第11話 雨上がりの庭園の戦い
アーヴィングを交えた夕食も終わり、2階の客室――畳が敷かれた和室にベッドが置いてあるそんな造りの部屋――の窓から、雨上がりの庭園をぼーっと外を眺める俺。
一応、アーヴィングには俺の本来の目的である『100年前から起き始めた何か』と『あの化け物に関する情報』について聞いてみたが、特に有益な情報は得られなかった。
国内にそれらしい情報があれば、伝えてもらえる事にはなったので、少しは何か得られそうな気はするが……
まあ、それを待っていても仕方がないので、ルクストリア市内で情報収集をしたい所だが、はてさて、どういう風にするのがいいのだろうか……
と、そんな事を考えていると、庭園の中で何かが動いた。……ん? 夜行性の動物でもいるのか?
なんとなく気になった俺は、クレアボヤンスを使って見てみる。
するとそれは動物などではなく、こそこそと物陰に隠れながら何かをしている人影だった。
メイドさん……にしては動きが怪しすぎるよなぁ……
暗くて顔が見えないのでクレアボヤンスで更に視界を近づける。
――人影は、赤黒くて丸みのない般若、といった雰囲気のする仮面をつけた女性で、望遠鏡のようなものを使って屋敷の様子を伺っていた。
……なんだ? 泥棒か密偵か、それともストーカーか? 1日で2回も不審な奴を見つけるとか、どうなってんだ……この街は。
心の中でため息をつくと、俺は気づかないふりをしつつ、そーっと障子を閉める。
そして、即座に部屋を出て玄関に向かって走り出した。
何が目的かは知らんが、あんな不審人物を放っておくわけにはいかないからな。
「うん? ソウヤ? どこへ?」
玄関で靴を履いていると、通りかかったロゼに問いかけられた。
服装こそパジャマ姿だったものの、その両の腰にはバッチリと、短剣がぶら下がっていた。
戦力として十分だと判断した俺は、ロゼに窓から見えた不審人物の事を話し、共に庭園へと出る。
「……ん、不審者は、どこ……?」
小声で問いかけてくるロゼ。
「……たしか、あの辺り…………っと、まだいるぞ。――あそこだ」
俺は部屋から見えた場所をクレアボヤンスで確認し、指でそこを示す。
「ん、分かった。私はこっちから、ソウヤはそっちから、うん」
ロゼは挟み撃ちを狙っているらしい。
俺は頷き、その通りに動く。
が、女性は俺に気づき、逃げようと身を翻した。
くっ! アポートで引っ張るにも距離が遠いっ!
――アポート!
試してみるも、予想通り空振りに終わった。
気にせずそのまま追いかけるようにして走る。
「うん、逃さない」
いつの間にか回り込んでいたロゼが、緑色に光る粒子を撒き散らしつつ、凄まじい速度で女性に肉薄、短剣を振るう。
おそらく、加速するタイプの魔法かなにかを使っているのだろう。
が、その高速で振られた刃は、むなしく空を切るだけに終わった。
回避されたのではなく、女性の姿自体が、一瞬にしてかき消えてしまったのだ。
「んんっ!? 転移の魔法!?」
驚きの声を発しつつも、大きく後方に宙返りするロゼ。
どうやら、女性はロゼの後方へと瞬間移動していたらしい。
ロゼが宙返りしたお陰で、その身体によって隠れていた女性の姿を、再度捉える事が出来た。ってか、転移魔法なんてあったのか……
連続で転移する事は出来ないのか、宙返りしながら振るったロゼの短剣――正確に言うなら、短剣をクロスさせて放った《翠風の裂刃》――を、その腕で受け止め、俺の方へとバックステップする女性。
衝撃波が腕にあたった瞬間、ギィンという甲高い音が響いたので、どうやら小手かなにかを装着しているようだ。
それにしても……宙返りしながら魔法発動準備をこなすとか、どうやってんだ?
と、そんな事を考えつつも、当然の如く俺も動く。
――アポート!
今度はギリギリ射程圏内だ。
女性は俺のアポートに引っ張られ、目の前へと転移してくる。
「……っ!?」
驚きに満ちた目で狼狽する女性。
その隙を逃すことなく、素早く羽交い締めにして言い放つ。
「俺から逃げられると思うなよっ!」
「うん、ナイス。拘束する」
ロゼが何かの魔法――おそらく拘束系の魔法だろう――を発動しようとし始める。
が、魔法が発動するよりも早く、羽交い締めにしていたはずの女性の姿が消えた。
同時に魔法発動準備がキャンセルされる。ロゼが対象を見失った為だろう。
「んなっ!?」
という驚きの声をあげつつも、急いで周囲を見回すと、木々の合間に女性の姿があった。
おいおい、捕まえている状態でも転移出来るのかよ……。実に厄介な魔法だな……
「そっちだ!」
そうロゼに呼びかけつつ、再度アポートを試み――ようとした瞬間、女性が拳を突き出す。
と、同時に拳の形をした青い塊が生み出され、一直線に俺めがけて突っ込んできた。これは……気弾の類か?
サイコキネシスで弾き返すには集中する時間が足らなすぎるので、思い切り横へ飛び退いてそれを回避。
しかし、そこを狙ってもう片方の拳から放たれた青い塊が迫ってきていた。
動きを読まれた……っ!?
少しでも衝撃を緩和すべく、サイコキネシスを試みる。
次の瞬間、ドンッという重い物が衝突する音が響く。
……だが、俺自身には何の衝撃も来ない。俺の眼前でなにかによって相殺されたようだ。ん? 相殺?
…………あっ、そうか! 服に付与されている防御魔法か!
すっかり忘れていたが、この防御魔法、魔法にはとてつもなく強いんだった。
って事は、あれは気弾ではなく、魔法なのか。
むう、こいつは失敗したな……
なにしろこの回避と防御行動が、相手に逃げる余裕を与えてしまったのだから。
そう心の中で反省しつつも、女性を追うべく足を動かす。
その俺の動きとほぼ同じくして、ロゼが走りながら、女性めがけて短剣を投げつけた。
が、あっさりと如く腕で払われてしまう。ま、そうだろうな。
……しかし、そこで終わったりはしない。
俺は走りながらサイコキネシスを使い、払われてしまった短剣を空中で止め、そのままもう一度女性に向かって放つ。ついでに魔法杖を呼び寄せ、雷撃も放つ。
そこにロゼが、再び粒子を撒き散らしながらの急速接近を仕掛け、女性との間合いを一瞬にして詰めると、逆手に持ち替えたもう1つの短剣を振るった。
俺の遠距離からの攻撃2発を回避した女性だったが、ロゼの攻撃までは回避しきれなかったらしい。短剣が女性を掠めた。
刃によって仮面が切り裂かれ、隠れていた女性の顔が顕になる。
俺は即座にクレアボヤンスを実行。当然その顔を拝むために、だ。
「……っ!?!?」
――クレアボヤンスが捉えたその顔は、珠鈴にそっくりだった。
無論、珠鈴がこんな所にいるわけがないので、そっくりなだけの別人だろう。
だが、あまりの事に俺は動揺し、動きを止めてしまった。
直後、女性が軽く跳躍しながらの回転蹴りを放ち、ロゼを吹き飛ばす。
と、同時に再度の転移魔法。塀の近くへとたどり着く女性。どうやら、塀を越えて逃げるつもりのようだ。
「飛ばして!」
吹き飛ばされたロゼが、空中で体勢を立て直しながらそう叫ぶ。
その意味を理解した俺は、即座にアスポートをロゼに対して実行。
刹那、ロゼの姿がかき消え、瞬時に女性のやや後方へと移動する。
……くっ、微妙に距離が足らないか……っ!
ロゼは、その場で素早くしゃがみ込みながら短剣を地面に突き立てる。
と、その直後、地を這う青白い衝撃波が生み出され、女性へと襲いかかる。魔法……じゃないな。なんだ?
その攻撃が当たる直前、体を捻ってそれを回避する女性。
だが、ギリギリの回避だったからか、女性の腕から血が噴き出した。
小手では防ぎきれなかったようだけど……でも、浅いな。派手に血が噴き出したように見えるが、大したダメージを与えてはいなそうだ。
女性は反対側の腕を突き出し、先程俺に使った拳の形をした青い塊を撃ち出す。
ロゼは横に転がって、その攻撃を回避するが、その隙に女性は跳躍し、塀の上へと飛び移った。
また、とんでもない跳躍力だな。あの塀、俺の身長の2倍以上あるんだが……
と、そう思いながら、俺はロゼに続いてアスポートしておいた魔法杖から、雷撃を発射して追撃を試みる。
しかし、腕――というか小手によって、あっさりブロックされてしまう。
むう……雷撃1発じゃ、ロゼの放ったあの衝撃波ほどの威力はないか……
そして、再度雷撃を発射するよりも速く、女性は塀の向こう――街の中へと消えていってしまった。
はぁ……。万事休す、だな。
「……んん、さすがに《翠迅の瞬歩》を、もう一度使うだけの魔力は残ってなかった……うん。こっちを投げるんじゃなかった……うん」
肩を落としながら、俺がサイコキネシスで飛ばして木に刺さったままになっていた短剣を回収しつつ、そんな事を言うロゼ。
やはり、あの急速接近は魔法によるものだったらしい。
魔法である以上、魔力が切れてしまえばそれ以上は使えない。
「なにやら戦闘音が聞こえたから来てみたんだが……」
「一体なにがあったんです?」
戦闘の音を聞きつけてやって来たらしいアーヴィングとアリーセが、こちらに歩み寄りながらそう問いかけてきた。
「うん、侵入者。不審な女が家の様子を伺っていた、うん。けど、取り逃がした。うん、凄く残念……」
「一度は捕まえたんですが……転移魔法を使われて逃げられました」
俺はロゼの言葉に補足する形で言う。
「えっ!? 転移魔法……ですか!?」
「加速系の魔法ではなくてか!?」
驚きの声をあげるアリーセとアーヴィング。
ロゼがそのふたりに対して頷き、そして言葉を返す。
「うん、間違いない。あれは完全に瞬間移動だった。私の《翠迅の瞬歩》ような加速魔法の類じゃない、うん」
「……ぬぅ。このルクストリアには、転移魔法の発動を阻害する結界が市内全域を覆う形で展開されている。にも関わらず、転移魔法を使ったとなると……」
そんな事を呟くように言って考え込むアーヴィング。
ふむ……。転移魔法の発動を阻害する結界なんてのがあるのか。
まあ……ここはこの国の首都なわけだし、政治経済の中心である以上、転移系への備えは必須と言えなくもないか。
「うん、おそらく、魔煌波を利用しないタイプの術。うん、つまり――」
「魔女技巧やそれに類する古来の術式を扱える者、ですね」
ロゼの言葉を引き継ぐようにしてアリーセが言う。
「ぬう……やはりそうなるな。となると、魔煌波の乱れを辿っての追跡は不可能。他の手を考えるしかない、か。やれやれ、面倒な相手が現れたものだ」
アーヴィングがため息混じりにそう言って頭を掻く。
「ちなみに、この屋敷を探られる心あたりとかは?」
尋ねるまでもない話な気はするが、一応尋ねてみる。
「ある。だが、その心当たりが多すぎる。正直どれなのかさっぱりだ」
アーヴィングはそう言葉を返し、肩をすくめてみせた。
「……ですよねぇ」
ま、わかっていた事だけどな。
元老院議長――国家元首ともなれば、そういうものだろうし。
「とりあえず……この屋敷のセキュリティに関しては、明日にでも対策をしておかないと駄目だな。――さて、さすがに今日はもう来ないだろうし、これ以上ここに居ても仕方あるまい。屋敷に戻るとしようか」
と、アーヴィング。俺たち3人はそれに対して頷く。
しかし、結界を無視する転移魔法の使い手ねぇ……
珠鈴のサイキック『テレポーテーション』も魔法じゃないから、結界を無視して使えるよなぁ……
って、まてまて俺。顔が似ているからって、何考えてんだ。そんなわけがないだろうに。
俺は頭を振り、浮かんできたありえない事を頭の中から追いやると、皆と共に屋敷へと戻るのだった。
次回から2話ほど異伝(過去の話)の予定です。




