第35話 ジャック&ミリアとのランチタイム
外で待っていた5人を呼び、座敷へと向かう俺たち。
「ああそうか。アカツキって靴を脱ぐんだっけね。一瞬、なんでこんな所に段差があるんだろうって思ったよ」
「あやうくそのまま上がりかけた。ここで靴を脱げばいい?」
座敷に上がる所で、ジャックとミリアがそんな事を言ってきた。
どうやら、こういう様式は見慣れていないようだ。
……と思ったが、よくよく考えるとこの大陸の様式ではないので、どちらかというと見慣れている俺たちの方が、レアな存在か。
「ああ、そこで靴を脱いで上がればいいぞ」
「了解」
俺の説明を聞いたミリアが、履いているロングブーツを、やや苦労しながら脱ぎ座敷へと上がる。
軍人用のロングブーツだけあって、簡単には脱げないようになっているらしく、ジャックも同じように脱ぐのにやや苦労していた。
「わぁ……。凄いですね、この部屋! 床が全て畳です!」
「いやまあ、そりゃそうだろうさ。座敷だし」
興奮気味のアリーセにそう返しつつ、そう言えばアリーセの家で畳だけの部屋ってなかったな……と、思い出す。
「これだけの畳、どこから手に入れてきたんでしょう……」
「これは、ディーグラッツで家具商をしている知り合いの所で買ったものですね。アカツキの家具も扱っているので」
アリーセの疑問に、いつの間にかやって来たフリッツさんが、ちゃぶ台の上に湯呑み――中に入っているのは、ほうじ茶っぽいな――を置きながらそう答える。
……っていうか、なんでちゃぶ台? まあ、6人が余裕で座れる大きさだし、バーンとひっくり返すのは無理な大きさなので、特に問題はないのだが。
まあそもそもの話、ちゃぶ台をひっくり返したいなんて思うようなのは、俺たちの中にはいないだろうけど。
「なるほど、そうだったんですね。お父様がこの場にいたら、間違いなく飛んで行っている所です。……ちなみに、その家具商というのは?」
などと問いかけるアリーセ。
飛んで行きはしないものの、ちゃっかりと家具商について聞き出すあたりは、親子だと言えなくもないな。
「――内装が全面的にアカツキ風になりそうね。あと玄関も」
シャルロッテが俺にそう言ってきたので、俺はそれに肯定の言葉を返し、首を縦に振った。
まあ、日本人の俺からすると、それはそれでありだと思うけどな。
「こちらがメニューになっています。決まりましたらお呼びください」
フリッツさんはメニューを置いてそう言うと、そのまま去っていった。
というわけで、俺たちは適当に用意されていた座布団に座り、メニューを見る。
「うーん、どういう食べ物なのか想像が付かないな……」
「同じく」
完全に始めてなジャックとミリアは、俺に対しそう言ってきた。
他の3人は、アカツキ料理にそれなりに馴染みがあるようなので、特に問題はなさそうだ。
「とりあえず、肉にしよう」
「麺にする」
そんな事を言い、ジャックは豚の生姜焼きに、ミリアはわかめうどんに、それぞれ決めたようだ。
ちなみに、ロゼは肉そばに、アリーセとシャルロッテは焼き魚定食にしたらしい。
俺は、しばらく食っていなかったトンカツにした。カツ丼ではない。
米とカツは別々に食べたいからな。
というわけで、早速注文をする俺たち。
そのまま適当に雑談をしていると、5分ちょっとで全ての料理が運ばれてきた。
一昨日も思ったけど、さすがはランチタイムだと言うべきなのか、出てくるまでが早い。
「同じ豚肉なのに厚さが違うんだね」
「まあ、生姜焼きは薄いのが定番だからな」
ジャックが俺のトンカツと生姜焼きを見比べて言う。
っていうか、結構分厚いな、このトンカツ。ミルフィーユトンカツとか言ったっけか……ともかく、あんな感じで薄切りのが重なっているようだ。
「ああでも、その分、数はこっちの方が多いかな」
トンカツは大きいままではなく、食べやすくするために6つに切り分けられている。
対して、生姜焼きの方は結構な量が積まれている。これまた多いな。
ちなみにこのトンカツ、ソースだけではなくおろしポン酢……と思わえる物や、塩、カラシもついている。要するに好きなように食べられるという事だな。
というわけで、折角なのでそれぞれで食べてみるが、個人的にはポン酢が最良だな。
なんというか……油を使った料理でありながら、口当たりの良さ……というのもなんだか変な気がするが、ともかくこう……すっきりさっぱりあっさりした感じがたまらない。
それでいて、しっかり漬けてもトンカツの衣のサクサク感が消えたりしないのも素晴らしいな。
ううむ……これほど料理に関する語彙力が欲しいと思った事はないぞ。
と、頭の中でそんな感想を述べていると、
「んんっ、この箸という物がなかなか難しい」
という声が聞こえてきた。
声の方に視線を向けると、箸で苦戦しつつうどんを口に運ぶミリアの姿があった。
そんなミリアに対し、
「ん、それは啜って食べるのがいい。うん」
そう言って器用に箸を使ってそばを啜るロゼ。
「なるほど」
ミリアは短くそう返すと、ロゼの真似をし始める。
それにしてもこのふたり、どことなく喋り方が似ている気がするなぁ。
一瞬、聞こえてきた声が、ロゼなのかミリアなのか分からなかったし。同じ種族だから……なのか?
「まあ、ミリアは不器用だからねぇ……」
「………………」
「あ、ちょっとっ!? それ僕の肉! しかも、なんか掴むの上手くない!?」
無言でジャックの皿から生姜焼きを掴み、口に放り込むミリア。
ジャックの言う通り、今の動きだけなんだか妙に洗練されていたな。なんというか……流れるような動きだったぞ。
「まったく……」
と言いながら、こちらは上手く箸を扱うジャック。何気に器用なようだ。
「ふたりとも、始めてでそれだけ使えれば十分な気がするわよ」
「そうですね」
と、箸を使って魚の骨を取り除きながらふたりに言うシャルロッテとアリーセ。
このふたりは、日本人と遜色ないレベルで扱っているな。ある意味さすがと言うべきか。
「ありがとう」
「そうかな? ありがと」
そう礼を述べるふたり。
ジャックが生姜焼きを口に運び続け、一区切りした所で、
「――うーん、それにしても、アカツキ料理って始めて食べたけど、なかなかいいね。クスターナに帰ったらアカツキ料理を出している店を探してみようかな」
なんて事を言った。ふむ……よほど気に入ったみたいだな。
「専用道路が開通すれば、ルクストリアまで2時間かからない。レビバイクで来ればいい」
「ああ、たしかにそうだね」
ミリアの言葉に頷き、そう返すジャック。
「ん? 普段はランゼルトに住んでいるのか?」
「そうだよ。今の盟主――エメラダ様はランゼルト市の市長でもあるからね」
なるほど。市長が盟主を兼任しているっていう事なんだろうか?
と、そう思っていると、
「クスターナ都市同盟の盟主は、都市同盟に加盟している都市国家の市長から選ばれるんですよね。それでたしか、4年ごとに盟主となる市長――というか都市国家が変わるという仕組みでしたっけ」
そんな風にアリーセが言う。
「そう。さすがはアーヴィング閣下の娘さん。詳しい」
ミリアが頷き、そう答える。
「エメラダ様は4年前に盟主となられたから、今年で任期終了となるね。そうしたら僕らも護衛武官ではなくなるんだけど」
と、ジャック。どうやら護衛武官というのは、盟主によって変わるようだ。
「多分、レビバイク専用道路が出来るから、そこの保安要員になる」
「そうだねぇ。十中八九、間違いないと思うよ。式典でもあそこを走るし」
「って事は、ふたりも来月の式典に?」
ふたりの話を聞き、気になった俺が問いかける。
「うん。もちろん護衛役としてだけどね。道路を走行するデモンストレーションにも参加する予定だよ。……っていうか、『も』って事は……ソウヤも?」
「ああ。ふたりと同じ護衛役としてな。もっとも、俺は式典全部じゃなくて、デモンストレーションの方のみだけど」
ジャックに対し、そう答えると、
「ん。私もそのデモンストレーションに参加する。うん」
そんな風に言うロゼ。
「あ、ちなみに私は、出発地点で見送る予定ですね」
アリーセが付け加えるように言ってくる。
「この中だと私だけ、その式典に参加しない形になるわね」
「え? 参加したいんですか?」
「いえ、そういうわけじゃないんだけど……」
「わかりました! 参加出来ないか聞いておきますね!」
「え、えっと……別に参加したいというわけじゃ……」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ!」
シャルロッテとアリーセが、なにやら若干噛み合っていない会話をし始める。
ただまあ、なんとなくだけど……シャルロッテの方が折れて、結果的に話が噛み合う事になりそうだな。
「随分と押しが強いなぁ……ある意味、アーヴィング閣下の娘さんらしいけど」
「あー、普段はそうでもないんだけど。時々あんな感じで勢い良く話し出すんだよなぁ……。何がスイッチなのか、さっぱりわからないけど」
苦笑気味のジャックに、俺はそう言葉を返して肩をすくめる。
っていうか、なんかシャルロッテに対してだけ、妙に押しが強い気がするんだよなぁ……。アリーセの好きな魔法探偵シャルロットのモデルだからだろうか?
ああでも、俺の活躍――自分で活躍っていうのもあれだけど――を話す時も、勢い良く話すよな、アリーセって。しかも、なんか大幅に誇張されるし。
うーん……よくわからんな。
トンカツって、一緒に出てくる(もしくは先に出てくる)キャベツも美味しいと思います(何)




