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サイキッカーの異世界調査録(サーベイレコード)  作者: TOMA
第1部 異世界グラスティアの異変 第2章 ルクストリア編
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第27話 アリーセの家へ帰ろう

 船着き場でヴォルフガングと別れ、停留所でトラム待ちをしていると、

「さすがに疲れたわね……。こういう時、お風呂がない宿に泊まっていると面倒だわ……」

 ため息をつきながら、そんな風に言ってくるシャルロッテ。

 

「ん? あの宿って、風呂がついてないのか? 割と立派そうな宿だったけど……」

「ええ。すぐ近くに大きな銭湯があるから、みんなそっちへ行ってしまって、あっても意味がないんですって。まあ……たしかに、あの銭湯は温泉だからそっちの方が良いっていうのはわかるけど」

 俺の方に顔を向けてそう言うと、うんうんと縦に首を振るシャルロッテ。

 それに対し、アリーセが同意する。

「そう言えばあの宿の近くには、蒼玉の湯屋がありましたね。たしかにあそこはいいと思います。あまりにも良すぎて、お父様がウチまで温泉を引いてしまったくらいですし」


 ふむ……そういやアリーセの家の風呂は温泉だったな。青い色の。

 あれ、桶で掬うとお湯が透明に見えるから不思議なんだよな。

 

「え? 家に温泉を引いてるの? いいわね……それは」

 と、シャルロッテが言った瞬間、なにやらアリーセの目が光ったような気がした。

 

「でしたら、シャルロッテさんもウチに来ませんか!」

 そんな事を言いながら勢いよく迫るアリーセに対し、シャルロッテはビクッと身体を震わせながら一歩下がる。


「客室ならまだ空いていますよ! それに、骨折の回復具合も気になりますし!」

 更に迫るアリーセと、困惑しながら更に一歩下がるシャルロッテ。

 

 シャルロッテが俺とロゼの方に視線を向けてきたので、俺とロゼは『諦めろ』という意味を込めて同時に首を左右に振った。


                    ◆

 

 そんなわけで、アリーセの気迫に押し負けて泊まる事になったシャルロッテと共に、アリーセの家へと戻ってくる。

 ちなみに、シャルロッテの荷物は宿ではなく別の所に預けてあるから問題ないらしい。

 そう言われると、アルミナに来た時も荷物なんて持ってなかったな。


 それはそうと、本当は俺も1泊だけの予定だったのだが、アーヴィングから依頼の件や襲撃者の件などの観点から、家に滞在していて貰った方が色々と都合が良い、という話だったので、少なくとも1ヶ月は滞在する予定だ。

 

「これで、ゆっくりと魔法探偵シャルロットの真実の話が聞けますね!」

 ある意味、予想通りな理由でご機嫌なアリーセの発言に、

「お、お手柔らかにね……」

 と、少し引き気味なシャルロッテ。

 

「ん、とにかく入る」

 ロゼがそう言って玄関の扉を開く。

 

「……建物や庭はアカツキ風なのに、玄関がドアタイプなのが不思議ね」

 と、俺と同じような感想を述べるシャルロッテ。


 ……そう思うよなぁ、知っている人間は。

 なんて事を思いつつ俺は中に入り、1メートルくらいの幅がある()がり(かまち)の所に服の入った紙袋を起き、その横にある靴箱に魔導弓を立て掛ける。

 ふと、靴箱の上を見ると、『共和国全鉄道時刻表』という本が置かれていた。

 ……気になるが、まあ後でいいか。

 

「とりあえず、服と弓はここらへんに置いとくぞ」

 そう声を掛けると、アリーセが、

「あ、はい。運んでいただいてありがとうございました」

 というお礼の言葉と共に頭を下げた。


 それにしても()がり(かまち)って、あくまでも土間と玄関ホールとの敷居となる横木だから、普通に考えたらもっと細いと思うんだが……。

 まあ……いいか、あくまでもアカツキ『風』の家だしな。


 ってなわけで、靴を脱いで上がる俺。

 それを見ていたシャルロッテが、同じように靴を脱いで上がりながら言う。

「そう言えば、アカツキ皇国はこういう作法だったわね。最近ずっと靴を脱がない宿ばかりだったから、危うく靴のまま上がりそうになったわ」


「ま、習慣になってないとそんなもんだよなぁ」

「ん、初めて訪れたのに、自然な動作で靴を脱ぐソウヤの方が珍しい、うん」

「たしかにそうですね」

「皇国の人間らしいわね。隠れ里とはいえ」

 

 と、そんな話をしていると、昨日と同じようにメイドさんが通りかかる。

 

「あ、お帰りになられたんですね」

 そう声を掛けてくるメイドさん。メイドさんといっても、話しかけてきたのは昨日とは別の人だけど。種族は同じだが。

 

「あ、すいません、お客様が1人増えたので、もう1室部屋を整えていただけますでしょうか? あと、この紙袋に入っている服の洗濯もお願いします。ただ、こっちの袋はお客様の物なので、別々にしていただけると……」

 アリーセがメイドさんにそう告げる。

 

「はい、お任せください。ササッとやっておきますね。あ、ついでなのでこの弓も戻しておきますね」

 そう言うと、速やかに紙袋と魔煌弓を回収し、こちらにおじぎをして立ち去っていくメイドさん。昨日の人と違って、少し軽い感じの人だな。

 

「では、しばらく応接間で待っていましょうか」

 というアリーセの言葉に従い、応接間に向かって歩いていると、縁側の窓から庭で何かをしているアーヴィングの姿があった。

 日本――アカツキ風の作りだから、ここから直接庭に出る事も出来るんだよな。

 

「お父様ー! 何をしているのですかー?」

 何をしているのか気になったらしいアリーセが窓を開けて尋ねる。

 

「ああ。一通りの防犯対策をし終えた所なのだが、念の為、他に問題点や抜け穴などがないか思案していたのだ」

 こちらに気づいたアーヴィングが、俺たちの方に歩み寄りながらそう言ってくる。

 

「それでしたら、私がついでに『封門陣』を展開いたしましょうか? 見た所、展開されていないようですので」

 シャルロッテがそんな風に言葉を返す。

 

「ん? 貴殿は?」

「あ、こちらはシャルロッテさん。あの鉄道の件で活躍したモノノフの方です」

 アーヴィングの疑問にアリーセがそう答える。

 

「おお、貴方があのモノノフであったか! そう言えば、今日は一緒に市内を回ると言っておったな。これは是非とも手合わせ――」

 アーヴィングはそこまで言ったところで、アリーセからの冷たい視線を感じ取り、咳払いをして続く言葉を変える。

「おほんっ! ――すまない。それで封門陣というのは?」


「この辺りの龍脈を封鎖して、龍穴を作れなくする『陣』です。全ての転移――瞬間移動を防ぐのは不可能ですが、龍脈を利用した瞬間移動であれば、これで防げます」

「ん、たしかにあの人形遣いが使った術は、それで防げる。うん」

 シャルロットの言葉に対し、そう言って頷くロゼ。

 

「ふむ、そういった術があるのか……。それは是非ともお願いしたいところだ」

「では、今から……は、少々霊力が厳しいので、申し訳ありませんが、明日の朝にでも展開させていただきますね」

 シャルロッテがそう答えると、アーヴィングは了承し、シャルロッテの好きなタイミングでやって貰って構わない事を告げる。


「……それはそうと、今、ロゼの言った『人形遣い』というのはなんだ?」

「あ、それについては詳しく話をしますね」

 首を傾げるアーヴィングに、アリーセがそう言葉を返す。

 

「そうか。ではこんな所で立ち話というのもなんだし、応接間に行くとしよう。夕食の時間までまだ少しあるしな」


 ――というわけで応接間へと移動し、今日の出来事を話す。

 と言っても、大半がアルミューズ城の話だが。

 

「サージサーペントが出現した事と、速やかに討獣士によって討伐された事は聞いていたが、まさかあれを倒したのが皆であったとはな……。さすがに想定外だ」

 そう言って肩をすくめるアーヴィング。

 

「ん、新しい武器が良い仕事した。うん」

「円月輪……か。写真で見た事はあったが、実物を見るのは初めてだな。後で少し使わせてくれないか?」

「うん、いいけど気をつけないと手を切る。うん」

「要は『刃のついたブーメラン』のようなものだろう? それなら多分大丈夫だ。昔、回復術で傷を塞ぎながら、どうにかこうにか扱い方を会得したからな!」

「ん、それ、全然大丈夫じゃない。うん」


 なんて話をするロゼとアーヴィング。……回復術で傷を塞ぎながらって……

 

「あれ? 回復魔法なんて存在していましたっけ?」

 首を傾げて問いかけるアリーセ。

 ん? 回復魔法って存在しないのか?

 

「いや、少なくとも魔煌波を使った魔法には存在しないぞ? 俺が受けたのは回復魔法ではなく回復術、要するに正真正銘の魔女技巧(ウィッチクラフト)だよ。当時、知り合いだった魔女に頼み込んで横に付いていて貰ったんだ。薬による回復では限界があるからな」

「そんな事していたんですか……。というか、回復術でも限界はあるとおもいますが……」

「ああ、まあ……1度霊力切れを起こしてぶっ倒れていたな……」

「やりすぎです……」

「ん、まったくもって。よくまあ、そこまで付き合ってくれた。うん」


 アーヴィングの話を聞き、呆れ気味のアリーセと、それに同意してウンウンと首を縦に振るロゼ。ま、たしかにロゼの言う通りよくもまあ、そんなぶっ倒れるまで耐えてくれたもんだな。

 にしても、回復術はあっても、回復魔法がないって言うのは不思議だな……


「……不思議そうな顔をしているわね? もしかして魔法に回復がない事を知らなかったのかしら?」

 考えている事が顔に出ていたのだろうか? シャルロッテが俺の方を見てクスッと笑い、そう問いかけてくる。


「ああ、そのとおりだ。……俺自身、強力な回復術――のようなものを受けた経験があるからか、魔法にも回復系の物があるんだろうな、って普通に思い込んでたよ」

「強力な回復術のようなものを受けた? ……一体、何があったのよ」

 俺の返事に対し、訝しげな目でそんな風に言ってくるシャルロッテ。


「いや、ちょっと敵にざっくりと斬られて死にかけただけだ」

「全然『だけ』じゃないわよ? それ。私のあばらが折れた時に、貴方が言った言葉をそっくりそのまま返してあげたい気分だわ……」

 シャルロッテが呆れた声でそう言葉を返し、思いきり深いため息をついた。


「なんか、私のまわりって、大きな怪我を『だけ』とか『大した事ない』とかいう人ばっかりな気がします……」

 と、俺たちの会話を聞いていたアリーセまでため息をつく。

 

 ま、まあ、たしかに言われてみると、『だけ』ではないかもしれない。

 実際、ディアーナがこちらの世界に引っ張ってくれなければ死んでいたからな。

 

 う、うーむ……。そう考えると、一度死にかけたせいなのか、なんだか俺も負傷度合いの感覚がおかしくなっているような気がするなぁ……


 もっとも、アイテム1つでHPやライフが回復するゲーム並に、薬であっさり傷が治る世界だっていうのも、感覚がおかしくなっている原因の1つである気もしなくはないけどな。

 一定時間以内に連続で使用すると、発揮される効果が弱体化していって、最終的には一切効かなくなるらしいが、それでも十分すぎる効果だよなぁ、ホント。

イルシュバーン共和国の北西部~中部は、割と温泉があちこちにあります。

北西部~中部に行く機会があれば……もしかすると……?

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