第10話 元老院議長アーヴィング
和風の屋敷には不釣り合いじゃないかという印象を受ける西洋風の応接室で、これまた不釣り合いじゃないかと思う湯呑みに入った緑茶を飲みながら、ロゼと共に待つことしばし……
先程までの学院の制服から、ブラウスにジャンパースカートという、いかにも普段着といった感じの服装に変わったアリーセと共に、筋骨隆々という表現が正しい程のガタイのいい男が入ってきた。……しかし、なぜに室内で黒いロングコートを羽織っているんだ? この人。
「おお、キミがソウヤ君か! アリーセとロゼから話は聞いているぞ! 物語の英雄並の強さだというその力、是非この目で見てみたいものだ! 後で俺と手合わせをしてくれないか!」
開口一番そんな事を言い放って来るガタイのいい男。
……なんだか、随分イメージと違うが、果たしてこの人がアリーセの父親でいいのだろうか? と、不安になっていると、
「もう、父様! いきなり何を言っているんですか!」
アリーセが怒りの声をあげたので、アリーセの父親――アーヴィングで間違いなさそうだ。
アーヴィングはアリーセに対して、
「す、すまん……。つい……」
そう言って謝ると、俺の前にやってきて、
「――貴殿がソウヤ・カザミネ殿ですね。私はアーヴィング・フォード・オルダールと申します。先日は、娘のアリーセとロゼの窮地を救っていただいたそうで、まことに感謝いたします。また、聞けばアルミナで発生した魔獣が多数出没するようになった件においても、原因を突き止め、解決に導いたとの事。国内での事件解決に尽力いただきました事、国家元首である元老院議長として、まずは言葉にてお礼を申し上げます」
と、そう述べて深く頭を下げてくる。
……なんだか、さっきとは別人みたいだな。ある意味さすがと言うべきか。
っていうかさっきの発言、サラッとなかった事にしてないか? 別にいいけど……
「あ、いえ……どちらも偶然みたいなものですので……」
どう答えるべきか迷い、とりあえずそれだけ言葉を返す俺。
こういう時、どう返すべきなのか良く分からないしなぁ……
「英雄というのは、得てしてそういう偶然に出くわすものです。――ともあれ、貴殿の行いに対し、言葉のお礼だけでは不足というもの。後ほど形のあるお礼をご用意いたしたいと思いますが、すぐにとはまいりませんので、とりあえず……というわけではありませんが、当家に好きなだけご滞在いただければ……と」
アーヴィングは、俺に対してそんな風に言いながらロングコートを脱ぎ、テーブルを挟んで俺と反対側のソファーに座った。
……もしかして、あのロングコートって、俺に礼を言うためだけに着ていたのか?
うーむ、この世界の礼儀作法の1つか何かなのだろうか? 良くわからんな。
「ん、それ、お父さんが手合わせしたいだけじゃ? うん」
「い、いや、そんな事はないぞ……。他にも色々あるしな。うん」
ロゼのツッコミにそう返すアーヴィング。色々ってなんだ……。
ってか、それより今――
「なあロゼ、今、アーヴィングさんの事を『お父さん』と呼んだけど、アルミナで話をした時は、アーヴィング様って呼んでなかったか?」
「……う、うん。えっと……うん、面と向かって本人に言うのは何ともないけど、うん、他人に話す時にそう呼ぶのは……ちょっと恥ずかしい、うん」
俺の問いかけに対して、そう答えてくるロゼ。
表情は変わらないが、顔が赤くなっている事は分かった。
しかし、面と向かって本人に言うのはいいけど、他の人に話す時は駄目って、なんだか変わっているな。普通は逆か両方駄目なもんじゃないかと思うが……
「そこは恥ずかしがらないでくれると嬉しいんだがなぁ……。俺からしたら、アリーセもロゼもどっちも俺の娘なのだから、胸を張って他人にもそう言ってくれると嬉しいぞ」
アーヴィングが残念そうな顔で言う。
「……うん、努力はする。だ、だから……うん、あんまりそこを追求すると、サイドカーに乗らない、うん」
ロゼはそう呟くように言って、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
『そこ』ってのは『俺の娘』と『お父さん』とどっちの事なのだろうか……。いまいちわからないが、それについて聞いても答えてくれなさそうだな。
というわけで、話題を変えてみる。
「えっと……サイドカー?」
「来月、このルクストリアと東のランゼルトとを結ぶ、この国……いや、世界初のレビバイク専用長距離道路が完成するのだが、その式典でサイドカーという物をお披露目する予定でな。俺の運転するレビバイクのそのサイドカーに、ロゼが乗る予定になっているんだ」
ロゼの代わりに、砕けた口調になったアーヴィングがそんな風に説明をしてきた。
ふーむ……サイドカーってまだなかったのか。以外だな。
そう思いつつ「なるほど」という納得の言葉を返すと、アーヴィングは相槌を打ち、
「ああそうだ。先のお礼もまだ渡していないのに、更に頼み事をする形になって恐縮なんだが……その式典に関連する話で、ソウヤ君に1つ受けて貰いたい依頼があるんだ」
と、言ってきた。
「依頼……ですか?」
「うむ……。実はその式典でレビバイクの乗り手が不足しているという事が、先程の打ち合わせで判明してな。是非キミに乗り手をやって欲しいんだ」
アーヴィングが俺の問いかけに頷き、そう答えてくる。
「うん? なんでソウヤに?」
そっぽを向いていたロゼが、疑問に思ったらしく、そう問いかける。
「いや、打ち合わせでそう告げられて、もう来月に迫ったこのタイミングでそんな事を言われてもなぁ……と思った俺は、なんとなく大聖堂に寄って祈りを捧げたんだ」
「まあ……父様のその気持ちは、わからなくもないですね」
指で頬をつつきながら、アーヴィングの言葉に同意を示すアリーセ。
「んで、家に帰ってきたら、ちょうど噂のソウヤ君が家にやってきたわけだ。これはもうソウヤ君に乗り手の依頼をするように、という女神ディアーナの導きに違いない! と、俺はそう思ったんだよ」
アーヴィングが拳を握りしめてそんな事を言う。女神ディアーナって……。
ああでも、最初にディアーナと話をした時に、ディアーナは『地上では女神のように扱われている』とか言ってたっけな。
アルミナでは、女神の話とか出てこなかったから、完全に失念していたわ。
しかし、言いたい事はわからんでもないが、1ヶ月もあれば俺じゃなくても乗り手なんて見つかるんじゃなかろうか?
と、そう疑問に思った俺は、それを口にしてみる。
「えっと……レビバイクに乗れる人なら、他にも大勢いるのでは? 結構な数のレビバイクが道を走っているのを見かけましたけど……」
「乗るだけであれば、たしかに大勢いるのだが……あれに乗れる上で、戦闘もこなせる者となると、ほとんどおらんのだよ。今回不足しているのは、護衛役も兼ねた乗り手なのでな。1ヶ月で条件を満たせる者を見つけられるかというと、少々不安がある」
「はぁ、なるほど……」
ふむ……そういう事か。
良く分からないが、俺はその条件というのを満たしているようだ。
「キミはレビバイクに乗りながらでも戦闘をこなせるだろう? アリーセから、アルミナの荒野でレビバイクを駆りながら、ワイバーンもどきと戦闘した話は聞いているぞ」
「いやまあ、たしかにレビバイクを運転しつつ戦闘しましたけど……」
あの時の戦闘では、俺はレビバイクを運転していただけで、主に攻撃を仕掛けたのはアリーセなんだよなぁ。
もっとも、サイコキネシスを使えば、運転しながら攻撃も出来るだろうけど。
「アリーセから聞いた話からすると、キミの運転技術は条件を満たしてなお有り余る程だ。これを逃す手はない」
アーヴィングはそう言ってアリーセの方を見る。
俺もまたアリーセの方を見ると、アリーセは笑みを浮かべて頷いてきた。
あ、これ……絶対、話を盛っているパターンだ。
「なるほど、たしかにソウヤさんなら適任ですね」
「……ん、んん? でもお父さん、あの専用道路を走行するには、ライセンスが必要じゃ? うん、市内を運転出来る様になるあれ」
と、アリーセが首を傾げながらアーヴィングに問いかける。
ああ、そう言えばそんなライセンスがある話を、アルミナで聞いたな……
「うむ、たしかにその通りだ。が、そこは式典特例という形にして、細かい所は全てすっ飛ばしてすぐに発行させればいいだけの事だ。難しい問題ではない」
なんて事を言うアーヴィング。それでいいのだろうか……
例の本には、イルシュバーン共和国の現元老院議長――つまりアーヴィングは、公明正大な人間だって書いてあったような気がするんだが……
ああでも、私事ではなく式典の為の措置であり、なおかつ堂々と隠す事なくやるのなら、公明正大というのは間違いでもない……のか?
「まあ、そういうわけなので、ついでにライセンスを得る事も出来るぞ。もちろん、他にも報酬は出そう。――どうだろうか?」
腕を組み、そう言ってくるアーヴィング。
ふむ……。まあ、特に急ぎの用事があるわけでもないし、ライセンスが得られる上に、報酬も出るのなら悪くはないな。むしろ好条件すぎるくらいだ。
「……わかりました。その依頼お受けいたします」
俺がそう告げると、アーヴィングは満面の笑みで、
「おお、そうかっ! 実にありがたいっ!」
と、そう言って握手を求めてきた。
俺がアーヴィングの手を取り、握手を終えると、
「ソウヤ殿、色々と話を聞きたい所だが、続きは夕食の時にしよう。私はちょっと今の件を連絡してくるので失礼させて貰うよ」
という言葉と共にアーヴィングが立ち上がる。
そして、アリーセに対して「後は任せる」と言い残すやいなや、足早に応接間から出ていってしまった。
アリーセがアーヴィングを呼び止めようとするが、既に部屋から出ていってしまっており、声が届く事はなかった。
……なんというか、即断即決、ついでに即行動って感じだな。
ただ、それでいてしっかり情報を収集して、それを元に確実性の高い手立てを考えている感じでもあった。さすがは元老院議長――国家元首といった所か。
などと考えていると、アリーセが額に手を当てて頭を振り、
「……あんな父様で申し訳ありません……」
と、ため息混じりに言ってくる。
「ああいや……なかなか優れた人だと思うぞ。俺は」
アリーセに対してそう述べると、アリーセの代わりにロゼが、
「うんまあ、とても凄い人。だけど……うん、とても無茶苦茶でもある」
そんな言葉を返してきて、ウンウンと首を縦に2回振った。
「無茶苦茶……。うんまあ……そうだな。言いたい事はわからんでもない」
そう俺が言った所で、応接室のドアがノックされる。
アリーセが入るように促すと、玄関の所で出会ったメイドさんが入ってきて、客室が整え終わったという報告してきた。
「わかりました。それではソウヤさん、客室へご案内しますね」
そう言ってソファーから立ち上がるアリーセに続き、俺もまたソファーから立ち上がる。
……あ、そういえば客室は和と洋、どっちなんだろうか。個人的には和のが好みだけど……
と、そんな事を思いながら、俺はアリーセに案内され客室へと向かうのだった。




