14(1/2).終わりなき白昼夢に往きつく - Some are gone to Endless Daydream
正直なところ、今回ばかりは自分がいつ現実から移動したのか分からなかった。最初こそ、風に阻まれて、仲間たちとはぐれただけだと思っていた。
まさか、超次元的に離れ離れになっていたとは。
ジェムは、周りを注意深く見渡した。アカンサスの葉を模様に取り入れたダマスク柄の壁紙が、経年劣化故か所々色褪せていたり、剥がれて下地の漆喰壁が見えていた。床に敷き詰められた動物柄の絨毯も、土埃で汚れて柄を判別するのも難しくなっている。南向きの窓から入る陽射しは柔らかく、違和感がないが、よくよく外を見てみればどこにも太陽が見当たらない。
……冷静に見れば、これだけ違うのに。なんですぐに気が付かなかった?
とにかく、自分が"ブルー"に来たことは間違いない。ディガーに限らずイスメネからも忠告を受け、リリーには忌避感を与えている場所だ。慎重になるに越したことはないと、ジェムはベストのポケットからシガレットケースを取り出し、アロニアの飴を口に入れた。
さて、と腕を組み、壁に寄りかかりながらジェムは考える。
ディガーの話では、なんの理由もなく人間が"ブルー"に迷い込むことはないし、ましてや"ブルー"の方から人に近付いて呑み込むこともないらしい。ならば、今回も誰かに呼ばれたと考えるべきだろう。つまり、まず明らかにすべき謎は、誰に呼ばれたか――。
……初っ端から厄介じゃないか。その誰かをどうやって探せばいいんだ、地の利もなにもないこの場所で。
考えれば考えるほど、苛立ちは増していく。ズキズキと痛む気がして、ジェムは右手で頭を抑えた。
……そもそも、人を呼んだなら顔を出すのが筋じゃないか? なんでぼくの方から探さなくちゃならないんだ? なんで、ぼくなんだ?
ジェムは深い溜め息を吐いた。
……落ち着こう。危険性を含め、少しでも多く情報を得て、周囲の環境を把握するんだ。"謎"について考えるのは、それからでいい。
そうと決まれば、やることはひとつだ。歩く。歩いて、眺めて、観察する。簡単なことじゃないか。ジェムは寄りかかっていた身体を起こし、このお粗末な計画を実行に移した。
初めて"ブルー"を訪れたとき、ジェムの眼前には長い長い廊下が伸びているだけだった。それに比べれば、今回はまだ現実味があった。窓の外に広がるのはヴィッラ・エリジウムから見えたのと同じ雑木林で、家の構造自体に異変はない。廊下にも、別の部屋に通じそうな幾つかの扉がある。ここは誰の、どんな過去や想いが具現化した場所なのだろうか。
最初に開けた扉の先にあったのは、子ども部屋だった。鈴蘭を基調とした勿忘草色の壁紙、小さな妖精たちが飛び回る姿を描いた天井、アルコーヴベッドに薔薇色の薄地のカーテン、白い小さな踏み台、乳母車、モヘアで作られた毛並みの美しい馬のぬいぐるみ。その他、直感を裏付けるような、小さなテーブルや椅子、おままごと用のティーセット等の家具たち。
ジェムは、部屋に入ってすぐの衣装箪笥に手を付けた。古い型の、小さな身体に合わせて採寸されたドレスが仕舞われていた。または、汚れ防止のためのエプロンが付いている子どもらしいワンピースや、ケープのような袖のチュニック。そこに紛れる男物のローブやフロックコートやジャケット――。
……これらを、イスメネのものだと考えるのは早計だな。手許の情報だけじゃ、確信にまでは至れない。
余計な疑念は、視野を狭めるだけだ。ジェムは衣装箪笥を閉じて、次なる情報を集めに視線を巡らせた。絨毯に落ちていたティーカップを拾い、背丈の低い四つ足テーブルの上へ置きに行った。
その白いテーブルには、絵の具で皿が二枚描かれていた。そして、皿の下には大きく、それぞれ『ME』と『YOU』の文字が書かれ、『YOU』の皿の上にはティーカップが置いてある。一方で、『ME』の方には椅子が置かれていたが、『YOU』の方にはなにもない、ただ空虚が鎮座していた。
ジェムは、拾ったティーカップとテーブルの上にあるものとを見比べた。拾ったものは縁が欠けていて、手垢で汚れて黒ずんでいたが、テーブルのものは新品同様に綺麗だった。
……ひとりぼっちは心細い、か。確かに、"同じ"だな。だが、"誰"と同じかは定かじゃない。
それでも、自分自身との繋がりが、朧げながら見えてきた。ジェムは拾ったティーカップを『ME』の皿の上に置き、テーブル周辺の観察を切り上げた。
次に調査したアルコーヴベッドは、片側の壁が収納棚になっていた。そこに、薬瓶でも入れられそうな木製の小物入れが置いてあった。拝借して中身を確認してみると、箱に仕舞われてあったのは、可愛らしいリボンやレースの端切れ、つるつると光沢のある貝殻やくたくたになった花の残骸等、子どもらしい感性で集められた"宝物"ばかり。
――ただ、ひとつだけ。ひとつだけ、異様に真新しく、見覚えのあるものがある。
決定的な証拠だ。ジェムはベッドに腰を下ろし、小物入れの中身を見つめながら、頭を抱えた。
……イスメネ、やはり、きみはここにいたのか。
それは先日、ジェムが彼女に頼まれて作った、花冠だった。
* * *
こんこんこん、とグレタは執務室のドアを叩いた。ウォルナット材のシンプルなドアに対し、繊細なモールディングを施した額縁のようなドア枠がクラシカルで美しい。重厚そうなドアの向こうから、はい、とくぐもった声が聞こえた。
「グレタでございます。お客様を連れて参りました」
グレタの呼びかけから、少し間が空いた。内側からドアが開き、この家の主であるウィリアム・ハフナーが自ら顔を出す。
「やあ、待っていましたよ! どうぞ、中へ」
ウィリアムに手招きされ、グレタに先を促され、探偵たちは執務室と思しきその部屋へ入室した。装飾性の高いヴィッラの中で、比較的質素な部屋だった。パイン材の執務机に真鍮製のバンカーズランプ、黒光りするタイプライター、机に対して向かい合わせに配置された二脚の椅子、ジャガード織りの白い絨毯。天井にまで届く、壁にすっぽりと納まる古い本棚は特注であろう。それらの家具が丁度いい塩梅で部屋の中を占めている。広すぎもなく、狭すぎもしない。主人の富や権威を示すためではなく、本当に仕事をするための場所なのだ。
しかし、三人の探偵と二人のワトソン役、そこにグレタが加わったことで、部屋が途端に窮屈に感じた。
「狭苦しい場所で申し訳ない」
扉を閉めつつ、ウィリアムが言った。執務机へ戻りながら、「色々ご不便をおかけしていることかと存じますが、何卒ご容赦ください」とまたもや詫び言を述べる。
「――如何でしたでしょうか、邸内でなにか気になる点などはございましたか? 私にお答えできるものなら、なんでもお話しいたしますよ」
と、布張りの椅子にも座らず、手揉みしながら言う。きらきらと輝く瞳は、なにを期待しているのだろうか。
並んで立っていたカートとネルは軽く視線を交わし合い、それが暗黙のルールかのように、先に視線を外した方が最初に口を開いた。即ち――
「恐れながらミスター・ハフナー、なにかに気が付けるほど、私たちは邸内をよく見られていないのです」
――ネルである。
「それは、それは」ウィリアムを何度も頷いて同情するような仕草を見せた。「力及ばず、深くお詫びします。皆さんにお仕事をお願いしているのは、こちらの方でありますのに」
そう言って眉尻を下げ、困った顔をグレタに向けた。グレタは恭しく腰を折っただけで、一言も喋らない。随分と我の強い使用人――いや、被雇用者である。
「彼女は非常に仲間思いの人なのです。どうかご理解ください」
ウィリアムは、グレタをそう擁護した。対してネルは、頻りに左の耳を触って、やや不満顔だ。
「それは勿論……、私たちの同僚が礼を欠いたのは確かですからね、警戒なさるのも理解できます。まったくもって、こちらに非があると言えますでしょうね」
とまあ、自分たちに失礼があったことを失礼な態度で認めるものだから、余計に心証が悪いというものである。ネルの科白を隣で聞いていたカートは、心の内で嘆息した。――しかし、直接の原因ではなくとも、元はと言えば、いつまでも依頼内容の詳細を明かさないウィリアム・ハフナーが諍いを生んだのだ。ここはひとつ、ジェームズとカトラルの肩を持ってやるべきか。
「誤解があってはいけないので言い訳をさせて頂きますと、あれは、皆さんを疑っているとかではなく、皆さんの人となりを知るために私たちが用いる手段なんです。例えば、この度の調査でいうと、従業員の方々の強固な関係性が浮き彫りになったりですとか」
「成程。そしてそれが、彼の能力を引き出すのに必要なのですか?」
「……すみません、誰ですって?」
カートはウィリアムに聞き返した。『能力』という単語は聞き捨てならない。
ウィリアムは些か戸惑った様子で、僅かながら目を丸くしている。
「青い目をした例の青年ですよ、ライトブラウンの髪の。妖精課には特別な能力が使える探偵がいると聞いています。彼がそうなのでしょう?」
「そう聞いております」と扉の近くで待機していたグレタが受け答えする。
……忘れていた。
カートは歯噛みした。今回の依頼に限っては、ウィリアム・ハフナーは妖精課を指名しているのだ。それも、ジェームズ・カヴァナーの能力を目的に。そのことは、焙煎所の奥のあのいつもの部屋で、ロロから既に告げられていたではないか。
……もし、彼らの抱えているトラブルが所謂"超常現象"の類だとして、ジェームズがそれに巻き込まれていることは、彼らに周知されているのだろうか? だとしたら、何故、僕たちに訊いてこないんだ――なにかおかしなことは起こらなかったか、と。
「ところで、"彼"の姿が見えないようですが」
ウィリアムの指摘で初めてジェムの不在に気が付いたカートは、咄嗟にリリーの顔を窺った。彼女は、注視しているカート以外には分からないくらいに、僅かに顎を引いて頷いた。また、いなくなったのだ。
「いつの間に」とグレタが呟いた。かっ、と目を剥いて、凄まじい形相で探偵たちを睨みつける。
「――もう我慢なりません、目を離せば勝手なことばかり! いくらお客様でも、ルールを守って頂けないのであれば、わたくしたちができる接遇にも限りがございます!」
「こらこら、グレタ――」とウィリアム。「そうカリカリするもんじゃないよ、本来、協力しなければならないのはこちらなのだから」
「しかしながら旦那様、」と探偵越しにグレタは反論する。「依頼者であるわたくしたちは、同時に、彼らを雇う立場でもあるはずです。わたくしどもが『ならない』と言ったら、それに従うべきでしょう!」
ところが、彼女の意見は意外な人物により反駁された。
「いいえ、グレタ。私たちの依頼人はウィリアム・ハフナー、ただ一人です。あなたはただの関係者に過ぎません」
遠慮という言葉をまるで知らないかのように、ネルはグレタの目を真っ直ぐに見据えて言い放った。
――とはいえ、グレタが依頼人の関係者であるのに違いはない。彼女との遣り取りを目の当たりにしたウィリアムが不快に思ったなら、態度を改めるべきは探偵たちの方となる。今後のために(ひいては会社のために)、この場所において尊大な態度を取るのは得策ではない。
そんな事情を理解しているのだろうか、グレタは大仰にも思える話し方でネルを非難する。
「聞きましたか! なんという言い種でしょう! スミスの探偵が聞いて呆れます! 本当にこの人たちが、あのニール・マイヤーの意志を引き継ぐ探偵なのですか?!」
――これほどまでに探偵と顧客との関係が拗れた依頼があっただろうか。
そこへ、「一言よろしいでしょうか」と丁寧な物言いながら、セニヤはグレタたちの会話に割って入る。
「お話に上がった弊社の探偵のジェームズ・カヴァナーですが、道中体調不良を訴えておりましたので、勝手ながら、部屋に戻るよう助言をいたしました。今になってご報告することになった不手際、深くお詫び申し上げます」
言いつつ、セニヤは頭を垂れた。事務的な言葉遣いは、スミシー探偵社の元事務員だった経験をどうにか思い出して形にしたものだ。
セニヤの話を聞いたウィリアムは眉間に皺を寄せ、
焦りやら不安やら心配やらが綯い交ぜになったような表情をした。
「――なんと。大丈夫なのですか? 必要なものがあれば用意させますが」
「お心遣い感謝いたします――が、お気になさらず。彼にはよくあることなのです」
「それは、能力を持つがゆえに?」
「実際のところは分かりませんが、そのように考えております」
そうよね、とセニヤはわざわざリリーに確認を取る。一瞬反応が遅れたがリリーは、ええ、と肯定した。
「……そうでしたか。残念です。晩餐の席ではお会いできるとよいのですが」
ウィリアムは視線を落としながら、ゆっくりと、後を引くような切れの悪い言い方をした。いかにも、代替案や次善策を求めているような物言いだ。
「彼に用事があったのですか?」とカート。
「用事というほどでもないのですがね、ご意見を賜りたいと思っていまして。彼ならではのものの見方というものがあるのではないかと、期待していたのです」
……それはつまり、僕たち一般人には大した期待もしていない、ってことか?
カートにしては珍しく、傍から見ても分かるほど不機嫌そうに眉を寄せた。
しかし、ウィリアムにも悪気があるわけではない。彼のことを、仲間たちの陰に隠れるような位置からじっと観察していたリリーには、感覚的にそれが分かっていた。ほろ苦くも甘いカカオの香りを漂わせ、瞳は常に黄緑色の好奇心の光で満たされていた。"妖精の遺物"である彼女のロケットペンダントも、ウィリアムを敵視するような反応は見せない。
彼に悪意なぞない。リリーたちを陥れる気など更々ない。それどころか、希望を抱いているのだ。スミシー探偵社に新設された妖精課が、彼の抱える問題を解決してくれることに、期待と共に。
リリーは決心した。
「よろしければ、わたしが代わりにお話を伺います」
リリアーヌ、とセニヤが驚愕と注意を喚起する声を上げた。保護者の役を果してくれようとしているのだろう。だが、守られるばかりではいられない。この場にいるリリアーヌ・ベルトランは依頼人ではないし部外者でもない、ジェームズ・カヴァナーの相棒なのだ。
「ジェームズ・カヴァナーの助手を務めております、リリアーヌ・ベルトランと申します。彼の不在時には、代理人として探偵業務を委任されています。ですので、……わたしで良ければ」
『仲違い作戦』を敢行した当初の予想とは随分と外れてしまったけれど、今ならウィリアムから彼の知る"妖精"の話を聞き出せるかもしれない。
……お願い。どうか、『いい』と言って。
澄ました表情の裏では、息が詰まるほどの緊張で、泰然自若とは程遠かった。
「私としては、願ってもない提案ではありますが……」
言い淀んで、ウィリアムはカートに視線を遣った。その挙動から、リリーはひとつの考えに思い至る。
……わたしの意志だけでは駄目なんだわ、『責任者』の許可がないと。気持ちに寄り添うだけでは、依頼人から話を引き出すこともできない。
この仕事は、ジェムとリリーの二人で請け負っているのではない。妖精課の社員全員が任せられた依頼なのだ。だからこそ、無茶や勝手はできない――自らの行動が互いに作用し合ってしまうから。彼らの背中には日頃よりも重い責任がのしかかっているのだ。
……だから、みんな嘘まで吐いて、お互いが動きやすいように助け合っていたのね。それなのに私ったら、馬鹿真面目に正面切ったせいで『責任』を生じさせて、困らせてしまっているに違いないわ。良かれと思って言ったことが――カートに責任を負わせることになってしまった。
カートの唇が動き、紡ぎ出される次の言葉を、リリーは固唾を飲んで見守った。
「――駄目に決まっています」
ぴしゃりと言い放って、リリーの代替案を退けたのはセニヤだった。そして彼女は釣り上げた目でリリーを牽制し、グレタにも劣らぬ丁寧な所作と冷血な目でウィリアムに対面した。
「申し訳ございませんがミスター・ハフナー、彼女と私は、スミスの探偵に協力こそしていますが、本来ならば部外者なのです。ご期待には添えません」
リリーは絶句した。かつての依頼人から、ワトソン役としてスミスの探偵と調査をするようになった今でも、自分は未だ"部外者"のままなのか。"当事者"になりたくて、わたしはずっと、もがいてきたのに。
彼女は分かってくれていると思っていた。彼女ならば支援してくれると思い込んでいた。だが、全ては手前勝手な期待を寄せていただけだったのか。
ふむ、と唸って、ウィリアムは黙り込んだ。少々険しい彼の顔を見るに、万事休すかと思われた。そこへ思わぬ人物がリリーに助け舟を出した。
その助っ人は眼鏡のつるの部分を指で押し上げ、背筋を伸ばし、心を奮い立たせるように顔を引き締めた。
「"ワトソン役"は部外者じゃない」
マイは生来の細い声をなんとか響かせようと顎を引いた。
「『助手であり相棒、探偵とは一心同体、一蓮托生。"ワトソン役"の失態は探偵の失態であり、"ワトソン役"の功績は探偵の功績である』――雇い主の探偵の許可さえあれば、リリアーヌの言うように、探偵の代理を務めることも可能なはず。依頼人が望むのなら、リリアーヌと話をさせるべきだと思う」
「現場ではそうだとしても、」セニヤが身体の向きは執務机の方へ向けたまま、マイに反論する。「元事務員としては、正社員の探偵と臨時労働者の"ワトソン役"を同等に扱うことは出来ません。ましてや、それらの説明なしに依頼人の相手をするなど、看過できません。規則は人を、守るためにあるのです。課長がいない今、私たちを守ってくれるのは規則なのよ」
はっ、とする。マイへの返答を聞いて初めて、リリーはセニヤの真意に気付いた。彼女はカートの相棒として言うべきことを言ったまで――決してリリーの目的を阻もうとしていたわけではなかったのだ。
その頃、ウィリアムは視線を巡らせて、狭い執務室の中で肩を寄せ合うスミスの探偵たちを観察していた。意見を対立させているように聞こえるが、会話をするときはきちんと目を合わせて話し方に棘がない。ウィリアムやグレタに対して物申すときと、明らかに表情が違う。
それに、とウィリアムはグレタを見遣った。元事務員を名乗る女性が口を開いてから、グレタの顔付きが変わった。あれほど感情を顕にしていたのに、いつの間にやら冷静さを取り戻している。規則に則って物事を進めようとする姿勢に好感を抱いたのかもしれない。
……なれば、どうするべきだろう? ここは、彼らの実力を測るのに口を閉ざしているべきかもしれない。私の手助けなしに、若い彼らがグレタから信頼を得られるか、見守るべきなのかもしれない。そして、私たちの秘密をどこまで打ち明けても良いか――それを判断するのにいい機会かもしれない。
ウィリアムは静かに、布張りの椅子に腰を落ち着けた。
「――だったら、正社員である探偵が同席すれば済む話じゃない? なにも、ここでリリーひとりが別行動しなくちゃいけないわけではないのだし。ジェムの代わりはできなくとも、探偵の役職を貸すくらいなら私にもできるわ」
ぐるりと首を後ろに捻って、ネルは提案した。小柄で、セニヤよりも若い彼女だが、そんなことはものともせず、その場の誰よりも堂々としていた。先程までは、その毅然とした態度が悪く作用していたが、今では彼女が最も頼もしく目に映った。
ネルは片目を瞑ってリリーに目配せしたあと、すっかり首を元の位置に戻して、ウィリアムに向き合った。
「どうでしょう、ミスター・ハフナー。ジェームズ・カヴァナーと話す機会は後々つくるとして、今、我々にお話しできることはありませんか?」
ネルの問い掛けに対し、ウィリアムの眉間は悩ましげに狭まれたままだった。もう一押しか、と脇に立って彼らの遣り取りを見守っていたカートは、遂に行動に出る。執務室の上に両手を載せ、必死な様子を身に纏った。ウィリアムの注意を一身に引き受ける。
「無理にとは言いません。当該の話を打ち明けるのに、私たちが信用に値しないと仰るのなら、その評価を甘んじて受け入れましょう。そしてその時は、晩餐までしばらく調査は控えることをお約束します」




