第二十九話 決断
人口10万ほどの、その都市の中央に位置する小山には、ゴシック調かつグレーで高さ35Mの城が聳え立っている。
その一室の窓から外を眺める初老の紳士が、背後に控えている男性に、
「あれから5日…、王都からの連絡は、未だ無いか?」
と尋ねた。
この紳士は、身長が180㎝ぐらいで、七三分けの髪を植物性の油でガッチリと固めているようだ。
そんな髪の毛と、鼻の下の髭は、それなりに白い。
服装はダークグリーンを基調とした貴族風で、年齢は60代後半であろう。
「はい。何の音沙汰もございません。」
と、答えた背丈が170㎝程の男も、同じくらいの歳のようだが、見るからに執事らしい黒の礼服を直用している。
貴族っぽい紳士が、
「そうか…。」
「神々は、我らを助けぬか。」
と肩の力を落とす。
「……、如何なされます?」
と、窺う執事に、軽く〝ハァ〟と溜息を吐いた紳士が、
「降伏しよう。」
と意を決したのであった…。
午後の2時を回った頃、黒スーツに着替えた彼は、ヒーゴン軍の本陣に赴いていた。
差し出された椅子に腰掛けず、直立したままで、
「私は、城塞都市の責任者で、名を“ディーラン”と申します。」
との自己紹介をすませた後に、頭を深々と下げて、
「どうか、我が首一つで、穏便に済ませて戴きたい。」
「他の者たちは、何卒、助けてあげてくださいませ!」
と、願う。
これに、長テーブルを挟んだ対面の椅子に座している清虎が、
「たった一人で、危険を顧みず訪れるとは、見上げた根性よの。」
「…。良かろう。」
「確かに、聞き届けてやろうぞ。」
と告げた。
責任者が〝ホッ〟と安堵するのも束の間に、
「しかし!」
と、侍王が言い出したので、緊張が走ったのである。
だが、
「そなたも生きよ。」
「なかなかに気骨がある人物を死なすのは、惜しいからのぉ。」
と清虎が微笑んだ。
ディーランが、驚きながら、
「よろしいので?」
と、窺う。
「ああ、構わん。」
「そなたらは、〝神の被害者〟にすぎんのじゃから。」
「何も、あんな奴らの為に、大事な命を投げ捨てる必要はなかろう、のぉう?」
と優しく接する“ヒーゴンの侍王”に、
「ありがたき幸せ。」
と、述べ、
(主たる神は見捨てたというのに、敵であるこの御仁は救ってくださるのか…。)
と温情に胸を打たれて、〝スーッ〟と涙を流す城塞都市の責任者であった。
軍議の場に、主だった面子が集まっている。
長男の虎政が、
「本気ですか?親父殿。」
と、眉間にシワを寄せた。
腕を組み、両目を閉じた清虎が、
「無論じゃ。」
と頷く。
普段は穏やかな、次男の晴清が、
「あの都市に暮らす10万人をヒーゴン国に受け入れるなど、今すぐには不可能です!」
と、いささか苛立つも、目を開けた侍王が、
「そこを、何とかせいッ。」
と牽制したのだ。
彼は、市民を自国へと移動させ、代わりに10万の兵を、城塞都市で生活させるつもりなのである。
[南陸第十神国]を攻略する足掛かりとして。
誰もが呆れるなか、【クレリック】である西方領主が、
「中央の北西部かつ、西方との領境に位置する“旧市街”であれば、14~15万は収容できましょう。」
との見解を示す。
この発言に、清虎が、
「それじゃ!」
と、意気揚々になる。
それに対して、晴清が、
「あそこは、もう何年も放置されており、傷んでいる家屋も多いかと…。」
「更には、幾らかの魔物が拠点にしているかもしれません。」
と慎重になるも、
「ならば、全て解決せよ!」
「新たな国主と補佐官の初仕事じゃ。」
「腕が鳴ろう?」
と、悪戯っ子のような笑みを浮かべる侍王であった―。




