2. 断罪者(予定)たち
「カサンドラ。体調は回復したのか」
「ええ、もうすっかり良くなりましたわ。お見舞いを頂き、ありがとうございました」
「婚約者として当然のことをしたまでだ。本当に良かった。今回の流行病では亡くなった令嬢もいるからな。みな、心配していたのだ」
私が寝込んでいる間、ライナルトからは見舞いの手紙と花束が届けられていた。
伝染病なのだから、王太子が直接見舞いに来られないのは仕方ない。しかし手紙も「早く良くなるよう祈っている」といった、通り一遍の文言が綴られているだけ。平素の二人の仲が察せられる内容だった。
私は顔を上げ、ライナルトと四人の側近たちの顔を眺める。
わざわざ婚約者のいる生徒会室へ足を運んだのは見舞いの礼をするためもあるが、近い未来、私を断罪する者たちの顔を見ておきたかったからなのだ。
さらさらの金髪に青い瞳、すらりとした体躯。ライナルトは立っているだけで絵になるような美少年だ。さぞ多くのご令嬢の頬を赤らめさせて来たのだろう。カサンドラもその一人だ。
だけど前世の記憶を取り戻した私は、全くと言って良いほど彼にときめかなかった。
玲子はアラフォーどころかアラフィフに近い年齢だった。十代の少年なんて男性として見られないのは当然だろう。それに、芸能プロダクションにいたおかげでイケメンには慣れっこなのだ。
側近の一人目は騎士団長の息子、アレクシス・ロイスナー。彼自身も騎士見習いだ。体力はあるが、頭を使うのは苦手。つまり筋肉バカである。
二人目は宰相の息子、ハインツ・オスヴァルト。成績優秀で頭脳明晰。学生ながら数々の献策を行い、王太子の参謀的存在だ。今の私から見れば、ただの小賢しい子供にしか見えないけど。
三人目、魔法師団長の息子であるルドルフ・クルツ。十歳で高等魔法を使いこなし、十年に一度の逸材と言われている。自分でもそれを自負しているところが少々鼻につく。
そして最後は私の弟、ローラント・ヴェンデル侯爵令息。堅物として知られる彼とは、家でもあまり話をしない。よく分からない奴だ。
ライナルトの表情は硬い。とても婚約者の全快を喜んでいる風ではないわね。側近たちに至っては、鬱陶しそうな表情を隠してもいなかった。
母を亡くした後、カサンドラは孤独だった。
父は家族に全く興味がない。弟のローラントは嫡男だから多少、気にかけている様子であるが、娘のカサンドラは侍女に任せっきり。弟のローラントも父親に似て、家族とはどこか距離を置いている。会えば挨拶はする、その程度。
そんなカサンドラが婚約者へ執着するようになってしまったのは、当然だったかもしれない。常に恋慕を前面に押し出して、カサンドラは婚約者へ付き纏った。そんな彼女が疎ましかったのだろう。ライナルトは徐々にカサンドラを避けるようになった。
カサンドラの家庭環境は気の毒だ。だがそれを十歳やそこらの王太子に受け止めろというのも無理な話。ただでさえ、まだ気の合う男同士で遊んでいたい年頃なのだ。
今の私ならば、それも仕方のないことだと理解できる。だがカサンドラはなぜ自分へ愛を向けてくれないのか、一緒にいてくれないのかと騒いだ。
完全に逆効果だ。そんなことをしても、ライナルトの気持ちが離れていくだけだというのに。
「お気持ち、有り難く頂戴致しましたわ。それでは授業の準備がありますので、私はこれで」
「え?あ、ああ。またな」
ライナルトは面食らった表情だ。彼だけでなく、側近たちも怪訝な顔でこちらを見ている。
以前の私なら「ライナルト様~」と用も無いのに離れようとしなかったものね。そんな無駄なことに使う時間は、今の私には無いわ。
「おかしいな。あのカサンドラ嬢がこんなにあっさり引き下がるなんて」
「明日は雪でも降るんじゃないか?」
「何か企んでいるのかもしれない」
側近たちの不躾な会話が耳に届くが、私は聞こえなかったフリをして立ち去った。
生意気な小僧どもが。
お前たちは所詮、愛菜に骨抜きにされたあげく、彼女に振られる当て馬でしかないのよ。
「ごきげんよう、みなさま」
「まあっカサンドラ様、ご回復なされたのですね!」
「よろしゅうございました。カサンドラ様がいらっしゃらなくて、寂しかったですわ」
教室に入ると、学友のご令嬢たちが駆け寄ってきた。彼女たちはヴェンデル侯爵家の寄子の貴族令嬢や、ライナルトの側近たちの婚約者。つまりはカサンドラの取り巻きである。
本気で心配していたかどうかは分からない。彼女たちが私の傍に侍るのは、私が筆頭侯爵家の令嬢であり、王太子の婚約者だからだ。
お互い、それは理解した上での付き合いだ。だけど彼女たちはこうやって本音は見せずに接してくる。
高位貴族の令嬢として、正しい対応と言えるだろう。同じ年齢ならば男子より女子の方が精神年齢は高いというけれど。あの側近たちも少しは婚約者を見習って欲しいわね。
「あらあカサンドラ様。ご無事でしたのね。一月近くお休みなさっていたから、私、とぉっても心配しておりましたのよ」
自らの取り巻きをぞろぞろと引き連れつつ現れたのは、クラリッサ・フェルスター侯爵令嬢だ。
彼女はライナルトの婚約者候補だった。婚約者がカサンドラに決まったことが納得いかないらしい。よくこうやって嫌みをぶつけてくるのだ。
「王太子殿下は一度くらい、お見舞いにいらしたのかしら?あら、失礼。私ったら、立ち入ったことを……。いえね、お二人の仲がどうこうという噂が流れておりましたから、つい」
取り巻きと一緒にほほほと笑うクラリッサ。
底意地の悪そうな顔だ。以前の私なら怒ってつっかかっていた。だけどそのせいで余計に「ヴェンデル侯爵令嬢は感情的だ」「未来の国母に相応しくないのでは?」などと噂されてしまう羽目になったのだ。
ここは無視に限るわ。
「伝染病に掛かっている病人へ、王太子殿下がお会いに来られるわけはございませんでしょう?ですが心のこもったお手紙は頂いておりますので、ご心配なく。クラリッサ様も、あまり根拠のない噂に惑わされない方がよろしいですわよ。品位を疑われますわ」
いつものように私が怒ると思っていたのろう。一瞬呆気に取られた後、クラリッサは眉を顰めフンッと鼻を鳴らして去っていった。




