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 父への嫌悪感の原因にキャロルが思い至ったのは、ジュリアが七歳になったある日のこと。



 既に十三歳になっていたキャロルは、自身に絡みつく男の視線に気付いていた。

 両親の要素を上手く取り入れた美貌。それに、少しばかり周囲の令嬢より成長が早かったせいか、外見は大人の女性に近付いている。

 当然のように気持ち悪い目で見る男が多かった。同世代の令息だけでなく、明らかに父よりも年上の中年まで。


 その視線を感じ、虫唾の走る思いを抑えながら笑顔で過ごす彼女にとって、心の支えはジュリアだった。生まれたばかりの弟にはあまり愛情を感じなかったのに。

 弟に罪はない。だが、彼が生まれた時には既に父からの妹への当たりが強く、そちらに意識が向かなかったのが原因だろう。


 そんなある日、父が妹に向ける目を見て最悪なことに気付いた。

 以前から何か気に入らないと感じていたそれが、自分を見る周りの男から向けられるものと同質だということ。

 あまりの醜悪さに逆流しそうな胃の中身を必死の思いで飲み下し、貼り付けた笑顔を保つ。

 内心では目の前の醜い男を滅多刺しにしながら。


 あの男が毎晩のように妹の寝顔を見ているのは、つい辛く当たってしまう己を恥じて反省しているのかと思っていたのに。だが考えてみれば、あの男はそんな殊勝なタマではない。

 幸いなことにまだ自覚はしておらず、それを自分でも見ないように目を逸らしている。

 妹のおかれた状況を今すぐ改善するのは無理でも、せめて悪化させないように手を打たないと。


 それからは今まで以上に注意深く父を観察した。


 そして自分は既に父から警戒されていると気付く。

 ジュリアに対する執着は知られてしまっているのだから当然ではある。だけど、今のままでは遠方との縁談などで体よく排除されてしまうだろう。


 なのでまずは妹への関心を失ったふりをすると決めた。

 本人には、自分が可愛がると父は余計にジュリアをいじめるからと説明し、こっそり交流する。

 既に手懐けていた執事の協力のもと、父や家人の目を盗みながらの妹との触れ合いは最小限ながらも心に潤いをくれた。

 そうやって無関心なそぶりを見せていると、実際に父の当たりが少しだけ和らぐ。

 あの男は無意識のうちに、ジュリアが心を預ける相手を恐れているらしい。今まではその筆頭候補が自分だったのだろう。



 次にキャロルが求めたのは、父より強い相手との縁。

 これは簡単だった。十四になってすぐ母と共に赴いたお茶会で、二つ年上のカーティス侯爵令息と話し合ったから。

 だが、その顔合わせは彼女にとってそれなりにストレスとなった。



「久しぶりだね」

「ええ、お久しぶりですわ」


 そう答えながらも内心では盛大に顔をしかめている。

 何も相手に不満な訳ではない。自分の目的にはもってこいの人物だろう。カーティス家は侯爵家の中でも一二を争う名家であり、そこの嫡男は優秀な令息としても有名なのだから。

 彼自身の権限はさほどではなくとも、その両親の威光は大きい。この縁を逃す手はない。頭では分かっている。


 でもお互いの印象は良くない筈だ。少なくとも、キャロルにとって彼は良い印象を与える相手ではなかった。




 二人の出会いはキャロルが十二の年、カーティス侯爵夫人のお茶会。

 その席でキャロルはとある侯爵令嬢に絡まれた。無理もないことだとは自分でも分かっている。

 そのお茶会にはカーティス家の令息も参加していて、彼を狙う者が多かったのだから。そしてキャロルは既に美貌の令嬢として名が知られており、何としても排除したい存在だろう。


 挨拶が一通り終わり、自由に席を移動できるようになるやいなや彼女はキャロルに近付いてきた。

そして今気付いたそぶりで声を張り上げる。


「まあ! 貴女、左右の目の色が違うのね。驚いたわ。

 猫なら分かるけれど人間でそれって、何かの病気なんですの? もしかして遺伝するのかしら?」


 遺伝性の疾患もちの令嬢など、まともな縁談は望めない。この話題が広まれば、キャロルの将来は絶望的だろう。

 キャロルのみならず、ジュリアや弟の縁談も難しくなる。嫡男である弟はマシだろうけど、あまり良い相手に恵まれなくなるのは確かだ。

 そしてこのような場で母が頼りにならないのは分かっている。自分で切り抜けるしかない。


「いいえ、これは生まれつきの特徴で、問題のある病気ではありません」


 最大限に傷付いた風を装い、そして控えめに。だけど周囲に聞こえる声で主張する。


(今どき虹彩異色症も知らないなんて馬鹿じゃないの? 親の顔が……ああ、あの頭の悪そうな女ね。納得だわ)


 内面と表層が混じり合わないよう、細心の注意を払いながら主張する。控えめに見せるのが面倒だなとうんざりしていた時、助けが入った。


「ヘテロクロミア、異色症だね。目の色の遺伝子って左右で違うから、先天的にそうなる人もいるんだよ」


 本日の令嬢たちの標的、カーティス侯爵令息のご登場だ。陽光を浴びた髪が煌めき、後光がさすかのよう。

 その場にいるみんなが見惚れた。キャロルと、彼女に絡んできた令嬢以外は。


「そ、そうなんですね」


 顔を引きつらせる令嬢に近付き、微笑みながらも追撃の手を緩めない。


「医学的な内容だから君の頭では難しいかもしれないけど、人に遺伝疾患の疑いをかけるなら少しは勉強しないと恥をかくよ。あ、もう遅いか。

 これに懲りたら少しは本を読むんだね。

 僕としてはあやふやな知識であんな失礼な発言をする令嬢なんて、個人的にはお付き合いしたくないな」


 隠す気もない毒をふんだんに散りばめた発言で、お馬鹿な令嬢を攻撃する。

 令嬢の母親は怒りに顔を赤くしているが、同じ侯爵家でも格の違いは大きい。カーティス家に盾突く訳にはいかず退散していた。



「君、大丈夫?」


 先ほど令嬢を追いつめた時とは少し違い、気遣いを滲ませた表情でキャロルに質問する令息。ありがたいけれど、ありがた迷惑でもある。


「はい、ありがとうございました」


 もう用は済んだからさっさと解放してほしい。このまま話していると、また面倒なのに絡まれるから。

 その思いが全く通じないのか、彼はますますキャロルに近付き目を覗き込む。


「それにしても綺麗な目だね。

 右は鮮やかな金色で、左は……ヘーゼルなのかな? 明るい茶色と緑が混じり合って草原のようだ。よく見ると金や青、赤の部分もある」


 こんなに美しい瞳の持ち主なんて、そうお目にかかれないよ。そんな君に病気だなんて、あの令嬢は恥晒しもいいところだね。


 言いたい放題の彼に流石のキャロルも顔が引きつる。


「あの、もう大丈夫ですので。ありがとうございました!」


 これ以上晒し者になりたくない。その一心で強引に話を切り上げた。格上の令息に対し礼を失した態度だとは分かっているけど、あとで被害を受けるのはこちらだ。

 これは身を守るための方策なのだから、少しばかり大目に見てほしい。


 必死の思いが通じたのか、彼がそれ以降絡んでくることはなかった。




 それから二年。昨年成人したばかりの彼は、相変わらず秀麗だ。そしてやっぱり、こちらの気持ちはお構いなしで踏み込んでくる。


「早速だけど僕と婚約してほしいんだ。

 出来れば今すぐと言いたいけれど、しばらく交流して僕を受け入れても良いと思えたら、その時は頷いてほしい」


 そんな面倒なことをしなくても、家を通じて申し込めば良いことではないのか。


「カーティス家からグリーヴ家に申し込めば、すぐに婚約は成立するだろう。だけど、そうじゃないんだ。

 君には自分の意思で僕の手をとってほしい」

「しばらく交流して私がその気になれなかったら、どうするのです?」

「君は必ずその気になるよ」


 自信過剰だと内心で嗤っていると、それを見抜いたかのような言葉をかけられた。


「君には何か目的があるよね。それが何かは分からないけれど、そういう目をしている。

 僕はきっと君の力になれるよ。少なくとも君は、僕に利用価値を見出だしている気がするんだ」


 そう言って笑う彼は、如何にも自分を利用しろと言いたげだった。それこそ何が目的なのか分からず不気味だと思う。

 でも彼と共にあれば、ジュリアを救う手段が増える。


 その魅力的な誘いにキャロルが頷いたのは、それから一月後だった。

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