10. 断罪返し
卒業パーティを翌日に控えた私は、ローラントを伴って王宮へと足を運んだ。
王太子一派は明日の卒業パーティで私へ婚約破棄を突き付け、断罪しようとしているらしい。ちなみに愛菜は出席日数が足りず卒業できないため、パーティには参加しない。
肝心の愛菜がいないのに断罪劇を敢行しようなどと、滑稽でしかないわ。それともこの世界の神とやらに強制されているのかしらね?
「遅いぞ、ローラント。何を……っ、カサンドラ!?」
ノックもそこそこに、王太子の執務室へ踏み込んだ私たちを見て驚くライナルト。その傍にはローラントを除く側近たち――アレクシスやハインツ、ルドルフもいる。
「何をしに来た、カサンドラ。お前を呼んだ覚えはない」
「私、忠告に参りましたの」
「忠告だと?」
「貴方がたが明日、なにやら騒ぎを起こそうとしていると伺いました。その先は破滅の道。お止めになった方がよろしいかと」
「ローラント!貴様、裏切ったな!」
ハインツは私を無視し、ローラントを怒鳴りつけた。彼らは、私の断罪劇に弟も賛同していると思い込んでいたのだ。実際、途中までは協力していたしね。
ローラントは冷静に「裏切ってなどいませんよ」と答える。
「あれから熟考致しましてね。側近として、王太子殿下の愚行をお諫めするのが俺の役目だと思い直しました」
「そこの悪女が愛菜を陥れようとしていると言ったのは、お前じゃないか」
「あら。私には何のことかトンと分かりませんわ」
「しらばっくれるな!お前が手下を使って愛菜の悪評を流したことは分かっている」
「証拠がございますの?」
そこでハインツが言葉に詰まる。確たる証拠は何もないのだ。ローラントによれば、「証拠がある」という事にして私を尋問し、自白させるつもりだったらしい。
お粗末な作戦ね。もう少し頭が良いと思っていたけれど……どうしてこう、愛菜に関わった男は皆バカになるのかしら。
「カサンドラ。証拠が無くとも、お前のような悪辣な女を俺は妻にしたくない。俺は婚約の破棄を父上へ進言する」
ライナルトが私を睨み付けながら宣言した。
陛下が同意するとは思えない。確たる証拠も無しに陛下がお決めになった婚約を勝手に破棄しようなど、愚行以外の何物でも無いわ。
「ローラントから聞きましたわ。私との婚約を破棄して、新たに聖女様と婚約なさるおつもりとか。ならばライナルト様は、王太子の座を退かれる覚悟がおありになるということですわね」
「何故そうなる!?」
「だってそうでしょう?我がヴェンデル侯爵家がライナルト様の後ろ盾となったのは、私との婚約があったからですわ。聖女様と婚約なさったら、誰がライナルト様の後ろ盾になるというのですか」
「ふん、忘れたのか。王太子殿下には俺たちがいるということを」
「そうだ。ロイスナー騎士団長にオスヴァルト宰相、クルツ魔法師団長。王国の中枢たる彼らの支えが有れば、ヴェンデル侯爵家の支援などなくとも、俺は国王になれるはずだ」
「殿下と愛菜様は真実の愛で結ばれているのだ。俺たちが全力でお二人をお支えする。貴様のような悪女の入る隙など無い。残念だったな!」
「『お支え』ねえ……」
全員、あまりにも自分が見えていなくて笑ってしまう。
国王夫妻は、既にライナルトのことも側近たちのことも見限ろうとしている。今の彼らは首の皮一枚で繋がっているだけなのに。
私はローラントに持たせていた書類を受け取って、彼らに見せた。
「貴方がたは本日付けで、ライナルト様の側近を解雇されましたわ。これは陛下の裁可を受けております」
ライナルトが私から紙をひったくる。そこに国王陛下のサインが入っていることを確認し、彼は呆然となった。
「そんなバカな……」
「それにアレクシス様。貴方は既に廃嫡されておりますわ。ご父君のロイスナー騎士団長から『卒業後は辺境騎士団へ入れる。そこで性根を叩き直されてこい』との伝言を預かっております」
「次にハインツ様。オスヴァルト宰相は『馬鹿息子にはほとほと愛想が尽きた。お前は廃嫡の上、勘当だ。後は好きなように生きろ』とのことです」
「最後にルドルフ様。クルツ師団長から卒業次第、ミオカール国の魔導術支援の任に就くようにとのことですわ」
三人はそれぞれ父親からの書簡を見て「嘘だ……」と呟き、膝から崩れ落ちた。
それそれ、その顔!!
その絶望に打ちのめされた顔が見たかったのよ。はぁ~、ゾクゾクしちゃうわ。
害にしかならない側近の排除。それが、ライナルトとの婚約を続ける条件だった。
陛下は既に、第二王子との婚約すげ替えをヴェンデル侯爵家へ打診していた。父は「陛下のご決定に従います」と答えたそうだ。父にしてみれば、娘が王妃になるのなら相手は誰でも良いのだろう。あの狸親父め。
後は私との相性を確認して決定するところまで来ていたらしい。
だけど私が断ったため、陛下は課題を出したのだ。「奸臣の排除を成して見せよ。そうすればそなたの望み通り、ライナルトの廃太子は取りやめよう」と。
次期王妃として相応しい能力を見せろということね。逆にこの程度もこなせないならば、アホ王子を祭り上げる者として役者不足だもの。
私は三人の父親を調略した。その結果を以て、陛下は側近たちの解任状へサインをしたのだ。
前々から息子ハインツの行動に頭を痛めていたオスヴァルト宰相は、話を持ち掛けたらすぐに勘当を決めた。
クルツ師団長は勘当こそしないが、ルドルフを廃嫡。魔導技術において後進国であるミオカール国に、技術支援という名目で彼を追放することにした。
息子に甘いロイスナー騎士団長だけは、少々手こずったわ。当初彼は私を小娘だと舐めて、全く耳を貸さなかった。だから説得にはローラントも加わってもらった。侯爵家の次期当主が同伴するということは、侯爵家の総意だと判断したのでしょうね。
父は「お前が与えられた課題だ」と我関せずだったけど、ヴェンデル侯爵家の名を使ってはダメとは言われていないもの。使えるものはなんだって使わせて貰うわ。
結局、侯爵家の威光に騎士団長は屈した。こちらも妥協して辺境騎士団入りで済ませてやったのだから、感謝して欲しいくらいよ。
「全て貴様の差し金だろう、この悪女が!そんな汚い手をつかってまで、王妃になりたいのか!」
「主君の愚行を諫めもせず、破滅の道を勧めるような奸臣をそのままにしておくわけにはいきませんでしょう?これはライナルト様の、ひいてはこの国のためですわ」
私はきりりと背筋を伸ばして淑女らしく優雅に、そして酷薄な笑みを浮かべた。
どう?悪女らしく見えているかしら?
「で、どうなさいますの?ライナルト様。それでも聖女様と結婚したいとおっしゃるのであれば、私はもう何も言いませんわ。どうぞ、真実の愛を貫いてくださいな。ただし、我がヴェンデル侯爵家はライナルト様の派閥から離れますけれど」
ライナルトは目を落ち着きなく動かした。
鳴り物入りで召喚したものの、何の成果も上げていない聖女。しかも精神的に病んで貴族学院の卒業も危うい。
さらに頼みの側近たちもローラント以外は全滅し、今のライナルトは裸の王様ならぬ王子様だ。それでも彼女を妻にしたいと言うのなら、王太子を降りるしかない。
彼女と結婚するのならば、断種された上で王族から除籍されるだろう。平民に王族の血を引く子供を産ませるわけにはいかないから。
高位貴族が聖女の後ろ盾になれば、王太子のまま彼女を妃にすることもできたかもしれない。だけど今の愛菜の評判は最悪。誰も後見になろうとはしないだろう。
「……分かった。愛菜のことは諦める」
「では、婚約破棄はなさいませんね?」
「ああ」
ライナルトはがっくりと頭を垂れた。
うふふ。屈辱と失望に歪むイケメンの顔はたまんないわね~!!
お肌がツヤツヤになりそう。
自身の将来と愛菜との愛を天秤に掛け、彼は前者を取った。
「真実の愛」なんて所詮その程度だ。思春期の若者が熱に浮かされただけ。現実を知ればすぐに冷めるのよ。
これで折れてくれなければ、もう一つの事実を提示する予定だったのだけれど……必要なかったようね。




