第30話 ナノアルケインと封門陣
――シャルロッテから聞かされた話は、想定以上に酷い話だった。
「つまり、シャルロッテの一族は、巫覡――霊力持ちを攫って来て、その人たちに毒を与え、その毒で変質した血を特殊な呪具で吸い出して、それを紋章という形で取り込んでいた……と」
「ええ。成功率は大体2割ってところみたいね」
俺に対して、そう言葉を返すシャルロッテ。……残りの8割は死ぬ、と。
とんでもない……というより、狂ってやがるな。
霊力持ちも毒で死に、取り込んだ方も死ぬ。死体の山じゃねぇか……
シャルロッテは自分の一族に対して悪感情を抱いている部分があるようだと有飯の前に思ったけど、これなら納得だ。
「そして、私の絶霊紋は儀式が不完全だったから、こうして術式自体が、まるで生きているかの如く暴れ回るのよ。……まあ、儀式が最後まで行われていたら、脳の中を色々と弄られていただろうから、結果的には不完全で良かったのだけど……」
そう言った所で、腕から生えている形の蛇が消え去った。
「どうやら霊力を充填出来たようね。使っても使わなくても再充填されるんだけど、今日は使いすぎたせいで、いつもより長かったわね。ソウヤが錠剤を取ってくれなかったら、長々と激痛に耐える羽目になっていたわ」
「あの錠剤って、鎮痛薬か何かなのか?」
「そうよ。と言っても、かなり特殊な奴でね。この暴れる術式を抑えつける術式が組み込まれた超小型ゴーレムの集合体よ。まあ、すぐに死滅してしまうのだけど」
なんて事を言ってくるシャルロッテ。
……超小型ゴーレム? それって――
「ふーむなるほど……一種のナノマシンか」
「そうそう、ナノマシンを改良した奴ね。ナノアルケインっていうのよ」
ついうっかり口をついて出た言葉に、同意を示してくるシャルロッテ。
……ナノアルケイン? アルケインってどういう意味だっけか……
「……違う! そうじゃないわよ! 何、口走ってんのよ、私は! ――そ、そもそも、ソウヤはどうしてその言葉を知っているのよ!?」
シャルロッテが、何やら慌てふためいた様子で問いかけてくる。
さて、どう答えるべきか……
「あー、里の本で読んだ事があるんだよ。ナノマシンっていう物について解説している良くわからない本をな。まあ、あの時はそんなものがあるのか、って思うくらいだったんだけど、まさか現物をお目にかかる日が来るとはな」
とりあえずそんな感じに返してみる。
「相変わらず、色々とぶっとんだ里ね……。もしかして、りゅ――」
と、そこまで言った所で、口を右手で塞いだ後、「……いえ、さすがにそれはないわね」と呟くシャルロッテ。
……りゅ? シャルロッテは何を言おうとしたんだろうか……。気になるな。
まあ、問いかけても教えてくれなさそうだが、今の感じだと。
「とにかく……これを飲めば、激痛は抑えられるわ。いつもなら激痛が走り始めた瞬間に飲むんだけど……今日――正確には昨日だけど、アリーセと話した後、うっかり寝てしまって気づいたら数秒前だったわ」
「しかも、それが入った箱は次元鞄に入れっぱしだった……と」
「まあそういう事ね。まったく……とんだ失態を晒したわ」
そう言ってため息をつきながら、首を横にふるシャルロッテ。
「っていうか、それって先に飲んでおいたら駄目なのか?」
「術式が展開されている状態で投与しないと意味がないのよね、これ……。先に飲んでおいても効果が発揮されるようになれば最高なんだけど、そういう風にするのは難しいらしいわ。というのも、先に飲んでおくと、抑制術式を回避しようと絶霊紋側が自動で術式を変更してしまうのよ」
「なんだよ、そのとんでもない術式は……」
そう呟くように言って、こめかみに手を当てる俺。
「正直、呪いよ、呪い」
シャルロッテは肩をすくめ、そんな風に言った後、軽くため息をついてから再び解説の言葉を紡ぎ始める。
「――まあそれはともかく、そんな感じだから、結局痛みが走ってからもう一度飲む羽目になるのよ。しかもナノアルケイン側も、変更された術式に対応するために、抑制術式の再調整を行う都合上、普通なら十数秒で痛みが治まる所が、3倍近い時間を要するようになるから、単純に痛い思いをするだけになるわ」
言い終えた所で、遠い目をするシャルロッテ。
……ああ、これは実際に先に飲んでみた事があるっぽいな。
「それにしても、こんな物を作れる人ってどんな人なんだ……?」
「んー、魔煌技術から古代技術まで、古今東西色々な技術に精通している凄い人なんだけど、俗世と関わるのは嫌だとか言って、普段はどこかに隠れ住んでいて、誰も居場所を知らないのよね。ただ、時々用事でルクストリアに来る事があるから、追加の錠剤はその時に受け取っているわ」
「なるほど……。なんだか凄そうな人だな。一度会ってみたいもんだ」
「そうねぇ……。まあ、いずれ会える時が来るかもしれないわね……。もっとも、会える時が来ない可能性もあるけど……」
俺の言葉に対してシャルロッテは、なぜかそんな歯切れの悪い返し方をしてきた。
ふむ……。まあ、隠れ住んでいるくらいだから、なるべく他人と接触したくない、という考えの人なのかもしれないな。だとしたら、会うのは難しいかもしれない。
そんな事を考えていると、シャルロッテが腕――絶霊紋のある辺りに左手を添え、
「それはそうと……絶霊紋の詳細については、アリーセたちには秘密にしておいてくれるかしら? あんまり話すべき内容じゃないし、余計な気を使わせるのも悪いし。貴方は実際に見てしまったから、仕方なく説明したけど……」
と、そんな風に言ってきた。
「あー、まあ……そうだな。――わかった。アリーセたちには言わないでおくよ」
まあ、ディアーナには言うと思うが、シャルロッテの言うアリーセ『たち』の中には含まれていないだろうし、もしかしたら何か良い解決策があるかもしれないからな。
「――さて、それじゃもう大丈夫そうだし、俺は部屋に戻るとするか」
「……あ、透視で覗くのは止めてね?」
「お、おう……」
どうやら気づかれていたらしい。どうやって気づいたのかはわからないが、今度から注意しよう。
……って、別に覗きたいわけじゃないだろ! 何を注意するんだ、俺!
◆
翌朝――
朝飯を食べ終え、学院へと向かうアリーセとロゼを見送った俺が、午前中はどうしたものかと思案しながら縁側を歩いていると、庭で何かを描いているシャルロッテの姿が見えた。薄緑のシャツと緑のミニスカートという格好のせいか、若干自然と同化している気がしなくもない。
その近くにはスーツ姿のアーヴィングがいるので、おそらく、例の封門陣とやらを展開するつもりなのだろう。
気になって良く見てみると、シャルロッテによって描かれていたのは、曼荼羅のような物だった。まあ、さすがにあそこまで細かいわけではないが……
今描いている物以外にも、同じ物が既に3つ描かれており、封門陣とやらが随分と複雑な陣である事がわかる。
しばらく眺めていると、4つ目を描き終えたらしいシャルロッテが、アーヴィングと何やら話をした後、地面に手をつくのが見えた。どうやら描くのはこれで終わりのようだ。
と、その直後、周囲の曼荼羅のような物が、一斉に様々な色の光を放ち始める。
おお、なんだか凄いな! ……でも、霊力の方は大丈夫なのか? あれ、確実に霊力を使ってるよな……
などという心配をよそに、光が一際強くなる。
それからしばらくすると光が弱まり始め、そのまま光は完全に消え去った。
同時に、描かれていたはずの曼荼羅のような物も、全て跡形もなく消え去っていた。
もしかして失敗したのだろうか?
そんな事を思っていると、アーヴィングと話をし終えたシャルロッテがこちらへとやってきて、言葉を紡ぐ。
「とりあえず、これで大丈夫なはずよ」
ふむ……。どうやらあれで成功らしい。なら、別の事を聞くか。
「霊力の消耗は大丈夫なのか?」
「ええ、全く問題ないわ。あれは見た目が派手なのと、描く手間がかかるだけで、霊力の消費は大した事ないもの。それはそうと、ソウヤは午前中はどうするつもりなの?」
「あー、実は特に何も考えてなくてな。どうしようかと思っていた所だ。……シャルロッテの方は?」
「私は討獣士ギルドに行ってみるつもりよ。昨日のサージサーペントの出現を考えると、魔力スポットの調査依頼とか魔獣討伐依頼とかが出ている可能性があるし、あの地下洞窟での話を伝えておいた方がいいわ」
「ああ、たしかにそうだな。だったら俺も行くよ」
そう告げて、討獣士ギルドに行く事にするのだった――
アルケインは、秘術とか魔術的な物を指す言葉です。
要するに、ナノマシンの魔法生物版という事ですね。




