第36話 アヤネ
そんなこんなで昼飯を食べ終えた俺たちは、会計を済ませるべく入口――レジカウンターへと向かう。
どうでもいいけど、この世界のレジって見た目はタッチパネルなんだよなぁ。なんだか自分で押したくなる。
なんて事を考えつつ、レジカウンターにやってくると、フリッツさんと和装の女性と話をしていた。うーん、ここまできっちりとした和装を身に纏っている人とか、ルクストリアではまったく見かけないから、なんだか珍しい感じがするな……。アカツキ料理を作るフリッツさんですら、普通のシェフみたいな格好をしているし。
珍しさのあまり、そのまま眺めていると、和装の女性がこちらに気づき、「あ、すいませんどうぞ」と言ってレジカウンターから離れる。どうやらレジ待ちをしていると思われたようだ。
うーん……この人がどういう人なのか気になるけど、かといって問いかけるのもどうかと思うので、そのまま伝票をフリッツさんに手渡し、別の事を口にする。
「フリッツさん、ごちそうさまでした。会計と……あと、出来ればめんつゆを売って欲しいのですが……」
「あ、やはりそちらをご所望になられるのですね。アカツキの方が、色々な場面で醤油やめんつゆを使うというのは、私も把握しておりますので、店で使っている物とは別に、販売用の物をご用意してありますよ。少々お待ちください」
フリッツさんはそう言って、棚から『めんつゆ』と書かれたラベルの貼られている瓶を取り出して来る。
うーむ……醤油はたしかに良く使うが、めんつゆはそんなに良く使うだろうか?
と、一瞬思ったものの……よく考えたら、とりあえずめんつゆを使っておけばOK! みたいな料理も結構あった事を思い出した。
……というより、朔耶の奴が困った時は大体めんつゆで解決していた……と、言うべきかもしれないけど。
「やや薄めにしてあるので、そばやうどんに使うのでしたら、そのままでも大丈夫ですよ。……ところで醤油の方は必要ありませんか?」
「え? ……あー、そうですね。せっかくなので、そっちもください」
まあ、アリーセの家にも醤油はあるみたいだが、どうせだから買っておこう。今後、使うかもしれないし。
「ありがとうございます。――こちらが醤油になります」
そう言って、今度はめんつゆのあった棚から『醤油』と書かれたラベルの貼られている瓶を取り出してくるフリッツさん。ふーむ……これはまた随分と濃そうな醤油だな。
「ちなみに、食事代の方は別々にお支払いしますか?」
「いえ、面倒なので一括でいいですよ」
「わかりました。そうしますと……食事代とこちらの2本込みで、6800リムになりますね」
俺は支払いを済ませると、めんつゆと醤油の瓶を次元鞄に押し込み、先に外に出ていった5人の後を追って店を出る。
「あ、来た。それで……僕の支払いはいくらかな?」
ジャックが財布を取り出しながら、俺に尋ねてくる。
「ん? 今日は俺の奢りでいいぞ」
「え? 本当に? いいの?」
驚きの表情でそう言ってくるジャック。
……他の皆も「え?」っていう顔をしているな。
「ああ。ちょうど、昨日と今日で魔獣討伐の報酬が結構入ってるからな。あと、クスターナの人間と知り合えた記念って事で」
まあ、実は報酬額がいくらなのか知らないんだけど。
「うわぁ、それは嬉しいな! でも、奢られてばっかりじゃあれだから、ソウヤがクスターナ……というか、ランゼルトに来た時は、逆に奢らせてもらうよ!」
「良い場所を紹介する」
喜びの声を上げるジャックに続く形で、短くそう告げてくるミリア。
他の3人も嬉しそうな顔をしている。
「ああ、それは楽しみだな。ランゼルトに行く事があったら是非頼む。――ところで、ふたりはこの後どうするんだ?」
「一旦、エメラダ様の所に戻るよ。もう少ししたら、会食も終わるだろうしね」
俺の言葉に、そう返してくるジャック。
……そう言えば、会食があるとかアーヴィングが言っていたっけな。
「ふむ……。じゃあ、ここでお別れだな。次に会うのは来月の式典……か?」
そう俺が言うと、
「その前に、どこかでばったり出会うかもしれないけどね」
「それはありそう。ルクストリアには、たまに買い物に来る。百貨店が便利」
ふたりはそんな事を言ってきた。
うーむ……。シャルロッテともあっさり再会した事を考えると、たしかにどこかで遭遇しそうな気もしなくはないな。
「あ、エメラダさんに、昔のようにたまには家に遊びに来てくださいと伝えていただけますか?」
と、アリーセ。……はて? 知り合いなんだろうか?
「あれ? エメラダ様と面識あるの?」
俺の思った疑問を、代わりにジャックが聞いた。
「ええ。市長になられる前は、年に1回か2回来ていらっしゃったんですよ。……エメラダさんは、私のお母様の友人ですし」
そう答えるアリーセ。
ふむ、アリーセの母親の友人なのか。……って、そう言えばアリーセの母親の事、今まで全然気にしていなかったけど、見た事ないよな。
……気にはなるけど、聞いて良いものなのだろうか?
今まで一度も見た事がないという事はおそらく――
「なるほど、そうだったんだ。わかった。しっかり伝えておくよ」
「任せて。このバカが忘れても、私がちゃんと伝える」
「いや、忘れないから!」
「……こないだ忘れたばっかりなのに?」
「うっ! いや、あれは……」
なんていうジャックとミリアの会話に笑うアリーセ。
……まあ、今は聞かなくていいか。
◆
――ジャックとミリアを見送った俺たちは、この後どうするかという話になった。
「そうねぇ……。私はやっぱりグランフェスタ劇場の『幻影舞台』というのが気になるんだけど、あれのチケットとか、当日じゃ無理……どころか、かなり先まで埋まっているわよねぇ……どう考えても」
「うん、少なくとも半年は無理。うん」
シャルロッテとロゼがそんな事を言う。
そういや、アルミナでも話題になったっけな。グランフェスタ劇場。
せっかく首都に来ているのだし、観てみたい物だが……。まあ、無理だろうな。
「ソウヤさんは、どこか行ってみたい場所ありますか?」
「うーん、そうだなぁ……。空港が少し気になっているけど、ちょっと遠いよな」
アリーセに対してそう言うと、アリーセは少し考えた後、
「たしかにちょっと遠いですね……。ディーグラッツ自体はさして遠くないですけど、空港となると少し離れているので……今からですと、行って帰ってきたら夜中になってしまいますね」
と言ってきた。まあそうだろうなぁ……
うーむ……
「あの……すいません」
悩んでいると、そんな声が後ろから聞こえてくる。……うん?
振り向くと、そこにはフリッツさんと話していた和装の女性が立っていた。
「えっと……先程、フリッツさんと話されていた方ですよね? どうかしましたか?」
「その……貴方様はアカツキ皇国の出身だとお聞きしました。もしお時間があればで良いのですが、他のお三方とご一緒に、少し相談に乗っては戴けないでしょうか?」
そんな事を言ってくる和装の女性。
ふむ……どうやら俺たち4人に相談したい事があるみたいだな。
「……という事らしいけど……」
俺は3人に向かって言う。
「せっかくですし、話を聞いてみましょうか」
「ええ、そうね」
「うん」
3人共、話を聞く事に肯定らしい。
「こちらは問題ないので、構いませんが……」
俺がそう言うと、和装の女性が、
「あ、ありがとうございます! 助かります!」
と、お礼の言葉を述べながら、頭を深々と下げてくる。
……そこまで頭を下げる程の相談というのは、一体何なのだろうか……?
◆
そんなわけで、和装の女性――アヤネさんというらしい――に案内されて表の通りに構える店へとやってきた俺たち。
「これは……着物? って、こっちは巫女装束か。なんだか、見た事のある物が並んでいるな……」
店の中には、まさに和風――というより古い日本の衣服のようなものが、所狭しと置かれていた。
「あら? これはたしか、アカツキのモノノフが着ていたものね。特にこの上着の柄、とても好みだわ」
「ああ、それは着流しだな。そっちのは袴。んで、その柄は市松模様って奴だ」
シャルロッテが見ている物について説明する俺。
「このドレスみたいな物ですけど……凄いですね。布が何層にもなっています。あ、このゆったりとした袖、なんだか良いですね」
「あー、それは十二単衣だな……。たしか、かなり重いはずだ」
アリーセに言いながら、なんでこんなものまであるのだろうか? と思う。
「ん、じゃあこれは?」
ロゼが真っ黒い服を指差す。……なんだ?
近づいてよく見てみると、それは、忍者が活動する際に良く着ている装束だった。
「ああ、これは忍装束だな。どうしてこんなものまで……?」
「うん? シノビ?」
「一昨日の夜、屋敷の敷地内に侵入してきた女みたいな奴の事だよ」
「うん、なるほど。たしかにこんなのを頭に被ってた。うん」
俺の説明に納得したロゼが、横の棚に並べられている簪を見始める。
妙に真剣に見ているが……気に入ったんだろうか?
「ん、この髪飾りみたいなの、上手く使えば隠し武器になりそう。うん」
……真剣に見ていた理由が何だかおかしい気もするが、まあロゼだしな。
それよりも、だ――
「ここは、もしかして……?」
アヤネさんの方に顔を向け、そう言葉を投げかけると、
「はい。お察しの通り、ここはアカツキ製の衣服やアクセサリーを取り扱っている衣料品店です。もちろん織物も扱っていますよ」
という、予想通りの答えが返ってきた。
「なるほど……。どれもこれも良い品物ばかりだと思いますが、相談事というのは?」
俺がそう問いかけると、アヤネさんは言い淀んだ後、意を決したかのような表情で、口を開く。
「えっと……その……ですね、実はほとんど売れないんです……。これらの品が……」
服と言えば……ソウヤの出番です。




