第五話 顔も見たくない!!
婚約を破棄って、簡単に出来るものではない。少なくとも、それをするには両人の了承と、保護者であるパパとママのサインが必要なはずだ。
だというのに、ゲオルク様は余裕たっぷりと言わんばかりに、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。
「貴様の言いたいことはわかっている。貴様らの承認したことを記載した書類は、こちらで偽造して作ったから問題ない」
「ぎ、偽造って……」
それじゃあ、こっちの考えなんて全くお構いなしに、もう婚約破棄をする気が満々ってことなのね。
……まあいいわ。支援してくれないとわかった以上、こんな最低な人間達と一緒に暮らす必要なんて無い。
それに、もうこれ以上、我慢はしなくていいってことだよね。
「ルシアと出会い、知らなくて良いことを知られてしまった以上、貴様には何の価値もない。わかったら、その辛気臭い顔を二度と見せるな」
「ほらほら、さっさとこの家を出ていけ~!」
「あなたのような女狐がいると、大変目障りですの。即刻出ていってくださる?」
そんなに急かさなくても大丈夫。私のこれからの行動は、既に決まっているから。
「わかりました。出ていきます」
「あら、大変聞き分けがよろしいんですわね。とても可哀想ですわ」
悲しそうに顔を伏せるルシア様。それと同時に、彼女からとても嫌な悪臭がしてきた。
これは別に、彼女が不潔だからというわけではない。私は生まれ持った力として、嘘を見抜く力がある。
嘘をついていると、その人から嫌な臭いがする。その嘘がひどければひどいほど、強い悪臭がするから、一発でわかる。
「はははっ、惨めだな女狐! そうだ、物分かりが良い子には、俺様からプレゼントをしてやろう!」
そう言って私に手渡したのは、お金が入った麻袋だ。これだけのお金があれば、一週間くらいなら食べていけそうな程度の額だ。
「俺様は優しいからな。それは、今回の婚約破棄の慰謝料だ。貴様のような貧乏人には、それくらいがお似合いだろう。ほら、感謝して受け取るがいい。ただし、タダでやるのはつまらない。受け取る条件として……俺様の靴を舐めろ。そうすれば、それを受け取る権利をやろう」
最後の最後まで、この人は私をバカにしたいようね。なら、こちらも相応の対応をさせてもらわないと。
「ありがとうございます。では、その優しさを受け取る前に、一言だけ話す許可をください」
「なんだ、さっさと言ってみろ」
「ありがとうございます。では……すうぅぅぅぅぅぅ……」
私はたくさんの息を吸い込むと、床に落ちていた麻袋を、思い切りゲオルク様の顔面に投げつけてから、言いたかったことを大声で言い始める。
「あなた達のような最低な人間なんて、こっちから願い下げです! さようなら、婚約者様!! 私を騙していたあなたの顔など、二度と見たくありません!!」
しんと静まり返る部屋の中、まさか私があんな大声を出すとは思っていなかった三つ子とルシア様が、ポカーンとした顔になっている。
こんな間抜けな顔を見られただけでも、大声を出した価値はあったみたいだ。
「私を散々バカにし、乱暴をしてきたあなた達とこの家に、永遠の不幸があることを祈ってます!!」
言いたいことを全て言い切った私は、足取りを軽やかに屋敷を飛び出した。
部屋の中から、私に対しての罵詈雑言が聞こえてくるけど、知ったことではない。今は一秒でも早く、ここから出ていかないと。
……それにしても、あんな大声出したの、生まれて初めてかもしれない。あいつらが驚く顔、結構見ものだったかも。
「手ぶらで帰るのも、なんだか変な感じね」
住んでた所を出たのに、持っていく荷物なんて何も持っていない。私物なんて無いし、あんな家から持ってきた物を、私の大切な家に置きたくないし。
「はぁ、はぁ……ただいま~!」
既に夜中になってしまったが、何年ぶりかの元気なただいまの挨拶をする。ただ挨拶をしているだけなのに、とても清々しい気持ちになった。
「ごほっ……おかえり、アイリーン! 無事に帰って来てくれてよかったわ」
「私は大丈夫。あれ、ママ……調子悪いの? もしかして、魔法を使おうとしたの!?」
「あなたが気にすることじゃないわ」
……実はママは、私がここで生活するようになる少し前に、大きな病気にかかってしまった。今では日常生活に支障はないけど、魔法を使おうとすると、大きな負担がかかってしまう。
元々ママは、凄い魔法使いだったけど、その病気のせいで、今は普通の人と何ら変わらない人になってしまったの。
病気のママを完全に治すために、パパはお仕事をして毎日のご飯代を稼ぎながら、高い薬を買っている。
そんな二人に恩返しをするために、たくさん勉強をして、いつかママみたいな凄い魔法使いになって、王家に仕える宮廷魔術師になり、二人を楽させてあげたい……それが私の昔からの夢だ。
ゲオルク様と婚約する際に、支援をする約束を交わしていたから、もうその夢を追う必要は無かったのだけど、どうしても宮廷魔術師になりたいって強く思うんだ。
まあ……支援なんてされていなかったから、改めて宮廷魔術師になりたい理由が復活したんだけどね。
「アイリーン、よかった! 無事だったか!」
「うん! ただいま、パパ!」
「お前に何かあったらって思ったら、パパは……パパは……!」
「ちょっ、そんな泣かないでよ~」
私の姿を見るや否や、パパは滝のような涙を流しながら、私の無事を喜んでくれた。
「アイリーンの帰りが遅いし、これ以上は待てないって、ママが無理に魔法を使おうとするし、いろいろ大変だったんだ! 少しくらい泣いてもいいだろ~!」
「そ、そうだったの? ごめんパパ、たくさん泣いていいよ」
「私は大丈夫なのに、二人とも心配しすぎよ。さて、アイリーンも帰ってきたことだし、遅めの晩ごはんにしましょうか。アイリーンは少し休んでなさい」
「何言ってるの!? ママこそ休んで! ごはんは私が作るから! ほら、獣人は普通の人間よりも体力があるから、全然疲れてないよ!」
厳密に言うと、私が普通の人間と違うところは、このフワフワな尻尾だけだ。あとは、見た目は普通だけど、特別な鼻くらい。
だから、普通の人間とあまり変わらないんだけど、それでも一定の獣人が嫌いな人には、厄介者扱いされる。もうこれは定めみたいなものだから、諦めちゃってる。
「でも……そうだわ、それなら久しぶりに二人で作りましょうか!」
「ママ、それ天才だよ! 久しぶりにママと料理できるって思ったら、今からワクワクしてきちゃった!」
「いいな! よーし、パパも張り切っちゃうか~!」
「パパはお座りしてなさい。パパが手伝うと、大変なことになるから」
「ひでぇな!? くぅ……今日ほどこの不器用さを恨んだことはないぜぇ……」
昔はよく、ママの隣で料理の練習をよくしていた。そのおかげで、料理の腕には自信があるんだ!
――その後、無事に料理を終えた私は、三人で楽しく話しながら、出来上がった料理を全て平らげてしまった。
その食事中の二人の顔は、ずっとニコニコしてて……十歳くらい若返ったんじゃないかと思っちゃった。
「うっし、腹も膨れたしアイリーンも無事だったし、仕事に行ってくるわ!」
「え、こんな時間から?」
「本当は、今日は夜勤なんだよ。事情が事情だから、上司に遅れるって連絡してあったからさ。今からでも行かねーとな」
「そっか……もっと話したかったけど、仕方ないね。気をつけてね」
「くぅ~! 愛娘の応援は心に染みるな! 今日もバリバリ稼いでくっからな!」
パパはまるで丸太みたいな太い腕で握り拳を作って見せてから、手早く準備をして家を出ていった。
その頃には、私はお腹も心もいっぱいになった状態で、ウトウトし始めてしまった。
ずっと歩きっぱなしだったし、帰ってきたら安心感もあるから、当然の結果かもしれない。
「うふふ、そういう顔は昔から変わらないわね。ほら、今日はもう寝なさい」
「うん……ねえママ、今日は一緒に寝ていい?」
「もちろんよ。そうだ、久しぶりに子守唄を歌ってあげるわ」
なんだか今日は無性に甘えたくて、子供みたいことを言ってしまったというのに、ママは嬉しそうに微笑みながら、私と一緒にベッドに入ってくれた。
「おやすみなさい、アイリーン。私達の、大切な愛しい子」
「うん、おやすみ……パパ、ママ……大好き……」
薄れゆく意識の中、自分で何を言っているのかわからないまま、私は静かに夢の世界へ向けて、意識を手放した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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