第5話 魔石の力
俺の目に、今まさに金髪ポニーテール少女の頭を食い千切らんとしている、巨大アリジゴクの姿が飛び込んできた。
素早く剣を取り出し、それをアスポートで転移させる。
転移先は巨大アリジゴクと少女の間――口の中だ。
「こいつを代わりに食ってみろっ!」
そう言い放ちつつ、巨大アリジゴクの口の中に転移した剣を、今度はサイコキネシスで回転させる。
さっきの角狼に仕掛けたのと同じ方法だ。
「グギャアァアァアァアァッ!?!?」
回転する剣によって、口の中をズタズタに切り刻まれた巨大アリジゴクが、絶叫と共に大きく仰け反る。
俺は即座にアポートを使って、剣を手元へと引き戻す。
「次は、こうだっ!」
掛け声と共に剣を巨大アリジゴクへ向けて投げると、即座にフルパワーのサイコキネシスを使い、勢い良くその剣を押し出した。
加速力が跳ね上がった剣は、まさにミサイルとなり、一直線に巨大アリジゴクへ向かって飛翔。仰け反った事で露わになっていた腹部に激突し、深々と突き刺さった。
「グギギアァァァッ!」
巨大アリジゴクの苦悶の叫びが響き渡り、鮮血の代わりに黒い靄が大量に吹き出す。
それでもまだ動こうとしてくる巨大アリジゴク。実にタフな奴だ。
俺は突き刺さったままの剣を、サイコキネシスで強引に更に深く深く押し込む。
「ギギイィィイィィイィィッイィィイィィイィィ!」
剣が巨大アリジゴクの肉体を穿ち貫き、後方にあった大木に突き刺さると同時に、断末魔の叫びをあげ、大量の黒い靄を撒き散らしながら地に倒れ伏す巨大アリジゴク。
そして、一際激しく、その肉体を覆う程に放出された黒い靄と共に、巨大アリジゴクの姿は跡形もなく消え去り、角狼の時と同じく、石片だけがそこには残された。ただし、今回は色が紫と黒だが。
剣をアポートで引き戻し、刃を確認してみるが、刃こぼれ一つしていなかった。
あんな頑丈そうな甲殻すらぶち破る上に、刃こぼれ一つしないとか、とんでもないな。ある意味、さすがと言うべきか。
転がっていた石片を拾うべく巨大アリジゴクに居た場所に近づきながら、その場にいた2人の少女へと交互に視線を送る。
どちらもブレザーにチェック柄のプリーツスカートという、いかにも学生だと言わんばかりのような格好をしている。
この世界にも学校の類があるという事なのだろうか? まあ、鉄道が敷かれていたり、街の様子を見た感じからすると、それなりに文明レベルはあるようなので、あってもおかしくはないか。
だが、そうだとすると学生2人で何故このような危険な森に足を踏み入れたのだろうか。
大きなリュックサックが転がっているところを見ると、課外授業かなにか……か? でも、そうだとしたら少し危険すぎる気がするぞ……
そう思いつつ、とりあえず俺から近い方――巨大アリジゴクに頭を食い千切られそうになっていたポニーテールの金髪少女に、改めて目を向ける。
少女のポニーテールはとても長く、それを縛っている和風っぽさを感じる紐状のリボンを解いたら、髪の先端の方が地面に着きそうだ。
また、顔はなんというか、凄くアイドル的というか……東京の街中でスカウトマンが見かけたら、確実にスカウトしに行くんじゃなかろうか、というくらいの可愛さだ。
服装を見ると、もうひとりの少女と違い、こちらはブレザーの上に、裾の長いコートを羽織っていた。ただ、コートの真ん中あたり――ちょうど腰が来る所から前が開いており、裾の長さの割には動きやすそうだ。……あ、でも、ローブにもこんなんあったよな。コートとローブ、どっちが正しいんだ? これ。
などという、どうでもいいを心の中で思いつつ、もうひとりの、ルビーのような赤い瞳を持つ黒髪の少女の方に視線を向ける。
こちらの少女は、金髪少女と違い、その黒い髪を肩のあたりで切り揃えたショートヘアーだ。
また、彼女が俺や金髪少女とは違う種族であろう事は、一目でわかる。なぜなら角が生えているからな。
ただ、角といっても、日本の童話や民話に登場する鬼のように、上に伸びているものではない。
こめかみの辺りに付け根があり、そこから額の辺りまで伸びている曲がった角だ。
もっともそれは、角というには少々細く、遠目であれば、やや太めのサークレット、もしくは木の根や枝で作られた冠、といった風に見えなくもない。
それにしても、こちらも金髪少女に負けず劣らずの美少女ではあるが、随分と顔が土気色というか、血の気のない感じだ。……こういう種族……なのか?
と、そんな事を思いつつ、少女の全身を見回してみると、左腕が途中からなくなっており、代わりに白い氷で残りの腕が覆われていた。おそらくこの氷で止血されているのだろう。何らかの異能、もしくは魔法の類が使われていると見るべきか。
ん……? という事は、さっきの角狼が加えていた腕、あれはもしかしてこの少女の物なのか?
って、まてまて! そうだとするとこの顔色は――
刹那、黒髪少女が崩れ落ちるようにして、その場に倒れ伏す。
くそっ、やっぱりかっ! おそらく危機が去った事で、最後の糸が切れたのだろう。
とりあえず、抱き起こして状況を確認すると、まだ息はあった。が、正直かなりヤバい。町まで保つか……?
「ロゼ!?」
呆けていた金髪少女が黒髪少女の名を呼ぶと、取り乱した様子でまくし立て始める。
「しっかりしてくださいっ! こ、こういう時は……っ! 造血……いえ、せ、生命活身薬! で、でも魔石が……っ!」
「魔石? 魔石ってなんだ?」
「白霊石系の魔石と蒼霊石系の魔石が必要なんですっ! 紅輝草と紫魂の根はあるのに……っ! ま、魔石さえ持ってきておけば……っ!」
悲痛な声を上げ、眦に涙を浮かべる金髪少女。
よくわからんが、どうやら白霊石と蒼霊石という名前の魔石が必要らしい。
ロゼと呼ばれた黒髪少女の様子を考えると急いで、魔石を手に入れたいが……どうすれば魔石なんて物を手に入れられるんだ?
……って、まてよ? そういやさっき、白と青の石片を――
と、そこで思考を中断し、俺は即座に次元鞄の中へと手を突っ込む。
「この2つがそうか?」
そう言いつつ、角狼が消滅した際に残った石片の中から白色の物と青色の物を取り出した。
直後、悲壮な顔つきをしていた金髪少女が、「え?」という短い言葉と共に驚きの表情のまま固まる。これは正解……なのか?
「合ってるのか? 違うのか?」
「……はっ!?」
固まっていた金髪少女が、俺の再度の問いかけで我に返り、
「そ、それです! その2つで間違いありません! というか、普通の物より純度が高い!? 一体これをどこで!? って、そうじゃありません! お、お願いします! それを譲ってください! お願いします!」
早口でそんな事を捲し立てながら俺に詰め寄ってくる。
そのあまりの勢いにたじろぎ、半歩ほど後退してしまう俺。
「ひ、必死になるのはわかるが、少し落ち着いてくれ! ほら!」
なおも詰め寄ってくる金髪少女に対し、若干引き気味にそう言葉を返しつつ、その手に石片――魔石を乗せる。
「あ、ありがとうございます!」
金髪少女は、礼を述べつつ短くお辞儀をするや否や、近くに転がっていた大きなリュックサックに手を突っ込み、中から薬草と思しき草や、良く分からない青色の液体が入ったボトルなどを取り出し始める。
って、おいおい……どう考えてもあのリュックサックに入らなそうなデカい器具まで出てきたぞ? もしかして、あれも次元鞄なのか?
と、そんな事を考えているうちに、生命活身薬とやらの精製が完了したのか、鮮やかな真紅色の液体が入ったボトルを手にロゼへと近づく金髪少女。
しかし、あれはたしか元々、青色の液体だったはずだが…… 一体全体なにをどうやったら、あんな真紅色へと変化するんだ? 色々と法則を無視していないか?
そんな疑問を懐きつつも、金髪少女がロゼの凍結している腕を避けながら、皮膚にその薬をかけていくのを眺める。
薬は、皮膚にかかった瞬間、スポンジに垂らした水の如き勢いで、皮膚の中へと浸透していった。
これは……皮膚側が吸収しているんじゃなくて、薬の方が皮膚の中に入り込んでいっている……のか?
ボトルの中身が空になってから数十秒もしないうちに、ロゼの顔色に赤味が帯びてくる。
……す、凄まじい効果だな。
というか、いくらなんでもここまで強力な薬は、地球にもないぞ? これはもう。魔法と呼んでもいいレベルだ。
まあ、魔石なんていう、いかにもな名前の素材を使っているわけだし、薬に魔力のようなものが含まれている可能性も、十分にありえるのか。
ともあれ、ロゼの顔色を見る感じではどうにかなったようだな。やれやれ、どうにか助けられてよかったわ。
「ふぅ……。とりあえずこれで安心ですね。あとは、町へ戻って治療院に――」
安堵の表情を浮かべた金髪少女が、独り言のようにそう呟き、ロゼを抱きかかえて運ぼうとし始める。
がしかし、すぐに「ぐ、ぐぅ……」と呻き声をあげる金髪少女。
……うんまあ、そうだろうな……。どう見ても腕力的に無理がありすぎだ。