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【書籍化】悪役令嬢ってのはこうやるのよ  作者: 藍田ひびき
第一章 聖女なんて要らないのよ
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6. 侵食

 召喚から半年近く経過し、愛菜は貴族学院へ特別待遇で転入した。

 この学院は貴族の子女でなければ入学できないが、グラウン子爵家が愛菜の身元引受人となったため許可が下りたらしい。

 

 まだ聖女の実力も性分も分からない現状では……と様子見をしていた貴族たちを差し置いて、子爵は後見に名乗りを上げたそうだ。グラウン子爵家は下位貴族だが繊維産業で結構な収益を得ており、勢いのある家だ。聞くところによれば子爵本人もなかなかの野心家らしい。聖女を引き受けることで名を売ろうとしているのか、あるいは王太子が彼女へ向ける親愛を知って王家と繋がりを持とうと目論んでいるのか……。

 子爵如きが大それた野望を持ったものだ。その成り上がり精神、嫌いじゃないわよ。玲子(わたし)みたいで。


 愛菜は瞬く間に学院へ馴染んだ。

 彼女はいつも令息たちに囲まれている。その中でも常に彼女の傍に侍っているのがライナルト王太子の一団だ。彼女の守護騎士でも気取っているかのかしら?

 いつの間にか側近たちも籠絡されたらしく、彼らは愛菜へ向ける熱い視線を隠しもしない。冷徹を気取っていたハインツや堅物のローラントまでデレデレとした顔をしている。みっともなくて見ていられないわ。


 愛菜のような人間は前世にもいた。

 その場にいるだけで自然と人々を引きつけ、魅了してしまう存在。


 私にとっては珍しくも何ともない。

 芸能界とは、そういう人間がしのぎを削っている場所なのだから。


 現世なら愛菜はアイドルになれたかもしれないわね。



「カサンドラ様、ご相談がありますの」

「あら。皆さま、お揃いでどうなさったの?」


 私へ話しかけたのはアレクシスの婚約者、ベティーナ嬢だ。他の三人のご令嬢も、それぞれ側近の婚約者である。涙目のベティーナが愚痴交じりに話し始めた。


 最近、愛菜とアレクシスの馴れ馴れしい態度が目に余ると彼女は語った。本来ならばロイスナー伯爵令息と呼ぶべきなのに、アレクシスは愛菜へ名前呼びを許している。本来、それは家族と婚約者にしか許されないことなのに。さらに愛菜は、彼の腕へ触れるような仕草を取ることもあるという。

 

 ベティーナは婚約者へやんわりと注意したのだが、アレクシスはそれを聞いて激怒した。「愛菜はお前と違って、俺の本音を理解してくれる。大切な人だ。彼女を侮辱するな!」と聞く耳を持たない。

 アレクシスは騎士見習いだが最近伸び悩んでいる。それを知った愛菜は「大丈夫だよ!アレクシスは強いもの。きっと国で一番強い騎士になるよ!」と励ましたらしい。愛菜のことを語るアレクシスは恍惚に満ちた表情をしていたそうだ。


「私はただ、貴族令息として彼女と適切な距離を取って欲しいと話しただけですのに……」

 

 他の連中も似たような状態だった。

 名宰相と名高い父へ憧れながらも越えられない壁に苦しんでいたハインツは、「ハインツとお父さんは違うでしょう?貴方は優秀だもの。貴方らしいやり方で、皆に認めてもらえばいいのよ」と慰められた。

 10年に一度の魔法の天才と言われながらも実戦経験を積んだ先輩たちに後れを取っていることを、屈辱に感じていたルドルフも。

 他の側近に比べて突出した才が無いことを、密かにコンプレックスにしていたローラントも。

 みな愛菜の言葉で自信を取り戻し、それ以来心酔してしまった。ハインツに至っては、「それ以上煩く言うようなら、婚約を解消する」と婚約者であるフランツィスカ嬢へ脅しを掛けたらしい。


 婚約者がまるで別人のようで、不気味だ。彼女たちは一様にそう語る。

 別世界から来た異邦人に、日常を侵食されているように感じているのかもしれない。

 

「ライナルト様も愛菜様に親しげな態度ですもの。カサンドラ様もさぞやご不興でしょう」

「一度、皆で愛菜様ご自身へ注意しては如何でしょう?」


 つまり、五人で寄ってたかって愛菜を吊るし上げようということらしい。そんなことをしても、ライナルトたちの怒りを買うだけだ。


「落ち着いて下さいませ、皆さま。そんなことをしても、愛菜様に入れ込んでいる彼らの心には届きませんわ。むしろ、怒りを倍増させてしまうでしょう」

「では、どうしたら……」

「一度、私から愛菜様にお話ししてみます。どうか、皆さまは軽はずみな行動を慎んで下さいませ」


 私としては、極力愛菜との接触は避けたかった。今はまだ、彼女を追い落とす準備が出来ていない。

 だけど彼女たちを放っておいたらどんな暴挙に出るか分からない。多少なりともガス抜きをしておく必要がある。



「……というわけですのよ。愛菜様、異世界とこちらでは礼儀作法も異なりますわ。今の振る舞いは、殿方と不貞をしていると見られてもおかしくございません。どうかもう少し、異性との接し方というものを学んで頂けませんか?」


 愛菜がいると聞いて、私は生徒会室を訪れた。当然ことながらライナルトたちもいる。

 そもそもなんで生徒会員でもない彼女が当たり前のように生徒会室にいるのかしらね。王太子の婚約者の私ですら、許可がなければ入らないのに。


「そんなっ……私、そんなつもりじゃ」

「カサンドラ嬢!愛菜に対する侮辱は許さない!」


 涙を浮かべる愛菜をかばうように、側近達が私の前に立ちはだかった。


「侮辱じゃなくて事実を述べているの。私は愛菜様を心配しているのよ?このままでは貴族社会で浮いてしまうわ」

「貴方のことだ。愛菜がライナルト殿下のそばにいることに、嫉妬しているんだろう」

「そうだそうだ!ベティーナが煩く言ってきたのも、カサンドラ嬢の差し金に違いない!」

「フランツィスカもなにやら言っていたな。取り巻きを使って愛菜を排除しようという腹か?」

「みんな、やめてっ!私が悪いんだもの。カサンドラ様を責めないで」


 口々に私を責め立てる側近たちと険悪な雰囲気になったところで、愛菜が止めに入った。


 その表情は真剣だ。

 あざとい女だと思っていたけれど、どうやら彼女は本当に悪気が無いらしい。

 こういう手合いが非常に厄介であることを、前世の経験で私は知っている。話が通じないのだ。悪気がある者よりタチが悪い。


 男どもはヤニ下がった目で「愛菜は本当に優しいな。婚約者とは大違いだ」なんてのたまっている。


 本当に愚かだわ。

 抱える鬱屈を理解して貰えずひねてしまうのは、成長途上の子供ならありがちなことだ。だから天真爛漫な美少女の分かり易い言葉に、彼らは自分の本質を理解して貰えたと思い込んでしまっている。

 愛菜の言っていることは無責任な励ましでしかない。婚約者のご令嬢たちの方が、婚約者のことを真剣に考え、その気持ちに寄り添おうとしていたのに。


「カサンドラ。彼らの言うことに心当たりは?」


 黙っていたライナルトが私の目を見据えた。


「ございません。心外ですわ。私はむしろ、熱り立つご令嬢達を宥めておりましたのに」

「分かった。今回は君を信じよう。君の言うことも分かるが、愛菜はこの世界に来たばかりなのだ。幼い頃から礼儀作法を叩き込まれた君たちとは違う。もう少し、寛大な目で見るべきだ」

「畏まりました。気をつけますわ」

「もう行って良い」


 ライナルトの声色は納得していないと語っている。だけど証拠もない話に、これ以上つっこんでも仕方ないと判断したのだろう。側近達は立ち去る私を、憎々しいとでも言わんばかりに睨みつけていた。


 そんな態度でいられるのも今のうちよ。いずれおまえ達は私に叩きのめされ、地べたを這いつくばるのだから。

 彼らの顔が屈辱と絶望に歪む様を想像すると、ゾクゾクするような快感が背筋を走る。

 ふふふ。その時が楽しみだわ。



「耳を貸して頂けませんでしたわ……。私の力が及ばず、申し訳ございません」


 待っていたベティーナ達に、私は悲しげに目を伏せて謝罪した。もちろん演技である。

 

「いえ、そんな……私たちの方こそ、カサンドラ様に不快な思いをさせてしまって」

「カサンドラ様の諫言すら聞いて頂けないのならば、どうしようもありませんわ」

「ありがとうございます。仰る通り、彼らにはもう、私たちの声など届かないようですわ。……それでね、私から皆さまにご提案があるのですけれど」


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