思ってたんと違いすぎた
またしてもノリと勢いで書きました。
矛盾点などあるかもしれませんが大らかな目でご覧いただけるとありがたいです。
僕には三つ年下の妹がいる。名はアルシェリア。ここハルバート王国の、リュイスト侯爵家の令嬢だ。
幼い頃からリアはとても可愛かった。いつも「ラウルにいさま」と僕の後をついてくる、とても素直で優しい子だ。
——その可愛い妹が突然奇行に走り出したのは、確か五つの頃だったろうか。
「わたくしはあくじょになります」
ある日突然そんな宣言をしたリアに、僕も両親も何を言っているのか一瞬理解ができなかった。
淑女なら分かる。しかし、なぜ悪女。いや、その前にそんな言葉をどこで覚えてきたのか。しかもなぜ宣言を……?
状況の飲み込めない僕と両親を置き去りに、だが妹は宣言通り悪女への道を突き進み始めた。
始まりは家族揃っての夕食の時だったと思う。
「なんなの、このしょくじは!」
目の前に並べられた皿を見るなり、突如そう叫んだのだ。
「リ、リア? 一体どうしたというの?」
母上が困惑しながら尋ねると、リアは言った。
「わたくしはニンジンがきらいだとしっているでしょう!? こんなものださないでちょうだい!」
ぷりぷりと怒りに声を上げながらも、しかしメイドが「申し訳ありません、すぐにお下げいたします」と慌てて駆け寄ってくれば、
「けっこうよ! でもにどとださないで!」
とそれを跳ね除け、もくもくとにんじんを食べ始めた。
「リア、その、そんなに嫌なら食べなくてもいいのだよ?」
父上が言うと、リアはじろりと父上を睨み付け、
「そんなことをしたら、つくってくれたひとにもうしわけないですわ!」
と言った。
いや、悪女なら普通、ここで皿ごとテーブルから払い除けるとかするものだと思うんだけど……。そうでなくても、残せばいいのに……。
リアの奇行はそれからも続いた。
主に、斜め上の方向で。
「あなた、しようにんのくせになまいきよ!」
そんな声が聞こえたと思ったら、
「こんどおなじことをしたら、わたくしがあなたのしごとをうばってやるわ!」
などと言う。……それ、つまりメイドの仕事を自分がやってやるってことだよね?
普通そこはさ、もうクビよ! とかいうところじゃないのかな……。何で仕事を奪うという発想に……?
そんな調子で続いたリアの「悪女になる」計画は、なんというか、やっぱりどうにも悪女からはズレていた。
確かに突然癇癪を起こしたり、使用人に怒鳴ったりするんだけれど――その理由が。
「そんなこうきゅうなかびんをつかわないでちょうだい! わたくしがわってしまったらどうするの!」
「こんなにたかいこうちゃをださないで! わたくしはやすものがすきなの!」
「おかしがおいしすぎるのよ! もっとひんそうなものにしなさい!」
リア、君、悪女じゃなくて庶民を目指してるのかい……?
分からない。妹の中で悪女とはどんなことになっているんだ。
僕と両親は、執事も交えてリアの「悪女計画」について話し合った。結果、よく分からないがそれっぽいものを目指してはいるようなので、使用人たちには怯えるふりをしてもらうことになった。
実際は「お嬢様はとても倹約家なのですね」と微笑ましく思われているのだが、それではリアは満足しないだろうからだ。
そんなリアが七つになった頃、王家から婚約の打診があった。相手はレグルス王太子殿下だ。
王家からの打診ともなれば断ることなどできず、リアは殿下との顔合わせの茶会に出かけたのだけれど。
帰ってくるなり、
「お兄様、聞いてくださいませ! わたくし、殿下にきらわれましたわ!」
と何故か瞳をキラキラさせながら報告してきた。
……いや、なんで???
話を聞けば殿下はちらりとリアを見はするけれど、すぐに視線を逸らしたり、話しかけても曖昧な返事しかなかったとか。
僕は言えなかった。
「きっとわたくしの悪女ぶりに、なんでこんなのが婚約者なんだとおもったにちがいありませんわ!」
と(何故か)とても喜ぶ妹に、
「それ、めちゃくちゃリアのこと意識してただけじゃ……?」
などとは。決して言えるわけがなかった。
その後僕は殿下の話し相手として王宮に出向くようになったのだが、やはりレグルス殿下はリアのことを、どうやらとても好きになってしまったらしい。
外見もさることながら、妹の奇行が「贅沢をしすぎぬよう己を律している倹約家」、「使用人に罪悪感を抱かせないようわざと厳しい物言いをする優しい少女」にしか見えなかったようだ。うん、まあ実際その通りなんだけれども。本人がとても悪いことをしてやっていると思い込んでいるだけで。
そして知ったのだが、殿下はとても奥手な方だった。
いや、奥手というよりも、それほどリアに惚れ込んでしまったという方が正しいだろうか。
僕はゆくゆくは殿下の側近に、ということで、学園に入るまで王宮に通っていたのだけれど——なんと殿下は、リアの誕生日のためにあれこれと物を取り寄せておきながら、
「だめだ、こんな宝石を送ったら彼女に贅沢を好むと思われてしまう」
「このハンカチでは上質すぎて使ってもらえないかもしれない」
「この花は希少すぎて引かれてしまうかも」
と、結局贈り物ひとつできずじまいだった。それも、毎年。
そしてリアは「今年も殿下からの贈り物は一つもありませんでしたわ!」と何故か喜ぶ始末だ。
殿下もさすがに手紙は送っていたけれど、それも書いては捨て書いては捨て、結局当たり障りのない定型文になったもの。
そんなことが続いてリアの「自分は殿下に疎まれている」という思い込みは加速、殿下は殿下で、リアが(本人は嫌がらせのつもりで)せっせとしたためた恋文の返答に悩んで悩んで返事を出す前に次の手紙が来てしまい、結局何も返せず仕舞いという体たらく。
――いやもう、結婚すればどうにかなるだろ、こいつら。
僕は考えることを放棄した。
そして過ぎること数年。
学園を卒業し、本格的に僕が王宮で働き始めてから。そのころ殿下は規定の年齢に達し、学園に通い始めていたのだが、その殿下がある日思い詰めたような顔で言った。
「シェリーが、男爵令嬢を虐めているようなんだ」
「……は?」
一瞬聞き間違いだと思ったが、どうやらそうではないらしい。殿下いわく、ミルティーネ・フランという平民上がりの男爵令嬢の教科書を、リアが破いている現場を見てしまったのだとか。
「え、リアがですか? 本当に?」
「ああ……」
僕の問いかけに頷いた殿下は、苦しげな顔をしている。その顔を見ながら、僕は「ようやくリアは本物の悪女に……」なんてことを思った。その令嬢の教科書をボロボロにして、高笑いしている妹の姿を思い浮かべていると、殿下が言った。
「表紙をめくって、目次のページを数センチほどビリッと……」
「ショボい!!!」
思わずそう叫んで、僕は目の前の本棚に両手を叩きつけてしまった。
破くって、本当に破いただけじゃないか! しかも目次! 1ページだけ! そんなの手が滑ったら自分でもやりかねないが!?
やるなら徹底的にやるところじゃないのか、そこは!?
殿下は何やらブツブツと呟いていたが、僕は妹に悪女とはなんたるかを指南すべきかどうかで頭がいっぱいで、殿下が何を言っていたのか全く聞いていなかった。
リアは(自称)悪女であっても、王太子殿下の婚約者だ。
そうなるとその行動も必然的に王宮に報告書が上がってくるわけだが、それを見て僕は頭を抱えた。
妹はたしかにやらかしている。
たとえば件の令嬢のダンスレッスン用のドレスを切っただとか、彼女を貶める発言をしただとか。
確かに切ったらしい――ドレスの裾を1センチ。
確かに貶める発言をしたらしい――髪に寝癖がついていてみっともないと。
虐めっていうのはもっと陰湿で被害者が心に傷を負うものなのでは? ドレスなら着られぬほど引き裂くとか、髪なら整えてやると言いながらざっくり切ってやるだとか! 寝癖がみっともないなんて、貶めたというより身だしなみに関する指摘でしかないじゃないか!
そもそもなぜ自分がやりましたと分かるような(それもみみっちい)嫌がらせをするんだ……。意味が分からない。
リアは侯爵家の令嬢だ。本気でやるなら痕跡を残さず、その男爵令嬢を追い込むなど簡単にできるというのに。
分からない。妹のことが本気でわからない……。
そしてその理解不能な妹が「わたくしは悪女なのよ」と声高に叫んだ卒業パーティーの後。
僕が帰宅してリアの様子を伺いに彼女の部屋に向かっていると、
「お兄様ああああああ!」
と大泣きしたリアが突撃してきた。これでも一応鍛えているので、何とか倒れることなくその体を受け止めてやると、リアはぐすぐすと泣きながら言った。
「わ、わたくしっ、わたくしっ……ざまぁされませんでしたわ!」
「……は?」
「それだけを楽しみにっ、これまで悪女として頑張ってきましたのにぃーー!」
「え、なに? どういうこと? ざまぁってなに?」
「わたくしは悪役令嬢失格ですわああああ!」
聞いてない。僕の話を全く聞いてない。
何とか泣きじゃくるリアを宥めに宥めて話を聞いたところ、つまり。
「リアはフラン男爵令嬢と殿下をくっつけたくて、婚約破棄されるために嫌がらせをしてたっていうこと?」
「ぐすっ……はい……」
「ざまぁっていうのは、リアの悪事が公になって、殿下に断罪されること?」
「そうです……」
「もしかして、そのために悪女になろうと?」
「はい……」
僕は思わず額を押さえた。
リアは決して殿下を嫌っていなかった。それなのになぜ男爵令嬢と殿下を婚約させたかったのかとか、なぜ断罪されたかったのかだとか、それをなぜ殿下との婚約の話さえなかった五歳の時点で思い立ったのかとか、いろいろ疑問はあるけれど。
僕には、この一言しか言えなかった。
「……ばかなの?」