第23話 奥で待つ者
今回、若干長めです……
群れて迫ってくるスケルトンを良く見ると、どいつもこいつも錆びた武器を手にしていた。
地味に面倒だな……と、そう思った俺の横で、
「ターンアンデッドボトルを使います!」
アリーセがそう言い放ち、素早くボトルを投げる。投げる。投げる。
……って、投げすぎじゃね?
『グギャァァアァァアァァアッ!?!?』
投げられたとんでもない数のボトルが、スケルトンどもや地面、壁などに当たり一斉に割れる。
そして、中の薬液が撒き散らされ……るかと思いきや、空気に触れた瞬間、一瞬にして蒸発してしまった。
どういう事だ? と思っていると、突然骸骨が悶え苦しみ始め、そのまま灰と化していく。
蒸発したわけじゃないのか? と考え、薬液が撒き散らされた辺りをよく見ると、きらきらと輝く物が無数に浮いていた。
「ターンアンデッドボトルは空気に触れると、浄化の霧と化すんですよ。なので、肉体があろうがなかろうが、あのように効果を発揮します」
俺が不思議そうな顔をしていたからか、アリーセがそう説明してくる。
「アンデッドって、基本的に何らかの影響で変質した魔煌波とか霊力とかが、死体や物と融合して動いているだけの存在なのよ。だから、その動力源ともいうべき魔煌波や霊力を霧散させてしまえば、それで終わりってわけ」
そんな風に補足するように言うシャルロッテ。
「まあ、実体を持たない幽霊は別ですけどね」
「そうね。あれは怨念とか残留思念とかが、魔煌波や霊力なんかと結びついたものが大半だから、意思を持っていて厄介なのよね。時々、それらとは違う良くわからないのもいるけど……」
アリーセとシャルロッテの話からすると、アンデッドは基本的に霊的な存在でもなんでもないっぽいな。
まあ、幽霊は違うようだが、エセ幽霊みたいなのが大半らしい。……いや、ガチの幽霊には出来れば遭遇したくはないが。
「ん、幽霊は、出来れば出会いたくない。斬れないから面倒。うん」
「え? 一部のどういう原理で幽霊化しているのかわからない奴を除けば、大体は霊力で斬れるわよ?」
「うん? 本当? ならば教えて欲しい、うん」
なんて話をするロゼとシャルロッテ。幽霊まで斬るのかよ……
――と、そんな呑気な話をしている間に、スケルトンの群れは大量のターンアンデッドボトルの力によって、全て消滅していた。
正確に言うなら、ボトルによってトラップゾーン状態になっている場所へ、何も考えずに次々と突っ込んできては、勝手に灰になっていった感じだ。
ま、所詮は単なる動く骸骨にすぎない、という事なのだろう。
「うん、もういなそう。先へ進む」
そう宣言し、先頭に立って歩き出すロゼ。
「ところで、今更っちゃ今更だが、ロゼの服って防御魔法付与されてないんじゃ? たしか、服屋で買ってそのままだよな?」
サージサーペントと交戦しておいてなんだが、どうにも気になったので問いかけてみる。
俺がアルミナで服を買った時は、別途、防御魔法を付与してくれっていわれたしな。
「ん、大丈夫。このパーカーは、最初から防御魔法が付与されてる奴。うん」
「ほとんどの服は、防御魔法が付与されていませんが、今、ロゼが着ている物のように、そこそこの防御魔法が付与されていて、すぐにそのまま野外――というか、害獣が出没する場所にも着ていける、というのをウリにしている物もあるんですよ」
ロゼの説明を引き継ぐ形で、そんな風に詳しく言ってくるアリーセ。
「なるほど……。たしかにわざわざ付与せずに、そのまま害獣退治なんかに行ける、というのは便利な場合もありそうだな」
「ん、そういう事。それよりこの先、少し急な坂になってる、うん。大した距離じゃないけど、滑らないように注意、うん」
そうロゼが忠告してきた通り、確かに少し急な坂になっていた。
……アリーセが特に危険だな……と判断した俺は、アリーセをそこに待機させ、坂を下る。
そして、下からアポートで引き寄せた。
「よし、これで問題ないな」
「あ、ありがとうございます」
やや顔を赤らめて礼を述べてくるアリーセ。
「む、楽しそう」
なんてことを言って、ロゼが坂の上へと戻っていき、
「引っ張って、うん」
と、そんな風に要求してきた。わざわざ戻るなよ……
「……しょうがないな……」
ため息混じりにそう言いながら、アポートを使ってロゼも引っ張る。
「うん、昨日は戦闘中だったから、あえて気にしないでいたけど、うん、やっぱり、この瞬時に視界が変わる感覚がちょっと面白い、うんうん」
そんな事を言って首を縦に振って何やら一人で納得するロゼ。
「ちょっとロゼ、なにやってんのよ……。さっさと行かないと、追いつかないわよ」
シャルロッテが、呆れた声で先へ進む事を促してくる。
追いつかない、というのはもちろん、先行しているであろう人物の事だ。
「ん、そうだった。つい、やりたくなった。ソウヤの転送の異能はクセになる、うん」
そう言って再び先頭に立って歩き出すロゼ。
アポートとアスポートがクセになるって、どういうこっちゃ……
「まあ……理解出来なくもないけど、ね」
シャルロッテがそんな事をボソッと呟く。……理解出来てしまうか。
しっかし、そんなにクセになるような物なのだろうか? 俺のアポートやアスポートは。
自分には使えないから、どういう感覚なのか、わからないんだよなぁ……
なんて事を思いながら、ロゼを追って歩いていくと、少し進んだ所で開けた場所に出た。
左右の岩壁との間は20メートル近くあり、レンガで作られたと思しき柱や道が、洞窟の中央部分にあり、深部へと向かって続いている。
「……なんだか参道っぽいな」
「そう言われてみると、たしかに古の時代に作られた神殿へと続く参道に似ていますね」
俺の言葉を聞いたアリーセが、相槌を打ち、そう言葉を返す。
「中世の広域崩落以前は、地上のどこかと繋がっていたんでしょうね、きっと」
「うん、たしかにこの道、ここで曲がっているのに、その先は岩壁になってる。うん」
というシャルロッテとロゼの話を聞き、道に目を向けてみると、たしかに俺たちの立っている少し先で左へと曲がっており、そのまま岩壁に吸い込まれていた。
クレアボヤンスで透視を試みてみるも、土と岩しか見えなかったので、どうやらこの先は完全に崩落してしまっているようだ。
「うん、この広さならば、さすがに鋼線は仕掛けられていないと思う。うん」
と、ロゼ。たしかに、こんな広い所で仕掛けるのは、鋼線の無駄遣いだな。
「とはいえ……鋼線以外の罠が仕掛けられている可能性もあるし、一応慎重に進むとしよう」
という俺の言葉に3人が頷く。
そのまま慎重に歩みを進めていくと、何度かスケルトンと遭遇したが、どれも大した数でもなかったので、火球の杖と光線の杖の2本でさっさと始末した。
なにやら、アリーセがターンアンデッドボトルを投げたそうな顔をしていたが……
「ん? 何か扉が見える、うん」
そう言って洞窟の奥を指さすロゼ。……たしかに遠くになにか見えるな。
スティックの光があるとはいえ、この暗い洞窟でよくもまあそこまで見えるものだ。
クレアボヤンスで視界を近づけてみると、地面から一段高くなった場所に天井まで届く巨大な扉と2本の柱があり、その手前は踊り場のある階段となっているのがわかった。
更にその手前には何かが乗っていたであろう台座が4つあるが、今は何もない。
代わりにその周囲に何かの破片のようなものが散乱していた。
それらを皆に伝えると、
「古の地下神殿の入口……といった所でしょうか?」
と、アリーセが推測を述べる。
「まあ、そう考えるのが妥当ね」
シャルロッテの言葉を聞きながら、俺は更に扉の周囲を確認する。
「先に来たであろう奴はどこに……」
と、そう呟いた瞬間、柱の裏から黒いフード付きのローブを纏った人間が、その姿を見せた。フードを目深に被っているため、クレアボヤンスでも顔がわからない。
「いたぞ!」
という俺の声に、弾かれたかのようにして、ロゼとシャルロッテが走りだす。
俺はクレアボヤンスを解除し、アリーセと共にそれを追って走る。
……
…………
………………
「ようやく追いついたわよ!」
シャルロッテが刀を鞘から抜き、構えながら言葉を投げかける。
その横にいるロゼもまた、円月輪を腰のホルダーから引き抜き、いつでも投げられるような構えを取った。
「ほう……ここまで来る者たちがいるとはな。一見すると、一般市民のような出で立ちだが……鋼線の罠を突破した上に、その武装……討獣士、あるいは傭兵、か」
ローブの人物が、こちらの接近に気づき、高圧的に言う。
声からすると男のようだが、種族まではわからないな。尻尾や翼といった物が見当たらないので、それらを有する種族ではないようだが……
そのローブの男に対してアリーセが問う。
「貴方ですね? この城の係員を地下の棺に閉じ込めたのは」
「いかにも。幻術で隠された通路に入ろうとした所で声をかけられたのでな。……湖に魔獣が現れたのだからとっとと逃げれば良いものを。正義感が強いというか、職務に忠実というか……ともかく、あの状況で見回りが来るとは思わなんだ」
そう言って肩をすくめるローブの男。
「……その口ぶり、まるで湖に魔獣が現れる事を知っていたみたいね? もしかして、だけど……最初から湖に魔獣が出現するよう、何らかの細工をしたのかしら?」
腕を組み、自信たっぷりな様子でそんな風に問いかけるシャルロッテ。
もしかして、などと言っているが……確信しているな、これは。
「ふむ……。それに感づくとは、貴様……霊力を有する者だな? 魔女か?」
「半分正解ね。霊力は持っているけど魔女ではないわ」
「その返し……なるほど、異大陸の者というわけか。得心がいった。――では言い直そう。貴様、巫覡だな?」
「ええ。納得して理解いただけたようでなによりだわ。……それで? 幻術で隠された通路を見破ったり、係員の生命力を消費して洞窟への扉を開いたり、ご丁寧に妨害用の鋼線を仕掛けたりしてまで、こんな所で何をしているのかしら? そっちばっかりじゃなくて、こっちにも理解と納得をさせて欲しいわねぇ?」
シャルロッテは挑発気味にそう言って、右手に刀を持ったまま両手を開き、首を左右に振った。
「簡単な話だ。我は、この先に用があるのだよ。……もっとも、まだ開くための『条件』が満たされていないようだが、な。要するに時期尚早、という奴だな。機を見てまた訪れるとしよう」
扉の方へ向き直り、扉を仰ぎ見るような仕草でそう語るローブの男。
「んーん、またなんてものはない。うん」
「ええ、ここでとっ捕まえて、他にも話を聞かせて貰うわ」
そう言うが早いか、地面を蹴り、ローブの男に向かって大きく跳躍。文字通り一足飛びで急接近する。
が、その行く手――男の左右の床に紫色の光と共に2つの黒い渦が出現。
そこから黒光りするロボットのような存在が1体ずつ姿を現す。
「んん!? ゴーレム!?」
ロゼがそう声を上げた瞬間、黒光りするロボット――ゴーレムが2体揃って、ふたりの方へと右手を突き出す。
と、次の瞬間、ふたりと2体ゴーレムの間に黄緑色のハニカム構造の壁が出現。
ふたりはそれぞれの得物を壁に向かって叩きつけるも、バシィッ! という激しいスパーク音が響き渡り、その身もろとも弾き返されてしまう。
それを確認したゴーレムは、ハニカム構造の壁を消すと、今度は反対の手を突き出し、ふたりにめがけて黒い球体を発射する。
「つっ!」
「くうっ!」
弾き飛ばされたふたりが地面に激突するが、服の防御魔法と受け身によってダメージはあまりなかったらしく、即座に次の行動へと移った。
降ってくる黒い球体を、大きくバックステップして回避するふたり。
刹那、地面に黒い球体が激突し、炸裂と同時に半径1メートル程度の黒焔の柱へと変化した。……着弾しても終わりじゃないのか、厄介だな。
黒焔の柱が消えると、ローブの男がこちらに向き直り、
「もう少し話をしていたい所だが、他に用があるのでね。我の代わりに、その者たちに貴様らの相手をしてもらうとしよう。――では、さらばだ」
そう告げると同時に、自身の足元が紫色に光る。
さっきゴーレムを召喚したのと同じ……? いや、逆か!
「逃がすかっ!」
さすがにアポートで引っ張れる距離ではないので、俺は走りながら呼び出した霊幻鋼の剣をサイコキネシスで一直線に、ローブの男めがけて飛ばす。ゴーレムが壁を作ろうとするが、それよりも早く横をすり抜ける。
だが、もう少しという所で黒い渦が出現し、その中へと消えていってしまうローブの男。くっ、転移の発動の方が早かったか……っ!
剣は、そのまま扉に突き刺さって停止する。
……あれを回収するにはもう少し接近しないと駄目だな。
ってか、昨日に続いて今日も、転移魔法をこうも簡単に使う奴が現れるとか、ルクストリアの転移魔法を阻害する結界とやらは、全く役に立ってなくないか……?
味方にばかり、霊力使いがいると言うわけではない、という感じですね。
それにしても、クセになるアポートとアスポートってどんな感じなんですかね?(何)




