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 そうしていたらお母さんがドアを開けておやつを持ってきてくれていた。

「楽しそうね。部屋の外まで笑い声が聞こえてたよ」

「あ、お母様、お騒がせしてます」

 フリスタは深々と頭を下げた。その豹変ぶりにオレは驚いた。

「あらこれはご丁寧に。うちの子がいつもお世話になってます。最初は男の子かと思ったけど、やっぱり女の子だったのね」

「はい、よく間違われますけど、しょうがないかなと思ってます」

 フリスタは基本的に男が好きじゃないらしいので、それが寄って来ないように逆にそういう格好をしている。オレもそれ真似しようかな。ナンパが多いから。

 お母さんが部屋を出た後で、そう話した。

「だからユキくんは無理だよ……なんでそんなに諦めずに挑戦しようとするの……?」

 フリスタがかわいそうなものを見る目で答えた。大きすぎて目立つから、そういう世を忍ぶみたいなのは無理だそうだ。

「オレも本当はそこまで大きいわけじゃなかったんだよ。まあ中学生だから、順当にいえばもっともっと伸びてたと思うけどね」

「お父さんは背が高いの?」

「平均よりはちょっと高いくらいかな」

 今の自分はそれどころかお母さんもお父さんも見下ろすくらいになってるのは極端すぎて複雑な気持ちだ。もう子供じゃなくなっちゃったのかなあとも思うし、こんなの自分の身体じゃないって思うし。


「その身体になったばかりの頃はどんな感じだったの?」

 フリスタが今更に部屋をキョロキョロ見渡す。オレが小さかった頃だとちょうどいいサイズの勉強机とか、家具や服などが目に入るだろう。

「そうだなあ……」

 ベッドに背を預けながらどう話そうか考える。といっても別にたいした話もない。

「成長痛ってあるでしょ? すっごい足とか痛くなるやつ。あれの全身版みたいなのがあって」

「それは……痛そうだね……」

「うん、ほんとに。でもまあ痛すぎて気絶しちゃったみたいなんだよね。もはやそのことを憶えてすらないんだけど」

「うわあ、ショック死しないでよかったね」

「気絶したのがラッキーだったみたい……。で、まあ、次に目が覚めたら何日も経っててもうこの身体になってた。それだけ。原因不明の、病気というか現象なんだって。病気かすらわからない」

「びっくりした?」

「全然びっくりした。最初は距離感がわからなくて手が届いたり届かなかったりで大変だった。そのつもりないのにお父さんの顔触っちゃったもん」

 かといって苦労はそのくらいのもので、こういうこと話して暗くなるのが嫌だったから、わざと笑った。

「まあ、本当、たいしたことはないよ、お母さんもお父さんも、学校のみんなも理解してくれてるし」

「私たちも理解してるよ!」

「ありがとう……嬉しいよ!」ちょっと涙ぐんだけどうまいこと隠した。バレてないといいが。

「あとはトモキのやつがなあ」

「あーね……言うてトモキくんには会ったことないからなあ。またネットで会ったらこちらからもなんとなくうまくいくように話しておこうか?」

「いやいいよ、自分でどうにかやってみるから」


 フリスタが家に帰る時間になった。晩ごはん食べていく?とか一応聞いたけど、断られた。

「あれでもお母さんがご飯は用意してくれてるし、帰るの遅くなって送ってもらったりなんてなったら迷惑になるしね」

「そんなこと全然気にしないでいいよ。なんか色々話したけど、オレからしたらフリスタさんの方が心配」

「ありがとう、大丈夫だよ。でもまた今度抱かせてね」

「だめとは言わないけど、だからってさすがに明日とかはやめろよな」


 後で夜にネットにつなげるとフリスタも普通にいた。

「今日は楽しかった」

 フリスタがそう言うと、サヤ師が「今日も会ってたの?」とびっくりした。

「ただゲームして遊んだだけだよ」

「ユキくんの身体は最高だったわ」

「嘘でしょ! それは……それは良くないよ」

 フリスタのたわごとでサヤ師がなんか勘違いしてるので、訂正しておく。

「フリスタさんがずっと身体にしがみついてくるんだよ、ゲームしてる最中にもさあ、邪魔すぎて大変だったよ」

 そしたら安心したみたいな絵文字が返ってきた。

「ああ、そういう……ユキくんはまだ中学生だもんね、フリスタさんも」

「何を勘違いしたの?」

「あはは、いや、ほんとにごめん……」

「あったかくて気持ちよかった」

 フリスタがまだ余計なことを言ってるから念を押しておく。

「気にしないでください、あの人ずっとおかしいんです」

 そんな話をしているとすっかり影の薄くなってるトモキが急に尋ねてきた。

「それってユキとフリスタさんって、正面から抱き合ったりしたの?」

「うん、それもあったけど横からが多かったかな」

 普通に答えてしまった。言葉をかわす回数が減りすぎてるから、つい嬉しくなってしまう。

「今度トモキにもやってあげようか?」

「だめえええええええええ」

 とんでもない勢いのチャットをサヤ師が発した。

「絶対ダメ!」

 続けてフリスタまでも強い勢いで言ってきた。

「なんでだよ、いいだろ別に」

「だめだよ、それは、異性であんまりそういうこと簡単にしちゃ」

 サヤ師が大人っぽいところを見せて説き伏せようとするが、オレはそれに納得がいかない。

「いや、異性じゃないし、それにオレは、この人ならいいけどこの人はダメみたいなの好きじゃないよ。だったらフリスタさんなんて初対面だよ、まあネットでの付き合いが長いから違うけど」

「それは……確かにそもそもそこからあんまり良くない気が……」

 すると今度はフリスタが必死になって騒いできた。

「いやいや! 私はいいのよ! だってその……女同士じゃん? それに私たち秘密の……秘密の事情があって……でしょ」

「ああ、そういえば……でもそれとこれとは違わない?」


 そんなこと言ってたらトモキが「そんなのもういいよ、勝手にやってれば」と言ってネットから消えた。3人だけで話をしすぎてたから、疎外感を感じたのかもしれない。こないだもこうなったから、二回目だ。

 サヤ師もフリスタも、やっちまったかなと思ったみたいで、雰囲気が暗くなってあんまり喋らなくなってしまった。ぼくもかなり落ち込んだ。気持ちが落ちて、ゲームしよっかとすら思えなくなったし、もうぼくも落ちることにした。

「わかったよ、おやすみ、ユキくん、また来てね、トモキくんも一緒にね、また遊ぼうね」

 不安がったサヤ師がそういうのを尻目に画面を消した。本当にぼくは良くないことをしてしまった。自分が一番嫌いなことをやってしまったんだ。


 翌朝はかなり早めに家を出て、トモキの家を訪ねた。トモキのお母さんが出てきてまだ驚かれた。

「ぼくです、ユキです」

「あっ、ユキくんね! ごめんごめん、ちょっと見違えたから……」

「最近よく言われます」

 と応えると笑ってくれた。


 トモキはまだ寝てる……わけでもなく、朝食を食べていた。オレを見ると複雑そうな顔をした。どっちかというと迷惑寄りの。

「おはよう」

 トモキは口の中で答えながら軽くうなづいた。ソファに座って待つと、ちらっとこちらを見てから急いで口を動かし始めた。あっという間に食べ終えて、部屋に戻り、準備して出てきた。

「……おまたせ」

「全然、待ってないよ。じゃあ行こうか」

 ふたり揃って彼の家を出て、学校へ歩いた。


「なんで急にうちに来たの?」

「話したいことがあって」

 しかし、歩いていると体格差による速さの違いで、少し距離ができてしまう。フリスタと同じくらいの背丈だろう。なのでオレは、しょっちゅう立ち止まってトモキを待った。トモキは冴えない表情でとぼとぼと歩いてくる。こんなことを言っては悪いけど、彼は客観的には見た目イケメンというわけでもない。せいぜい普通、だけどいいやつなのだ。

「えっ……」

 何度も差が開くので、めんどくさくなったオレがトモキの手を取ると、驚いたようだった。やっとこっちを見たが、すぐ目線を下げた。

「ねえ、昨日のことだけど……ごめん。一人ぼっちみたいにさせてしまって。気を悪くした? したでしょ?」

「いや、全然そんなことないよ」

「そうだと嬉しい。今日はオレと普通に話をしてくれるの?」

「まあ、別に避けてるわけじゃないし……勘違いしないでほしいんだけど、お前を嫌いになったわけじゃないし」

「ほんとか? あんだけ露骨に避けておいて」

「いや、学校だとちょっと……人の目とかあるし……」

「なんだ照れてるのかこいつぅ」

 オレはトモキをぎゅーっと胸に抱きしめて、それから顔に頬ずりした。

「どうしてかわかんないけど、オレ、お前がかわいいように見えてしょうがないんだ」

 身体が変わってからのような気がする。小さくてかわいい。

「ばっか野郎! お前! そういうことするんじゃねえって言ってんだよ、しかも外で!」

 トモキがオレを振りほどいて、大声出して走って逃げていった。なんだよ、あんな顔を真っ赤にすることもないだろうが。それともやっぱり心の中ではずっと怒っていたんだろうか。

 さっき周りにいた人たちはあいつが叫んでた時に一瞬止まってたけど、すぐに歩き去ってもう周りに同じ人はいない。

「だめなことやっちゃったのかなあ……」

 取り残されてひとりつぶやいた。フリスタとトモキと全然違う。でも、これやるのは止めろってみんな言ってたっけ。こうなることがわかってたのかな?



5


 置いていかれた後も一人でいつも通りの速さで歩いていた。出たのが早かっただけにいつもよりまだ早いくらいの時間についた。トモキはいたがオレを見ると走って逃げた。

 ムカつく、というところかもしれないが、自分の思いを自覚してしまった今となってはむしろかわいい。

「今日はいつも以上にトモキが逃げてるけど、いったい何をやったの?」

 それを目撃しながら教室に入ってきた、隣の席のモブAが聞いてきた。いや、この子は別にそんな名前ではない。

「ごめん、オレ、今までお前に失礼なことしてたと思う」

「は? 何が?」

「なんかモブAとか誰かが言ってたから、つい一緒になってそう言ってたけど、もう言わない」

「いまさらそれは別に……でもそれならそれで嬉しいよ」

 まあこれも言えてよかった。でも実際はこの男子は名前なんていうんだったかな。山下くんだったか。クラスメイトもみんな、よく見るとかわいいもんだな、ちっちゃくて。

「ところで僕の質問にも答えてくれよ、今日トモキどうしたの?」

「怒らせちゃったんだよ。どういえばいいのかな……ちょっと朝早くにあいつの家に行って、それで一緒に登校してたんだけど、途中でトモキをぎゅってしたら怒って置いてかれた」

「それだけで?」

「嫌がってたんだと思う。無理に前と同じように仲良くしようとしたからいけなかったんだ……。でも、オレのこと嫌いになったわけじゃない、とも言ってくれてたっけ……今はもうそうじゃなくなったかもしれないけど……」

 そう話すと、相手は両手を組んで考え込むような態度を見せ、真剣な顔でこう言った。

「ちょっとどんな風にそのぎゅってしたか、試してみてもいいか?」

「試しってどういうこと?」

「トモキが嫌がるようなことがあったのかも。例えば服のトゲが刺さるとか。やってみたらわかるんじゃないかと」

「ああ、なるほど。じゃあそこ立ってて」

 納得したオレは軽い気持ちで立ち上がり、手を広げて、その時のことをしっかり思い出しながら彼に近づこうとした。


「そこまでよっ!」

 大きな声がして、女子がその間に割って入った。

「おい、邪魔するなよ!」

 彼が叫んだ。

「うるさい、このドスケベ! 何を雪くんの身体に触ろうとしてるの!」

「そ、そんなこと……してねえし、よく見ろ、僕から近づいたんじゃないじゃん」

「そうだよ、オレからハグしようとしたんだよ」

 悪い気がして助け舟を出したがはねつけられた。

「だめだよ、そんなことしないで。はい、あんたは座ってなさい。ちょっと雪くんはこっちに来て」


 その女子、新木に手を引かれたらまた女子に囲まれた。やっぱりこのパターンになるのか……。振りほどくのは簡単なんだけど。

「雪くん、男子に近づくのやめなよ」

「なんでダメなの? 嫌がってなかったのに」

「そりゃ嫌がる男子がいるわけないよ、触りたくて仕方がないんだから」

「あんた男だった頃のこと思い出したりしないの? それとも、マジで性に目覚めてなかったの?」

 ずいぶんと乱暴な口調の女子もいる。ちょっと見た目も不良っぽくて怖い子だ。

「まだ中学生だからそういう子もいるでしょ」

「雪くんは天使なんだよ」

「天使だって? ぷぷっ、お前、そう言われて嬉しいのかよ」

「勝手に言われてるだけで、オレは嬉しいなんて言ってない!」

 つい熱くなって不良を睨むと、中学生女子にしては背の高いそいつはたじろいだ。もちろん、こちらの方がずっと大きい。

「火野さんはあっち行ってなよ」

 アラキが言って追い払った。火野はいつも孤高みたいな感じで隅っこの席でぼうっとしてたそがれてたり、あるいはどっかに行ってることが多いのだが、珍しく周りに興味を持って集まってきていた。しかし追い払われて不快そうに自分の席に戻った。その様子は少し気にはなったが、オレ自身がそれどころじゃない。


 どうしたらオレが慎みを持ってくれるのかという話になっていった。慎みって、オレは変なことはしていないはず。妙なことなんてひとかけらも考えていない。

「オレに化粧したり派手な格好にするのはお前らじゃん!」

「それはまあ……でもそれとこれとは別よ、男女で身体を触ったり触らせたらだめなのよ!」

「だから、それだったらオレからしたら、お前らに触られるのが一番困る……それが一番、戸惑うんだよ」

 そういうことになるのか、と女子も意表を突かれた思いで気がついたようだ。

「そうか、私たち、勘違いしてたんだね。ユキくんって外見が大人の女性だから、中身もそうなると思いこんでたけど、まだユキくんは男の子なんだね……」

 泣き出してしまう女子もいる。なぜか。

「ごめんね、雪くんの気持ちわかってなくて、私たち、ひどいことして……」

 むしろその反応の方に辟易する。

「全然気にしてないよ、オレが気にしなすぎてるからみんな今言ってくれてるんでしょ? 泣くようなことなんてないって」

「うん……ごめん……」

 そんなこと話してたら先生が教室に来たので解散した。


 休み時間に女子を代表してアラキ一人だけが来た。

「雪くんのこと、しばらくはそっとしておこうってことになったの」

「それは、まあありがたいけど」

「だけど、絶対に忘れないでほしいことがあって」真剣な目でこちらを見るので、こちらも見返した。「あえてきつい言い方になってしまうんだけど、男は怖いのよ、あなたに触ったり変なことしたくてたまらないって思ってるんだよ、だから絶対に自分の身体を守って!」

「へえ、オレより男について詳しいんだ」

「嫌味を言うのはやめて。真面目なの、それもあなたのことを本気で思って言ってるのよ」

「わかったよ……まあ覚えておくよ」

 アラキはこういうけど、同級生とか、子供に対しての警戒心はどうも持てそうにない。逆に、知らない大人は確かに怖い。街で寄ってくる人は男も女も関係なく怖い、って思うようになった。だからこそ、男は全員怖いなんて思ってたら気が持たないよ。


 放課後にスマホを見たら、トモキに送ったメッセージの返事が来てた。

「いや、俺も悪かったよ。でもあんまり外では会わないようにしよう」

 そこは妥協できないらしい。だが、オレは逆に光明を見た。外じゃなければいいってことだ! まるで屁理屈だが気にしないことにしよう。

 それでオレはトモキが帰るのを追っていって、あいつの家にまで来た。ちょっと震える手でチャイムを押すと、ムッとした顔でトモキが出てきた。

「遊ぼう」

「なんでだよ!」

 地団駄を踏んで怒っているみたいだ。

「俺がお前を避けてるんだってことくらいわかるだろ!」

「まあまあ」といってオレはスルッと家に入り、トモキの部屋まで来た。前はしょっちゅうこうして二人して遊んでたんだ。まあゲームするだけだけど。オレはこれからもそうして遊びたいだけだ。なんでダメなんだ?


 しかし待っていてもトモキはゲームを出してくれない。そわそわした様子で落ち着きがない。

「どうした? 何かやろうよ、カードゲームでもいいよ」

 そういってカバンを開けようとしたところで、トモキからやめてと言われた。じゃあ何がしたいんだ。

「俺はもうお前と一緒にいると良くないんだよ、お前は友達だ。そうだろ」

「そうだよ、何をいまさら」

 イライラしたように彼は部屋を歩き始めた。あるいは言う言葉を探すように。

「お前、身体大きくなったよな。俺の部屋に二人いたら狭いだろう」

「それがどうかした? オレは狭いとは思わないけど……そうか、邪魔ってことか」

「ああ、めんどくせえ、はっきり言ってやる、お前が気になって仕方ないんだよ、俺は! それも、友達としてじゃない、性の対象としてだ!」

「ひえっ……」

「友達をそういう目で見たくないんだよ、わかれよ、わかってくれ。わかるだろ、友達なら。なあ」

 女子たちからも言われていたことを思い出した。とはいうものの、やはりまともに受け止めることができない。だって、オレよりずいぶん小さいからだ。子供にしか見えないし、実際そうだろう、と。

 だから、オレは立ち上がった。立ち上がると、トモキを見下ろすようになった。それだけでちょっとビビってるのがおかしみを感じて、笑ってみせた。でもすぐに後悔した。これじゃまるで喧嘩だ。やめとけばよかった。

「この野郎、わからせてやろうか」

 トモキが激昂して、オレの胸ぐらを掴んだ。思ったよりもその力が強くて驚いた。よろめいて倒れてしまったのだ。トモキを下敷きにして。

 その拍子に、そんなことがあるのかという感じだが、口と口がくっついていた。偶然かどうかはわからない。ついでに胸も揉みしだかれていたがそれはまあいい。いや良くない。ファーストキスがトモキとだなんて……! いや、それもまだいい。むしろどうでもいい。しかし……。飛び退って距離を取ったが、ぺたんと尻もちをついた。

「お前、本気かよ!」

 オレが叫ぶとトモキは顔を真っ赤にしていた。この顔は、前も見たことがある。

「お前が挑発するから、つい頭に血が上ったんだ」

「頭じゃねえだろ! 血が上ったのは!」

 いかん、オレも何を言ってるんだ。おかしいぞ。あ、あ、やばい、なんかトモキが近づいてくる。オレは立ち上がれない、というか腰が抜けて動けない。血相を変えたあいつが近寄ってくるのを抑えることができない。手を伸ばして遮ろうとしたその両手を逆につかまれて、引き込まれた。

(まずいまずいまずい)

 考えるほどに身体は動かず、つかまれた腕の握り込んでいる指だけが固くなって開かない。またトモキにキスされた。いやだいやだ、どうしたらいいだろうか。

 答え。別に考えたわけではなく、とっさの動きで頭が働いた。つまりつまり頭突きをしたのだ。火花が散った、星が見えた。お互いが痛くて、しかし自由になったので、ふらふらのそのそ立ち上がりドアを開けた。トモキのやつは追ってはこなかった。家を脱出し、少し歩いたところで生えてた電柱にもたれて心を落ち着かせる。

 しかし逃げてよかったのだろうか、この結果を招いたのは自分だ。もっと、本当はやるべきことがあったのではないのか? 逃げるのを追ってを繰り返して、いざとなったら自分が逃げるのか。

「お姉さんどうしたの?」

 知らない男の声がかけられた。これには返事をすることもなく、その場を逃げ出した。

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