4.答え合わせ
(うるさいなあ。誰?)
腫れぼったい目をこすりつつ、ファニーが目覚めた時には既に日が高くなっていて、扉を叩く音で起こされた。
一体いつから叩いているんだろう。目が覚めてぼんやりしている間も、叩く音がやまない。いい加減留守かと諦めればいいのに。
そういえば、よく鍵を閉めるのを忘れるのだが、昨日は思い切り泣こうと鍵を閉めたんだった。
引っ越しは夜までに済めばいいし、道具類や素材はまとめてあるのでそんなに時間はかからない。今日は気が済むまで寝るつもりだった。
そろりと足をだし、音を立てないように扉に近づく。来訪者の姿を確認するために、わずかに開けてある隙間からそっと覗いてみる。
「いた!ファニー、そこにいるな!」
(キール!?)
まさか今日来るとは思わなかった。いることがばれた以上、開けざるを得ない。このまま閉めていても、近所迷惑になる気がする。
(あー。なんて言われるんだろ。)
ゆっくり錠をはずして、扉を開ける。
「うわっ。なんだその顔、絶望的にひどいな。」
「・・何の用なの。」
「とりあえず、中に入れろよ。」
問答無用でキールが押し入ってくる。
「寝起きなのか。」
指摘されて、顔に朱がのぼる。
「き、昨日遅かったから・・。」
キールは気にせず、椅子に腰かける。
「お前も座れよ。」
「用がないなら帰って。」
口を尖らせながら、ファニーも椅子に座る。
「・・お前、引っ越すのか。」
ウイルドが話したのだろうか。私から言うから、家族にもキールにも黙っておいてほしいって頼んでたのに。
「キールに関係ない。」
「ある。依頼はどうしたらいいんだ。ファニーの家族だって心配する。」
キールの表情に嘘ではない心配の色があった。
「父さんと母さんには、ちゃんと後で連絡するわ。」
横を向いて言えば、ほほを掴まれてぐいと正面を向かされた。
「俺は?」
ぐ、と口を噛み締める。こんなのずるい。エメラルドの瞳がこっちをまっすぐに見てきて、そらすことができない。
「なあ。俺のせいか?」
「な、なにが?」
手を離して、キールが今度は視線を外した。
「一人立ちするって家をでたのも、今回の引っ越しも。」
「違うわよ。」
条件反射で否定する。
「じゃあなんで。」
「・・・・・。」
言葉が続かない。なにしろキールのせいかと言われれば、そうなのだ。深入りしないように距離を置きたい。たが、そんなこと言えるはずもない。
「お前、悪魔かなんかか?」
冗談かと思ったが真顔である。
「なに言ってるの?」
「俺が、こんなにマメにやってきて仕事を斡旋しても、全く有り難がらないし、いっつも無愛想にして。」
「そ、それはごめんなさい。いつもありがとうございます。」
確かに、難しいとはいえ普通では受けられないような仕事を紹介してくれたり、家からの差し入れを届けてもらったりしていた。親切にされていたのに、態度が悪いと言われれば反論できない。
「違う!そうじゃない!」
「え?」
思い切り否定されて、ならばなんなのかわからない。
「昨日、パーティー来てただろ。」
「あ、ああ。うん。」
招待状はウイルドの手に渡っている。行っていないと言うほうがおかしいだろう。
「そうじゃない。俺と話しただろう。」
「・・・・?!」
はーっと、キールが大きく息を吐いた。
「ひ、人違いじゃない?私、キールには会ってない。」
「俺の仕事に興味なさそうだとはおもってたけども・・。」
「な、なに・・?」
「平民でありながら、才能を見いだされて王立学校にスカウトされる魔術師なんだよ。反魔術の備えをしてないわけないじゃない?」
諭すような顔をするキールに、ファニーの血の気が引いた。
「嘘。え、でも・・。」
「俺に魔術系の幻は基本効かない。」
「誰・・?って。」
混乱してくる。あの時確かにキールは自分を見て誰かわからない様子だった。そんなファニーを半眼になったエメラルドの瞳がじっとりと睨み付ける。
「誰かさんが、見たことも無いくらいイイ笑顔を振り撒いてるんだ。いっつも仏頂面だった、誰かさんがね?絶対着ないようなドレスを着てだ。一体誰かと思うわ。」
緑の髪の後ろ側にまるでどす黒い雲があるようだ。
「は、はい。すみません。」
「ウイルドが、違う名前言うし。ホントに別人か、いや魔道具の気配あるし本人かと混乱してたら。」
小さな声で、ウイルドが挑発してくるし、と呟いた。ファニーには意味がわからない。というか、混乱してきた。もし、あの場でキールがありのままの自分を見ていたとしたら。
(このままの私が、あのドレスを着て愛想を振り撒いていたってこと?)
「う、うわあああー!」
「な、なんだよ。」
怒っていたはずのキールがうろたえている。
(みっともない!みっともない!恥ずかしい!)
「死にたい・・。」
「なんでそうなるんだ。」
「うう・・。こんなはずじゃなかった・・。」
美人気分を味わうつもりだっだけなのに、一番見せたかった相手にはそのまま見えていたなんて恥ずかしすぎる。
「・・とりあえず、お前に悪気が無かったのはわかった。」
「はい。」
「で?」
「はい?」
「いい加減、わかった?」
「な、なにが?」
全くわからずに問い返すと、再びキールが怒りの表情を浮かべている。
「・・俺の、片思いの相手。」
「え?」
そうだった。あの日、キールに片思いの相手がいるって聞いて、こんな美少女に似ている人がいるのは知らないな・・と思って、それで。
(えっとでも、あの時、キールにはありのままの私が見えていたと。)
あれ?つまりキールの想い人は、金髪の美少女じゃなくて、私に似ているっていうことで。
(ん?そんな人いたかな?)
「なに考えてるかわかんないけど、たぶん違う。」
「えっと、片思いの相手が私に似ている・・?」
「・・不正解だ。」
キールはぶすっとした顔で横を向いた。
「昨日、パーティーの前にここに迎えに来たんだよ。入れ違いだったみたいだけどな。」
「はあ・・。」
『今日は一人でここに来たの?』
『そうじゃない予定だったんだけど、そうなった。』
「で、パーティーに着いたら、お前が嘘みたいにニコニコして別人のふりして、『片思いなの?』って聞くんだ」
「うん?」
「からかわれてるのかと思って、やけくそで『片思いの相手に似てる』って言ったんだよ。」
「ええと・・。」
「鈍い鈍いとは思ってたけど、いい加減気づけと思って勝負にでたんだ。・・ウイルドに邪魔されたけど。」
キールは横を向いたままで、ファニーのほうを向かない。
「・・キールが私のことを好きだって言ってるみたいに聞こえる。」
緑の頭から覗く耳が赤い。ファニーの鼓動は早くなり、胸が痛くなるほどだ。
「えっ。あっいや、ご、ごめんさすがに勘違いよね。」
「・・そうだよ。」
「あ、やっぱり。」
落胆と安堵で、ほっと息をついた。
「違う!俺は、お前のことが好きなの!」
「ふぇっ・・!」
変な声でた。狼狽で顔が真っ赤になるのが自分でわかる。
「だー!もう。お前ってほんと・・。」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ほんとごめんなさい。」
もはや何に謝っているのかわからないが、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「まあ、わかった。なんか色々わかった。」
キールは脱力したように、うつ向いて立ち上がる。
「もう、帰るわ。俺が悪かった。」
「え?」
「しつこくして悪かったよ。もう来ない。お前も来て欲しくないから引っ越すんだろ?わかったから。」
違う。そうじゃない、と言葉に出ない。情け容赦なく、キールの足は扉に向かう。
「待っ・・!」
思わずキールの服を掴んでいた。振り向いたキールが切なそうに笑う。
「気のない男を引き留めたら、だめだ。」
「ち・・。」
「鍵もちゃんと帰って来たとき、でかけるときは閉めろよ。」
「ちが・・たし・・き・・なの。」
服をつかんだ手をゆっくり押し戻される。
「何言ってるかわかんねえ。まあ、そうさせてたのが俺なんだよな。今回よくわかった。」
ここで手を離せば、それで終わりになる。ファニーはキールの腕をつかんだ。
「おい・・?」
でも絶対その顔を見ては言えない。目一杯、横を向いてファニーは声を張った。
「わたし、キールが好きなの!」
「は?」
掴んだ手を握り返される。
「え、なに・・?」
「わ、わたし・・。」
横を向いた顔を覗き込まれる。
「俺のことが好きなの?」
(うわああ!無理、もう無理。)
言葉は出てきそうにもないが、何とか首を縦に振る。なんだかわからないが泣きそうだ。
(え。)
気がつけば、抱きしめられていた。
「き、キール?」
「もう、無理だと思った。・・ファニー。」
「な、なに?」
「ファニー。」
腕が緩くほどかれ、ファニーの頬にキールの手が添えられる。
「好きだよ。」
ゆっくりとキールの顔が近づいて、ファニーは思わずぎゅっと目を閉じた。キールの微かな笑みが聞こえる。それから柔らかな感触が来た。
お読みいただき、ありがとうございます。
キールとウイルドの気持ちを想像して書くのが楽しかったので、またうまくまとまりそうなら投稿したいと思います。