第六十話 喪失
私が眠っている間に、文化祭は無事に終了した。私はあの教室で倒れていたみたいで、ヴァーレシア先生が起きるまで面倒をみてくれていたの。
ヴァーレシア先生が言うには、体を痛めないようにマットが敷いてあり、掛布団まであったそうだ。その姿は、その空き教室を根城にして生活しているようだったと、軽口を言っていた。
でも、今の私にはそれに対して面白い返しをする余裕なんて無く……涙で目を赤く腫らしながら、家に帰って……パパとママに何も事情を説明せずに、ベッドで丸くなって……一晩中すすり泣いた。
そして、一日休日を挟さみ、エルヴィン様とお別れしてから初めての登校日。
やはりというか、エルヴィン様が迎えに来ないので、初めて一人で学園に行くことになった。なにかあってはいけないので、今日はいつもより早めに準備をしているの。
「そろそろ出た方が良いかな……それじゃあパパ、ママ。いってきます!」
「…………」
「…………」
事情は一応話して、その後に散々泣いちゃったとはいえ、これ以上心配をかけないように明るく振る舞ったけど、二人の顔は優れない。
「おう、アイリーン。つらいなら無理すんな」
「私達ね、アイリーンの力になりたいの」
「パパ……ママ……うん、ありがとう。私、二人の子供で本当に幸せだよ。それじゃあ、今度こそいってきます!」
二人の優しさへの嬉しさが、キラリと輝く雫となって頬を伝る。
本当だったら、パパとママに抱きついて、子供のように泣いて甘えていたいけど、そうは言っていられない。私はもう良い歳なんだから、いつまでも甘えてなんていられない。
「……さあ、早く行こう。もしかしたら、エルヴィン様に会えるかもしれない」
儚い希望を持ってセレクディエ学園に向かう。いつも馬車で行っていたから何も感じなかったけど、歩くとかなり距離がある。早めに出たはずなのに、ついた頃には、もう多くの生徒が登校していた。
そんな中、周りの生徒の視線やヒソヒソ話が、いつも以上に感じた。
「あれだよな? 急に中退した生徒と一緒にいた女子って」
「くすくす、お気の毒ねぇ。痴話喧嘩でもしたのかしら?」
「ざまぁありませんわね! 私達のエルヴィン様を独占するからこうなるんですのよ!」
私を慰める言葉は、一つもない。あるのは憐れみや中傷といった類の物ばかりだ。
やっぱり……エルヴィン様は、すでに学園にはいないってことなのね……私、これからどうすればいいの……? こんな大きすぎる喪失感を抱えたまま、勉強なんてできっこない……。
「おや、おやおやおや? これはアイリーン、朝から随分な落ち込みようじゃないか! この俺様が、話を聞いてやろうかぁ?」
「…………」
子供が大好きなおもちゃを貰った時のように、キラキラした笑顔を浮かべながら、一番会いたくない人が、二人の妹と未来の妻を侍らせてやってきた。
なんとなく、予想はしていた。こんな話が既に出回っている状態で、ゲオルク様達が私に絡んでこないなんてことは、絶対にあり得ないと。
けど、こんな予想、絶対に外れてほしかった。だって、今は相手をするほどの、元気も余裕も無いんだもの。
「きゃはっ! すっごく良い表情……! まるで世界が終わったかのような絶望顔! 女狐がそんな顔をしてるの、久しぶりに見たよ~! 女狐が落ち込む顔、サイッコー……!」
「……用がないなら、帰ってください」
「ありゃ、冷たいんだー。そんなだからぁ……王子様に逃げられちゃうんじゃないの?」
「っ!?」
ミア様が私だけに聞こえるように耳打ちしてきた言葉は、明らかにおかしいものだった。
だって、エルヴィン様はずっと自分が王子だったということを、魔法を使ってまで隠していた。それを知るには、普通じゃできないはず……それを知っているってことは……まさか!?
「あなた達が、今回の一件に関わっているの!?」
「まあ、声を荒げてみっともないですわね。ワタクシ達が一体何をしたというんですの」
「とぼけないで! どうしてあなた達が、エルヴィン様の事情を知っているの!?」
「さあ、なんでだろうな? 俺様にはよくわからんが、一つだけわかることがある。それは……エルヴィンが、貴様を捨てたってことさ!!」
天を仰ぐように両手を広げ、芝居がかった声で宣言すると、周りの生徒達の視線が更に集まってきた。
「本当に哀れなものだな! 愛する男に捨てられるだなんて! 哀れどころか、惨めじゃないか!」
「っ……うっ……うぅ……」
……悔しい……悔しいよ……愛する人の気持ち一つすらわからないで、多くの人に嘲笑され、同情され……悔しくて、涙が零れそう。
だけど、泣いたら敗北を受け入れることになっちゃう。心はほとんど折れてしまっているが、まだ耐えられる。
「ああ、そうでしたわ。私、父を通してとあることを耳にしましたの」
今までずっと黙っていたルシアが、私にそっと耳打ちをしてきた内容は、私の心を折るものだった。
その内容とは……すでにエルヴィン様は王女様と同じ部屋で過ごし、毎晩激しく愛し合っているというものだった。しかも、その言葉からは嘘の臭いがしない。
エルヴィン様は……私のことよりも、その王女様のことが良いんだ……そう考えたら、もう動く気力すらなくなってしまった。
「ど、退いてください……通してください……! あ、アイリーンさん!」
「……だれ……?」
「なに言ってるんですか? ソーニャですよっ!」
ああ、ソーニャちゃんかぁ……え、えへへ……ごめんね、ソーニャちゃん……私、もうダメかもしれない……もう生きる気力がわいてこないよ……。
「アイリーンさん、こっちです! さあ、立って!」
「…………」
無理やり立たされた私は、ソーニャちゃんに肩を持ってもらいながら、ゲオルク様や生徒達の囲いから抜け出した。
そして、向かった先は……夏休みの時にずっとお世話になってた、ヴァーレシア先生の研究室だった。
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