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辺境伯の事情

「よう、色男! 十二歳の妻を買ったんだって?

 相手は、あの精霊姫とも言われたグリーヴ伯爵夫人の娘だってな。おまけに母君に生き写しの美少女らしいじゃないか」


 先触れと同時に訪れるなり絡んできた腐れ縁の悪友。彼に肩を叩かれ、投げかけられた台詞にニコラスは眉を顰める。

 ちなみに婚約が成立したのは昨日だ。

 当然ながらまだ公表していないのに情報を掴み、こうして押しかけるのは流石だと感心する。だが、まだ己の中で整理できていない。もう少し間を空けてほしかったところだ。


「二月後には十三になる。そもそも買った訳ではない、人聞きの悪いことを言うな。

 あと、面識がないから顔は知らん」


(コイツの軽薄さは何とかならないのか。公爵らしいのは外見だけだな)


 辟易しながらも、相手の軽さや口の悪さは、あくまでも処世術の一つであり表面上のものだ。

 それを分かっているニコラスは軽く宥めるにとどめ、彼のお気に入りの酒を出してやった。


「おっサンキュー。ああ、やっぱりお前のところのウイスキーが最高だな。クセは無いのに風味豊かで、冷やしても香りがあまり閉じない」

「まあな。最近は変わり種カスク()もすっかり定着した」

「また品薄になりそうだな。でも友達のよしみで融通してくれよ」

「甘えるな。と言いたいところだが、金払いの良い得意先だから優先的に引き渡してやる」


 変わり種はニコラスに代替わりしてから始めたものだ。軽い気持ちで試したのだが、ここまで人気が出るとは思わなかった。

 特にアップルブランデーカスクで熟成させたのを紅茶に垂らす飲み方を悪友の夫人に教えると、それまでウイスキーを敬遠していたご婦人方に受け、販路の拡大に繋がった。

 その感謝も込めて、彼に渡す酒は必ず取り置いてある。



「しかし、お前は夭逝した婚約者を忘れられないからと縁談を断っていたのにな。それがついに腹を括ったのかと思えば、相手が十二歳じゃ驚くって!

 しかも、最初は断っていたんだろう? どういう風の吹き回しだ?」

「あれは表向きの理由だ。知っているだろうに」



 過去の縁談は、相手の令嬢が揃いも揃って我が家に迎え入れてはいけない者ばかりだった。

 血筋の違う子を孕みかねない尻軽に、とんでもない浪費家。我が家が長い歴史で築き上げた縁故を、あっという間に消し炭にしかねない性悪。努力や労力を払うと負けだとでも思っているのかと問い質したくなるような、どうしようもない横着者。

 それらの要素を兼ね備えた、見ようによっては賞賛に値する強者もいた。


 当然ながら、顔合わせの場でそのような本性を露わにする愚か者はいない。腐っても貴族令嬢、そこだけは教育が行き届いている。

 だがニコラスの目は、そして辺境伯家の調査能力は、その本性を見抜く。


(俺の女運の悪さは呪いと言っても良いレベルだな)


 かつての婚約の実情を知らぬ者はニコラスの言い訳を信じているが、それはまやかしだ。

 昔の婚約者と結ばれなかったのは、式の一月前になって、彼女の腹が隠せないまでに膨らんだせいなのだから。

 当然ながら、彼女が宿していたのはニコラスの子ではない。

 彼は婚約者との触れ合いはエスコートのみという、折り目正しい付き合いを心がけていた。その真面目さが婚約者の目にはつまらない男だと映り、不貞に走らせたのは笑えないが。


(あんな女を家に入れずに済んだことは寧ろ幸いではあったがな)


 今となっては安堵すらしているが、当時は荒れた。真面目に生きても割を食うだけ。そう思ってしまうのも致し方ないことだろう。

 そして抑制していた反動も手伝ってか、たちの悪い遊びに耽った。その放蕩ぶりは凄まじく、裏社会では遊興の顔なじみとまで囁かれる始末。

 落ち着いた今となっては完全な黒歴史である。



 話を戻すと、当然ながら婚約は破棄された。しかし困ったのは相手方だ。間男と通じた長女が悪いのは明白だが、何としても表沙汰にしたくない。

 次女が大公国の公子に見初められた今となっては尚更だ。幸いにして彼に兄弟はいないので、多少の我儘は許してもらえる立場である。

 この醜聞を隠し通せるのなら娶るとの確約を得た相手方は、恥も外聞も捨てニコラスの父に縋った。


 誠意のかけらもない求めに対し、最初は父も憤慨した。しかし想定を大きく上回る賠償を提示され、心が揺らいだ。

 おまけに相手は公爵家。本来なら対等な立場だが、今のように平和な時代の辺境伯には、かつて程の力はない。ここで強く突っぱねると、あとで困ったことになる。

 だが自分の一存で受け入れてしまうと、家族に責め立てられるかもしれない。


 悩んだ父は、卑怯にもニコラス本人に判断を委ねた。いや、委ねるふりをした。一番の被害者である彼に決める権利があると言いながら。

 しかし好条件を提示され、更にこれを呑めば公爵家に恩を売れる、逆に断ったら我が家の立場が悪くなるとまで当主である父に言われたのだ。拒める者がいるだろうか。

 少なくともニコラスには無理な話だ。彼は責任から逃げた父への怒りを押し殺して受け入れた。


 ニコラスの生活が荒れた原因の一端は父にあるだろう。

 この判断は合理的なもの。そう頭では分かっていても、当時十七歳の彼には相当な負担だった筈。

 その息子を気にも留めず、儲かったと喜ぶ父に向ける家族の目は冷たかった。そもそも彼があんな婚約者を選ばなければ、このような事態は避けられたのだ。



 結局、婚約者は急病により領地で静養し、婚姻は延期すると公表した。一年後には回復の見込みがないとして破談にすると互いに約し、あとは時間の経過を待つだけ。

 ちなみに元婚約者が産んだ子は親族の実子として密かに引き取られた。今では幸せに暮らしている。


 そして予定は大きく変わり、ニコラスは一年を待たずして自由になる。

 ある日、彼は元婚約者が産後しばらくしてから特別な友人(・・・・・)との遊びに行こうとした際、川に転落し命を落としたと報告を受けた。異様なまでに目が据わり、動く屍かと疑うほどに顔色が悪くなった彼女の父によって。

 実際に何があったのかは容易に想像できる。しかしことが起きてしまった以上、相手が告げた出来事を受け入れるしかない。

 そもそも元婚約者への情は跡形なく消え去っていたので、どうでも良かったのが本音だが。

 そして彼女は治療の甲斐なく天に召されたと公表し、秘密は守られた。


 苦い経験のせいか、又は遊蕩によって得たものか、ニコラスの人、特に女性を見る目は養われた。

 父の運用では宝の持ち腐れだった一族の情報網を駆使してふざけた縁談を片っ端から粉砕し、父と相手方を黙らせる。

 そして予定を大幅に繰り上げニコラスが当主になり、父は領都の片隅にある療養所に追いやった。無能な働き者にこれ以上かき回されるのは、断固お断りだったから。

 そして悪友の伝手も利用しながら思うがままに采配を振った結果、今がワイルド家の最盛期だと言われるくらいに栄えている。



 そんなある日、とんでもない縁談が持ち込まれてしまう。

 当然ながら最初は断った。グリーヴ伯の人柄が信用できないのが理由の一つ。それ以上に相手の令嬢が十二歳では、受ける方が正気を疑われる。

 そもそも何を好き好んで幼い娘を、こんなオッサンに嫁がせるのか理解に苦しむ。もっと若く美しい令息に嫁がせてやれば良い。


 そうは言ってもニコラスは決して容貌に問題がある訳ではない。それどころか背は高く、眉目秀麗だと評判だ。

 しかも若い頃に少しばかり荒んだ時期を過ごしたせいか、どこか影のある危険な香りも漂う。まだ若い令嬢をも含めたご婦人方の熱い視線を浴びるのは日常茶飯事。

 金の髪は明るく煌めき、晴れた夏の日の海を思い起こさせる青い瞳には途方もない引力がある。

 それに惹かれたのか、見つめられただけで孕みそうだと問題発言をする夫人までいる始末。その夫人は、夫によってしばらく領邸に軟禁されたとか。


 当然ながらニコラス本人も、自分がモテるのは分かっている。だが子供から見たら己は紛うことなきオッサンだ。そんな相手に嫁がされる令嬢が気の毒で仕方ない。

 ついでに言うと、そんな子供を娶って異常性癖を疑われるのも嫌だ。

 だが普段のように断った瞬間、姑息なグリーヴ伯が放った一言がニコラスの心を変えた。


 なら娘を別の者に嫁がせる。


 それ自体は当然だろう。縁談を断られたのだから、新たな縁を求めるのが正しい貴族のあり方だ。花嫁の年齢はひとまず置いておく。

 だが、その相手として伝えられたのは、非常に評判の悪い子爵だった。

 彼は高位貴族にも引けをとらない資産家であり、支度金には糸目をつけない。だが嫁いだ娘は遅くとも三年以内に命を落とす。どうも閨事の趣味がよろしくないようで、妻の身体に多大な負担をかけるらしい。そして五十はとうに過ぎている。


 そんな相手にまだ子供でしかない娘を嫁がせるのだと言う。グリーヴ家の経営は安定しており、娘を売り払う必要はないのに。

 思わず自分が娶ると口にし、それに対する相手の反応に、嵌められたのだと悟る。それでも憐れな少女を救えるのなら、子爵以上の支度金を用意しても構わないと割り切った。




「……なるほどな。何と言うか、まあ、ご愁傷さま」

「もう諦めた。顔を見た瞬間、こんなオッサンは嫌だと泣かれる覚悟は出来ているよ」


 ニコラスもそんな子供は勘弁と思っているのだからお互い様ではあるが、面と向かって拒絶されるのは気が滅入るだろう。

 やや沈んだ気分で明後日の顔合わせを待った。

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