ネックエンパシー
病院裏、公園にある生垣の闇は想像以上に深い。
「やあ」と枝葉の影から声がした。
日光に遮られ、葉の茂らぬ陰からコテンとボールが転がり出た。
ボールの表面には黒い毛が生えていた。黒い毛の生え際から白い皮に変わる。そこには眉目秀麗な顔面の備わるボールが、生首が、横たわっていた。
わたしは一瞬の躊躇いもなく、少年の生首を持ち上げていた。
「あなたはだれ?」
「驚いた、僕を見て平然としているなんて」
「オドロイタさん?」
「僕の名前を言ったんじゃないんだけど。でも、僕は名前を忘れてしまった。オドロ・イタと呼べばいい」
少年の生首は不遜そうに顔を微動させる。
首が無くても、顔の筋肉だけで動くことはできるようだ。
「オドロさんはどうして首だけなの?」
「なんでだろうなあ。僕の首を見れば分かるんじゃないか?」
わたしはオドロイタの頭をひっくり返して、首を見る。
人体標本のような綺麗な断面があった。肉屋に並ぶ食肉のように、程よいピンクと白を持った、清潔で美しい切り口。
わたしは指でフチをなぞる。柔らかく湿っている。温かくて弾力もある。中の骨の部分は硬い。しかし、空洞であるはずの食道や気管の穴は透明なプラスチックが詰まったように、指を挿し込むことができなかった。
「手品か何か?」
「何であろうか、僕には分からない」
「オドロさんは何が分かるの?」
「僕が人間ではないこと」
「頭は人間だよ」
「部分的に人間を模していれば、人間かな?」
「全体が人間でも、人間でないものはあるよ」
「君は人間ではないの?」
「オドロさんは、わたしを人間だと思っているんだね」
「こんな僕でも人間の定義ぐらいは理解している」
オドロイタが意地を張る度、わたしの指の下で彼の頬が動く。ちょっとくすぐったくて、面白かった。
「あのさ、オドロさんが人間じゃないなら、わたしのものにしてもいいよね」
「良いけども。丁重に扱ってくれるんだな?」
「取扱説明書があるなら、読むよ」
「保証書は付かない」
「新品で買ったわけじゃないし」
オドロイタの変に心配性なところがおかしくて、私はクスリと笑った。その身体で怖いことは、もう何も無いだろう。
つられて彼もニヤリと笑う。
「君は畏れ知らずだな。人間とは思えない」
「なら、わたしのこともオドロさんのものにしていいよ?」
「首だけで所有権をどう主張する」
わたしはオドロイタの唇にキスをした。頬の下の筋肉がピクリと動いたことを、わたしの指は見逃さなかった。
舌を絡ませ、温かい唾液を啜る。
それは人間と変わらない柔らかさ。少し血の味がした。