第28話 魔法とうどんと飛行艇
「か、回復術の事は置いておくとして、回復系の魔法がないのは何でなんだ?」
変な方向に向いてしまった話の流れを戻す俺。
「戦闘に使われる魔法っていうのは、大元を辿れば、害獣が魔煌波を操って放ってくる特殊な攻撃手段を、古の魔道士が模倣した所から始まっているのよ。で、あくまでも攻撃手段であって回復手段ではないから、魔法は攻撃系と弱体系が大半で、他には自身の身体能力を強化する物が少しあるくらいなのよ」
「へぇ、なるほどな……。そう言えばクシフォスっていう人物が、特定の魔煌波で魔石の有する魔力を変化させる事で、古の魔道士の魔術式を再現した……とかなんとか、昔読んだ本に書いてあったな」
昔読んだ本っていうか、ディアーナから渡された例の本に書いてあった内容だが。
「たしか、統一帝国のクシフォス帝が、魔石に魔法――調律された魔煌波を当てる事で、魔力を変化させ、それを魔煌回路に使うという、それまで誰も考えた事のなかった技法を編みだすまでは、魔煌回路が脆すぎて戦闘用魔法に耐えきれなかったんですよね?」
アリーセが俺とシャルロッテの会話に加わってきた。
ってか、クシフォスって魔煌博士と書いてあったけど、統一帝国とやらの皇帝でもあったのか。
「ええそうね。クシフォス帝は、複数の金属鉱石を混ぜて作る合金を見て、魔石でも同じ事が出来ないかと考えたそうよ。で、試行錯誤の末、魔石に魔法を当てる事で、魔力が変化するという現象を発見し、そこから戦闘用魔法に耐えられる強固な魔煌回路が生み出される事となった……というわけね」
「ん、学院でもそう習った。だから、ちょっと気になって、霊力を魔石に流してみた、うん。そしたら、魔石が砕け散るだけだった、うん」
シャルロッテの話を聞いていたロゼが、そんな事を言った。
「霊力と魔力は相性が悪いから当然そうなるわね」
シャルロッテがロゼの方を見てそう告げると、アリーセが納得顔で言う。
「ああ、あれ握り潰したわけじゃないんですね。魔石を握り潰すとか、何がしたいのかと思っていましたが……」
「む、私はそんな意味不明な事しない、うん」
「……唐突に湖に飛び込んだりするようなロゼにそう言われても、説得力に欠けるんですが……」
心外そうな顔をするロゼに対し、アリーセがそう言ってため息をつく。
一体何をやってるのやら……。たしかに、ため息をつきたくなるのも分からんでもないな。
「そんな事もあったな……。懐かしい」
アーヴィングは、なにやら感慨深げにそう呟くと、シャルロッテの方を向き、
「それにしても、シャルロッテさんは随分と魔煌技術に詳しいな。いや、それだけではなく、魔法以外の術式――魔女技巧やそれに類する術にも詳しいようだが、一体どこで学んだのだ?」
と、そんな風に問いかけた。
「私の一族――ヴァルトハイムは、東のレヴィン=イクセリア双大陸の各地で、代々紋章士をしてきた家系でして、今の私が持つ魔煌技術やそれ以外の術式などの知識は、幼少の頃より、その一族の者たちから叩き込まれたお陰ですね。良くも悪くも」
そう言葉を返し、絶霊紋のある辺りに左手を置くシャルロッテ。
なんだか最後、若干だが口の端が吊り上がっていたな……
良くも悪くもって事は、自分の一族に対して悪感情を抱いている部分がある、って事か。
そういや、レヴィン=イクセリア双大陸っていうと、クライヴと同じだな。
しかも、クライヴも自分の一族……というか、家柄に対して悪感情を抱いている感じだったし、まさかなんらかの共通点があるとでもいうのだろうか?
聞いてみたい所だが、なんというか、軽く踏み込んでいい話じゃなさそうなんだよなぁ……
特にクライヴなんか、国を捨て、更に家柄に意味がないと言いつつも、その家名に関しては捨てずに名乗り続けている……という妙な矛盾を抱えていたりするし、なんだか複雑そうな気しかしない。
そんな事を考え込んでいると、ドアがノックされる音が聞こえてきた。
アーヴィングが入室して構わない旨を告げると、メイドさんが入ってきて俺の部屋の隣の客室を整えたという事と、夕食の準備が出来たという事の2つを報告してくる。
「では、話の続きは夕食を摂りながらにするとしようか」
という、アーヴィングの言葉に頷き、俺たちは立ち上がった。
……
…………
………………
「そう言えば、ソウヤ君はアカツキの出身だったよな?」
「まあ……山奥の隠れ里ですけど、一応そうなりますね」
アーヴィングの問いかけにそう返す俺。
何か聞きたい事があるようだが……あまり込み入った話をされると困るな。
なんて思っていたら、予想外の事を言われた。
「では、『うどん』という太いパスタみたいなものの食べ方を知っているかね?」
「へ? うどん……ですか?」
「うむ。実は、アカツキ皇国の紋章官からうどんを貰ったのだが、茹でて食べると言われたのはいいが、茹でた後どうするのか分からなくてな。パスタのように何かを絡めれば良いのかと思ったがそういうわけでもなさそうだし……ウチの料理人が扱いに困っているんだよ」
そう言って両手を広げて首を左右に振るアーヴィング。
「そういう食べ方も可能ですけど……スパうどんとかソフト麺とか言われる物もありますし」
まあ厳密に言うと、あれはうどんとは原料も製法も違うけど、そこはいいや。
というわけで、話を続ける。
「ただまあ、普通はめんつゆが必要ですね。えーっと、必要なのは……醤油と酒とみりんと……あと、必要に応じて砂糖と、鰹節か昆布……ですね」
多分、これでいいはずだ。でも、ダシってどうやって取るんだっけか? 茹でればいい……のか? いやまて、そもそもそれぞれどのくらいの分量が必要なのかが良くわからんな。
なにしろ、めんつゆなんて売られている完成品しか使った事ないからなぁ……
って、そう言えば丁度いい店があるじゃないか。
「ふむ……聞いた事のない食材が混ざっているな……」
「まあ、明日ちょっとめんつゆを用意してきますよ。丁度いい店があるので」
首を傾げるアーヴィングに、俺がそう告げると、
「うん? 丁度いい店? ん? アカツキ皇国の料理が食べられるお店がある?」
アーヴィングではなく、ロゼがそんな風に問いかけてきた。
「ああ。しかもかなり本格的……っていうか、実に舌に馴染む味でな、凄く美味い」
そう俺が言うと、ロゼが予想通りと言えば予想通りだが、
「ん、食べてみたい。連れて行って」
と、そんな風に言ってきた。よく見ると口の端からよだれが垂れているぞ……
「私も気になりますね。……ただ、今日に続いて明日も学院にまったく顔を出さない、というわけには行きませんし、今日は薬を使いすぎてしまいましたので、追加の薬を調合する必要があります。なので……ロゼ、午前中は学院に行くとしましょう」
「あー、うん、了解」
ロゼはアリーセに言われて頷いた後、俺に対する言葉を紡ぐ。
「うん、じゃあ昼に迎えに来て欲しい。うん」
「ああ、わかった。シャルロッテはどうする?」
俺はロゼに対して頷いて了承すると、シャルロッテの方に顔を向けて問う。
「無論、行くわ。久しぶりにアカツキ皇国の料理を食べてみたいし」
「むむっ、ならば俺も行きたいぞ!」
シャルロッテの言葉に続くようにしてアーヴィングがそう言ってくる。
「お父様、お仕事の方は問題ないのですか?」
「……あ。ああ……そうだった。明日の昼は、クスターナの盟主との会食の予定が入っていたんだった……」
アリーセの言葉で予定を思い出したアーヴィングが机に突っ伏す。
クスターナ? ……あー、なんか中央駅に降り立った時に、壁に貼ってあった広告で見たような気がするな。たしか――
「そう言えば、中央駅で『クスターナ都市同盟への直通路線開通間近!』っていう広告を見かけましたけど、それと関係しているんですか?」
「うむ。クスターナとイルシュバーンの間で、国境検査なしで国境を越えられるようになるという協定が、レビバイク専用長距離道路の開通式典と併せて結ばれる予定なのだ。なにしろ、ランゼルトはクスターナ都市同盟の街だからな」
と、そんな風に説明してくるアーヴィング。
たしか、ランゼルトはレビバイク専用長距離道路とやらの終点だったな。
「という事はつまり、その道路は国境を跨いでいるという事ですか?」
「ああ、そういう事だ。空港のあるディーグラッツを通過して少しすると、すぐに国境を越える感じだな」
「なるほど……。って、空港?」
この世界、飛行機の類があったのか? でも、一度も見かけた事がないぞ?
「ソウヤ君は飛行艇を見た事はないのかね? アカツキ皇国でも飛んでいるはず――」 首を傾げた俺に対し、そんな風に言った所で言葉を区切るアーヴィング。
そして、何かに気づいたかのように、相槌を打つ。
「いや、まてよ……? そうか。アカツキ皇国……というより、グラズベイル大陸の北部には、上空の大気が乱れているせいで飛行艇の侵入出来ない領域――北壁封域があったな……」
と、アーヴィングがなにやらそんな事を呟くように言う。
なんだか良くわからないが、とりあえずそっちは否定しておこう。
「あ、いえ、そうではなくて……アルミナでもこのルクストリアでも、飛行艇が飛んでいる所を、一度も見かけた事がなかったもので……」
「ああ、そういう事か。どこの国でもそうなのだが、国の首都である都市の上空は、防衛上の観点から、国の要人が乗るような専用飛行艇以外の飛行艇は、侵入が禁止されているんだ」
「なるほど……」
俺がそう呟くように言って頷くと、
「うん、だから、空港は大体が首都から少し離れた街にある、うん」
と、ロゼがアーヴィングの言葉を引き継ぐように言ってくる。
「ちなみに、貴方がアルミナで飛行艇を見かけなかったのは、単純にあの辺りを通過する旅客飛行艇の航空路がないせいね。たまーに荷物を空輸している運送会社の飛行艇が通る事があるけど、逆を言えばそのくらいしか通らないから、そうそう遭遇するものではないわ」
そんな風に補足するシャルロッテ。
「まあ、イルシュバーン共和国では鉄道網が発達している事もあり、飛行艇の航空路は他の国への物ばかりで、国内の航空路は、北のディゾナス山脈にある山岳都市ロンダーム行きの物しかありませんからね」
「あそこは、標高2600メートルの場所にある上、周囲の山が険しすぎて、鉄道を通すのが難しいからな」
アリーセに対しアーヴィングがそう言葉を返す。……標高2600メートルって、随分と高い場所にある都市だな。もっとも、地球には更に高い場所にある都市も存在するけどな。
それにしても、飛行艇か……。どんなものか一度見てみたいものだな。
どっかのタイミングで、ディーグラッツとやらまで行ってみるのもいいかもしれないな。鉄道を使えばすぐだろうし。
ディゾナス山脈は、2000~3000メートル級の山々が連なる東西に長い山脈です。
イルシュバーン共和国と大陸北部とは、この山脈によって分断されています。




