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あなた(29)と私(16)、背中合わせ~大切な気持ちの伝え方~  作者: 黎明煌
第二章「大切な年末年始の過ごし方」
13/38

01 「あなたと私のいつもの朝」

 ピンポーン

 チャイムの音とともに目覚めるのが最近の習慣になりつつある。

 ガチャリ

 ついで勝手に鍵を開けて新藤宅に入ってくるのも最早突っ込む気にもならない。

 最近気づいたことだが、人間が出す音にはいろいろな感情が篭っている。例えば今、寝室に続く廊下を歩いている少女の足音。いつもはパタパタと機嫌よさげに軽快な音を立てているが、今朝はなんだかおとなしめ。何か考え事でもしているのだろう。

 こういった風に、足音一つ取ってもその人の考え方や個性が現れる。彼女と隣人付き合いしはじめてからわかったことだ。彼女は彼女で、喋れないわりに多弁なのだ。

 そうして優の寝室に辿り着いた隣人の少女……橘愛はベッド脇に腰掛け、まだ寝転がったままの彼の肩を静かに揺らす。毎朝恒例の行事だ。


「あと五十年……」

「……」


 むにぃっと、頬をつねられる。ふざけているのはこの口ですかと言わんばかりだ。


「じゃあおはようのベーゼを……」

「――」


 スパァンとハリセンのいい音が鳴った。チラリと見えたハリセンに踊る文字は『セクハラ禁止』


「初めて会った時は男をハリセンでしばき倒す子じゃなかったのに……」


 ぼやきながら体を起こす。あくびを噛み殺し「おはよう姫さん」と挨拶して隣を見ると、ハリセン片手にコロコロ笑いながら愛が座っていた。

 確実に悪い影響を受けている……誰から?俺から。

 彼女と隣人関係になってからもう一週間ほど経つが、勿論はじめの頃は彼女なりに遠慮ばかりしていた。勝手に家になんて入ってこなかったし、何かモノを言うにしても黙って結局我慢する。自分の欲を出すのが苦手なのだ。

 そんな彼女の姿を見続けた優が講した対策は、ひたすらボケ倒すことだった。道化を演じ、こいつに遠慮するのはバカらしいと思わせる……優がよく使う、初めて会った時の手口と一緒だった。

 口を開けばバカを言い、ボケられそうな物があればそれでボケた。はじめは遠慮がちに笑うだけだった彼女も、いい加減慣れて受け流すようになり、そこからさらに突っ込みをこなし、その極致で編み出したものが彼女のハリセンだった。なんでこうなった……

 なんでも彼女曰く『紙だからなにか書いて叩くのにちょうどいい』なのだそうだ。芸人かな?


 優はよいしょと立ち上がり、寝巻きを脱ぎながら、


「朝飯作るか、何がいい?」


 と問う。男の生着替えの前にお年頃の少女は……特になんの反応もない。うーん、と頬に指を当ててメニューについて想いを馳せている。

 というのもこの男、居間に誰がいようが風呂上がりにパンツ一丁で出歩くのだ。もちろん愛もその被害に合いスケッチブックに大きく『訴訟』と書いて抗議した。しかし優はケラケラ笑いながらこれをスルー。まさに道化であった。ハリセンが生まれるのもさもありなん。

 着替え終えて愛の方を見る。結局、彼女はにっこりと笑みを浮かべながら両の手の平をこちらに差し出した。


「おまかせか、へいへい了解しましたお姫様」


 彼女の笑顔は練習のおかげかかなり自然な感じになってきていた。まだまだ満点をあげることはできないが、正直言ってかなり可愛い。最高。愛ちゃん大勝利。クラスの男子はほっとかないに違いない。あらやだおじさん心配になってきたわ。

 彼女が取り零したものを取り戻す手助けをすると決めたのは自分だが、まさか彼女の笑顔にこんな罠が仕掛けられているとはな……

 優は難しい顔をしながら、キョトンとする愛を連れて寝室から出た。



「新藤三分クッキーング!!」

「!?」


 顔を洗い、身支度を整えた優は唐突に叫びだした。目が覚めたのだろう。裸の天使がくるくる踊っているようなBGMもスマホから流れている。

 彼が唐突に何かしだすのはいつものことだが、叫ぶのはビックリするのでやめて欲しい。

 というか、彼の格好もスーツから調理服にコック帽へといつの間にかフォームチェンジしている。さっきの着替えはなんだったんだろう……

 手を布巾で拭いながら、優は朗らかに「それでは」と言い――


「まず服を脱ぎます」


 なんで!?

 突っ込む暇もない愛に「いや動きにくいわこれ」とケラケラ笑いながら慣れない調理服を脱いで元のスーツ姿に戻っていく。ボケ倒すなら最後までして欲しい。

 好き勝手にボケを挟みつつ優はフライパンを熱し卵やベーコンを焼いていく。手の空く間にレタスをちぎり、鍋に水を張って味噌を溶く。いつものオーソドックスな朝食メニューだ。

 今朝の朝食は優が作っているが、食事を作る当番は特に決まっておらず適当だ。その時の気分によって変わり、愛が作る時もあるし二人で協力して作るときある。

 手の空いている時の愛は、後ろから彼の肩に顎をのせながら調理の様子を眺めるのがお気に入りだった。こういったスキンシップも増えてきた。離れたところからできるコミュニケーション手段をあまり持っていないため、こういう直に触れ合うコミュニケーションの方が安心できるのだろう。


「姫さーん、ご飯よそっといてくれ」


 肩でこくりと頷き、てててとステップを踏んで炊飯器の方に向かう彼女を見て複雑な気分になる。両親が亡くなる前は、きっとああやって甘えていたんだろうな……少しでも彼女の心労が軽くなればいいのだが。

 二つの茶碗に白いごはんを盛って居間の炬燵机に運ぶ彼女を見て、優は彼女をもっと笑顔にしてあげたいと思った。


「いただきます」


 炬燵に向かい合わせで座りながら両手を合わせて思い思いに朝食を摂る。

 テレビを点けると、ちょうど運勢占いをしていた。一位は愛で、優は最下位だった。愛は小さくグッと拳を握り、優は胡乱げな眼差しでラッキーワードを見る。『急がば回れ』らしい。

 まぁ別にいいと優は思った。自分がトラブルに巻き込まれるというのはつまり、トラブルが発生した人を助けられるということなのだから。むしろ朗報だった。

 と、半眼でテレビを見ていると頬に視線を感じた。じぃっと愛が優の方を見ている。何か考え事をしているようだが、どうしたのだろうか。そういえば朝の足音もどこかいつもと違ったような。それに朝食の間も、占い番組以外の時はどこか上の空で視線が部屋の方にいっていたような。まるで何かを探すみたいに。


「どうかしたか?」

「……」


 じぃっと見つめる瞳を慌てて隠し、愛は露骨に目をそらした。怪しい……しかし愛の口を二つの意味で割ることはできないので、優は「まぁいいけど、何かあったら言えよ」といい味噌汁を飲み下すしかなかった。


 一緒に皿洗いをし、優は仕事、愛は学校に行く時間となった。玄関先で上着を着て靴を履いて外に出る。いい天気だが、今日も冷えそうだ。


「今夜はどうする?」


 鍵を閉めた後、植木鉢の下に鍵を隠す愛に問いかける。最早あの鍵は、愛専用になりつつある。


『私は少し遅くなるかもしれませんから、晩ご飯は一緒に作りましょう』

「そうか、奇遇だな。俺も少し遅くなるかもしれん」

『わかりました』

「……」


 そう書き残してスケッチブックを鞄にしまう愛を横目に見る。そんな優を愛もどこか観察するようにして見る。何かを探るように。

 少しの間の後「……行くか」と言い、並んで歩き始める。いつも通りの穏やかな朝。

 いつもと少し違うのは、家に飾られるイルミネーションが綺麗なことや、店頭からご機嫌な鈴の音色が聞こえたりするくらいだった。

 そう、クリスマスが数日後に迫っていた。


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