第12話 市内観光へ行……く前に
今回からしばらく市内を巡る(観光する)エピソードなので、日常の話が続きます。
もっとも、害獣だの魔獣だのがいる世界なので、戦闘が発生する回も普通にある予定ですが。
ある意味、予想通りというかなんというか、俺は地球での出来事を夢で見た。
「……そんな事もあったなぁ……。あの時に朔耶のテレパシーが覚醒したんだよなぁ。しかも朔耶の奴、いつの間にか戦闘ヘリどころか、船とか戦車とかまで操縦出来るようになってたし……」
当時の事を思い出しながら、そんな事を呟く俺。
そういや、ヘリに飛び移るのが地味に怖かったんだよなぁ……
あと、ヘリを持ち出した件で室長がえらい苦労してたっけな、あの後。
まあなんだかんだで、あれのおかげで俺たちが助かったのだからよし、という事に落ち着いてよかったというべきか。
なんて事を思いながら、起き上がる俺。
しかし、今思い出しても珠鈴の強さは桁違いというか、無双すぎだったな。
あの時は敵が守りを重視していたとはいえ、オートマトンの大群を相手どりながら、囮をしっかりこなした上で軽傷で切り抜けてきたし、他の時も、敵陣に切り込んでいってあっさり殲滅、とか普通にやってたからなぁ……
正直、能力が向上した今の俺でも、一対一だと勝てるかどうか怪しいな。
……それに対して、朔耶はなんというかこう……存在がイレギュラーすぎる。
あいつの行動は、何をどうやったらそうなるのかが、さっぱりわからん。
戦闘ヘリの操縦方法をどうやって覚えたのかとか、どうやって持ち出せたのかとか、なんであそこに来られたのかとか、後で説明すると言っていたが、結局その後のゴタゴタのせいで有耶無耶になったままだからな。
と、そんな事を考えながら着替えようとして、気づく。服が昨日のままだという事に。
……ああ、そう言えば、着替えるのも面倒になって、そのまま寝たんだった。
そう、ディアーナと共に遺跡で化け物とやり合った後、ディアーナによって3日ほどすっ飛ばされたわけで……
遺跡に入ったのが午後で、時間がすっ飛んで3日後の朝になって、そこから夜までだから……実質1日以上起きていた事になるわけだ。
しかも、戦闘までしてるからな……
部屋に戻ってきたら、凄まじく眠くなって着替える気にもならんかったんだよなぁ。
なんとか気合でロゼから預かったアリーセの魔導弓だけは、次元鞄にしまったけど。
使うかもしれないからって言ってたけど、あれを使うような事態が起こるのは勘弁願いたいものだ。……昨日の感じからすると、無理かもしれんが。
……って、いかん、そういや風呂にも入ってなかった。
うーん、たしか夕食の後にメイドさんが「お風呂にはいつでも入れるようになっています」って言ってたよな……
――行ってみるか。
◆
というわけで、風呂の入口へとやってきた俺。
と、入口の脇に何やら木札が置かれているのが見えた。……はて?
なんだろうと思いつつ、その木札を裏返すと、そこには『使用中』と書かれていた。
これをどう使うのか……と考えながら、入口付近に視線を巡らせる。
すると、入口のドアに、木札を掛けるのにちょうど良さそうなホックが取り付けられていた事に気がつく。
なるほど……風呂を使う場合は、あのホックに、この木札を掛けておけばいいってわけか。
というわけで、早速木札を掛けて中に入……ろうとした所で、なにやら中から気配を感じた。
……よし、ここは念の為、クレアボヤンスだ。
俺はそう判断し、早速クレアボヤンスを使い、透視を試みてみる。
……と。
「ぶふぉっ!?」
ドアの向こうには、パジャマを脱いでいる最中のロゼの姿があった。
なんで、『使用中』の木札を掛けてないんだよ!?
「あれ? ソウヤさん? お風呂場の前で何をしているんです?」
後方からアリーセの声が聞こえる。
慌てて振り向くと、俺に気づいたアリーセが、こちらに向かって歩いてくる所だった。
あ、危ない所だったぞ……
「あ、いや、風呂に入ろうかと思って、木札を掛けた所までは良かったんだが……なんだか中から気配を感じてな。開けて良いものかどうか迷っていたんだ」
俺はとりあえず、そう告げる。何も嘘は言っていない。
「あ、そうだったんですか。でしたら、私が中を覗いてきましょうか?」
「そうだな……すまんが、そうしてくれると助かる。もし、ロゼとかメイドさんとかがいたらまずいし」
アリーセの提案に対し、俺はそう答える。無論、中にはロゼがいるのだが。
……そして、十数秒後――
「ロ、ロゼ!? 入口の木札が掛かっていませんでしたよ!」
「あ、忘れてた、うん。……ちょっと、うん、寝不足で……思考が回ってなかった、うん」
「まったく……。ソウヤさんが気配を感じて入らなかったから良い物の、もし入ってきてしまっていたら、そのあられもない格好を見られていた所ですよ!」
「んー? ……うーん、誰かに見られるくらい、別に問題ない。うん」
「問題ない、じゃありません! 問題大ありですっ!」
というような、アリーセとロゼのやりとりが聞こえてきた。
っていうか……ロゼは見られても問題ないんかい。
いや、実の所、クレアボヤンスで見てしまっているのだが……
……ま、まあ、このまま見ていない事にしておくのが一番だな……
なんて事を考えて、ひとり頷く俺だった。
◆
「――というような騒動が朝からあったんですよ」
宿の談話スペースで、朝の出来事をシャルロッテに話すアリーセ。
それに対し、シャルロッテは、
「あら、ラッキースケベにはならなかったのね。……少し残念だったりしない?」
と、そう言って俺を見てくる。
……実はなっていたのだが、もちろんそんな事は言わない。言うわけがない。
というわけで、一言だけ「しない」と返して黙っておく。
「うん? ラッキースケベ?」
ロゼがその単語に興味を持ったらしく、シャルロッテに問いかける。
ついでに横のアリーセも、興味ありますと言わんばかりの表情をしていた。
そんな単語、この世界にもあるんだな……。
アリーセとロゼは知らないっぽいけど、何故シャルロッテは知っているのだろうか……と思っていると、
「偶然とか不可抗力とかで、えっちぃ場面に出くわしてしまう事を言うらしいわよ。昨日、エステルの所で読ませて貰った漫画に描かれていたわ」
と、そんな風に答えるシャルロッテ。――情報元はエステルの所かっ!
……っていうか、漫画なんてあったんだな、この世界。
いやまあ、小説があるのだから漫画もあっておかしくはないかもしれないが。
「それはそうと、今日はどこをどういう風に回る予定なんだ?」
このままその話を続けるのは危険な予感がしたので、俺はそう言ってみる。
「とりあえず、主要な施設やお店を巡りつつ、観光スポットに立ち寄る予定ですね。どこか行きたい場所とか買いたい物とかあれば、そのお店をお教えしますよ」
アリーセがそんな風に言い、俺とシャルロッテを交互に見てきた。
シャルロッテは、しばし顎に手を当てて考えてから、
「服が欲しいわね。私、あんまり持っていないから。出かけ用の服なんて、今日のこの服とあと一着くらいしかないわ」
と、言葉を返す。
そう口にしたシャルロッテを改めて見ると、昨日やこの間とは、たしかに服装が変わっていた。
ゴスロリっぽいフリルのある丈が短めのキャミソールワンピースに、レースのガーターストッキング、そしてインナーにはカットソー……と、なんともカジュアルな雰囲気が漂っている。
手首につけているフリルつきカフスが特徴的だな。ゴスロリっぽさを感じるような服装が好みなのだろうか?
ついでに……と、アリーセを見ると、こちらは丸襟で袖がパフスリーブになっているブラウスの上に、ブレザー風の上着を身に着け、襞の幅が異なる2つのプリーツスカートを重ねる形で履いている、といった感じの服装だ。
あと、ブーツとスカートの間の素足部分――右太腿には紐状のリボンを巻きつけ、左太腿にはキャットガーターをつけ……と、左右であえて非対称にしている辺りが細かいな、と思った。
……どうでもいい話ではあるが、この太腿のリボンとキャットガーター、ここに来るまで歩いたり走ったりしたんだけど、まったくズレてないな。うーむ、どうなっているのだろう……。まさか、なんらかの術式が組み込まれていたりするのだろうか?
とまあ、そんな感じでふたりの服装を観察していると、アリーセがロゼの方をちらりと見ながら、言葉を紡いだ。
「そうですね。……ロゼの服もどうにかしたいですし、良い店を案内しますね」
ロゼの服装はというと……昨日と同じだった。
その格好――学院の制服が、お気に入りなのだろうか?
と、思っていたら、
「ん? 私はこれでいい、うん。別の服とか、選ぶのめんどくさい。うん」
なんて事を言うロゼ。……なるほどそういう事か。まあ、わからんでもないが。
「そう言うと思っていましたよ。なので、こちらで見繕ってあげます」
ロゼに対し、ピシャリとそう言い放つと、俺の方を見て、
「ソウヤさんはどこか行きたい所はありますか?」
と、問いかけてくるアリーセ。
「あー、そうだな……。大聖堂と湖の城が気になるな」
大聖堂はディアーナと連絡する時に使えそうなので、知っておきたい。
城の方は上空から眺めた時に見えた奴だけど、ルクストリアに来てから、ずっと気になっていたんだよな。どんな感じなのか。
「城って行けるのかしら? 私も見てみようと思って、前に行ってみたんだけど、城へと続くクラウディア大橋が老朽化してて危険だからとかで、渡れなかったから諦めたのよね」
首を傾げて疑問を口にするシャルロッテ。
「あ、それはきっとタイミングが悪かったですね……。残念ながらあの橋は渡れなくなってしまいましたが、すぐに代替手段として、近くの桟橋からあの古城――アルミューズ城へ渡るための船が出るようになったんですよ」
「ん。あそこはルクストリアの観光名所だから、うん。1週間もしない内に対応が終わった。……と、アーヴィングお……様が言っていた、うん」
アリーセの説明に付け足す形でそんな風に言うロゼ。
どうやら、昨日話していたように『お父さん』と言おうとする努力はしたらしい。なんだかちょっとだけ微笑ましい。
「あ、そうだったのね。それならもう一度行ってみれば良かったわ」
シャルロッテはそこで言葉を一度区切り、肩をすくめてみせた後、アリーセの方を見て言葉を続ける。
「――それで、ここから一番近いのはどこなのかしら? 大聖堂?」
「いえ、この宿からですと、服屋さんの方が近いですね。あそこの角を曲がってすぐの所ですから」
そう言葉を返しながら、宿の窓ごしに手の先で角を指し示すアリーセ。
「なら、そこから行くのが良さそうだな」
俺の言葉に頷くふたり。
「んんー、むしろそこは最後でいい、うん」
ロゼは最後まで抵抗していたが、そんな抵抗もむなしく、立ち上がったアリーセとシャルロッテによって、問答無用とばかりに引っ張られていくのだった――
ソウヤは女性の服装(と、ついでに髪型)を割と細かく表現している(服装がシンプルな女性は除く)のですが、今回はしっかり観察している為、更に細かいです。
なぜこんなに細かく表現しているのかというその理由は、次回(次の話で)




