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あなた(29)と私(16)、背中合わせ~大切な気持ちの伝え方~  作者: 黎明煌
第二章「大切な年末年始の過ごし方」
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08 「あなたの変化」

 家路を急ぐ。

 その途中で木から降りられなくなった猫を助けたり、お婆さんの荷物を持ったり、迷子を交番に預けたりもした。

 以前は、誰かを助けたことでユイに一歩近づいたという充実感があった。

 しかし、今はその充実感よりも焦燥感の方が勝る。


 愛が、家で待っているからだ。


 思えば、愛と出会ってから自分も色々変わった。

 仕事と人助けで疲れて帰り、酒を飲んで寂寥感を誤魔化す毎日。もちろんやりがいはあったし、感謝をされると嬉しさもあった。自分はユイとの約束を果たせているのだという実感もあった。


 ただ、少し退屈だった。


 だが愛と出会ってからというもの、考えることは彼女のことばかりだ。

 朝起きると彼女が近くにいる。昼にはたまにメッセージが届く。夜には一緒に晩ごはんを作ったり、テレビを見たり遊んだりして穏やかな時間を過ごす。

 前までの自分の心にはユイしか住んでいなかった。しかし今では、別の少女のことが思い浮かんでしまうのだ。

 彼女を喜ばせたい、笑顔にさせたい、失ったものを取り戻してあげたい。

 彼女が笑顔を浮かべるたび、日々の疲れなんて吹き飛ぶ。思えば、こんな心休まる時間などここ十年とっていなかったかもしれない。

 そんな彼女が、『早く帰ってきてくださいね』と言ったのだ。急がない理由がない。例えそれが急がせる意図のものでなくても、優は無性に愛の顔が見たくなったのだ。

 

 マンションの前に辿り着く。自分と愛の部屋がある方向を見る。先程の写真ではわからなかったが、どうやら料理は優の部屋で作っていたようだった。優の部屋から灯が漏れている。

 階段を一気に駆け上がり、ドアの前に立つ。部屋は明るく、換気扇からシチューのいい香りが漂ってくる。

 帰る部屋が温かい光に満ちているのが、こんなに安心できるものだということを、優は久しぶりに思い出していた。

 いまだ愛にどんな顔で会えばいいのか分からない。だが、大事なものは内側の部分。それを今夜、なんとか伝えようと思っていた。


「はぁ……はぁ……」


 ここまでノンストップで走ってきたため身体が熱い。だが正直助かる。落ち着いているとテンションで乗りきれそうにない。

 優は高揚したテンションもそのままに、彼女の待つ部屋のドアを開けた。


「今帰ったぜー!!」


 いつものように高いテンションを心がけ叫びながらドアを開ける。

 するとキッチンの方からパタパタとスリッパを鳴らす音が近づいてくる。そういえばいつ彼女はスリッパを持ち込んだのか……彼女の私物もこの部屋にそこそこ増えてきた。

 ひょっこりとドアの隙間からこちらを覗いた後、スケッチブックを抱えながらこちらに近づいてくる。書かれた文字は『お帰りなさい』だ。

 いつも通りの一連の流れ。しかし、今朝から続く愛の献身はまだ終わっていなかった。

 愛がにこりと笑ってお辞儀をした後、指をまずピッとキッチンの方に向けた。


 ご飯にしますか?


 続けてピッと風呂場の方に向けた。


 お風呂にしますか?


 そして少しもじもじした後、顔を赤らめながらも笑みを浮かべ遠慮がちにこちらに下から両手の平を向けた。


 それとも、ハグ?



 ――優は弾けた。



「お前じゃああああああああああああーーーーー!!!!」

「!?」


 テンションが天元突破した優は愛をお姫様抱っこし、居間にダッシュで滑り込むとグルグルとメリーゴーランドのように回りだした。


「~~~!?」


 愛もこれにはたまったものではなく目を回した。そんな愛を見て優はいつものようにケラケラと笑っている。

 しばらく回り、愛を下ろす。完全に目が回ってしまった愛はフラフラと覚束ない足取りだ。

 そんな危なっかしい愛を、後ろから支えるようにして肩をもつ。


「――すまないな、こういう反応しかできないんだ」


 後ろから聞こえた声に、愛はピクリと肩を揺らす。


「無駄に年食っちまったからな、こう素直になにかを伝えるのは恥ずかしくなっちまうんだ」


 だからこうして顔を見せないように後ろから話している。不器用な男と笑わば笑え。


「でもな、愛。愛には本当に感謝してる。お前は俺に助けられたと思ってるんだろうが、助けられてるのはむしろ俺の方なんだよ」


 充実感はあるが退屈な人生。それでいいと思っていたし、これからもそうなるのだと思っていた。

 しかし、彼女が思い出させてくれた。本来人生というのは面白いものなのだと。温かいものなのだと思い出させてくれたのだ。ユイがいなくなった灰色の世界で、色のなかった世界が色づいて見えるのだ。


 休憩が必要だったのは、俺だったのかもしれない。


「だから、まぁその……ありがとうな愛」


 そう言って遠慮がちに優は愛の頭を撫でる。昨日彼女がしてくれたように。少しでもこの胸の大切な気持ちが伝わるように。

 しかし、愛は優の手を取り上げた。

 一瞬嫌だったのかと思ったが、愛は穏やかな表情でこちらをチラリと見た後、背中から優の胸に倒れこんできた。


「おっと」


 ぽふ、と受け止める。愛はコロコロ笑いながら、優の手をシートベルトのように肩から自分の身体に回す。包み込むように。

 腕に力を少し入れると、じんわりと温かいものが流れ込んでくる気がした。

 二人は無言でお互いの体温を感じる。それだけで、様々なことを伝え合う。


 言葉なんてなくても、大切な気持ちは伝わるものなんだな。


 優は彼女の温もりを確かに感じながら、そっと目を閉じた。


 その後、彼女が作ってくれたシチューを食べ、穏やかな時間を共に過ごした。

 たまに顔が合うと、お互いにはにかみ、寄り添い合う。

 今朝感じていたような気まずさは、既にどこかに吹き飛んでしまっていた。


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