【序幕:君から俺へ・大好きの言葉】
「あなたのことが大好きです。私と付き合ってください」
一陣の激しい風が屋上に吹き抜ける。まるで、今までそこに存在していたものを全て吹き飛ばすように。
桜も散り、夏の訪れが目前に迫ったその日。俺は初めて見る先輩の表情に動揺を抑えきれなかった。
いつもは自信と誇りに光る宝石のような瞳に浮かぶ、不安そうな、ふとした拍子に砕け散ってしまいそうな感情。こんな、ガラス細工のように綺麗で、でも頼りない彼女の姿は初めてだった。
「え、あ……じょ、冗談でしょう?」
ほんの少し前まで想像もしなかったこの状況に、俺は狼狽えながら、ようやくそれだけの台詞を絞り出す。そんな俺に、先輩は一瞬前の表情とはまったく逆の、鋼を思わせる強い意志を孕んだ瞳で言った。
「私は冗談でこんなことを言わない。今、龍佑に言った大好きは私の本当の……一番大切な気持ち」
真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。それは俺の知る先輩の姿であると同時に、俺の知らなかった先輩の気持ちだった。
何故、とか、どうして、とかそんな疑問文だけが俺の頭の中でグルグルと渦巻く。ややあって、工藤先輩がフッと柔らかな微笑みを浮かべる。
「答えは……急がない。いきなりだったし、考える時間もあげないのは卑怯だもんね」
でも――と、再度真剣な表情で先輩は続く言葉をその桜色の可憐な唇で紡ぐ。
「真剣に考えて。私は……本気であなたが好きだから」
どこまでも真剣で真摯な声色。その迫力に声が出せず、俺はただ間抜けに頷いた。
しばしの、どこか鋭い沈黙。
やがて、先輩はその空気を払拭するような、明るい声で、
「さ、そろそろ部活行かなきゃね。遅れたりしたらカナが怖いわよ?」
俺に負担をかけないよう、おどけたように呼びかけてくれる。
「そ、そうですね」
俺も顔に無理やり笑顔を貼り付けて、努めて明るく答えた。
そうして、俺達は屋上を後にする。表面上はいつもと同じ、仲のよい先輩後輩、でもその下にもっと別の何かを抱えて。