第13話 服屋と大聖堂と……
「これの方が似合うような気がしますけど、どうですか?」
「それもいいですけど、こっちもいいと思うわよ?」
「……ん、どっちでもいい」
「それなら、両方着てみて比べるのがいいわね」
「あ、そうですね。ロゼ、ちょっと着替えてください」
「……う、うんー? まだやるのぉ……?」
――なんていう会話が繰り広げられる事、小一時間。
ようやく決まって会計を済ませに行くアリーセとシャルロッテ。
ロゼの服だけではなく、自分たちの服も選び終わったようだ。
「……ううん……私は着せかえ人形じゃ……ない、うん……」
「お、おう。お疲れさま……」
「うん、本当に疲れた……」
深くため息をつきながら、俺に心底疲れたといった様子でそう言ってくるロゼ。
その姿は、先程までの制服姿から大きく違っており、赤と白を基調としたプリーツスカートのツーピースの上に、パーカーという服装になっていた。アリーセやシャルロッテに比べるとシンプルだ。
しかし、このパーカーの生地素材はなんだかよくわからんな。近くにあった別のパーカーを触ってみたけど、なんだか触り心地が地球で売られている物と比べて少しツルツルしているんだよなぁ。
っと、生地素材の事はさておき、もっと下を見てみるとしよう。
ふむ……靴下はニーソックスに、靴は編み上げのあるロングブーツに、それぞれ変わっているな。服だけじゃなくて、靴まで買ったのか。
っていうかこの服装、昔、ウチと朔耶の家とで一緒にキャンプへ行った時の、朔耶の服装にそっくりだ。うーむ……なんだか懐かしいぞ。
「んん? そんなにじっと見て、どうかした? うん、もしかして、変?」
ロゼが額のサークレット状の角に手を触れながら、そう言って首を傾げる。
「ああいや……そんな事ないぞ。ロゼにとても良く似合っていると思う。なにしろ、制服姿の時よりも可愛く見えるからな」
という俺の言葉に、ロゼは若干顔を赤らめつつ、
「ん、うん……ありがと。でも、うん、たしかにこのブーツとパーカーは悪くない。うん。ブーツは戦闘する時に蹴りの威力が上がりそうだし、パーカーは雨や雪が降ってきた時にナイス。うん」
なんて言葉を返してきた。……パーカーの感想はともかく、ブーツの感想はそこなのか……
「うん、とりあえず、気に入った。今日はこの格好で回ろうと思う、うん」
と、ロゼ。どうやらロゼはその格好が気に入ったらしく、そのまま街を回る事にしたようだ。
そうこうしている内に、会計が終わったふたりがやってくる。
「ソウヤさん、おまたせしてすいません。――あ、ロゼ、その服とブーツの支払いは私の方でしておいたので、そのままお店から出て大丈夫ですよ」
そう言ってきたアリーセに続く形で、シャルロッテが問いかけてくる。
「なんというか……ソウヤにとっては暇だったんじゃない?」
「いや、そんな事はないぞ。ウチって服屋をやってるんだけど、その影響で服を眺めるのは結構好きだったりするんだよ、俺」
シャルロッテの問いかけに、腕を組み、そう返す俺。
「あ、そうだったんですか?」
「それで、じっと見ていたわけね」
「ああ……まあ、そういう事だな」
果たして、シャルロッテの『じっと見ていた』は、ロゼの服か、それとも宿での自身の服か、どっちなのやら……
まあ、変に突っ込むと墓穴を掘りかねないので、それ以上は何も言わないが。
ちなみに買った物は、移動の邪魔になるだけなので、俺の次元鞄に放り込んでおいた。
各々、小型の次元鞄――アリーセはポシェット型、シャルロッテはウエストポーチ型――を持ってはいるものの、服の入った紙袋は入らないみたいだったからな。
「ん、それで次はどこ?」
「そうですね……大聖堂へ行きましょうか。歩いても大した距離じゃありませんし」
ロゼの問いかけにそう答えるアリーセ。
はて? 大聖堂なんていうそんな目立ちそうな建築物、この辺にあっただろうか……?
……と、思いながら歩くことしばし――
「ん、ここが大聖堂」
というロゼの指し示す方を見ると、そこには地下へと続く階段があった。
石造りの寺院を思わせる屋根があるだけのこぢんまりとした入口に、どの辺が大聖堂なのかと思ってしまう。……これは目立たないなぁ。周囲の建物の方が大きいくらいだし。
「正確にはその入口ですね。ルクストリアの大聖堂は、元々、遥か古の時代に儀式の場として使われていたと言い伝えられる、地下洞窟の大伽藍を、中世戦国時代に改修したものなので、地下にあるんですよ」
俺の考えている事を読んだかのようにそう言ってくるアリーセ。
「あ、今アリーセが言った『遥か古の時代』だけど、せいぜい10万年くらい昔の事で、2億年とか1億5000万年とかそんなに昔の事じゃないわよ」
シャルロッテがそう付け足して笑う。
それに対し、アリーセもまた「そうですね」と同意して笑った。
なんだ、その程度なのか。そこまで古いってわけじゃないんだな。
って、まて俺。なんだか『億』なんて単位が出て来たせいで感覚が麻痺ってるなぁ……
10万年前でも十分すぎるほど昔じゃないか……っ!
……ま、まあそれはともかく、中世戦国時代というのに少し興味をそそられるな……
夜にでも例の本――『この世界について色々書かれている本』を使って調べてみるか。
……
…………
………………
「随分と長い階段だな……」
階段を降り始めて数分、誰にともなくそんな風に呟く俺。
階段は延々と下へ続いており、少し高い天井からぶら下げられているシャンデリアもまた等間隔で延々と続いている。
っていうか、照明がシャンデリアって……。いやまあ、たしかに大聖堂っぽい気もしなくはないけどさ……
「ですね……。あまりにも上り下りするのが大変すぎて、今の時代にはそぐわないとかなんとかで、エレベーターを設置しようという話が進んでいるそうですよ」
「まあたしかに、お年寄りとかも来る事を考えたら、その方がいいわよね。駅だってそうなっているし」
シャルロッテがアリーセの話を聞き、納得した表情でそう言って肩をすくめる。
そう言えば、なにげに駅のプラットホームとそれを繋ぐ橋には全てエレベーターがあったな。
どうやらこのあたりの考え方は、なんとなく日本に近いようだ。
とまあ、そんな感じであれこれ話をしながら、ひたすら階段を下りることしばし……
ようやくたどり着いたその場所は、たしかに大聖堂と言うべき物だった。
建物5階分はあるであろう高い天井の中央には、美しい女性の姿が描かれており、その周囲には星空を思わせるような模様がびっしりと描かれている。
また、側面には半月状のステンドグラスが並んでおり、その向こう側からこちら側に向かって、光が差し込んできていた。
魔法で生み出された光っぽいが、太陽光が差し込んできていると言われたら、信じてしまいそうな柔らかい光だ。
そして正面――祈りを捧げる場所は、女神の住まう宮殿をイメージしたと思われる造りとなっており、青い光でライトアップされていた。
「……これは驚きだな……。実に荘厳にして神秘的な光景だ……」
「ええ、私も最初来た時はそう思ったわ」
俺の感想に同意してくるシャルロッテ。
「うん、私もそう思う。ちなみに、天井の美女は、女神ディアーナらしい、うん」
ロゼがそう言って、天井を指さす。
「女神様の肖像画に向かって、指をさすんじゃありませんっ!」
と、アリーセが怒るが、ディアーナは女神じゃないから構わない気もしなくはない。
まあ、そんな事を口にしたら、えらい事になりそうなので何も言わないが。
……それはそうと、全く似ていないな、あのディアーナの肖像画。
いやまあ、ディアーナに決まった姿なんていうものはなくて、俺の目に映るあのディアーナの姿は、俺が最初にイメージしたものだっていう事はわかっているんだけど、でも……なんだかなぁ……
◆
――ディアーナの肖像画はさておき、大聖堂をたっぷり堪能した俺たちは、地上へと戻ってきた。
しかし凄い場所だったな……。あそこなら間違いなく例のディアーナとの通話オーブが使えそうだ。
「さて、次はグランテール百貨店に行きましょうか。雑貨から食料品まで、様々な物が纏めて売られているので便利ですよ」
両手を合わせて、そう告げてくるアリーセ。
「ああ、あそこね。あれは凄く便利よねぇ。他の街にもあればいいのに」
「うん、なんでも買える。しかも安い。うん」
というシャルロッテとロゼの話からすると、高級な物が並んでいる方の百貨店ではなく、スーパーやホームセンターに近い百貨店のように感じるが、実際はどうなのだろうか? ま、見てのお楽しみって奴だな。
「じゃあ、早速そこへ行くとするか――」
「ん、ちょっと待って。その前に、すぐそこの武器屋に寄りたい、うん」
俺たちが歩き出そうとしたところで、そう言ってくるロゼ。
「武器屋? 何か買うのか?」
「ううん、短剣を修理して貰う。ちょっと戦闘で壊したから、うん」
ロゼは、俺の問いかけにそう返すと、昨日の夜、例の女性との戦闘で使っていた短剣を見せてくる。
「なるほど、刃にヒビが入りまくってるな……」
ヒビが無数に入っており、今にも砕けそうな刃を眺めながらそう言うと、
「うん、ツェアシュテールングを使ったら耐えられなかった」
そんな風に返してくるロゼ。
「……ツェアシュテールング? なんだかとても必殺技っぽい名称だが、それってどんな――って、ああ、もしかしてあの地面に突き刺して地を這う衝撃波を発生させてた奴か?」
他にそれっぽいのを使っている場面なかったしな。
……それにしても、なんとなくドイツ語っぽい響きだが、なんでこんな風に聞こえるんだ?
「うん、正解。ちなみにツェアシュテールングという名称は、昨日の夜、古精霊語辞典から格好良さそう単語を拾って私が付けた。うん、お陰で寝不足……」
なんて事を言ってあくびをするロゼ。
「寝不足の理由はそれかよ!?」
「そんな理由だったんですか!?」
俺とアリーセが同時にツッコミを入れる。
昨日の襲撃の関係かと思っていたら、全然関係のない大した事のない理由だったし!
ただ、古精霊語とやらがドイツ語――と、思われる言語に聞こえるという妙な収穫? は、あったな。
「はぁ……。まあ……それは置いておくとして、それじゃああの技は、ロゼが自分で編み出した物なのか?」
「うん、そう。正確に言うと、シャルが使っていた紅蓮閃っていう技と、超高速の抜刀術を私なりに組み合わせてアレンジした。うん。そしたらあんな風になった、うん」
「へぇ、なる――」
「えっ!? ちょ、ちょっとロゼ!? 貴方、あの2つを見ただけで再現……どころか、アレンジまでしたっていうの!?」
俺が話している途中で食い気味に詰め寄るシャルロッテ。その気持ちはわからんでもない。
「ん、大体の原理は見てわかった。だけど、うん、再現するには短剣じゃ無理だった。だからアレンジした、うん」
「いや……アレンジ……って。というか抜刀術はともかく、紅蓮閃を使うためには霊力が必要になるのだけれど……ロゼ、もしかして貴方って、魔女の血筋とかだったりするのかしら?」
ロゼの話を聞いたシャルロッテは、額を手で抑えながら、そう言って再び問う。
「ん、魔女の血筋かどうかは知らない、うん。けど、体内に霊力はある。――うん? シャルは違う?」
「……私は『絶霊紋』によって、無理矢理、霊力を生成して蓄えているから違うわ」
ロゼの疑問に対し、そんな風に答えるシャルロッテ。
「絶霊紋……ですか? えっと……それはどんなものなのでしょう?」
そうアリーセが尋ねると、シャルロッテは右手首のカフスを外し、カフスが巻かれていた辺りを左の人さし指と中指でなぞる。
と、次の瞬間、炎と刃を組み合わせたような妙に禍々しい紋章が、手首のやや上に姿を現す。
「――これが、絶霊紋よ」
ソウヤの家が服屋だというのを、ようやく出せました……
1章で出したかったんですが、出す機会がなくて、ここでようやくです……




