第百七十五話 打つ手
宿営地の至る所で、夕食の支度が行われている。
ミーノン軍の作戦本部として使われているテント(ゲル)では、利通はもとより、主だった者らが8人ほど集まって、明日以降の方針を話し合っていた。
その中には、[武術マスター]の次男も見受けられる。
30代前半である彼は【弓術士】で、背中あたりまでの黒髪を後頭部で一つに束ねていた。
利通は、ヒッダーを復活させた後に、数年は自ら治め、ゆくゆくは次男に譲るつもりらしい。
また、ミーノンを長男に託し、隠居する意向のようだ。
ちなみに、武術マスターの子らは、長男・次男・長女の順番である。
この三人も、それぞれ子宝に恵まれているそうだ。
それはさて置き。
テントの外から、
「軍議中に失礼します!」
「北方領主様が、お見えになりました!!」
との声が聞こえ、
「……、入れ。」
武術マスターが促した。
ゲル内にて、北方領主が両膝を着き、背後に控える魔術士が倣う。
おそらく、この魔術士による【瞬間移動】で渡って来たのだろう。
いずれにしろ、50代半ばの領主は【騎士】である。
とはいえ、戦に馳せ参じたわけではないので甲冑は纏っておらず、貴族らしい服装であった。
肩あたりまでの長さがある“巻き毛”に、立派な髭は、ところどころ白い。
背丈は180㎝ありそうだ。
椅子から立った利通が、北方領主の正面へと移動し、
「その“包み”は?」
眉をひそめる。
黒布の結び目を、領主が解いたところ、ある男の首が露わになった。
「我が愚息にございます。」
こう伝えた北方領主が、
「誠に申し訳ございませんでした!」
「まさか、“成れの果て”を利用して謀反を企てておったとは…、気づかなかった私にも落ち度があり、北方を治める立場として、また、親としても、万死に値します!!」
地面に額を擦り付ける。
「面を上げよ。」
「……、はッ。」
領主が、武術マスターに従う。
「辛い役目を押し付けて、すまなかったの。」
利通による労りの言葉を受け、
「いえ、滅相もございません。」
「全ては私が教育を誤ったばかりに起きたことでありますれば、どうか、お気を遣わず。」
「それよりも、国主様の顔に泥を塗るような真似を仕出かした息子の責任を負うべく、死をもって償いますゆえ、一族の命だけは、何卒、お助けください。」
北方領主が再び頭を下げた。
「もう、よい。」
「此度の件は、これにて落着とする故に、今まで通り国に仕えよ。」
武術マスターの決断に、
「寛大なお裁き、有難き幸せ。」
「これまで以上の忠義忠節を、お誓い致します。」
領主が涙ぐむ。
「ときに…。」
「“闇商人”に関する情報は何か掴んでおらぬか??」
利通が尋ねたら、
「あの館で捕らえた幹部どもを拷問したところ、“西陸第八神国”の北側に在る最も大きな港町に、現在、元締めが身を潜めているとの事でございました。」
北方領主が、そのように答えたのである。
「ふむ。」
「ならば、こちらから秘かに隊を一つ送り込むとして……、そなたは軍艦で海を封鎖せよ。」
「船で脱出されんようにな。」
「日取りは、追って報せる。」
武術マスターの指示に、
「ははッ!」
会釈する領主であった―。




