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【書籍化】悪役令嬢ってのはこうやるのよ  作者: 藍田ひびき
第一章 聖女なんて要らないのよ
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【書籍化記念SS】外伝 仕方ないわね

「まあ、グロート伯爵がまた愛人を?」

「そうらしいですわ。先日のお茶会で、グロート夫人が愚痴を言っておられましたの」


 リッケン侯爵家のお茶会に参加した私は、ご夫人たちの噂話に耳を傾けていた。誰それが浮気したとか、どこそこの息子の素行が悪いとか。どこの世界でも女性たちの興味を惹くのは他人の醜聞だ。

 

 正直言って退屈だけれど、派閥を掌握しておくためにもご夫人たちとは良好な関係を築いておかなければならない。それに、噂話にだってどんな情報が隠れているか分からないもの。女の情報網は侮れないのよ。

 

「『今度こそ、真実の愛を見つけたんだ!』と仰ってるんですって。真実の愛とやらが、何人いらっしゃるのかしらねえ」

「愛妾を持つなら、きちんと正妻を通すべきでしょう?事後承諾な上に、予算繰りは夫人任せなんて」


 貴族社会では愛妾を持つことは禁止されていないけれど、筋を通さないのは貴族として致命的だ。この分だと内政も妻任せでしょうね。暗部に命じてグロート伯爵家の内偵をさせておかないと。

 

 私はふと、前世で部下だった女性のことを思い出した。彼女も夫の浮気に悩まされていたっけ。異世界だろうが現代だろうが、人の営みは変わらないということだ。

 

 どこの世界でも、男ってのは仕方のないものね。


  ◇◇

 

「美香。最近元気がないようだけれど。また旦那さんのこと?」

「ええ、まあ……」


 沈んだ顔で向かいのデスクに座っている女性は、覇気の無い声で答えた。

 彼女の名前は井上美香。前の会社の後輩であり、今は私、片倉玲子の部下である。


 当時、私は会社を辞めてKATAKURAプロダクションを立ち上げたばかりだった。プロダクションとは名ばかりの小さい芸能事務所だけどね。

 社員は前の会社に嫌気が指してついてきた同僚たちで、美香もその一人。新人の頃から優秀さの片鱗を見せていた子だったから、私が会社を辞める際についてくると言ってくれた時は嬉しかったわ。


 その彼女は、数年前から家庭の問題で悩んでいる。

 美香の夫、井上篤志は放送作家だ。彼が台本を書いたバラエティ番組へ、担当タレントを出演させて貰った縁で仲良くなったらしい。

 当初は仲の良い夫婦だったけれど、結婚して二年目に篤志の浮気が発覚。修羅場になったものの、彼が謝罪して浮気相手とは手を切ったことで一旦は収まった。

 

 だけどそれからも度々、女の気配がする。証拠があるわけではない。美香曰く、女の勘だとか。彼も前回で懲りたのか用意周到にやっているらしく、尻尾がつかめないそうだ。

 

 篤志は売れっ子作家というわけではないが、そこそこ仕事が来ているらしい。芸能関係に顔が利くってだけで、寄ってくる女がいるんでしょうねえ。

 

 あの男、新米の頃は仕事がなくて美香の稼ぎで生活していたのよ?

 それが今じゃあ「この家の大黒柱は俺だ」「文句を言うんなら俺より稼いでこい」とか言ってるんですって。浮気に勘づかれそうだから、そうやって無理矢理丸め込もうとしてるんでしょう。

 ヒモ同然だったくせに、ちょっと売れたからって生意気だこと。


 美香にはそんな恩知らずの屑男とは別れてしまえと再三言っているのだけど、彼女は「あの人にも優しいところはあるから……」とうだうだと呟くばかり。

 仕事ではきびきびとしてる子なんだけど。

 


「片倉さぁん!!!」


 それからしばらくして、涙目の美香に話を聞いて欲しいと縋られた。どうせまた旦那の愚痴だろうと思ったら案の定。居酒屋で酔っぱらって管を巻くから閉口したわよ。

 なんでも、奴は学生時代の元カノとずっと繋がっていたらしい。以前美香にバレたのは別の女。要は二股……いや、三股?呆れるわ~。そのバイタリティをもっと有用なことに使えばいいのに。


「だ~か~ら~、とっとと慰謝料貰って別れなさいって。貴方の人生をそんなクズに消費させていいわけ?」

「でも、親になんて言われるか……」


 またデモデモダッテが始まった。

 他人には分からない夫婦の機微ガーとか、愛人の思い通りにさせるのは嫌とか。聞いていて苛つくことこの上ない。

 終いには「結婚したことない片倉さんには分からないと思いますけど~」とか言い出したので、「じゃあ私が聞く必要ないわね」とぶった切ってお開きにした。

 

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

 翌日、朝一番に美香が私のところへ来て頭を下げた。


「お忙しい中、愚痴を聞いて下さったのに、失礼なことを言ってしまって」


 ここで素直に謝罪するのがこの子の良い所ではあるのよね。それに、心の狭い上司と思われるのも困るし。今日のところは許してあげましょう。今回だけよ、今回だけ。

 

「……それで、貴方の中で結論は出たの?」

「いえ、考えてはいるのですが」


 はぁ。まだうじうじしてるわけね。


「美香。貴方、年休は残っていたわね?」

「あ、はい。まだ20日以上ありますが」

「私、来週リフレッシュ休暇を取るつもりなの。貴方も付き合いなさい」

「え、でもまだ残ってる仕事が……」

「今週中に片付けなさい。これは命令よ!」

「ひぇぇ」

 

 そして日曜の夜のフライトで私たちは沖縄へ飛んだ。

 昼はホテルのプライベートビーチやプールで泳ぎ、その後はエステにスパ。夜は沖縄料理を愉しんで、お酒を浴びるように飲んだ。


「こんな豪勢な旅行、初めて……!本当にいいんですか、奢って頂いて」

「構わないわ。私のバカンスに付き合って貰ってるんだから」


 そして三日目の夜。唐突に美香が「私、離婚します!」と宣言した。


「馬鹿らしくなっちゃいました。何で私、あんな下らない男に時間を浪費していたんだろって」と笑う美香は、本当にすっきりとした顔をしていた。


 成功したようね。屑男から引き離して、嫌なことを忘れるくらい楽しい時間を味わわせてやれば気付くと思ったのよ。人生、もっと有意義なことは沢山あるって。


 帰るなり、美香は篤志へ離婚を叩きつけた。最初は「何を言ってるんだ」と相手にしなかったり怒りつけたりしていた奴も、弁護士を入れたことで彼女が本気と知って慌てたらしい。

 捨てないでくれと縋りついた篤志を、「嫌でーす!」と笑って振り切ってきたそうだ。

 

 そんなに別れたくないのなら、どうして妻を粗略に扱ったのかしら。家族だから無碍にしていいとでも?近くにいるからこそ、誰よりも大切にするべきでしょうに。


 私はあの頃、某大企業の営業部長の愛人をやっていたから、篤志に仕事がいかないよう、ちょっとだけ圧力をかけて貰った。

 

 え?お前もクズ男の浮気相手と同じじゃないかって?こっちは愛人と言ってもビジネスみたいなもんよ。情があるわけじゃない。

 それに、自分が正しいなんてこれっぽっちも思ってないわ。利用できるものは最大限利用させてもらうし、気に食わない相手は潰す。ただそれだけ。


 それに圧力と言ったってほんの少しよ。篤志に作家として実力があれば、どこでもやり直せたはず。

 ま、無理だったんだけどね。困窮して愛人にも捨てられ、美香に付きまとったので弁護士に接見禁止を言い渡されたそうよ。

 

「ようやく身辺が綺麗になりました。今の仕事が落ち着いたら、またバカンスに行きません?」

「いいわよ。あ、でも次は割り勘でね」

「ええ~(笑)」


 もう男は懲り懲り!と言ってバリバリ働いていた美香だけれど、数年後に新しい男を見つけて再婚したのには呆れちゃったわ。ちゃっかりしてるんだから。

 本当に、男も女も仕方ないわね。


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