2.妖精の石の美少女
魔術師は、魔力を理解し、操る才能。魔道具師は理論的に魔力を理解し、組み立て、作り上げる才能。
どちらも魔術の才能だが、性質はかなり違う。ファニーは、典型的な、才能ある魔道具師だ。
魔術の書物を読むのが全く苦にならない、どころか面白くて仕方なく、いつまでも読める。魔道具作成は作ってみて、成否をみて、やり直してを何度も繰り返す作業だがこれも、熱中しすぎて食事や睡眠を忘れるほど好きだ。
ファニーは、今レアアイテムを手に加工とやり直しを繰り返している。はっきり言って、アイテムと自分の手と頭しか感覚にない。
妖精の石は不思議な、魔道具師としては大変不本意な表現だが、不思議な石だ。ファニーはまず、幻を発現する機能を増幅させるために、石を特殊な硝子のカプセルに入れて、中を魔術効果のある薬液で満たした。定番の処理である。
薬液を変えたり、カプセルに魔術を乗せることで魔術アイテムの力を引き出すのだ。
(変化に規則性がない。)
力の強い、と言われている薬液をいれるほどに普通は効果があがるはずだが、弱いものをいれた方が反応があったり、かといって弱いから反応が強いわけでもない。
妖精の石の加工について書物を調べたが、ごくわずかな情報しか書かれていない。レアアイテムにはままあることで、加工方法を手にした人間がその知識に価値をつけるために、一般書物には書かないのだ。
(トライアンドエラーをやり続けるしかない。)
それでもどうも、植物系の薬液が良さそうだということはわかってきた。
(これは最後に取っておいたんだけど・・。)
ファニーは手持ちの中で1番希少価値の高い薬液を手にした。ちょうど二度、カプセルに薬液を満たしたらなくなる量。
(月の涙。失敗したらもう手に入らないだろうな。)
魔術アイテムと合わせると、薬液が変質してしまうことがよくある。それでも1番見込みのありそうなそれを、ファニーは諦めることなどできない。前の薬液を除いたカプセルにゆっくりとそれを入れていく。
(お願い。)
祈るような気持ちで、カプセルを見つめた。するとカプセルの向こう側に人の形の幻が現れた。蜂蜜色の髪、薄い水色の瞳、すらりとした高い背に、整った美しい顔の男性。
(できた!しかも注文の『男性』だわ。まるで本当に実在してるみたい。それに薬液も変質していなさそう。)
ほっとしてカプセルの蓋をし、一旦効果を弱める魔術符を貼る。次にもうひとつの石を同じようにカプセルに入れて、月の涙の薬液をそそぐ。
(こちらも、男性なのね。)
今度は淡い金髪に濃い青の瞳、さきほどより若干華奢な美少年のようだ。
「おい、いるか。」
「いきなり扉を開けないでよ。」
振り向くとキールがいた。
「うおっ。誰だそれ。」
「妖精の石の幻よ。」
「・・すごい美少年だな。」
「そうね。本当に妖精みたい。」
思わずうっとりとした声がでる。妖精の石、という希少アイテムの神秘に胸が震える思いだった。
「お前みたいな冴えない女でも美少年にはうっとりするんだな。いや、冴えないからか。」
「・・うるさい。」
思わず声が固くなる。
「けど、ちょっと今回の依頼の想定と違うな。もうちょい、年上の方がありがたい。」
「もうひとつは、そういう感じよ。そっちを仕上げて返す。・・なに?」
じっと見られている気がして、キールを見ると目があった。
「いつにも増してひどい顔だな、と。」
「これでやっと休めるの。・・帰って。」
「そうするわ。目処もたったしな。」
肩をすくめて出ていくキールが、扉を閉めた途端に力が抜けた。
(お前みたいな冴えない女、か。)
蓋をしていないカプセルを思わず握りしめた。そうしていないと落としてしまいそうだった。金髪の美少年の幻が歪む。
(わかってたわよ。でも実際言われるときついな。)
灰色の髪がはらりと前に落ちた。うつむいて、カプセルを顔の前で握りしめる。
キールを好きな女子や、値踏みしてくる男子にいやと言うほど言われてきた。冴えない、ブス、老婆みたいな髪・・。
(わかってる。わかってるから。)
傷つくなんておかしい。泣くなんて変だ。
「う、ううううー。」
でも涙がとまらなかった。ほほを何度も伝う涙の一滴が、するりとカプセルに落ちた。ファニーには気づけないその瞬間、カプセルが光った。
(え。)
思わず、涙が止まり目を見張る。
(どうして。)
目の前にいたはずの、金髪の美少年は色彩をそのままに美少女になっていた。
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「ありがとうございました。」
店員の挨拶を背に、ファニーは洋服店を出た。店員の勧めるままに買った、濃紺だがたっぷりとレースを使った流行のドレスを手に下げている。
ファニーはおしゃれが嫌いである。何を着ても鏡を見るとあまりのみすぼらしさにがっかりしてしまうのだ。普段ならもっと地味なドレスを買うのだが、今回は試してみたいことがあった。
家に着くと、棚から妖精の石が入ったカプセルを取り出した。ネックレス状になったそれは、あの後さらに加工して、幻が装備者の表面にあらわれるように調整してある。
同じように二つ作って、ひとつはもうキールに渡してある。
ファニーは買ってきたドレスに着替えた。濃紺の上質な生地は、肌触りがよく、上品なレースが首回りや胸元、フレアー部分を飾っている。
(素敵なドレスだわ。)
最後にネックレスを下げ、ドレスの内側に隠す。そして、姿見を覗いた。
(すごい!)
そこには上品なドレスをまとった、淡い金髪と青い瞳の美少女がいた。
(妖精みたいだわ。)
ニッコリと微笑めば、鏡の中の美少女が部屋の雰囲気まで明るくするようだった。
二つの妖精の石の幻を確認したあの日、現れた美少女の姿に驚いたものの、ファニーはそれもキールに渡すもの同様に加工することに決めた。
(一度くらい、美しい姿でキールの前に立ってみたい。)
うっとりと見つめてくれるだろうか。優しくしてくれるだろうか。想像するそれは最高の思い出にできそうだった。
(思い出ができたら、それで終わりにしよう。)
身を隠すギルドのあてはついていた。例のウイルドの紹介だ。ウイルドの親がひいきにしているギルドに入ってくれるならと、喜んで斡旋してくれた。
親にはたまにこっそり会いにいけばいい。キールだって仕事をしているし、頃合いを見ておけば、そうそうばったり会うはずもない。
(いいものをくれてありがとう。キール。)
仕事さえあれば、きっと最初は辛くてもやっていける。ファニーは視界がにじむのをこらえつつ、ドレスを脱いだ。そのまま箱に戻して見えないように棚の奥に隠す。
「何してんだ。」
「・・っ!いきなり入ってこないで!」
正しい抗議のはずなのだが、キールは気に止めた様子もない。
「ドレス、用意したか?今晩だぞ?」
「・・した。ちゃんと覚えてる。」
「そうか、ならいい。・・?」
不意にキールが近づいた。ほほにキールの手が添えられ、ファニーは心臓が止まりそうになる。こちらを見つめる緑の瞳に、吸い込まれそうだ。
「な、な、なに?」
「泣いたのか?」
「・・!泣いてない!離して!」
はたくように添えられた手を振り払う。
「だよな。びびったわ。」
「目に染みる薬液のガスがちょっと入っただけ。」
「気をつけろよ。どんくさいんだから。」
どんくさくて、冴えない、キールの子分。だけど今晩だけは違う。
「そうね。ちゃんと行くから、もう帰って。」
目を合わせずに、ファニーは言い放った。
「あのさ・・、また・・。」
「帰ってって言ってる!疲れてるの!」
どぎまぎさせられたこと、お別れを決めていること、それらがファニーのなかでぐちゃぐちゃに混ざって、強い言葉になった。
「わかった。またな。」
さすがのキールも分の悪さを感じたのか、黙って出ていく音が聞こえた。
(こんなのも今日でおわり。今日でおわり!)
胸の中で何度も呟く。けれど、今日はなにも悪くないキールに当たってしまった苦さは消えなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。