魔王デスローゼスは斃れぬ
魔族四天王を全て倒し、魔王城深く攻め入った勇者一行は、ついに最奥の間で魔王デスローゼスと対峙した。しかし。
「ワーッハッハッハッハッハ!」
勇者バルディーンは戦闘開始早々に魔王の必殺技に倒れ、戦士レナード、僧侶クアラルン、魔法使いサーシャもそれぞれダメージを受け、パーティは全滅の危機に瀕していた。
「貴様らの戦い方などお見通しだ、ワシがその忌々しい面を何年見続けて来たと思っておるのだ、フワハハハ……ではそろそろとどめと行こうか」
勝ち誇った魔王は玉座を離れ堂々と近づいて来る。その歩く先には魔力も体力も尽きほとんど動けなくなったサーシャが居た。
「やっ……やめろ、魔王ッ……」
大ダメージを受けながらどうにか膝を立てているレナードは呻きながら、何とかサーシャを守ろうと這って行く。それを見た魔王はサディスティックに笑う。
「貴様は確か、その小娘に惚れているのだったな? クククク……」
魔王はわざと前進をやめレナードに向き直る。片膝を引きずりながら魔王に接近したレナードは、最後の力を振り絞って魔王の足元に飛びつく。
「今だっ、逃げろサーシャ!」
「そんな……! そんな事出来ません!」
「早く! 君だけでも生き延びるんだ!」
「フン! この虫けらが!」
魔王デスローゼスはレナードの体を蹴りつけるように振り払う。力を失ったレナードはサーシャの近くへと飛んで行き、ガシャガシャと鎧を引きずりながら倒れ込む。
「くっ……」
「レナードさん!?」
「フハハハハ、仲良くあの世へ行くがいい!」
デスローゼスは、ただ若い二人を踏み殺そうと大股に近づいて行く。
二人の近くには伝説の聖剣ファイブスターが転がっていた。この剣には非常に強力な力が宿っているのだが、パーティでは勇者と、勇者の遠縁の親戚にあたるサーシャ以外には触れる事も出来ないのだ。
「僕にも……この剣が握れれば……」
レナードは必死に身を引き起こしながら、悔し涙を流す。
その瞬間。サーシャが顔を上げ、レナードを真剣に見つめて言った。
「……! レナードさん、私が剣を握ります、貴方は私の腕を握って!」
「えっ……そ……そんな事出来ないよ!」
「お願い、他に方法はないわ!」
「ククク、無駄だ無駄だ、小細工など」
レナードは躊躇していたが、魔王はサディスティックな笑みを浮かべ尚も近づく。サーシャはどうにか勇者の剣ファイブスターを持ち上げていたが、彼女の腕力ではこの重い剣を構えるのが精一杯だ。
「さあ大人しく剣を離せ、そうすれば苦しまないよう、ひと思いに殺してやろう」
魔王がニンマリと口を開く。レナードは息をのみ、覚悟を決めて……サーシャに寄り添い、その白くか細い腕をそっと掴む。
「もっとしっかり握ってください、レナードさん!」
「もっ、もちろんだ! 魔王を倒す為、僕はやる!」
「がっ、がんばれー。がんばれレナードー」
僧侶クアラルンはただ、後ろの物陰から声援を送っていた。
「死ねぇぇぇぇぇい!」
そして魔王がその邪悪なねじ曲がった魔王の杖を振りかざした瞬間。サーシャとレナードの手で振り上げられた聖剣ファイブスターが、真っ白く輝き出した。
「ぬおおお!? 馬鹿な、なんだこの光は!?」
「くらえ、魔王ォー!!」
―― ドゴォォォォォォン!!
ファイブスターの刃が魔王デスローゼスに触れた瞬間。天より降り注いだ巨大な雷が、その刀身に落ちた。そして。
「グワァァァァァァアーッ!!」
恐ろしい断末魔の叫び声を上げながら、魔王デスローゼスの身体は吹き飛ばされ、宙を舞い、30m先の壁にぶつかり、逆さまに地面に落ちて……動かなくなった。
「……えっ……」
「……倒した……? 魔王デスローゼスを……倒したぞ!」
サーシャが、レナードが、信じられないという風に顔を上げる。
長い年月に渡り魔王城の空を覆っていた黒雲が、魔法のように晴れて行く。二人はついに、人々を苦しめていた魔王を倒し、世界を救ったのだ。
「や……やりました、レナードさん!」
「はは……ほんとに……あっ」
サーシャはキラキラと輝く笑みを浮かべレナードを見上げるが、レナードは赤面してサーシャの腕から手を離してしまう。
「きゃっ……重い」
「ああっ、ごめん」
たちまち剣を落としそうになったサーシャを、レナードは支えようとしたが。
「わりィわりィ、剣を落としちまった。魔王ってどうしたの? 倒した!? マジィ!? 俺、魔王倒したんだ、ウェーイ!!」
そこに後ろから割り込んで来たのは、勇者バルディーンだった。二人の間に入ったバルディーンはサーシャとレナードの肩を抱いていたが、レナードの方をすぐに離す。
後ろでただビクビクしていたクアラルンもやって来て、レナードに握手を求める。
「やりましたねレナードさん! 見事でしたよ!」
「あ、ああ、クアラルンも支援をありがとう……」
レナードは引きつった顔で応える。バルディーンはサーシャの肩を抱いたまま、クアラルンに手を振る。
「生臭坊主も! ウェーイ!」
「ウェーイ! やりましたね、きっと大変な褒美が貰えますね!」
「よしじゃあレナード、早速王様に報告して来てくれよ」
バルディーンにそう言われ、レナードは顔を上げる。
「えっ……み、皆で行くだろ、陛下に報告を……」
「いーよ全員じゃなくて。お前城の兵士なんだからお前行けばいいじゃん。俺、デートの約束があンだよね。なーサーシャ! 約束だろ? 魔王倒したらデートしてくれるってさ? 覚えてるよね?」
レナードは慌てて顔を背け、その強張った表情を隠す。サーシャは慌てて顔を上げレナードを見るが、レナードは既に背を向けてしまっていた。
確かにサーシャはバルディーンに一度だけそういう約束をしてしまった事がある。だけどそれはやる気もなく拗ねてばかりのバルディーンに、目の前のマドハンドと戦ってもらう為の窮余の策だったのだ。
「覚えてる……けど……魔王を倒したばかりの今じゃなくても……」
「俺ショートケーキはイチゴから食べる派なんだわー知ってるでしょ? クアラルンは役に立たなかったんだろ、お祈りでもしとけ」
「了解です勇者さま、トホホ~」
「じゃ行こうかサーシャ」
「ちょっと! ひどいわバルディーン!」
非礼な勇者、言われるままの僧侶、抗議する魔法使いサーシャ……しかしレナードはさらに落ち込んでいた。サーシャは自分の事はさんづけで呼ぶのに、バルディーンは呼び捨てにするのだ、親しく……レナードはそう思っていた。
「……陛下も魔王討伐の報告を待ちかねている……わかった……僕は取り急ぎ報告に行って来る」
「私もお供します~」
「……レナードさん……それで……いいんですか」
レナードが立ち去ろうとし、クアラルンがついて行き、サーシャが誰にも聞こえない声で囁いた、その、瞬間。
―― ゴゴゴゴゴゴゴォ……
遠くで、雷が鳴った。天空を覆っていた青空が、にわかに黒雲に覆われて行く。
「な、なんだ!?」
―― ゴォォォォォォ……
辺りが、急激に瘴気に包まれて行く……そしてその集まった瘴気の中から、邪悪な笑い声が響く。
「フハハハハハハハ! その程度でワシを倒したつもりか青二才共め!」
パーティは驚愕する。魔王デスローゼスは倒れていなかったのだ。瘴気の霧の中から現れた魔王は、焼け焦げ、やつれていたが、まだ戦えるように見えた。
「ああ? 死にぞこないめ、今度こそ俺が」
バルディーンはサーシャから手を放し、聖剣ファイブスターを構え突進するが、魔王デスローゼスに簡単にフロント・ヘッド・ロックに捉えられると、
―― ボスッ!!
強烈な膝蹴りをその鳩尾にまともに喰らい、意識を失う。魔王は勇者と聖剣を雑に投げ出し、次は逃げ遅れたクアラルンに掴みかかる。
「次はお前だ」
「ヒッ……ぎゃあああああああー!」
魔王はクアラルンを両手で高々と抱え上げると、助走をつけてデッドリードライブで投げ飛ばし、レナードに向き直る。
「もうあのような手は通じぬぞ、小僧」
じりじりと近づく魔王。レナードは鞘に納めていた剣を抜き構えるが、いまだに安い支給品しか渡されてないレナードの剣は折れて短くなってしまっていた。
そこへサーシャが駆け寄って来る。
「レナードさん、もう一度聖剣を!」
「だめだ、僕が奴を食い止める間に、君はその剣を持って逃げるんだ」
「いけません! だったらレナードさんも一緒に逃げて!」
「人類の為なんだ、魔王は僕が止める、君は生き延びてくれ!」
「そんな事、出来ないよ……」
「頼むよ! 後から来る人々の為なんだ、聖剣を失えば魔王は誰にも倒せなくなってしまうかもしれない、」
「レナードさんを置いて一人で逃げて、それで生きろなんて無理って言ってるの! 私、そんなに強くないんだから!」
魔王はその間に、うう、と呻きだした勇者の脇腹を蹴とばして再び眠らせていた。そして再び、ゆっくりと二人に近づく。
「早く! 魔王が来る、行け、行ってくれ!」
「嫌です……嫌!!」
次の瞬間。何とか魔王を牽制しようとしているレナードの懐に、サーシャは背中から飛び込んだ。
「サ、サーシャ!?」
サーシャの背中とレナードの胸板が、胸甲越しに触れ合い、その熱が伝わる……レナードの鼓動が高まる。その鼻腔を、サーシャの美しい亜麻色の髪の香りが、心地よくくすぐる。
「クククク、ちょうどいい、二人まとめて引き裂いてやろう」
魔王は巨大で鋭い爪を振りかざしながら、さらに近づく。
「レナードさん、私を抱きしめて! 強く!」
「ぐっ……しかしもう他に仕方がないっ……」
レナードは自分の剣を手放し、聖剣ファイブスターを構えたサーシャを後ろからしっかりと抱きしめる。レナードの両腕がサーシャの肩に、腰に、しっかりと絡みつく。
「さあ、仲良くあの世へ行くがいいー!」
「……跳んで!」
そして魔王がその腕を振り上げた瞬間、サーシャは上に、レナードは前へと跳ぶ。レナードに抱えられ、サーシャに構えられた聖剣ファイブスターの攻撃は鋭い刺突となり、魔王の脇腹へと吸い込まれる!
―― ドゴォォォォォォン!!
そして再びファイブスターの刀身に巨大な雷が降り、周囲を真っ白に染める!
「グワァァァァァァアーッ!!」
二度目の断末魔の叫び声を上げながら。魔王デスローゼスは吹き飛ばされ、宙を舞い、3m先の地面に落ちて……動かなくなった。
「……やった……」
「今度こそ……今度こそ魔王を倒した!」
レナードはサーシャを見下ろし、サーシャはレナードを見上げ、眩しい笑みを浮かべる……次の瞬間。
「あっ、ああっ!? ごご、ごめん!」
レナードは慌ててサーシャから腕を離し離れる。サーシャも微かに頬を染めて俯く。
そこへ、魔王に投げ捨てられていたクアラルンも駆け寄って来る。
「やりましたね二人とも! ついに魔王を倒しましたよ!」
「あっ、ありがとうクアラルン」「け、怪我はないかクアラルン」
「あー痛ぇえ、何だってんだよまったく」
そして勇者バルディーンも起き上がり、倒れている魔王の脇腹を蹴りつけ、レナードとサーシャの後ろから、その間に立ち塞がるようにしてやって来た。
「しつこい魔王だぜクソが。ま、サーシャが無事で良かった。それじゃサーシャ、早速しようぜ」
バルディーンはそう言ってやおらサーシャに向き直り、その腕を掴む。
「早速って……な、何を」
「キスだよキス、くれるって言ったろ? デートって言えばまずはキスだって」
「わっ! 私あげるだなんて一言も!」
「だけど否定もしなかったじゃん」
「だめ、だめですそんな、皆さんの前でそんな事、」
「じゃあ誰も見てないとこで二人っきりでするぅー? 俺は、どっちでもいいけどぉー?」
サーシャはただ目を白黒させて動揺していた。バルディーンは構わずサーシャのもう一方の手も取ると、顎を持ち上げさせようとする。
「レナードさんっ……」
誰にも聞こえない声でサーシャは囁き、レナードの姿を横目で追う。レナードは。ただ、どうしていいか分からず、硬直し、小さな涙を浮かべていた。
―― ドグワァァァァン!!
その刹那。漆黒の闇の波動が閃き、バルディーンを、バルディーンだけを真横から弾き飛ばし、彼方の壁へと叩きつけた。
「バルディーン!?」
クアラルンが叫ぶ。サーシャは、その闇の魔法が放たれた元へと振り向く。
「ま……魔王!?」
魔王デスローゼスは立ち上がっていた。全身を震わせ、苦悶によろめきながら。
「負けん……負けんぞぉぉ! 魔王であるワシがこれしきの事で倒れてたまるか、ワシはまだ、倒れるわけには行かぬのだ!」
痛めつけられた身体を引きずりながら、魔王はまずクアラルンに掴みかかる。
「ひっ……ひいいい!?」
「……貴様も何か仕事をしろッ……」
クアラルンに背後からスリーパーホールドを掛けながら、魔王は小声で囁く。クアラルンは。首を締め落とされないよう、必死で抵抗しながら叫ぶ。
「わっ……私は陛下からいただいたお金を、自分の借金の返済に当ててましたー! 軍資金を貰ってないというのはウソでした、皆さんごめんなさい!」
「クアラルン!?」
「貴方何を言っているの!?」
「ハハッ……これが私の人生、最後の瞬間かも……しれませんから……!」
首を締め上げられながら、クアラルンは魔王の巨大な胸板に肘うちを食わせる。しかし全然効いていない。
「レナードも、サーシャも……! 心残りのないよう、言うべき事があれば言っておくのです! ぐあっ!?」
「死ねぇぇえ」
魔王は更にクアラルンの頭を締める。クアラルンは顔を真っ赤にして必死に抵抗する。
レナードは急いで聖剣を拾い上げようとするが、やはり一人では聖剣の柄に触れる事すら出来ない。
「は、早く……」
クアラルンが、苦し気に呻く。
「僕は……僕はサーシャが! 大好きだーっ!!」
聖剣の前に跪き茫々と涙を流し天を見上げながら、顔を真っ赤にしたレナードが、絶叫した。
「私はレナードさんが! レナードさんの事が誰よりも一番好きです!!」
レナードの元に駆け寄ったサーシャは、左手で聖剣の柄をしっかりと握りながらそう叫んだ。その頬を、一筋の涙が伝い、滴り落ちる。
レナードの右手が、サーシャの左手の上から添えられる。二人は小さく頷き会い、立ち上がって、聖剣を高々と構え上げる。
「フハハハハ! では二人仲良く死ねぇぇぇい!」
魔王はクアラルンから片手を離し、何かの魔法を放とうとする、その手のひらの上に、漆黒の雷を放つ闇の力が集まって行く。しかし。
―― パパァーン!!
突然、聖剣が軽やかな破裂音を発した。その音に促されたかのように、レナードとサーシャは心を合わせてその刃を振り下ろす。
―― ズバァッ……
次の瞬間。聖剣の刃を受けた魔王の身体はなんの抵抗もなく二つに切り分けられた。まるでウエディングケーキのように……さらにその身体が、切られた場所からさらさらと光の粒子へと変化し、空に舞って行く……
白い鳩の群れが、飛んだ。
「おめでとうございます!」
魔王の腕から逃れていたクアラルンが、唖然としたまま互いの手を握っていたレナードとサーシャに駆け寄る。
「神の愛と祝福のもと、今ここに、新たな夫婦が誕生しました! 戦いの中であなたたちは互いに支え合い困難を乗り越えていくことでしょう。神の祝福があなたたちと共にありますように!!」
そして一気に祈りの言葉を読み上げ、その既成事実を強力に固める。
「えっ……えええっ!?」
「そ、そんな急に、でも、あのっ」
若い二人はただただ顔を赤らめ、お互いの顔を見合ったり、また俯いたりしていた。
勇者バルディーンは、すぐには起き上がらなかった。
魔王城の空は、今度こそ青く眩しく晴れ渡っていた。光の塵となった魔王の身体は風に舞い、そんな青空へと吸い込まれ、溶けて行く。
聖剣ファイブスターは何かを訴えるかのように、地面に突き刺さっていた。その刀身に、五つの光る星を輝かせながら。
「魔王デスローゼスは斃れぬ」をお読みいただき、誠にありがとうございました。この場をお借りして、皆様にぜひお願いしたいことがあります。
どうかお時間のある方は、本作ページの下部にあるリンクから、私の渾身の作品「マリー・パスファインダーの冒険と航海」の第一作目、「少女マリーと父の形見の帆船」もご覧いただけないでしょうか。
この作品は、力はないけど情に厚く行動力のある主人公が、数々の困難を鮮やかに乗り越えていく、涙と笑いに満ちた爽快なアクションストーリーです。
きっと楽しんでいただけると思いますので、ぜひお立ち寄りください。
改めまして、お読みいただき、心より感謝申し上げます。