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あなた(29)と私(16)、背中合わせ~大切な気持ちの伝え方~  作者: 黎明煌
第二章「大切な年末年始の過ごし方」
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04 「侵入する私」

「(うぅ、来て……しまいました)」


 後ろでガチャリと閉まるドアの音を聞きながら、愛は罪悪感に苛まれていた。

 手の中には銀色の鍵。今朝、自分の手で植木鉢の下に戻したものだ。

 この鍵を使うのはいつものこと。しかしそれは、優がこの部屋に帰ってきている時だけのことだった。


「……」


 手の中の鍵を見る。初めて会ったときも、この鍵を使って自分は彼の部屋を開けた。そして彼と再会した後も、変わらずこの鍵はドアの前の植木鉢の前に隠されている。自分に隠し場所がバレているのにもかかわらずだ。

 一度『不用心ですよ』と言ったことがある。すると彼は、


「場合によっちゃ鞄を海に投げ捨てることもあるからな、スペアは家の近くに用意しておきたいんだ」


 と言ってケラケラ笑っていた。一体どんな場合なのか……


 優としては彼女を信用しているつもりで鍵の隠し場所も変えず、彼女の鍵の使用についても特に何も言わないのだが、さすがに不法侵入は愛の良心を咎めた。


『(ごめんなさい新藤さん)』


 彼は謝られるのは苦手と言っていたが、さすがにこのときばかりは心の中で謝っておいた。

 きっといいプレゼントを選んでみせますから……


 普段から笑顔を貰っている彼に少しでも何かを返したい。


 その一心で、彼女は居間に続くドアに手をかけた。

 

 ドアを開け、広がっているのは彼の居住スペースだ。このマンションは洋式でフローリング張りになっているのだが、彼は一部に畳を敷いて炬燵を出している。「日本人の冬は炬燵に決まっとるやろがい!」とは彼の弁。和風が好きなのだろうか……?

 心の中のメモ帳に『和風』の項目にチェックを入れておいた。


 続いて視線を壁際にやる。寝室に入りきらないタンスが鎮座している。そういえば服の趣味はどうでしょうか?思えば彼の私服を見たことがない。休みの日でも彼はスーツ姿だった。曰く「選ぶのめんどいし、これならどこにでも行ける」とのことだ。

 愛はふむ、と顎に手をやる。

 ――服をプレゼントして一緒にお出かけというのもいいかもしれない。

 自分が選んだ服を着て街を一緒に歩く彼を夢想する。ありですね……

 愛は彼の服の趣味を探るべく適当に選んだタンスの棚を引き……


「!!」


 スパァン!と勢いよく押し込んだ。その顔は真っ赤に染まっている。彼女は顔をブンブンと振るが、視界に焼き付いた色とりどりの布地が消えてくれない。

 最初に開けた棚の中身は彼の下着でいっぱいだった。

 いくら彼が風呂上がりに下着一丁で歩き回ろうが、朝の着替えを見慣れていようが、こうも大量のパンツがいきなり目の前に現れてしまうとなると話は別であった。それになんだかタンスの中の大量の下着を見てしまうと、なんだか自分が下着を漁ってる変態さんみたいで嫌だった。


「(このタンスはやめておきましょう……)」


 やはり服の趣味を探るならクローゼットだ。愛はつかつかと意味もなく早歩きでクローゼットの前に移動する。ここなら下着が大量に詰まっているということもあるまい。

 愛は深呼吸してから、よしとクローゼットを開け放つ。そこには……


「(……スーツしかありません)」


 まさかここまでとは。ちょっと引いた。

 愛は心の中のメモ帳に『スーツ狂い』と赤ペンで書き、そっとクローゼットを閉じた。


 気を取り直し、愛は視線を一度大きく巡らせる。彼の部屋には基本的な家具が揃っている。本棚もあり、多くは昔流行った漫画などが収められていた。愛もたまに読ませて貰っている。

 問題は周辺の家具の上だ。そこには、妙な物が置いてあることが多かった。

 なんでも「お礼で貰ったんだが置き場所がその辺にしかなくてな」とのことで、どうやらこれらは今まで助けてきた人たちからの貰い物のようで、正直統一性はない。彼の趣味で買ったというわけでもなく、参考にはならなさそうだった。簡単に手に入るようなものではなさそうなものもあるし。

 ――御札が貼られた刀や人形のようなものも雑に置いてあるが、いわゆる『本物』でないことを願いたい。確かめる勇気はなかった。


 妙なもの、といえば。愛は寝室に移動しベッドを見やった。

 そう、ベッドの下である。そこは男のロマンが詰まっている聖域。私の父もよく何かを隠していたようで、たまに母にばれてはハリセンで叩かれていた記憶がある。


「――」


 愛はゴクリと喉を鳴らす。自分もさすがに高校生となり、男性のベッドの下にどのような物が隠されているのかくらいは承知していた。


 見るのか?下着でさえ真っ赤になってしまう自分が?


 ぐぬぬと頭の中で唸る……でも彼の女性への嗜好は是非とも知っておきたいところだった。

 愛は天を仰ぎ、先ほどより大きく深呼吸をしてからベッドの前に正座する。意味もなく『それでは、失礼して……』と手を合わせベッドの下に手を入れた。

 まぁわかりませんし?そんなもの彼が所持しているとは限りませんしありましたね。

 指の感触を頼りにベッドの下から引き出す。紙袋だ。入っているものは重さからして雑誌のようだった。

 この中に……愛はワナワナと震える指を押さえ込み、数分迷った後、ついにその雑誌を紙袋から引き抜いた!


「――」


 そこに広がっていた光景は――裸だ。一面の肌色。はじける笑顔で二人の人間が組んずほぐれつしている。それもビーチでだ。照り返す日差しに健康的な肉体が眩しい。きっと大多数の男性達はこの肉体美に釘付けになってしまうに違いない。


――写っている人間が二人ともムキムキのマッチョメンでなければ。


「……」


 愛は静かに瞳を閉じて雑誌を紙袋に入れ、ベッドの下に戻して立ち上がった。

 見なかったことにしましょう。私は何も見ませんでした、いいですね?


 無表情で居間に退避した。崩れ落ちた。彼のことがわからない……


 キッと目線を鋭くして、今まで避けていた場所に目を向ける。

 そこは押し入れだった。押し入れなどプライベートの塊。さすがにはじめはやめておこうと思っていたが、こうなってはもはや破れかぶれであった。

 ここであれば彼の嗜好の一端程度はわかるはずだ。そう信じる。信じたい。

 ままよ!と愛は勢いのまま押し入れに手をかけ、今度こそ勢いよく開け放っ――


「――!!」


 すぐに閉めた!

 愛は顔を覆ってしゃがみ込んだ。なんか目が合った気がする……何が仕舞ってあったのか?私からはとてもこの中にあるモノを形容することができません……あれは見てはいけないナニカです。


 ――いけません、この部屋はパンドラの箱です!


 愛は恐れおののいた。あまりにもあんまりな状況に目眩さえする。私はもしかしてヤバい人に助けを求めてしまったのでは?

 ぐらりと視界が揺れ、思わず彼の仕事用机に手をついた。

 その拍子に机に並べられていた本がいくつか倒れてしまった。いけない、戻しておかないと私がここにいたことがバレてしまう。

 愛は散らかってしまった本を元に戻す。しかしその本の中から――


 ハラリ、と一枚の写真が落ちてきた。


「?」


 愛は落ちてしまった写真を拾い、裏返す。その写真には、一人の女の子が写っていた。


「(綺麗な人……)」


 腰まで届く長い黒髪に、優しそうな笑みをたたえた顔。写真を撮っている人をよほど信用しているのだとわかる笑顔だった。

 問題は少女の格好と撮った場所であった。

 その少女はパジャマを着てベッドの上に腰掛け、腕には点滴をつけていた。一面真っ白の壁の室内で、場所はおそらく病院だった。

 だが――だがそれよりももっと愛の関心を引いた物があった。それは彼女の左薬指に輝く――


「(これって――)」


 愛はある種の確信を持って写真を眺める。いつも優が身に付けている左薬指の指輪。今まで気になっていたが、デリケートな問題だろうと思い聞けなかった。


「(まさかこの人が――)」


 ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。私は今、彼の大切な物に触れているかもしれないという事実が愛を緊張させる。早く戻さなきゃと思いつつも、その写真から目が離せない。彼女の思考はもはや目の前の写真でいっぱいいっぱいだった。


 ――だから、その気配に気づけなかった。


「コーホー・・・・・・コーホー・・・・・・」

「!?」


 後ろから何かが聞こえてきた……息づかいのような何か。愛の後ろにあるのは玄関へと続くドアだ。そこから何者かの気配がする。


「……」


 その者は何も声をかけてこない。自分が振り向くのを待っているようだった。正直振り向きたくない。だが愛に選択肢は残されていなかった。


「――」


 意を決し、ギギギと油の切れた機械のようにゆっくりとぎこちなく愛は後ろを振り向いた。そのドアの隙間には――


「――May the force be with you」

「!!??」


 ――ドアの隙間からこちらを覗くガスマスクをつけた何者かがいた。


 何事ですかーーーーーーーーーーーーーー!?


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