3.自分ではない姿で
「招待状をお願いいたします。」
入り口の男性に招待状をわたし、ニッコリと微笑む。
「どうぞ。」
促す男性の頬はやや赤い。目の前の美少女の笑みがそうさせたのだろう。
(今日の私はフェリア・ストーンズ。愛想が良くて美しい妖精のような女の子。)
ファニーは考えて来た設定を復習するように、頭のなかで唱える。ファニーはいつも、人に会うとうつむきがちだったが、フェリアは違う。目が合えば控えめに笑みを浮かべ、話しかけられれば愛想よく相づちを打つ。
ファニーの時とは違って、次々と好意的な男性に声をかけられた。それに気持ちよく答えていると、ファニーの回りからは人が絶えなかった。
「やあ、いらっしゃい。こんな美しい人には初めて会ったよ。」
主宰であるウイルドが、話しかけてきた。ひょろりとした上背から、こちらを見て会釈してくる。今日の企みはウイルドにだけ伝えてあった。キールのことは言わず、一度だけ美人の気分を味わいたいとだけ言ってある。
「ありがとう。お世辞がお上手ね。」
「キールはまだみたいだけど、言ってあるの?」
「いいえ。彼には関係ないもの。私の招待状がちゃんとウイルドの手もとに渡ってさえいれば問題ないわ。」
細い目をますます細くして、ウイルドが笑った。
「そうかい。まあ、楽しんで。」
「ええ、もちろん。」
あわせて笑うと、聞きなれた声が飛び込んできた。
「は?誰・・?」
声の方を見ると、正装したキールが立っている。美しいエメラルドグリーンの瞳が驚きに見開かれていた。それをみたウイルドがこらえきれないように吹き出す。
「こちら、フェリア・ストーンズ嬢だ。知り合いの商会のお嬢さんだよ。」
少し息を吸い込んで、ファニーは笑みを浮かべる。
「フェリア・ストーンズです。」
「キール・コールディです。魔術師をしています。」
少し顔を赤らめたキールが、挨拶をする。これまでのファニーの人生で見たことのない表情だ。
(やっぱり、美しい女性には違うのね。)
少しだけ苦い気持ちになっていると、不意にウイルドに手を取られた。
「では、フェリア。楽しんで。」
手の甲にキスして、ウインクしてくるウイルドに、ファニーは顔を赤らめた。なんとも思ってない相手だが、免疫のないファニーには刺激が強い。
離れていくウイルドを少し目で追っていると、咳払いが聞こえた。
「バルコニーへ行ってゆっくり話しませんか?」
「え?」
(キールがこんなこと言うなんて。)
「だめですか?」
こちらを見つめる瞳に、少し切ない色がある。ファニーはたまらない気持ちになった。
「いいえ。喜んで。」
うまく笑えているだろうか。嬉しい気持ちと、自分ではない女性への好意を見てしまって、とても平静ではいられない。
「では。」
差し出された手に、ファニーの手を重ね、二人は歩き出した。
(うわー!うわー!ホントに?これ、夢じゃない?いや、夢みたいなもの?)
手を引くキールの後ろ姿を見ながら、反対の手でなんとなくほほをつねってしまう。途端に、足元がおろそかになり、少しよろめいてしまう。
「大丈夫ですか?」
振り向かれて、あせる。
「い、いいえ?」
「星がきれいですよ。」
二人はバルコニーに出ていた。キールの言う通り、雲ひとつない夜空に星がいくつも瞬いている。
「本当。こんなにきれいに見れることって、あんまりないわ。」
自然と顔がほころんだ。と、口調が崩れてしまって慌てて口を押さえる。
「そのままでいいよ。俺も堅苦しいのは疲れる。」
キールが微笑み、ファニーも思わず微笑んだ。
「今日は一人でここに来たの?」
「そうじゃない予定だったんだけど、そうなった。」
「ふられた?」
複雑な気持ちを隠して、からかうように言えば、キールが苦い笑いを浮かべた。
「どうかな。そこまでもたどり着けてない気がする。」
「そうなの?」
「なんでかな。うまく伝わらないんだ。」
伏せられた緑の瞳に、ファニーのこころがチクりと痛む。
「片思いなの?」
「そう。」
キールには片思いの相手がいた。初めて聞く内容に、鉛を飲んだような気持ちになる。話題を変えたくて、あまり考えずに関係ないとを口にした。
「そういえば、最初、誰?って言ったわね。こんな場所であんまりじゃない?」
「本当だ。でも、思わず言っちゃって、しまったって思ったよ。」
「私の顔にびっくりした?」
「・・知り合いに似てたんだ。」
ファニーとキールの共通の友人にこんな美しい女性はいなかった。この間の妖精の石の少年のことを言っているのだろうか。それとも、ファニーの知らない誰か。
「片思いの相手。」
気づくと、キールがこちらを見つめていた。苦しいような、切ないような、だけど熱い何かに追いたてられているような顔。
「とても、綺麗だ。」
「え、・・キー・・」
(なに言ってるの?)
うろたえて、素がでそうになる。
「あ、いたいた。フェリア、ちょっと来てくれないか。」
ウイルドが少し離れたところから呼んでいた。ファニーがキールの方を向くと、先ほどとは違う、優しげな笑みを浮かべていた。
「時間をくれてありがとう。」
「こちらこそ。楽しかったわ。」
動揺を隠すようにファニーも笑う。さっきのはなんだったのか、聞いてはいけない気がした。
「片思い、うまくいくように祈ってるわ。じゃあ、これで。」
もうキールの顔は見ることができず、ファニーはウイルドの方へ足を向けた。
「ああ。ありがとう。」
お礼の声に手を振ることもできずに、ファニーは足早に遠ざかる。キールに思われると、あんな顔を向けられるのか。ファニーの知らない顔だった。
(望みが無いって知ってた。・・でも、こんなに違うのね。)
ウイルドがファニーを呼んだのはギルドの関係者への紹介だった。美しい姿は魔道具によるものだと、ウイルドがうまく宣伝してくれる。向こうもぜひ来てくれないかと熱心に言ってくれた。
(仕事を認められて、嬉しい。)
だがファニーの頭の中からは、ずっとキールの顔が張り付いて離れなかった。キールから恋されると、あんな風なのか。片思いの相手は誰だろう。今の姿のように美しい人なら、噂くらいは聞くことができるだろうか。
(絶対私には向けられない、気持ち。)
せめてもう少し人並みにきれいだったら、こんな美しい髪色だったら、瞳が宝石のような色なら違ったろうか。
ファニーはやるせない気持ちのまま、どこか上の空で家にたどり着いた。
ペンダントをはずし、ドレスを脱いで、髪をほどく。いつもの服に着替えて、いつもの姿見の前に立った。いつもの、灰色の自分が映っている。
(ああ。夢は終わったんだな。)
明日は早速引っ越すことにしていた。もうキールには会わない。そう決めている。
(もうこんな、苦しいことはなくなる。)
我知らず服の胸元を掴んでいた。こんな痛みも苦しさも、きっとゆっくり消えていく。誰かと幸せになったキールを、喜んであげられるようになったら会いに行こう。
(好きだったなあ。)
今晩だけは、好きなだけ泣こう。
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