第五十六話 理不尽な選択
ミトラの口から出た言葉は、あまりにも衝撃が強すぎた。まるで、強烈な雷の魔法で全身を貫かれたような……形容しがたい衝撃だ。
「な、なんだって!? 一体何の冗談だい!?」
「信じてくれないの? あたしは本気だよ、エルヴィン」
わかってる。ミトラは嘘をつくことが嫌いな性格だし、真面目な場所で茶化されることも嫌いだ。
そんな彼女が、この場でつまらない冗談を言うとは到底思えない。
「君は、僕の想い人のことを知っているだろう!?」
「ええ、知っている。前に会った時に、何度も楽しそうに話していたね」
「それに、我が国のしきたりも知っているはずだ! だというのに、僕に求婚をするというのか!?」
「知ってる。でもそんなの関係ない。しきたりも、その想い人とやらにも、あたしの愛は止められない」
ミトラは僕の前に立つと、そっと僕の頬を撫でる。
僕の前にいるのは、確かに僕のよく知るミトラの姿だ。しかし、この彼女から感じる薄気味悪さはなんなんだ? どうして彼女を見ていると、背筋が冷たくなる?
「僕は、君とは――」
「もしかして、断るつもり? それならこちらとしても、考えがある」
「考え、だって?」
「あんたの国と、うちの国との間に結ばれている和平条約を破棄する」
「……は? いくらなんでも、冗談では済まされないぞ!」
ずっと昔から続いている両国の和平条約を、こんなことで破棄させるわけにはいかない。
そもそも、ただの男女間のもつれで、条約を破棄するだなんてことは、断じて許されることじゃない。
「冗談で、こんなことを言うはずがないでしょ? 断るということは、我が国を裏切ると同じこと。ああ、もちろんこのことはパパ……国王も了承済みだから」
「……君のお父上が、そんなことを了承するなんて……」
ミトラのお父上は、少々自分の子供に過保護な一面があるとはいえ、こんな横暴を許すようなお方ではない。
「ここまで言っても、まだ迷っているの? それなら、もう考えられないようにしてあげる」
「…………」
「断ったら、アイリーンを殺すわ」
「っ……!?」
アイリーンを殺す。それを聞いた瞬間、僕の中で何かが弾け飛ぶと同時に、特大の魔法陣を部屋の中に展開した。
「そんな怖い顔をしないで。そんなことをしたら、どうなるか……わからないほど愚かじゃないでしょ?」
「…………」
「どうする? 別に断りたいなら、断ってもいいし、その魔法を使って私を殺してもいいけど。その後、両国はどうなるかしら?」
「ぐっ……くっ……ぼ、僕……は……」
……僕一人のワガママで、この国や多くの民……そして、アイリーンを危険に晒すわけにはいかない。
「あはは、そうやって苦悩しているのは、新鮮でとってもゾクゾクしちゃう。そんな可愛らしいエルヴィンに免じて、明日までは答えを待ってあげる。それじゃあ、またね」
ミトラは、僕に投げキッスを残してから、部屋を去った。残された僕と父上の沈黙が部屋の中を支配する中、父上が申し訳なさそうに口を開いた。
「すまない、エルヴィン。この話を聞いた時に、余もミトラに考え直すように提言したのだが、国を人質に取られてしまい、強く言うことが出来なかった」
「お心遣い、痛み入ります。ミトラは……本当にそのような蛮行に手を出すつもりでしょうか?」
「わからない。だが、彼の国の王にも確認をしたところ、確かにミトラの言う通りであった」
ほんの少しだけ、ミトラがこの場を収めるための嘘であってほしいと思ったけど……そうはならなかったようだ。
「……申し訳ございません。今日のところは……失礼します」
「エルヴィン……わかった。余の方でも、彼の国の王に、なんとか考え直すように説得をしよう」
「ありがとうございます」
僕は、久しぶりにお会いした父上と交流もせず、意気消沈したまま城を出ていった。
その道中で、すれ違った兵士や使用人達に、とても心配をかけてしまったが……それを気にするほどの余裕は、僕には全く無かった。
「エルヴィン様、おかえりなさ――どうされたのですか? 顔が真っ青ではございませんか!」
「ああ……大丈夫、なんでもないよ。少し一人になりたいから……歩いて帰るよ」
「あ、歩いてでございますか!? 本当になにがあったのですか!?」
「うるさい! 頼むから、放っておいてくれ!!」
わざわざ僕をシャムル家に送るために待っていてくれていて、心配までしてくれている御者に向かって、僕は八つ当たりのように声を荒げながら、その場から走り去った。
「くそっ……くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!」
もう夜も更けているというのに、僕は人目も気にせずに大声で叫びながら、町中を駆け抜け、暗闇が支配する森の中を進んでいく。
こんなことをしていても、何の解決にもならない。選択肢なんて、僕には与えられていない。逃げようとしたって、絶対に逃げることは出来ない。ただ惨めなだけだ。
わかってる。わかってるさ。わかってる……けど……!!
「はぁ……はぁ……あっ!?」
息を切らせながら森を全力疾走していると、木の根っこに足を取られて、盛大に転んでしまった。
森の道は足元が悪く、暗闇のせいで視界が悪い。そんな所を、森の道に慣れていない僕が全力で走れば、こうなるのは必然だろう。
「っ……アイリーン……!」
僕は倒れたまま、土に自分の指の後をつけながら握り拳を作り、何度も地面に振り下ろした。
そして、再び立ち上がって走りだし……たどり着いた場所は、アイリーンが住む小さな家だった……。
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