第9話 2億年前の遺物とアリーセの家
敬礼の事はさておき……今日はもう遅いという事で、市内の案内は明日からという事になった。
「――さて、それじゃここに来た本題だけど……ミラージュキューブの解析状況はどうなっているんだ?」
「正直言うと、あんまり進んでおらんのぅ。理解不能な文字列が多すぎて解読するのも一苦労じゃわい。ソウヤよ、すまぬが後で文字列を渡すゆえ、訳してはくれんか?」
と、俺の問いかけに対し、そう返してくるエステル。
「ああ、それは構わないが……」
「すまんの。よろしく頼むわい。――ただ、わかった事もあるぞい。あの遺物じゃが、年代測定を行った所……どうやら2億年前の代物のようじゃと判明したのじゃ」
「……は? 2億……年、前?」
2億年ってなんだよ! 2億年って! 文明が生まれて滅びて、また生まれて滅びて……を繰り返してもおかしくないくらいの昔じゃねぇか! なんであんなに原型を留めてんだよ!? そもそも、俺がアポートで引っ張り出すまで普通に稼働していたぞ! あれ!
と、心の中で十分に叫んでから、
「いやいや、いくらなんでも古すぎだろ……。本当にあってんのか? その測定結果」
冷静にそんな言葉を紡いだ。どう考えても結果がおかしいだろ……
「無論、妾とて理解不能じゃった故、故障や誤測定を疑って色々試したわい。じゃが、その結果、出て来た値が正常である事が逆に確信出来てしまったのじゃよ」
「むう……。あれこれ詳しいシャルロッテはどう思う?」
如何ともし難いので、俺はシャルロッテに話題を振ってみる。
……が、反応がなかった。
どうしたのかと思いシャルロッテの方を見ると、シャルロッテは目を瞑り、こめかみに指を当てて何かを深く考え込んでいるようだった。
「シャルロッテ?」
俺は再び問いかける。
「…………え? あ、えっと……考え事をして聞いていなかったわ、ごめんなさい。それで、何を問いかけてきたのかしら?」
何を考えていたのか気になったが、そう言われてはこちらが先に答えるしかない。
「……ミラージュキューブが2億年前の物だっていう測定結果が出たんだけど、シャルロッテはどう思うよ、って聞いたんだ」
「そうね……。たまにあるわよ、1億年以上前の遺物とかも。……本当にたまに、それこそ数千年に一度の大発見! っていうレベルで、だけどね。――ちなみにこの刀、これも1億5000万年前に生み出された物よ」
シャルロッテは、そう言って刀の鞘を指でつついた。
「なんじゃとぉぉぉぉぉっ!?!?」
俺よりも先にエステルが食いついた。
俺も驚きの叫び声をあげたい気分だが、出遅れたのでやめておこう。
しかしこの世界、ディアーナですら知らない『何か』が隠されているよなぁ……確実に。
まあもっとも、その『何か』というのがなんなのかは、現時点じゃ皆目検討もつかない状態ではあるんだけどな……
「すっ、すまぬが、そのあたりの事を詳しく!」
「え、ええっと……興奮している所悪いんだけど、これは、私の家に代々伝わる刀という以外の情報を私は持っていないわよ。あ、ちなみに1億5000万年の物なのは刀身だけで、鞘と鍔はボロボロになる度に交換されているわ」
グイグイ迫るエステルに対し、シャルロッテが若干引き気味にそう告げた。
「そうじゃったか……。であれば、しばしその刀貸してはくれぬか? 色々と調べてみたいのじゃっ!」
「それは無理ね。これがないと私の技の大半が使えなくなってしまうもの」
「むぅ……。であればこの後、少しだけで良い故、刀を調べるのに付き合ってはくれぬか?」
と、なおもシャルロッテに食い下がるエステル。
「まあ……それくらいならいいけど……。代わりに、ミラージュキューブを少し見せて貰っても良いかしら?」
「それは構わぬ――よな?」
エステルは、シャルロッテの出した交換条件に頷きそうになった所で、こちらに顔を向けてきた。
「ああ、別にいいぞ。新しく『何か』わかったら教えてくれ」
と、『何か』を強調して言葉を返しつつ、エステルに視線を送る。
どうやらシャルロッテは、あのミラージュキューブになにか思う所があるっぽいからな。あと、この世界に隠されたものについても、だ。
まあ、そんなわけでとりあえず、2億年前の遺物とやらであるミラージュキューブの実物を見せて反応を見てみよう。
……という意図を込めたのだが、果たして通じたのだろうか?
「うむ、分かっておるわい」
そう言って頷くエステル。
通じた……のか? まあ、通じたと思いたい。
◆
「――さて、そろそろ私はお暇しますね。アルミナに戻らないといけないので」
というエミリエルの言葉に、俺も続く事にした。
シャルロッテはエステルと共に学院に残り、アリーセとロゼは帰るというので、シャルロッテに滞在先を聞いてから4人で学院の外へと出る。
雨はまだ降っていたものの、大分弱くなっていた。もう少ししたら止みそうだな。
「滞在先と言えば……ソウヤさんはどちらに宿泊する予定なんですか?」
トラム待ちをしていると、アリーセがそんな事を問いかけてきた。
「いや、特にどこってのは決めてないが……。っていうより、そもそもどんな宿があるのか知らないし、まあとりあえず……シャルロッテの滞在先の宿に空きがあれば、そこでいいかなぁ」
そうすれば面倒がなくていいしな、明日。
まあ、もし空いていなかったら、その時はアルミナへ戻ればいいだろう。鉄道を使えばすぐの距離だし。
「あ、でしたら、ウチに来ませんか? お客様用のお部屋が使わないままになっていますし、父も一度会いたいと言っていましたから、良い機会です」
「うん、それはいい考え。ソウヤ、そうするといい、うん」
アリーセの言葉に頷き、賛成を示すロゼ。
「え? いや、それはさすがに――」
俺が遠慮の言葉を紡ごうとした所で、エミリエルが食い気味に、
「いいのではないですか? アーヴィング議長閣下と面識を持っておくのは悪い事ではありませんよ?」
と、そんな風に言ってきた。
「う、うーむ……」
俺がどうしたものかと唸っていると、期待の眼差しを向けてくるアリーセとロゼ。
しばしの葛藤の後、俺はふたりに向かって告げる。
「……じゃ、じゃあ今日だけ厄介になるって事で……」
……いやだって、あの眼差しを向けられて断るのも気が引けるし……
と、心の中でそんな言い訳を呟くのだった。
◆
――そんなわけで、中央駅でエミリエルと別れた俺たちは、岬居住区にあるアリーセの家へとやってきた。……家っていうか、屋敷だが。しかも、日本風の屋敷だ。
『岬居住区』の『岬』ってのはどういう事なのかと思ってアリーセに尋ねてみると、どうやらこの地区は、上空から見た時に湖にせり出していた部分にあたるようだ。
ロゼ曰く、湖畔の地区の中ではもっとも湖からの高さがあり、ここから湖に飛び込むのはなかなか勇気がいる、らしい。前に飛び込んだ事があるようだが、一体、何をしているのか……
などという現実逃避は程々にして、木造の豪華な門をくぐる俺。
するとそこには、日本の庭園そのものがあった。
「なんというか、見た事のある風景だけど、この国で見るとは思わなかったな……」
そう俺が呟くと、
「家は父様の趣味で、アカツキ皇国風の造りをしているのですが、たしかにソウヤさんからしたら見慣れた風景ですよね」
アリーセが納得顔でそう言ってきた。
「でも、玄関はドアなんだな。引き戸かと思ったんだが……」
玄関の方を見て言う俺。そう、玄関はいたって普通の西洋風のドアだったのだ。
「ん、それは簡単……。アカツキ皇国の『引き戸』という物を作れる人が、ルクストリアで見つからなかった、うん。だから、『雨戸』という物もない」
「ええ、その通りです。――ちなみに、同じ理由で庭園を作れる方がいなかったので、この庭園は父様がアカツキ皇国の庭園写真を参考にご自分で作り上げたものだったりします」
ロゼとアリーセがそんな風に言ってくる。
「これ、自力で作ったのか……。俺の見慣れた庭園と大差ないぞ。よくまあここまで作ったものだ」
「それを父様に話したら、きっと喜びますよ」
――そんな話をしつつ、玄関から屋敷の中へと入る俺たち。
うーむ……中もすごく和風だな。
と、 そんな事を考えながら、靴を脱いで上がる。
「……今、凄く自然な流れで靴を脱ぎましたね。さすがです」
「うん、普通初めて来た人は、そのまま上がろうとする。うん」
アリーセとロゼからそんな風に言われた俺は、
「そりゃまあ……俺にとっては、こっちの方が普通だしなぁ……。身に染み付いた習慣って奴だな」
そう返しながらしゃがんで靴を揃える。って、これもそうだな。
「あ、アリーセ様、お帰りなさいませ」
こちらに気づいた赤毛の猫耳――カヌーク族の女性がそう言って近寄ってくる。
その女性はフリル付きの袴に似たスカートに、ケープ付きの着物……っぽい柄の上着という、大正ロマン的な何かをちょっとだけ感じるそんな服を身に纏っていた。
うーむ……。なんとなくメイドさんっぽいけど……
「ちょうど良かったです。お客様用のお部屋を整えていただけませんか?」
「客室をですか? ……そういえば、後ろの方はどなたでしょう?」
「こちらの方が、先日お話ししたソウヤさんです。ルクストリアに来たので家に泊まって貰う事にしました」
「なるほど……そうでしたか」
女性がアリーセから説明を受けて頷くと、俺の方へやってきて、
「――アリーセ様やロゼちゃんを助けていただいたそうで、ありがとうございます」 と、お礼を述べて深く頭を下げた。
「い、いえ、大した事はしていませんので……。それより急に来てしまい申し訳ありません」
そう言葉を返すと、女性は顔を上げ、
「お気になさらずとも大丈夫ですよ。むしろ我々メイド一同、全力でおもてなしさせていただきます!」
と、そんな風に言ってきた。ふむ、どうやらメイドさんでいいらしい。
「あ、そういえば、さきほど旦那様がお帰りになられたので、お呼びしてきますね。申し訳ありませんが、ロゼちゃん、ソウヤ様を応接室にご案内をお願い」
ロゼに対してそうお願いするメイドさん。
「ん、了解。アリーセはとりあえず着替えてくるといいと思う、うん」
「そうですね、そうします」
そのふたりの言葉を聞いたメイドさんがおじぎをして立ち去っていく。
「では、ソウヤさん、ちょっと着替えてきますので、一旦失礼しますね」
そう言い残して、走り去っていくアリーセ。何故そこで走るのか……
「じゃあ、うん、そういう事で付いてきて」
というロゼの言葉に従い歩き出す。
元老院議長であるアリーセの父親というのは、どんな人なのだろう?
そんな偉い人と話をした事なんてないので、期待半分不安半分――いや、それだとちょっと違うな。
あえて言うなら……興味半分不安半分って所か。ともかくそんな感じだ。
2億です! 2万の間違いとかではありませんよ!(笑)




