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享年27歳

「分かりました、親父の為なら自分、喜んで懲役行って来ます」


ここは都内某所、関東でいくつかのシマを持つ犯罪組織、凰仁会の組事務所。


黒革のソファに深く腰をかけパーラメントを吹かす親父(凰仁会初代会長)の前で、俺は覚悟を決めていた。


「タイガーグループの奴らが最近うちのシマで好きかってやりよる」


「立て続けに違法ガールズバーを出したかと思えば、地回りに行かせたうちの若い衆が返り討ちさられて監禁されたのはお前の耳にもはいってるよな?」


「はい」


タイガーグループとは最近街に現れた俗に言う半グレ連中の事だ。


「若い衆はすぐに解放されたが、そろそろお灸を据えてやらないとな」


「・・・・・・はい」


「自分がタイガーグループの頭を刈り取ってきます」


「すまねぇな、一太」


組織に入ってから5年、いつかはこんな日が来るだろうと思っていた。


組織への締め付けが厳しいこのご時世、わざわざ組員になろうという若者などほとんどいない。


風俗や飲み屋のシノギである程度独り立ちしていた俺だが、年功序列のこの世界、真っ先に鉄砲玉にされるのは至極当然のことだろう。


俺も極道の端くれ、グダグダ考えていても仕方ない。


親父に指示された決行日は明日の夕方、それまでは精一杯シャバを楽しむとしよう。



「上ハラミ6人前、あとユッケ!」


叔父貴が馴染みの焼肉屋でご馳走様してくれた。


「頂きました」


お互い余計な話はしない、いつも通りの食事だった。


でもそれだけで十分だ。叔父貴が、不器用にも俺を気遣って、お互いの覚悟が揺るがないようにしてくれていることは痛いほど伝わってくる。


「一太、小遣いやるよ。 これで遊んでこい」


「分かりました、叔父貴」


小遣いもらうなんていつ以来だろうか。思えば叔父貴には組織に入ってからたくさん面倒見てもらった。


(ダメだ、あんまり余計な事考えると覚悟が揺らいじまう・・・・・・)


俺は叔父貴に言われた通り、最後に少し遊びに行くことにした。



組織がケツ持ちをしている飲み屋に入ると、ユリナはカウンターでウーロンハイを作っていた。


「いらっしゃーい」


「あれ、今日は1人? 珍しいー」


「ウイスキー水割りで」


ユリナはこの店で長く働いている女で、俺がこの街で唯一信頼の置ける女だ。


「どうしたの、今日いつも以上に怖いんだけど・・・・・・」


「すまん、ちょっと疲れてて」


「これから仕事が忙しくなるからしばらく店にも顔出せなくなる」


「どうせロクな仕事じゃないんでしょ」


「まぁいーや分かった! じゃあ今日は一緒に飲もっ」


酔いが回るのは一瞬だった。


「思い出すなー、ユリナがこの街に来たばかりのころ」


「一太も今の組織に入ったばかりだったよね」


「オドオドしながらおじさん達に着いて周ってたの覚えてるわー」


「お前だって酒の作り方覚えなくてよく姉さん達に泣かされてただろ」


「え、それユリナじゃないんだけど」


「いーから飲むよ、カンパーイ!」


楽しい記憶はそこで終わっている。



目が覚めるとそこは飲み屋の近くにあるユリナの部屋だった。横を見るとやはり、下着姿のユリナが気持ちよさそうに眠っていた。



(さて、一丁気合い入れていきますか)


勝手にシャワーを借りて身支度を整えた俺は、ユリナを起こさないように部屋を出て、凰仁会の事務所に向かった。


「ご苦労様です」


事務所に着くと、親分の目の前に拳銃と弾薬が置かれていた。以前、北関東に所有している山の中で撃たせてもらったトカレフだ。


弾倉に弾薬を詰め、準備は万端だ。



「八尾一太、行って参ります」



俺は振り返る事無く事務所を勢いよく飛び出した。


タイガーグループが経営する違法ガールズバーに乗り込み、リーダーを撃ち抜く単純な事だ。


店の前に着いた。


唸り上げる心臓、身体中から吹き出る脂汗、すくむ足。


自分を落ち着かせるため深呼吸する。


(フゥー)



ガチャ



「おっらぁーータイガーグループの頭はどこじゃーーー」


中に入ると正面に男3人、奥に2人程確認できた。恐らく奥にいるやつがリーダーだろう。


「てめぇかー、さっさと出て来いこらぁーー」


「凰仁会の八尾さんだっけ、チャカしまってとりあえず話しましょうよ」


(他のやつらは血の気が引いて今にも気絶しそうなのにコイツだけ妙に落ち着いてやがる)


「じゃかましいわ、お前ら少しやり過ぎたな。 恨むなよ、この世界、上には上がいるんだそれを教えてやる」



ダンッ、ダンッ、ダン!



躊躇わず俺はリーダーの男に3発の銃弾を打ち込んだ。はずだった。


薬局が床を跳ね、硝煙の匂いが鼻に着いた時、正面には無傷の男が立っていた。



(まさか、空砲・・・・・・ しかしこの拳銃を用意してくれたのは親父・・・・・・)


最悪な答えが頭をよぎった。



「だからそんなもの置いてお話しましょうといったのに」


反論しようにも全身の力が抜けて言葉がでない。


「あれ、さっきまでの威勢はどうしちゃったんですかー」


スッ、カチッ!


「こっちはちゃんと実弾が入っています、それに、そちらの安全装置すらない古い銃とは違うので」


リーダーの男はジャケットの内側から拳銃を取り出し、こちらに向け安全装置を解除した。


(殺される・・・・・・ しかしさっきの銃声で誰かが通報してるはず・・・・・・)


「あー、それとうちの店音響と防音に力をいれてましてねー。 それに今日はこの店、刑事ドラマの撮影に使うと近隣のお店には伝えてあるんですよ」


「まぁ、この辺りほとんどうちの息が掛かった店ばかりなんですけどね」



(終わった・・・・・・ しかしこちらも既に覚悟はできている・・・・・・)



「最後に1つだけ教えてくれ、親父は、凰仁会は、俺を嵌めたのか?」


「八尾さん、組織のおっさん連中にとってあんたは邪魔だったんだよ」


「これからは俺らみたいな組織の看板を持たない奴らの時代、組に迷惑もかけず自由に金が稼げる俺らを凰仁会は選んだって訳」


「あんたひとりが罪を被って死んでくれれば、こっちは被害者、襲撃してきた組員1人を返り討ちにしただけのこと」


「凰仁会の何も知らない組員達は、この件の責任は自分達側にあると考えて、うちのグループを傘下に加える事に反対する者はいなくなるだろう」


「要するにあんたは、凰仁会がタイガーグループを傘下に加えるという会長の描いた絵の、捨て駒に利用されたんだよ」


無意識に頬を伝う水分が、怒りで燃え上がる体温によって瞬時に乾いていく。



「うぁあああああーーーーー」



パァン!



リーダーの男に飛びかかろうとした瞬間、俺の頭を銃弾が捉えた。



(あーあ、死ぬのか。 あれ、これが走馬灯ってやつか? やけにスローモーションだなぁ)


(俺、最後に裏切られて見方も誰もいないたった1人で死ぬのかよ)


(もしもう1回人生をやり直せるなら、今度は自分を本当に大切にしてくれる人達の為に死にたいなぁ)


だんだん意識が遠のいていく。痛みなど感じない、むしろ気持ちいいくらいだ。



こうして、俺の27年間の人生が終わった。







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