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【書籍化】悪役令嬢ってのはこうやるのよ  作者: 藍田ひびき
第一章 聖女なんて要らないのよ
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5. 聖女降臨

 ――聖女。

 それはこのカシハイム王国に古くから伝わる伝承だ。


 遥か昔に伝染病が流行り、多くの民が死に絶え王国は滅びに瀕していた。それを哀れと思し召した神が、異世界から一人の女性を遣わした。彼女は類まれな治癒能力を持ち、伝染病をたちどころに収めてみせる。人々は彼女を聖女と呼び、崇拝したという。


 それ以降、この国は困難に見舞われる度に聖女を召喚した。

 伝染病や飢饉、大規模な水害、大量の魔物の到来……。

 召喚された聖女たちはそれぞれ危機に応じた能力を発揮し、カシハイム王国を滅亡から救った。

 

 現在王都から始まった流行病は王国全土に伝染し、多数の死者が出ている。今の医術ではその流行を抑えることが出来ない。民からは救いを求める声が大きくなり、陛下は聖女の召喚へと踏み切った。


 本当かどうかも分からない伝承に頼るなんて、現代の知識のある私からすればちゃんちゃらおかしい。伝承に頼る前に、自分たちで何とかするべきじゃない?


 今の医療技術で抑えきれない病気に関しては、まだ分かる。

 だけど飢饉なら普段から備えておくなり、他国から食料の輸入をすればいい。水害は河川の治水対策を行うべきだ。魔物が存在するって分かっているんだから、魔物に特化した部隊を作っておくとか、城壁を備えるとかすればいい。

 有事に備えるのが執政者の役目のはず。何もやっていないわけではないだろうが、結局のところはたった一人の女の子に全てを任せようとしているのだ。執政者として無能じゃない?



 ライナルトの陣頭指揮のもと、神官たちによる召喚儀式は無事に成功。主人公である広瀬愛菜がこの世界に出現した。物語通りに。

 だけど小説と違って彼女は怖がって泣き、部屋に閉じこもってしまったらしい。突然異世界に呼び出され、国を救うという重荷を被せられようとしたのだから……そりゃあ不安にもなるわよね。


「カサンドラ。彼女が聖女愛菜だ」


 私が愛菜を紹介された頃には、彼女の召喚から一ヶ月以上経過していた。

 黒髪に透き通るような肌。ぱっちりとした大きな瞳と長い睫毛に華奢な体躯。ライナルトの傍で少し不安そうに立つ彼女は、庇護欲をそそられる美少女だった。


「ごきげんよう、愛菜様。私はカサンドラ・ヴェンデル。よろしくね」

「は、はい。カサンドラ様!よろしくお願いしみゃす!いたっ」


 舌を噛んでしまったらしい。愛菜はアワアワしながら口を押さえた。


「大丈夫か、愛菜?」

「すすすいません、カサンドラ様があまりにお綺麗な方なので緊張しちゃって」

「あら、お上手なのね」

「全く、愛菜は本当にドジだなあ」


 あざとい女だこと。

 ライナルトは眉尻を垂れて愛菜を見つめている。……チョロ過ぎやしないかしら。これからチョロ王子と呼ばせてもらおうかしら。


「二人は仲が良いのね」

「あ、はい。ライナルト様は引きこもりの私を心配して、毎日来てくださったんです!」


 曰く、ライナルトは花やらお菓子やらをもって愛菜の部屋へ日参し、優しい言葉をかけ続けたらしい。そのおかげで部屋から出る決心がついた。

 なんてことを愛菜は嬉しそうに教えてくれた。


 私がライナルトの婚約者だと聞いているはずなのに。

 なんて無神経なのかしら。


 小説だとカサンドラは婚約者と親しげな愛菜に嫉妬して暴言を吐き、ライナルトから叱責される。

 今の私は片倉玲子の意識に近いから嫉妬心は無いが、それでも不快ではある。ましてライナルトを慕うカサンドラが怒るのも無理はないと思う。


「俺や側近たちで、彼女へこの世界の知識を教えているところだ。だが女性にしか分からないところもあるだろう。カサンドラ、そういう面では君に愛菜のフォローを頼みたい」

「畏まりました」


 チョロ王子、お前も大概だ。


 彼は他者の心情に疎いところがある。王子様ゆえの傲慢さだと思っていたが……女性に対する気遣いもやろうと思えば出来るじゃない。その努力を、ほんの少しでもカサンドラに分ければ良かったものを。

 婚約者の前で他の女性へ贈り物をした話をされて嬉しそうに聞く、その神経が理解できない。それがカサンドラを虚仮にした行為だと何故分からないのか。

 カサンドラが好みの女性じゃないとしても、陛下がお決めになった婚約者を粗略に扱っていいわけがない。今のライナルトは、王子としての義務も分かってないクソガキでしかないわ。


 愛菜はこれから教養や行儀作法の学習と平行して、神殿で魔法の修行を行うそうだ。

 小説では愛菜は召喚されてすぐに活躍していたが、現実はそうもいかないらしい。スピード感のある展開が特徴的な小説だったから、その辺の描写はすっ飛ばしていたのかもしれないわね。

 

 何にせよ、私にとっては好都合。

 

 流行病への手は打ってある。

 この世界は衛生観念に関する概念がお粗末だ。手洗いうがいに患者の隔離。そんな当たり前のこともやっていない。


 そこで私はバニーに命じて、文献を当たらせた。そして他国の史書に似たような対処を行ったという記述を見つけたのだ。

 私が自分のアイデアで手洗いうがいを推奨したところで、何言ってるの?と奇異な目で見られるだけだろう。だから他国で効果が実証されている方法だと、本を元に父へ説明した。

 

 そして、まずはヴェンデル侯爵領内の小さな町で対策を行う許可を得た。

 想定通り、そこでは流行病が収まりつつある。この結果を父に伝え、今度は侯爵領全体で感染対策を徹底させるつもりだ。著しい効果が見られたとなれば、父は喜々として陛下へ献言するだろう。

 筆頭侯爵の父が言うのだ。陛下も耳を貸すに違いない。手柄を父に持っていかれるのは少々癪だが、私には断罪を阻止するという最終目標があるのだ。目先の利益に囚われるわけにはいかないのよ。

 

 お気楽であざとい聖女ちゃん。

 お前が活躍する場なんて与えないわ。全部、私が潰してあげる。


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