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あなた(29)と私(16)、背中合わせ~大切な気持ちの伝え方~  作者: 黎明煌
第一章「大切な道の探し方」
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08 「あなたにお礼を」

 自室の姿見の前で、一人難しい顔を浮かべる。


「(ちょっと違う……)」


 そう思い髪の後ろに結んでさげている紐状のリボンをほどく。もうこれで五本目だったが、なんだかこうしっくり来ないのだ。

 壁掛け時計に目を向けるとお昼過ぎ。そろそろ出発予定の時間であり、あわあわと気が急いた。


 新藤優という男性と出会ってから、既に一週間以上が経過していた。

 溜め込んでいた胸の内を吐露した夜。あの後、終電を逃していた愛はタクシーで自宅のマンションまで送ってもらっていた。彼も「心配だ」と付いてきてくれていた

 その時に彼は別れ際にこう言ったのだ、「困ったことがあればいつでも来い」と。


 この一週間は当初思っていたよりも心穏やかに過ごすことができていた。

 逃げ場がある、いつでも相談できる相手がいるというのは些か以上に心の支えになっていたのだ。


 そして休日の日曜日。おそらく日曜は彼も休みで自宅にいるだろうと思い、感謝の気持ちを伝えるべく準備を進めていたのだ。

 土曜の内にクッキーも焼いておいた。甘いものが大丈夫かはわからなかったので、甘さは少し控えめにしたものだ。

 別にお菓子作りが趣味というわけでもないが、大事な感謝の気持ちを既製品で済ませるのはなんとなく嫌だった。

 そうして準備万端に当日を迎え、いざ着替えようとした時にふと思ったのだ。どういう格好で彼に会うべきなのだろうかと。

 初めて会った夜は学校からそのままだったので制服だった。でも今日は日曜だし、制服で出歩くのは変だろうか?でも私服姿で独身男性の部屋に行くというのもなんだか……いやでもそれを言ったら制服姿の方がアウト?

 そう考え出すと止まらなかった。果たして彼にとって、そして自分にとっての最適解がどこなのか。

 あぁでもない、こうでもないと姿見の前で一人ファッションショーをする内に、いつの間にか出発予定時間が迫っていたのだった。


 そうして色々と悩み抜き……なにやってるんだか、と息を漏らした。


 別に感謝を伝えるだけだというのに、何をこんなに考えているのだろう。玄関先でありがとうと伝えてお菓子を渡すだけだ。

 そんな色気のあるような関係でもない。ましてやそんな……で、デートをするとかそういうのじゃありませんし?あ、でも、もしかしたら晩御飯に誘われちゃったりするかも……ってそうじゃなくて!

 うぐぐと頭を抱える。相手は三十路手前のおじさんだ、冷静になれと自分に言い聞かせる。

 それに、あの人には心の中に大事な人がいるみたいだし――


「……」


 少し、もやっとした。いやだからそうじゃなくて……


 結局、学生の正装である制服に着替えた。上着も着るし、これなら当たり障りないだろうという判断からだった。

 ただ、いつもつけているリボンはちょっぴり大人っぽい黒色にした。

 そして笑顔を姿見の前で浮かべる。彼曰く、「これは大人のエゴだが、子どもは子どもらしく明るい表情を浮かべているのが一番だ」らしい。


「笑った顔の方が可愛いじゃねぇか、暗い顔より何倍もいいぞ」


 そう言って、あの夜の笑顔を褒めてくれたのだ。それから、たまにこうやって笑顔の練習をしている。まだぎこちないが、及第点といったところだろう。


 いつかは、彼が満点をつけてくれる笑顔も取り戻したい。


 そして最後の確認をする。クッキーよし、服装よし、笑顔よし。

 上着を羽織り外に出る。玄関の鍵を閉め、何人かの住人と引っ越し業者の人にきちんと会釈をしながら、弾むように駅への道を少女は駆けていった。




 そうしてあの日を辿るように電車に乗り、うろ覚えながらも彼の住むマンションに辿り着いた。彼に肩を貸しながら昇った階段を進む。いきなり吐いたときは本当にビックリした。

 ドアの前に立つ。少々ドキドキしながらも、意を決したようにインターフォンを押した。押してから慌てて服装や前髪を直す。クッキーを渡したらあの人はなんと言うだろう。ありがとう?頑張ったな?一緒に食おうぜ?

 悶々と考えながら待つが……ドアが開く様子はない。日曜だから寝ているのだろうかと思い、申し訳ないとは思いつつも、もう一度インターフォンを鳴らした。

 しかし、無反応。出掛けているのだろうか。確認しようにも、連絡先は交換していなかったのだ。あの日の夜はスマホの充電も切れていたし、名刺に書いてあるだろうと思っていたのだが、会社の電話番号しか記されていなかった。

 

 途方に暮れていると、隣の部屋から若い女性が姿を現した。こちらを見て、「あら」と声をあげる。


「新藤さんにご用?」


 迷ったが、正直にこくりと頷く。しかし、隣人と思われる女性は「困ったわねぇ」と頬に手を当てた。どういうことだろうか……?

 首をかしげてみせると、女性はこう言ったのだ。


「新藤さん、この前引っ越しちゃったのよねぇ」


「……」


…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?


えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?


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