と考え暗い気分になった。だが目の前のマックスが、当時のことをはっきりと覚えていて、何年も経った今でもテイニスに感謝していると言う姿は、テイニスの心を暖かくさせた。


 そして今まで自分の世界に閉じこもって、その中で生きてきたテイニスは、とつぜんマックスからの働きかけによって、丸裸で世界に放り出されたような気分になり、急に不安になった。


「あのさ、俺のこと、どんな風に聞いているんだ? あと俺の所に来るなんて、怖いと思わなかったか? 俺は捕まったんだし」


 マックスは笑い出した。その響く声で、また動物たちが嬉しそうに騒ぎ出す。


「その顔で怖いかと言われてもな。お前、俺たちが運ぶ荷物、一つも持てないほど軟弱だろう。テイニスが全力でかかってきたとしても、俺の母さんや妹ですら、軽く弾き飛ばせるぜ」


 テイニスはちょっと赤くなった。


「確かに、マックスのお母さんにお会いすると、いつも『二の腕細いねえ』って笑われるんだ」

「そうだろう。そうだろう」


 マックスは、うんうんうなずいた。


「そうだなあ。事件のことを聞いた時は、とうとうやっちまったかあって思ったよ。でも仕方がないよな。それがテイニスだし」


 マックスが事件のことを予想していたことも、それがテイニスだと思っていたことも、どちらも意外だった。


「事件のことを……、予想していたのか?」


「ああ、だってお前、浮世離れしていたからな。

 ネコにあんな高価なチーズやるわ。知らない俺たちに恵んでくれるわ。

 下の弟が裸足で歩いていたら、高給革靴をくれたこともあったな。俺、あんな小さい子供用の革靴が存在するなんて始めて知ったぜ。

 とにかく危なっかしかったなあ。誰か止めないのかよって心配したけど、テイニスの親父さんたちって……、ああ、ごめん。

 とにかく一番驚いたのは、動物を病院に連れていくことだな。こんなんで生きていけるのかなって思ったけど、金持ちだからそういうもんなのかな、とも思った。

 俺が口を出すことじゃないけど、でもやっぱり心配だった。

 だから事件を起こしたって聞いて、船を降りてすぐに会いに来たんだ」


「え? 同僚に仕事を紹介してもらいに、来たんじゃないのか?」

「ああ、それ、ついで」

「そっちがついでなのか?」


「ああ、だってテイニスは、誰かのために動く方が好きだからな。そういう話のほうが、元気が出ると思ったんだ。だから同僚に頼まれた時、テイニスに会いに行く口実ができたなって思った」


「『それがテイニス』ってどういう意味だ?」


「世間とずれてるってこと。この街でテイニスは、たくさんの人を救った。でも本人は知らず知らずなんだよな。それと同時にテイニスは、たくさんの人を傷つけたよ。とくに学校でまわりを巻き込んだ件は最悪だ。だけどそれもわからないんだろう。ずっと昔から、『それがテイニス』だからと俺は思っていた」


 フレドや他の担当官が、テイニスにずっと働きかけてきたことが、マックスの言葉でじんわりと沁みるようだった。


「なあ、テイニス。どうしてそんなことをしたんだ?」

「そんなことって?」


「聖女の付き人ニナ様を糾弾した理由だよ」

「それは……」


 テイニスは、少なくともあの時、自分はニナが悪事を働いている、と考えたからだと答えようとした。だがマックスは先回りした。


「ニナ様がどうこうって意味じゃない。テイニス自身はなにを考えて、糾弾したんだ。それをしてどうなると思ったんだ」


 テイニスは答えを持っていないことを自覚した。

 テイニスの中身は空っぽだった。

 例えニナがどうであろうと、糾弾したのになんの理由もなかったのだ。



◇◇◇◇◇◇



 テイニスが父親にマックスの話をすると、すぐに商船会社を紹介された。


 経歴からそのまま現場責任者となり、就いてすぐ高給を得ることができた。

 港では優秀な人材は引っ張りだこなため、テイニスが口をきいた話はすぐに噂になった。


 テイニスの元へは職を求める人と、人材を求める人が訪れるようになったのだ。それらやりとりは港でも当然行われていた。


 テイニスが他と違ったのは、訪れた人が怪我をしていたのなら、まず怪我を治し、飢えているのなら食事を与え、家族の世話をした。優秀な人材が、つまらない求人につかないよう調整し、その能力に見合った仕事に就けるようにした。そしてよりよい職に就けるよう、必要なら教育も施した。


 なにより違ったのは、テイニスには儲けようという気が、なかったことだ。だからひたすら真面目に取り組み、親身に世話をした。大事に世話をしている動物たちのように。テイニスの父親は意外な才能に驚き、そしてマックスが昔から、その才能に気がついていたことを知り、なんとなく恥ずかしかった。


 だがテイニスのやりかたは、極端すぎて危なっかしかったため、事務員を何人か雇い、手数料を取り採算を考えるように指導した。テイニスは補助付きで実業家として、その後成長したものの、いつまでたっても自分を評価することはできなかった。だが自分が世話をする人材に関しては、真剣に考えて、あれこれ工夫したのだ。


 中には良い仕事を紹介したのに、不義理で辞めたものもいれば、大切な人材を消耗品とした酷な現場もあった。人に裏切られるのは、一見テイニスには苦手そうな分野だと、父親は思ったが、意外なことに淡々と処理した。


 テイニスは動物の世話で慣れていたのだ。世話をしたからと言って、すべての動物がなつくわけでもないし、引取先が良心的な家ばかりでもない。限られた条件の中で、最善を尽くし、裏切られても努力を続けることを。その姿勢は素晴らしいものだった。それなのに以前のテイニスは、それが当たり前でたいしたものではないと思っていたのだ。




 テイニス自身は、あまり『育てられる』という経験を与えられなかった。

 だが人を育てる才能はあったのだ。

 その才能は元から持っていたものであり、そして事件後に警ら隊のフレドたちを始め、テイニスに関わった人たちが、テイニスを伸ばそうと働きかけたものを、素直に吸収したものでもあった。


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