1.灰色少女の片思い
番外編と合わないところを少しなおしました(2021.3.1)
ファニー・マーズは腕の良い若手魔道具師である。丁寧かつ、緻密に作られるその魔道具は評判がよい。
しかし同時に全くその姿を見せない魔道具師である。特定の店に作ったものを卸すだけで、特殊な注文もその店を通して書面でのやりとりに限られる。
「いつもそう言ってるのに、なんで直接くるのよ。」
「あ?うるせーよ。書類で注文とかマジで面倒なんだよ。」
ファニーの小さな一人暮らしの家兼工房にどっかりと腰を下ろすのは、キール・コールディ。ファニーの幼なじみで、王国内有数の魔術師で、エメラルド色の髪と瞳のイケメンだ。
「店で店員に説明してくれればいいのよ。代理で書いてくれるわ。キールだってそんなことわかってるでしょ。」
「うるさい。」
キールは自分のことを子分か何かだと思っているんだろう。いつもこんな風に偉そうにわざわざやってきて、難しい注文をしていく。
ファニーは灰色の髪と瞳の青白い顔の冴えない女子だ。昔からこのキラキラした幼なじみに引け目を感じている。
「はー。もういい。さっさと注文内容を教えて。」
「・・ファニーのくせに。お前は最初っから、そう言ってりゃいいんだよ。」
注文は、隠避系の魔道具。妖精の石といくつかのアイテムを組み合わせ、魔術を乗せることで装備者を別の姿に見せるというもの。
「妖精の石なんて仕入れが難しいわ。まずはそこから・・。」
妖精の石、というものの実際には妖精は関係ない。希に洞窟の奥深くで発見される、不思議な光彩を放つ白い宝石だ。妖精の石、と呼ばれるのはその石が一定の角度で見たときに、妖精のような美しい人間の幻を見せることがあるせいだ。
「ほら。これ妖精の石。」
ファニーの前には希少価値の高い妖精の石が、無造作に二つ置かれた。魔術品という他にコレクターもいるこの宝石は高価だ。
「レアアイテムをそこらの石ころみたいに扱わないで。」
「いきなり妖精が表れるような高級品じゃない。」
細いが確かに男性のものである指が、白い石をつつく。
「ひとつは報酬だ。たまたま二つ手に入ったんだが、現金がない。売ってもいいんだが、そう手に入らないからな。魔道具師なら、嬉しいだろ。」
「それにしたって、ちょっと多いわよ。」
「言っただろ。高級品じゃないんだ。男性の幻を装備者に被せる魔道具を作って欲しいんだが、このままだと何も出ない。どちらかに男性が出るか確認して加工してくれ。」
つまり二つとも途中まで手を入れて、どんな幻が出るか見て欲しいということだ。手間がひとつ作るよりかかる。
そもそも幻がうまく出るかもあるが、それをなんとかするのは楽しそうなので黙っておく。
「どっちも女性だったらどうするの?」
「そうしたら、一度考え直す。どっちにしてもひとつはやるよ。」
失敗に終わっても報酬はもらえるらということか。
「どのくらいで、見極められる?」
いま急ぎの仕事はない。すぐに取りかかれるが、扱ったことのない、レアアイテムだ。ひとつひとつ組み合わせ、反応を見ないといけない。
「二週間欲しい。」
「わかった。十日な。」
自然に期限を巻かれ、ファニーは悲鳴をあげる。
「めちゃくちゃだわ。」
「なんとかしろよ。妖精の石を渡してるんだから。」
こちらの返事を聞かずに、キールはさっさと出ていく。
「ちょっと!」
呼び掛ける声も虚しく、扉が閉まる。思わず、深いため息が口をついた。ファニーがキールの頼みごとに甘いのを見抜かれている気がする。いつもこうして、やや無理めな頼みごとを好き勝手に頼まれる。
(私って本当・・、キールに弱腰だわ。)
部屋にある人の背丈ほどの姿見を見る。鏡は高価だが、女の子だからと一人暮らしをするときに親からプレゼントされた。
そこに映るのは、灰色の髪をざんばらに伸ばした、青白い顔の少女だ。十八歳という年齢の女性が持つ可愛らしさや、華やぎはない。
(自分に魅力がないのはわかってる。)
キールとファニーは二人とも平民だ。それぞれの才能によって、優秀だと認められ王立学校に通い、ファニーは魔道具師に、キールは魔術師になった。
家が隣で、王立学校に通える子供などごく少数だという環境もあり、二人はずっと家族ぐるみの付き合いだった。
(なんで好きなんだろ。)
気がついたらキールのことを好きになっていた。容姿も、才能も注目を浴び、女の子から異様にもてる幼なじみ。
ファニーはずっとキールから、子分のようにぞんざいな扱いをうけており、たぶん女の子だと思われていない。
(いつか、誰かと幸せそうにしているキールを見るとか無理。)
そう思って、一人立ちすると王都に近い家を借りて、一人暮らしを始めた。苦しい片思いから逃げ出したかったからだ。それなのにああしてちょいちょいキールは家にやってくる。
(嬉しい、でもこれじゃ意味ない。)
幸い無駄遣いもしないし、無理めな注文だがキールはそのぶん気前よく支払いしてくれるのでお金は結構貯まっている。
(有名で情報秘匿に厳しいギルドに入ろうか。)
難易度が高い魔道具作成をし、素材も希少なものを取り扱う魔道具師が集まっているギルドがいくつかある。そういうところは入るのにそれなりの金銭を納めなければならないが、代わりに資金豊富な顧客や希少素材の伝手があり、魔道具師も秘密保持を徹底しなければならず、ギルドが居所などを隠してくれる。
(あちこち相談してみよう。)
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「よう。進みはどうだ。」
「できたら連絡するから、ここには来ないで。」
依頼から、わずか数日でキールがやってきた。ファニーはしかめ面で出迎えたが、キールは気にする風でもなく中に入ってくる。
「ほら、お袋さんから差し入れだ。どうせろくなもの食べてないんだろ?」
「・・ありがとう。」
作業に集中していたせいか、うまく焦点があわない。目をこすりながら、なんとかお礼を口にする。
「ひどい顔だな。」
「生まれてからずっとこの顔よ。それより、用が済んだなら帰って。誰かさんの決めた期限に間に合わせるのに大変なのよ。」
「そんなこと言ってほっといたら、腐らせるだろ。お袋さんからは、食べるところまで見てきて、が依頼だ。」
ファニーは押し黙った。反論できない。そもそも、期限どうこうよりめったに触れないレアアイテムの加工で、熱中していた、という割合が強い。
「ほら。座れよ。」
言う間にどんどんとテーブルに母のお手製とわかる料理が並べられる。
「また、キールの分もあるの?」
「手間賃だ。当たり前だろ。」
キールが母からの差し入れを持ってくるときは、いつも二人分ある。そういえば、小さいときからキールはうちによくご飯を食べに来ていた。ファニーの母親の料理が好きなんだろうか。差し入れを持ってくるのは、それが目当てかもしれない。
家の料理は食べると懐かしく、加工で飛んでいた頭が、だんだんと現実に戻ってくる。
「お前さ、来月のウイルド主宰のパーティー来るの?」
「?なにそれ。」
「いや、招待状来ただろ。・・・・あの中か?」
キールが指差したのは箱に立てられた手紙の束。
「あー、そうかも。発注がほとんどだから手紙は大体ああして、手が空いたら古いのから順に開けるのよね。」
「卒業して一年近く経つだろ。ウイルドが跡取りとして御披露目しつつ、王立学校での多彩な人脈を見せびらかすから是非来てくれって。」
ウイルドは二人の同級生だ。親が大商会をやっていて、その跡取りだと在学中から言っていた。ひょろりとした高い背と細い目の持ち主で、初対面だと気のいい男子に見えるが、なかなか抜け目のない男だった。
「へえ。ウイルドらしい。」
「お前、来いよ。」
「やだ。」
「お前を連れてくるって、ウイルドからもう報酬もらってるから来い。」
言うなり、流れるように手紙の束から一通取り出し、ファニーの前に置いた。
「勝手なこと言わないで。私、ドレス持ってな・・」
「知るか。なんとかしろ。稼がせてやってるだろ。」
「知らない人と話せな・・」
「馬鹿馬鹿しい。一人立ちしたんだろ。そのくらいこなせ。」
「仕事がいっぱいだし・・」
「数時間パーティーに出る時間も割けないのか、無能。」
欠席の口実がすべて食いぎみに否定されていく。ファニーは、口をパクパクさせて、・・黙るしかなかった。
「・・わかった。」
「わかればいい。」
キールは鼻を鳴らした。始めからそう言っていればいい、と顔に書いてある。
「用は済んだ。帰るわ。」
また、キールはこちらの返事を待たずに家を出ていく。少し待ってから、ファニーは大きく息を吐き出した。
(パーティー・・ドレス・・)
我知らず、姿見を見た。何度見ても冴えない自分がそこにいる。そういう華やかな場所にひとつもいい思い出がなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。