番外編 不器用で不幸な魔術師の話1
キール視点です。
キール・コールディは、ファニー・マーズの家のとなりに生まれた。キールは家族ぐるみで付き合いのある、この隣のマーズ家の三姉妹の長女ファニーを見ると苛立って仕方なかった。
何しろ、遅い、どんくさい、無頓着、無愛想。欠点をあげれば切りがなく、こちらの顔色を伺っているようで、実はなにもうかがえていない。
祭りの日に一緒に歩いていても、みんな楽しそうに過ごしているのに一人だけ、なんともぼんやりとした表情である。
「なんだお前。しけた顔してるな。」
「うん。ごめんね。」
灰色の髪と瞳は珍しい。マーズ家の他の家族はみな茶色い髪と青い瞳だった。家系にない色が生まれることはたまにある。顔立ちは父親によく似ているので、誰も血縁を疑ってはいなかったが、老人をイメージさせるその色は、さまざまな形でファニーの自尊心を奪っていた。
キールもそのときは、ファニーがなぜ謝るのかわからなくて、つまらない奴だと思った。わかるようになったのはずっと後のことだ。
それでも不思議と気になって、あちこち連れ出したり、話しかけたりした。
(なんだよ。いつもぼやっとしやがって。もっと・・・。)
ファニーが家族とだけいるときに垣間見せる、子供らしい笑顔はキールがいると知れるとすぐに消える。なぜだかそれがキールにはとても腹立たしかった。
平民もこの国ではみな五才になると学校に通い始める。キールとファニーは同じ学年だった。入学してからも何かとキールはこの幼なじみを構い、なんとはなしに二人はワンセットであった。
そのうち、学校で受けた魔術の適性検査でキールは才能を認められ、ファニーは成績の良さと人並み外れた魔術アイテムへの関心が才能と認められ王立学校へ通うことが決まった。
その頃にはファニーの無愛想と冷たい態度はそういうものだと思っていた。けれどもたまに明るい表情を見せることもあり、そんなときはキールはなんとも言いがたい気持ちになった。
王立学校では、これまでと違う人間関係が広がった。友達、とひとくくりにはできない。王立学校には、王族、貴族、優秀と認められた平民の子が通っており、社会の縮図であった。
ややこしい関係を苦手とするファニーはキール以外とは親しくせず、一定の距離を保つようにしていたようだ。
(だから、完全に油断してたんだ。)
ある日、人のいない教室でファニーが背の高い男子生徒と嬉しげに話すところに出くわした。
頬をわずかに染め、目を輝かせて話すその顔はキールの見たことのない表情だ。キールにはそこからの記憶が少しない。
気がつくと、殴られた頬を押さえて尻を地につかせた男子生徒と、真っ青なファニーがそこにいた。
痛む左のこぶしが、自分が殴ったのだと主張している。キールは訳がわからなかった。とにかくカッとなったとしか言いようがない。
「な、なんで・・。キール、こんなこと・・。」
涙目のファニーがこちらを見ている。
「調子に乗んな。ブス!」
言い捨てて、キールはその場から飛び出した。頭の中がぐちゃぐちゃだった。どうして、自分が後先考えずに見も知らぬ男子生徒を殴ったのか。
(あの、ファニーの笑顔・・。)
思い出すと胸が痛くてたまらなかった。そのまま家に帰って布団に飛び込み、ファニーの笑顔と、男子生徒と、殴ったことを百回くらい思い返した頃、ようやく自覚する。
(俺、ファニーのことが好きだったのか。)
翌日、殴られて男子生徒に呼び出され、どうなるのかと思いつつも、とにもかくにも謝った。
「いいよ。そのかわりに友達になってよ。」
大商会の跡取りで、ウイルド・ワズナーと名乗ったそいつは細い目の奥から油断ない笑みを見せてそう言った。
「キール・コールディでしょ?魔術師の友達なんてそうそうできないから頼むよ。あ、昨日の女子?彼女のこと好きなんだと思うけど、僕はそういうのじゃないから。」
さらりと自覚したばかりの気持ちを指摘されて赤面する。
「やっぱり。彼女、マーズさんは僕がうちの商会で見たことのある魔術アイテムの話をしたら喜んでくれてただけだよ。」
「そ、そうか。」
「魔道具師の友達もそうそうできないから、友達になるのは許してほしいな。」
「そんなこと、俺が決めることじゃない。」
我ながら殴っておいてなに言ってるんだろうと思った。それから、ウイルドはずっと二人の共通の友人だ。
だけどファニーはもう、ウイルドが魔術アイテムの話をしても前みたいな顔はしなくなった。
王立学校には卒業パーティーがある。制服で出てもいいが、私服でもいい。王族貴族はその後の社交もあるので、ばっちり正装だが、平民は制服と身の丈にあったおしゃれをして出席する者が半々。
卒業パーティーは家に迎えに行くから、一緒に行くぞと伝えてあった。家を訪ねると、奥の部屋だと言われて、向かえばファニーの母の声がした。
「・・だって、きっと可愛いと思ってくれるわ。」
「そんなことないよ。」
諦めたような淡々とした声が聞こえたあたりで、ファニーの姿が目に飛び込んだ。えんじ色の上品なワンピースに身をつつみ、灰色の髪はきっちりと結い上げられていた。その上には、可愛らしい髪飾りが添えられ、頬をわずかに染めたファニーは、本当に。
「なに着てもぱっとしないな。お前。用意できたなら行くぞ。」
気づけばそう言って、外に出た。ファニーはすぐ着いてきた。キールは自己嫌悪とはずかしさでどうにかなりそうである。
(なんでいっつもこういうこと、言っちゃうんだ。)
黙って歩くキールの後ろを、ファニーが黙って歩く。その顔がずっと下を向いていることは、振り返らなくてもわかった。
卒業してすぐ、ファニーは一人立ちするからと家を出た。これまでのようには会えなくなる。しぶしぶ教えられた住所にファニーの母親からの差し入れを届けたり、仕事を斡旋する口実で訪れた。
(マーズ家の人たちは俺の気持ちをわかってるんだろうな。)
とはいえ、ひどいことを言うたび傷ついた娘も見てきたはずで。けれど不思議ともう娘に構うなと言われたことはなかった。
(むしろ、色々とファニーのところに行く口実をくれた。)
差し入れを持っていってくれ、あれを伝えてほしい、など。キールとしてはありがたいが、どんな気持ちだったんだろう。
(いつも会うまでは、今度こそはと思うんだけど、つい言ってしまう。)
ファニーは誉めても響かないが、けなすと驚くほど反応する。
(優しくしたい。)
ウイルドにもあきれられている。自分の幼さがいやになるが、かといって会いに行くのをやめたくない。
(一人立ちしたのは、俺から距離をとるためだったのかも。)
そう思い付いても、あきらめたくなかった。
お読みいただきありがとうございます。