鏡ん
ゆるキャラを作ってみた。
名前は「鏡ん」
手鏡に手足をつけて、サインペンで目と鼻と口を書いただけの簡単なキャラクター。
鏡んには私の顔が映っている。
直視できないような不細工顔。
思わず叩き割ってしまいたくなる。
なんでこんなものを作ったのか。
それは鏡を見る必要がなくなったから……だ。
私には好きな人がいた。
その人に気に入られるために、必死にオシャレをしたけど……ダメだった。
酷い振られ方をした。
もう何もかもが嫌になってしまったのだ。
だから……気をまぎらわせようと、手鏡でゆるキャラを作ってみた。
鏡に映るもう一人の私の顔に、にっこりマークが重なる。
別人になったようでちょっと面白い。
「ふふふ……」
鏡に映ったにっこりマークの私に、ちょっとだけ癒される。
もう一人の自分になったような気分。
『君はダメじゃないよ、自信を持って。
きっと……大切な人と出会えるよ』
鏡んがそう言ってくれているような気がして……。
少しだけ前向きになれた。
それから数日後。
私は髪を切りに行った。
背伸びして通った人気の店ではなく、近所にあるおばあさんが経営する理容室。
バッサリと短めにしてもらった。
服も買いに行った。
しまむら、ユニクロ、GUを梯子する。
明るめの服を選んで、いつもは違う服装を心掛ける。
ダイエットにも挑戦。
毎日の食事を少しずつ減らし、フルーツと野菜を多めにとる。
毎日のように鏡んを覗き込むと、少しずつ変わっていく自分が映った。
どんな時もにっこりとほほ笑むもう一人の私は元気を与えてくれた。
それから数か月後。
周囲の人から変わったねって、言ってもらえるようになった。
明るくなったね、笑顔が増えたね。
嬉しい言葉が沢山。
でも、可愛いとは一度も言われない。
私は毎日のように鏡んを覗き込んで『君は可愛いよ』って言ってもらって自分を勇気づける。
そんなある日……職場の上司から縁談の話を持ち掛けられた。
とりあえず会ってみようと思ってオファーを受ける。
紹介された男性は平凡な見た目だった。
でも……私のことをキレイですねって言ってくれた。
お世辞でも嬉しかった。
「ねぇ、鏡ん。私、キレイだって言われたよ」
鏡んに語りかけても返事がなかった。
サインペンで書いた顔を除光液で拭いとる。
鏡んは、ただの鏡になった。
「今までありがとう」
私はそっと手鏡を机の上に置いた。
明日は紹介された人とデートに行くのだ。
思いっきり楽しんでこよう。
もう何も怖くない。