番外編 不器用で不幸な魔術師の話2
ウイルドから、自分が主催のパーティーをするから是非来て欲しいと言われた。ひょろりとした友人は、にやけた顔に俗っぽさ全開である。
「魔術師の友達なんて自慢できるからね。」
「わかった。」
「ファニーとおいでよ。」
「ああ。」
知らず、顔がこわばったらしい。
「なにその顔。」
「・・なにもない。」
言ってみるが、さすがに王立学校以来、共通の友人であるウイルドには伝わってしまったようだ。
「是非とも二人で来てくれよ。珍しい魔術素材が入ったら格安で譲るからさ。」
「わかった。」
言い訳をくれる友人に、少し情けない気もするが心の中で感謝する。今度こそ。いつもの言葉を心の中で繰り返す。
数日前に難しい仕事を頼んだところなので、きっとファニーはまさに寝食を忘れて取り組んでいるだろう。
そういう時は行く前の日に、ファニーの母親に声をかけている。すると心得たものでいつも二人分の食事を持たせてくれるのだ。
「いつもすみません。」
「いえいえ。こちらこそ。うちの子を気にかけてくれてありがとうね。」
「僕が勝手にしてるんで。」
ファニーの母親は他意のない笑顔を向けてくれる。自分が隣に住んでいなかったら、ファニーはまだこの家にいたかもしれない。そう思うと申し訳なかった。
訪れたファニーの家は大抵鍵がかかっていない。灰色の幼なじみは、一人暮らしの女性いうものの危険性など感じていないのか、鍵閉めの習慣がない。
キールとしては心配なので見えないところに勝手に魔術を仕込んで、家に害意のある相手が入れないように結界を張っている。魔術を感知できるのは魔術師だけなので、本人にはばれていない。
声をかけながら中に入ると、やはり不機嫌なファニーがいた。
「よう。進みはどうだ。」
「できたら連絡するから、ここには来ないで。」
日に日に対応が冷たくなっている。そして予想どおり、顔色が悪い。
「ほら、お袋さんから差し入れだ。どうせろくなもの食べてないんだろ?」
「・・ありがとう。」
ありがとうと口では言っているが、青白くクマの浮いた顔は仏頂面だ。それでも可愛いと思ってしまうので、我ながら重症である。
「ひどい顔だな。」
「生まれてからずっとこの顔よ。それより、用が済んだなら帰って。誰かさんの決めた期限に間に合わせるのに大変なのよ。」
心配で発した言葉は、容姿をけなした言葉として受け取られた。やってしまったと思ったが、取り戻し方がわからず違うことを口にする。
「そんなこと言ってほっといたら、腐らせるだろ。お袋さんからは、食べるところまで見てきて、が依頼だ。」
嘘だ。だが、いつも二人分作ってくれるのだ。そう外してないだろう。
食べ始めると、段々とファニーの顔に生気が戻ってきた。頃合いを見て、キールは今日の本題を口にする。
「お前さ、来月のウイルド主宰のパーティー来るの?」
「?なにそれ。」
意を決して振った話題は、まったく覚えがない、という顔で迎えられた。どうやら発注の手紙とごちゃまぜにして、まだ招待状を見てもいなかったらしい。
「卒業して一年近く経つだろ。ウイルドが跡取りとして御披露目しつつ、王立学校での多彩な人脈をみせびらかすから是非来てくれって。」
事前に考えておいた言い方で話す。ウイルドは完全にだしである。
「へえ。ウイルドらしい。」
興味なさそうである。
「お前、来いよ。」
「やだ。」
にべもない。
「お前を連れてくるって、ウイルドからもう報酬もらってるから来い。」
話を盛った上に、命令形にして、とどめに招待状を目の前に置いてやる。
「勝手なこと言わないで。私、ドレス持ってな・・」
「知るか。なんとかしろ。稼がせてやってるだろ。」
「知らない人と話せな・・」
「馬鹿馬鹿しい。一人立ちしたんだろ。そのくらいこなせ。」
「仕事がいっぱいだし・・」
「数時間パーティーに出る時間も割けないのか、無能。」
欠席の口実をすべて食いぎみに否定する。どうしても一緒に行きたかった。ファニーはついに観念したようにうつむいた。
「・・わかった。」
「わかればいい。」
せいぜい虚勢でそう言い放つ。ものすごく嫌がられていて、胸はズタズタである。
「用は済んだ。帰るわ。」
約束は取り付けた。今回を卒業パーティーの失敗を取り返す機会にしたくて粘ったが、もう既に失敗の予感がする。
ファニーの家を出て、もう振り向いても家が見えなくなった頃、街角に座り込んでキールはため息をついた。
(泣きそう。)
パーティーの当日の早い時間、心配でついまたファニーの家を訪れてしまう。本当に一緒に行けるだろうか、そわそわする気持ちをその顔を見て少しでも落ち着かせたかった。
家に入ると、なにかを片付けていたのか棚の戸を閉めるところだった。
「何してんだ。」
「・・っ!いきなり入ってこないで!」
それなら鍵をかけるべきだと思う。ただ今はそれより気にかかることがあった。
「ドレス、用意したか?今晩だぞ?」
「・・した。ちゃんと覚えてる。」
「そうか、ならいい。・・?」
睨んでくる瞳が少しにじんでいる気がして、心がざわめいた。確認したくて、ファニーの頬に触れる。
「な、な、なに?」
動揺するファニーの顔が赤くなる。
「泣いたのか?」
「・・!泣いてない!離して!」
添えた手が振り払われる。
「だよな。びびったわ。」
拒絶に落ちていく気持ちを出さないように言う。
「目に染みる薬液のガスがちょっと入っただけ。」
「気をつけろよ。どんくさいんだから。」
いつも心配してるんだ、とは言えそうもない。
「そうね。ちゃんと行くから、もう帰って。」
「あのさ・・、また・・。」
後で迎えにくる、そう言いたかった。
「帰ってって言ってる!疲れてるの!」
こちらを向かずに強く言われて、さすがキールも気圧された。パーティーが好きじゃないファニーはきっとぎりぎりまで家にいるだろう。少し早めに迎えに来ればいい。
「わかった。またな。」
夕方には、もう少し機嫌が良くなっているだろうか。
考えるほどに嫌な想像ばかり膨らんだ。ファニーを傷つけることばかり言ってきたのだ。今さらだ。
(せめて、今晩だけは楽しめるようにしてやりたい。それが無理だったら、今度こそあきらめよう。)
ウイルドから、本人からは内緒だと言われてたけど・・・とファニーがまた引っ越すことを聞かされた。秘密保持制約のあるギルドが用意する家兼工房だ。
(もっと会えなくなる。)
それどころか、最悪ファニーからの行動がなければ、だれもファニーに会えない。
(俺になにも言ってない、ってことはそういうことだな。)
キールと距離を置きたいのだろう。ひどいことばかり言う、上から目線の幼なじみ。そんなところか。
(さすがにそのままお別れってのは、嫌だ。)
せめて最後にこのどうしようもない気持ちは伝えよう。これまでのことも謝って、ちゃんと教えてやりたい。
(可愛いよって。)
考えただけで、頭が煮えそうだ。
罵られるかもしれない。まあ、怒るだろう。これまでさんざんな事を言ってきたのだ。仕方ない。
だけど最後に『お前のことを好きなやつもいるんだ』ってことを伝えたい。うつむきがちなその顔が少しでも明るくなって欲しい。
(他の誰かのものになるなんて、考えられない。けど、俺のものになるなんてもっと思えない。)
もう会えないなら、それがいいのかもしれない。いつか幸せに笑う誰かの隣にいるファニーを見る、なんて耐えられそうもなかった。
お読みいただきありがとうございます。