第五十七話 灰色の世界
■エルヴィン視点■
「アイリーン……僕は……」
そのまま歩を進めて、アイリーンに会って……今聞いた話を伝えれば、一緒に解決方法を考えてくれるかもしれない。
もしかしたら、僕の手を取って誰にも干渉されない場所まで、一緒に逃げてくれるかもしれない。
そんな甘い誘惑に魅入られそうになったが、僕は自分の頬に向かって拳を振り抜くことで、誘惑を断ち切った。
「情けない……僕は、アイリーンを巻き込みたくないと思っていながら、自然とここに来て、アイリーンに救いを求めていた……!」
僕は、なんて弱いんだ。これではダメだ……もっと強くならないと。
僕はこの国の王子……国と民を危険に晒すことなど、あってはならない。
それに、この世界に生きる一人の人間として、愛する人を危険に晒すなんてこと、あってはならない。
「ごめん、本当にごめんよ、アイリーン……」
僕は両の手のひらに爪を深く食い込ませるほどの握り拳を作りながら、その場を後にしようとすると……突然家の扉が開いて、アイリーンがひょこっと顔を出した。
「っ……!?」
あ、危なかった。あのまま誘惑に負けて玄関の前まで行っていたら、アイリーンに見つかってしまうところだった。
それに、きっと今の僕は、見るに堪えないほど酷い顔をしているだろう。こんな顔を見せたら、絶対に余計な心配をかけてしまう。
「アイリーン、急に家を出てどうしたの?」
「今、エルヴィン様が来ていたような気がして……」
「こんな夜中にか? さすがにそれはねーだろ」
「そうかなぁ……?」
アイリーンは可愛らしく小首を傾げながら、家の中へと戻っていった。
「ははっ……いつもだったら、気づかれたことが嬉しくて、小躍りしそうな気分になっていただろうに……」
アイリーン……僕の最愛の人。出会った時から変わらない、あの美しくも愛くるしい姿は、今がどれだけ酷い心境でも、とても綺麗に見える。
――初めて出会ったのは、僕がセレクディエ学園に入った年の春。民の生活を知るために、放課後は頻繁に町を出歩く生活をしている時だった。
たまたま立ち寄った図書館で、アイリーンは本棚の上の方にある本が取れなくて、四苦八苦していた。それを僕が取ってあげたのが、全ての始まりだ。
その際に、アイリーンが確保していた席まで運んであげたら、アイリーンは僕に感謝を述べながら、これでたくさん勉強できると喜んでいたね。
もちろんその笑顔も印象的だったけど、それと同じくらい、アイリーンが持っていた本の量に驚いた。
机には、既に十冊以上の本が置かれていた。それも、その内容が僕と変わらないくらいの歳の少女がやるような内容ではないのには、本当に驚かされた。
もしかして、ただ背伸びをして難しい本を集めているだけなのかと思ったけど、理由を聞いたら、将来は宮廷魔術師になって、両親を楽にさせてあげたいと答えてくれたね。
なんて立派なことを考える少女だろうと思ったのと同時に、それを話していた時の、アイリーンの希望に満ちたキラキラした顔が、とても印象的で……魅力的に見えた。
今思うと、ゲオルク達に虐げられていたというのに、くじけずに目標のために向かって努力するのは、大変だったと思う。本当に、アイリーンは凄い女の子だよ。
そんなアイリーンと何度か会ううちに、力になりたいと思った僕は、断られるかもと内心思いながらも、勉強を教えてあげると伝えたら、君は大喜びしてくれた。
その日から、僕は決まった曜日にアイリーンと必ず会い、勉強を教えたり、食事に連れて行ったりして……気づいた頃には、僕は彼女の虜になっていた。
……いや、これでは少々不適切か。僕はきっと、最初にアイリーンと会った時に、すでに一目惚れをしていたのだと思う。
同時に、アイリーンに少しでも力になりたいと思うようになったんだ。
「だというのに……こんな結末になるだなんて、誰が想像できただろうか?」
全ては順調だった。アイリーンは特待生として編入し、ソーニャという新しい友人もできて、ゲオルク達に絡まれても何とかして……三人で上手くやっているつもりだった。
それなのに……うまくいっていた日々は、完全に壊されてしまった。
「……帰ろう。ここにいても……仕方がない」
僕は、よろよろとした足取りで、今度こそ帰路へとつく。
アイリーンは死んだわけじゃない。ミトラと結婚した後だって、会おうと思えば、いつだって会える。
だというのに……アイリーンと結ばれないとわかっただけで、こんなに体に力が入らなくて……世界が灰色に見えるだなんてね……。
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